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ザ・モーニング・スター
ザ・モーニング・スター編第一話:我らが学園都市
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 世界をさまよう自立型移動都市、レギオス。汚染された世界から人類を、生物を隔離して保護する小さな世界。
 そのひとつ、学園都市ツェルニ。
 ツェルニは都市の栄養であるセルニウム鉱山の所有権をあとひとつしか残していない。言葉は違えど、戦争によって都市間で奪い合う物だからだ。その問題を解決しうる錬金術師は記憶からも忘れ去られ、記録と成り果てて久しい。
 ここは、そんな終わりの世界。

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 救いの見えぬ世界。未来の見えぬ都市。だからこそ都市の緩やかな死に憂える青年が居る。
 名をカリアン・ロスといった。学制服に身を包んでいても白銀の髪に白い肌、整った顔の造形は作り物めいていて、柔和に笑っても瞳だけが冷徹な印象に残ってしまう。そんな男だ。
 彼はツェルニの武芸者では武芸大会という名の戦争に勝てないと感じていた。もしかしたら勝てるかもしれない。そういった可能性もあるだろう。だが、そんな曖昧な可能性に賭けようという気持ちにはなれなかった。”絶対”という言葉が欲しくなったのだ。
 だから新入生の名簿にその名前を見つけた時、運命だと本気でそう感じた。
 カリアンは入学式で偶然にも発生した愚かしい事態を口実に、彼を執務室に呼び出す事にした。前日になって到着した彼についての調査結果は、記憶にある”彼”の印象と大きすぎる齟齬があったので自分の眼で確かめようと思ったからだ。

「名乗るのが遅れたね。生徒会長のカリアン・ロスという。六年生だ」

 大きな執務机の肘を置いて名乗り上げるカリアンが視線を向けるのは悠然とソファに腰掛ける武芸者、レイフォン・アルセイフ。後ろにかき上げられた茶色の髪、ひたすらに冷たい藍色の眼光。彼が着るだけで一般教養科の制服すらも印象が違って見えた。年齢は少年と青年の中間程度だが、その振る舞いは熟練の武芸者達に匹敵する。
 ……いや、それ以上だ。
 その滲み出る雰囲気に対してカリアンは違和感を抱かない。実力を考えれば誰もが相応だと判断すると知っている。

「そうか」

 カリアンは自分がおよそ学生に似つかわしくないと知っているが、目の前の学生も似たような物だ、とそう感じていた。
 学園の支配者とも言うべき生徒会長に呼び出され、名乗られたというのに傍若無人な態度。普通ならば無礼者、あるいは驕っていると感じるだろうが彼の場合は恐ろしいまでに似合ってしまう。
 ……これが風格、という物かな。
 次は直接問いを投げかける。

「名乗ってはもらえないのかな?」
「――用件は何だ」

 淡々とした言葉ではない。脅す様な口調でもない。ただ精悍という印象を抱かせる声色だった。
 彼の人間性は知らないが、会話を成り立たせようと努力するタチではないらしい。対話で懐柔する事は難しそうだ、とカリアンは思う。だからこそ一歩を踏み込んでいく。

「感謝を伝えたかったんだ、レイフォン・アルセイフ君。君のおかげで新入生に怪我人が出る事はなかった」

 入学式で発生した新入生の愚行。
 武芸科の新入生の中に敵対する都市同士の生徒が鉢合わせたらしく、小競り合いから本気の殴り合いまで発展していった。
 武芸者のチカラは一般人を大きく上回る。その事を忘れ、夢中で暴れれば他の生徒達にも死傷者が出ていた可能性すらあった。だからカリアンはその暴動を一瞬にして鎮圧してみせたレイフォンに感謝の念を抱いてた。打算もあるが、感謝の気持ちは純粋な物だった。

「新入生の帯剣許可が入学後半年なのはこういう事があるからでね。毎年の事ながら苦労させられるよ」
「邪魔だっただけだ」
「君がそう言うなら、そうなんだろう。しかし、もう少しどうにかならなかったのかね? 顔が潰れていたそうだが……」

 そう。邪魔だっただけ、という発言の通り暴動の原因たる二人を一瞬で鎮圧した行為に一切の温情は介在しない。生木を裂くが如く無理矢理に、強引に止めている。
 武芸者では無いカリアンでは詳細は分からないが、レイフォンが武芸科新入生に近づいたと思ったら二人は互いに向かって弾け飛び、衝突したのだ。顔面から衝突した二人は、元に戻すには写真が不可欠なレベルの損傷だと聞いた。

「俺の知った事ではない」
「そうか……。原因が彼らにある事だし今回は取り立てて問題にはしないが、傷害沙汰は極力避けてもらいたい。学園都市には些か刺激が強いんだ」
「用件はそれだけか? ならば俺は戻る」

 そのままレイフォンはカリアンに背を向けて退出しよう歩き出し、

「それは少し待って欲しいな。レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ君」

 名と性の間につけられた呼称を聞いて脚を止めた。
 カリアンにとって、レイフォンが武芸科ではない事は不思議ではない。問題は、彼の行為を否定した場合に返ってくるだろう反応が読めない事だ。万が一にでも彼の勘気に触れてしまったら、と脳裏に顔を潰された二人が浮かぶ。
 勤めて表情を笑みの形に維持し、背を向けたままの彼に、容赦を知らぬ彼に提案する。

