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  東方典型録 作者:葛城
とりあえず、きょうはここまで。
超古代編  ここ、どこだ?
 とりあえず、いつまでも現実逃避するのは止めよう。
 そう考えた彼は、地面に書きなぐった自己逃避から腰を上げた。
 そして露わになる男の証。英和語で書くとペニス。日本語で書くとちんこ。ぽ、じゃないよ、こ、だよ。
 隅々まで解放された自らの身体を見下ろして、彼はため息を吐いた。
 正直、彼は今、自分が置かれている状況が分からなかった。トラックにはねられ、走馬灯らしきものを拝見し、死後の世界へ……と覚悟を決めた瞬間、この状態だ。夢にしては現実的で、現実にしてはあまりに非現実的。裸足から感じる生温かい土の感触と、肌に感じる太陽の暖かさが、かろうじて彼の判断を、ここが現実であると思わせた。
 はっきり言って、パニックを起こさなかったことが奇跡に近かった。かろうじてパニックを起こさなかったのは、ひとえに命の危険を感じさせる危険性を感じなかっただけではなく、彼が大人でも子供でもない半端な年齢であったと同時に、平和ボケした日本人だったからだろう。凝り固まった頭でもなく、柔らかすぎる頭でもない、グミ程度に柔らかい頭だったことが幸いし、またパニックを起こしたところでどうにかなる状況ではないと判断できる程度に年齢を重ねることが出来たのが要因だった。
「それにしても、ここはどこだろうか?」
 遠い、遮るものが無い、彼方まで見通すことが出来た地平線は、まるで一本の線を境に別の世界のように彼の眼には映った。水平線から上は水色。そこから下は土色の大地がどこまでも左右に広がっており、見続けている吸い込まれそうな程に美しかった。
 そして茶色の大地。よく見れば、ところどころに見える緑色の植物……大きいもの、小さいもの、花を咲かせているもの、種らしきものを出しているもの、数えきれない緑が彼方まで広がっていた。
 身体に感じる生ぬるい風。ときおり感じる冷たい風は思わず身震いしてしまうほどで、おそらく温められた地面の空気に混ざりきれなかった大気の風が、この不思議な風を生みだしているのだろう。
「……綺麗だ」
 地平線。言葉にすれば、たった三文字だ。だが、彼の頭にはそれ以上の文字で埋め尽くされていた。
「……綺麗だ……」
 今まで写真と言葉ぐらいしか知らなかったが、この日、彼は初めて、言葉に表せられない、美しさを、その目で見ることが出来た。

 美しい。

 その言葉だけが、彼の胸にあった。
 その言葉以外に、彼の胸の内にあるものを、脳裏を埋め尽くすものを表現できることが出来なかった。
 この光景を。この景色を。この美しさを、どう表現すれば良いのだろうか。
 美しい。
 その三文字以上に、想いを現すことが出来る言葉を、彼は見つけられなかった。美しい、その言葉では足りず、その言葉以上にしっくりくる言葉が見つからない。もどかしさが、とても堪らなかった。



 そんなときだった。ポーン、とクイズ番組で使われそうな効果音が耳に飛び込んできたのは。
『美しいと思えるモノを30分見続けました。洞察力、美感力のレベルが上がりました』
 機械音声というのだろうか。抑揚のないその言葉が頭の中を反響した。背筋に走った悪寒に思わず肩をすくめた。
「だ、誰だ!」
 振りかえって、左右を確認する。何も、いない。
『ステータスを確認しますか?』
「――!?」
 だが、声は確かに存在した。またも頭に響く抑揚のかけらもない声。
「どこだ、どこにいる!?」
 返事は返ってこなかった。闇雲に腕を、足を振りまわして右に左に上下に視線を向けるも、それらしいものは何も無かった。
 なんだ……?
 額に噴き出た脂汗を手で拭いつつ、彼は首をすくめた。痛いくらいに高鳴る心臓が、煩い。自然と震えてくる両足に力を入れつつ、彼は辺りの様子をうかがった。
 油断した。そう、彼はまさしく油断していた。凶器もない。被害を被りそうなモノもない。だからひとまず安心した……なぜ?
 知らない場所に知らないうちに居るということそのものが、まず非常事態なのだ。知らない場所に知らないうちに居るということは、知っている場所、地理が分かる場所に移動することが困難だということだ。
 しかも、今の彼は裸だ。つまり、身を守るものどころか、連絡手段を取ることが出来ない。助けを呼ぶことが出来ないのである。ということは、これから起こる何らかの事象を自らの力のみで対処しなくてはならないのである。
 そのことにようやく思い至った彼は、両手の拳を握りしめて、腰を下げた。いつでも攻撃できるように、いつでも逃げれるように。
 ろくに鍛えたことのない身体ではまともに行動できるかは分からないが、やらないよりはましだ。彼は大きく息を吐いて、次を待ち構えた。
 ……5分。
 ……10分。
 ……時間だけが過ぎていく。
 そして、頬を伝った汗を四回拭ったとき、彼はほっと肩の力を抜いた。
「……はあ、びっくりした」
 恐る恐る腕をまわして固く硬直した四肢を解しつつ、彼は大きくため息を吐いた。
「なんだったんだろう……あの声……姿は見えなかったし……日本語だったし……」
 考えてみると、声も何だか変だった。何と言うか、人の声……には聞こえなかった。聞こえてきた言葉は人の言葉だったが、どう言えばいいか……そう、アナウンスだ。あの機械音声のような抑揚のなさが、妙に気持ち悪かったような……。
 そういえば、あの声って、なんて言っていたっけ?
 ステータスを……なんだっけ
「ステータスを……ステータスを……確認……だって、うぉわ!?」
 その瞬間だった。彼の眼前に半透明の文字が現れたのは。


 ……どうやら、まだナニかあるようだ。
おっぱいまで頑張る。


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