典型って、つまりテンプレート。
このお話は、テンプレートです。王道ではないよ。
何が何だか分からない。
彼には何が起きたのか分からなかった。というより、今の状況そのものが分からないので、何かあった、というより、また、の方が正しいのかもしれない。
それは、なんというか……文字だった。もっと正確に表すならば、半透明な板にこれまた半透明の黒文字が、書かれていた、というところだ。
パソコンのディスプレイだけを抜き出したような、SFじみた光景が、眼の前に存在していた。もし、これが人で溢れかえっている東京ビッグサイトだったら、話は変わっていただろう。2D、3Dを超えた、特殊メガネを使用せずに3Dに捉えることが出来る立体映像……彼がもしそれを住み慣れた自分の家で知ったら、驚いて、興奮しただろう。
それはそうだ。なにせ、いまだ3D技術は特殊メガネを通さないと3Dとして見ることが出来ない技術なのである。そんなフィクションの産物が目の前に現れたら、驚きに目を見張ったに違いない。
そして、そのフィクションは、間違いなく彼の目の前にあった。
「……?」
彼には首を傾げることしか出来ず、傾げたところで目の前の光景が変わることもなく、半透明のディスプレイの向こうに見える雑草が風に揺られていた。呆けているこちらを馬鹿にしているように見えた。
いったい、これは何だろうか?
考えたところで答えは出ない。もとより、答えになる基準も無ければ知識もないのである。答えが出ないのは当たり前で、考えるだけ無駄だった。
けれども、彼は考えた。それは、あまりにいまさら過ぎる行動だったが……。
非常事態に次ぐ異常事態。そして極めつけのコレ、だ。いくら平和ボケした日本人とはいえ、さすがに不用意に手を出さず、近づかない程度の警戒心は湧きあがってくる。
ここにきてようやく彼は、事象を思考して考えることに思い至ったのである。
「…………」
目線だけは決して目の前のディスプレイから離さずに、腰を下ろす。手探りで小石をそっと拾い上げると、彼はディスプレイに向かって小石を投げた。
スゥっと、小石は吸い込まれるようにディスプレイに溶け込んで……。
そのまま突き抜けて、向こう側の地面を転がった。
…………?
「だい……じょうぶ、か?」
……変化は、無い。小石が跳ね返ることもなければ、弾かれることもない……はず。
じりじりと擦り足忍び足で、ディスプレイへ足を進める。
もうちょっと、あと少し、もうすぐ……手が、届く……届いた。
伸ばした指先が……ディスプレイ……らしきものに、触れた。
その瞬間、ポーンと電子音が耳の奥で反響すると同時に、表示されていた文字が変わった。指先からの感触は無かった。触れた場所から広がった波紋が、指がディスプレイに触れたことを教えてくれた。
「ひぃ」
ただ、変な声が出てしまったことは仕方がないだろう。たとえそれが死に掛けたひな鳥のように気持ち悪く目障りだったとしても。
飛び上がって……文字通り、物理的に30センチ程飛び上がった彼は、首を竦めて距離を取った。
し、心臓に悪い!
せっかく落ち着いてくれた心臓が、再び元気になってしまった。適度に頑張るのなら彼自身大歓迎だが、頑張りすぎるのはお断りしますと言いたいと、彼は混乱した頭で思った。
触れた指先を何度も見つめて異常が無いかを確認しつつ、彼はもう一度歩を進めて、ディスプレイへと歩み寄った。怖い、というより、驚きが彼の歩を鈍らせた。
人間、想定外の出来事には弱いものだ。とくに、また声がするのではと身構えていた分、それ以外の音がしたので余計だった。
「……あれ、俺の名前が書いてある」
恐る恐るディスプレイに顔を近づけた彼は、そこに書かれていた自分の名前に眉根をしかめた。
なぜ、ここに自分の名前が書かれているのだろう?
しかも、名前だけではなく、その下にも幾つかの項目らしきものが表示されていた。
【体力 :76/83 】
【気力 :0/0 】
【力 :7 】
【素早さ :4 】
【耐久力 :5 】
【装備・頭 :なし 】
【 ・腕 :なし 】
【 ・身体 :なし 】
【 ・足 :なし 】
【技能 :なし 】
【スキル :洞察力 レベル1 】
【 :美感力 レベル1 】
……なんだ、これは?
首を傾げつつ、彼は表示された文字を見つめた。この日彼が何度首を傾げたのかは分からないが、おそらく生涯最多だろう。
「……ううん?」
ふと、彼はデジャビュを覚えた。
前にも……ずっと昔、どこかでコレと似たようなものを見たことがあるような気がする……そんな違和感が、彼の脳裏を薄霧のように湿らせていき……、洗った。
あ!
声が出なかったのには、とくに意味はなかった。ただ、驚きのあまり手を口元に当てただけで、もし当ててなかった確実に大声を出していただろう。
「これ……」
思いだした。これって確か、小学生のとき遊んだゲームのステータス画面と全く同じだ。毎日毎日怒られるまで熱中したゲームの形式と全く同じだ。
脳裏に広がっていた薄霧は晴れ渡っていく。理解すれば瓦解は早く、むしろなぜすぐに思いだせなかったのかが分からないくらいだった。
その冴えた頭が、ふとした疑問を打ち出したのは、当然だったのかもしれない。
「装備ってことは……えっと、確か……」
このステータス画面に描かれているのは自分だ。その自分が裸なのは、身体の項目に何も装備していないからで、装備さえすれば服を着ることが可能なのではないか、ということで、ならば、装備を変更できるのではないか、ということに思い至ったのは。
彼が熱中したゲームは、当時にとっては珍しく……というより、今も珍しいが、音声認識をゲームの設定入力方式に採用された規格外のもので、装備画面やウィンドウ画面を声でスクロールさせたり出来るものであった。
当時は専門雑誌などで大々的に広告されていたが、当時は音声入力自体がめずらしく、技術も見発達で、スクロールそのものもコントローラのAボタンと同じようなものでしかなかった。結局、音のON,OFFで判断する程度のものしか実装されなかった為、えらく購入者から不評を買ったというエピソードがあるのだが、今は余談だろう。
彼は、声を出した
「装備変更、身体、足」
【装備・身体 :→ トレーナー 】
【 : Tシャツ 】
【 ・足 :→ ジーンズ 】
【 : スニーカー 】
文字に変化が現れた。
「えっと……とりあえず、全部装備……って、うわ!」
音も無く、それどころか気配すら感じず、気付いたら彼は衣服を身に纏っていた。足の裏に感じていた砂粒の感触はなく、まるで初めから靴を履いていたかのような状態になっていた。しかも、靴下まで装備されている。けっこう、融通も利くようだ。
まじまじと自身の身体を見下ろしつつ、彼は再びステータス画面を見つめた。
【体力 :78/92 】
【気力 :0/0 】
【力 :7 】
【素早さ :4 】
【耐久力 :5 +3 】
【装備・頭 :なし 】
【 ・腕 :なし 】
【 ・身体 :トレーナー + Tシャツ 】
【 ・足 :スニーカー 】
【技能 : 】
【スキル :洞察力 レベル1 】
【 :美感力 レベル1 】
「……あ~、うん……つまり……」
どういうこと?
当たり前だが、彼の零した嘆きに、返事は無かった。
はい、冒険フラグと勇者フラグが立ちました。嘘です。
テンプレートですので、俺TUEEEEEEEとかありません。
厨二病ではありません。あくまでテンプレートです。
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