「一般教養科から武芸科に転科しないかい?」

 レイフォンは動かない。

「幸い、と言っていいかは分からないが武芸科の席が二つ空いてね。君にそのひとつを埋めてもらいたいんだ。武芸科に入ったからといって一般教養科と学ぶ事が違う訳ではない。三年までは必修だからね。それからも専門分野を学ばなければならない」

 レイフォンは動かない。

「君が何を目的にツェルニへとやって来たかは知らない。武芸科では出来ない、という事でもないと私は考えているが……?」

 頬を汗が伝うのを感じる。ややあってから、

「くだらん。武芸科とやらで時間を無為に捨てるつもりはない」
「そうだろうね。しかし、だからこそ君に武芸科に転科してもらいたいと考えている」
「……どういう意味だ?」

 レイフォンは振り返り、改めてカリアンと向き合った。
 どうやらこの話は聞くに値する内容だと判断されたらしい。ここで順序を間違えれば全てが台無しだ、とカリアンは自身を戒める。

「学園都市対抗の武芸大会だよ。知っているかい?」
「いや」
「標準都市で言う戦争だよ。学園都市の戦争は武芸大会と呼ばれ、学園都市同盟が監督もする。健全な、というと聞こえはいいが、非殺傷を旨とする以外は戦争と同じ物と考えていいだろう。得る物も失う物も同じだしね」
「セルニウム鉱山だな。所有権が少ないのか?」
「あとひとつしかない。今期の武芸大会で何戦するかは都市次第だから分からないが、一戦もしないという事はありえない」
「負ければ都市は死ぬ、か」

 レイフォンは腕を組み、眼を伏せて思案する。
 何を考えているかは分からないが、カリアンは言うべき事を言うだけだ、と口を開く。

「私は今年で卒業する。ここが学園都市である以上、今後、この都市に留まる事はないだろう。関係がなくなるといえば、そうとも言える。しかし、私はこの学園を愛しているんだ。愛しているものが……たとえ、二度とその土地を踏む事がないかもしれないとしても、失われるのは悲しい事だと思わないかい?
 愛しいものを守ろうという気持ちは、ごく自然な感情だよ。そのために手段を問わぬというのも、愛に狂う者の運命(さだめ)だとは思わないかい?」

 語っている内に、感情が籠っていたらしい。口の端が僅かに歪んでいた。
 室内にある花瓶に目を向ける。花瓶からは小さく可憐な黄色の花が咲いている。記憶の中に蘇えったのは、あの花が健気に、そして美しく咲き誇る光景だ。十年の間、残り続けたあの温室だ。

()()がお前の理由(モチベーション)か」

 レイフォンの声を受けて、意識を彼に戻す。想いに耽っている間に彼は思案を終えていた様だ。

「すまない、答えを聞かせてほしい」
「……フン、いいだろう。だが条件がある」

 レイフォンから了承の言葉を引き出せた事に小躍りしそうになる感情の昂ぶりを抑え込み、平静を装って問いかける。

「なにかな。君は奨学金も元々Aランク。学費は免除だし、余り度が過ぎると周りに睨まれてしまうが」
「金銭ではない。錬金鋼(ダイト)所持の許可と錬金鋼(ダイト)の研究開発者、出来なければダイトメカニックでいい。紹介しろ。あと、俺が自由に出入り出来る広い空間だ」

 カリアンは聞きなれない単語に僅かに眉を歪めた。

「済まないが馴染みがない言葉でね。ダイトメカニックとは?」
錬金鋼(ダイト)の調整に携わる人間を、グレンダンではそう呼んでいる」
「なるほど、的確な名称だ。では、広い空間はどういう目的かな。用途によって必要な設備は違うからね」
「訓練だ」

 納得出来る回答だ。
 ひとつ問題があるとすればグレンダンの武芸者最高位に届く程の者に通常の設備で大丈夫なのか、という漠然とした不安だ。

「そうか、確かに君が新入生の待遇では不自由だろうね。そこで、どうだろうか。――小隊に入隊してみないかい?」
「小隊?」
「武芸大会で中核を担う部隊だよ」

 司令部下に小隊を置き、その更に下に武芸科の生徒で構成された大隊を置く。小隊は指揮官の様な役割を持つが、それぞれ十七の小隊は学内対抗戦で競い合って序列を定める。その中で最高の成績を修めた小隊が最高指揮権限を持つ事になる。
 一息で説明したカリアンは続けてこう言った。

「いわばツェルニに於けるエリートと思ってくれていい。既存の訓練設備を自由に使えるし、ダイトメカニックもそれぞれ専任が居る。だから――」
「レストレーション」
「!」

 金属音がしたと思った次の瞬間。気付けば、いつでも喉を搔っ切れる位置に鈍色の凶器があった。
 チェックメイトの状態にしてなお油断なく突きつけられている鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)の刀は、レイフォンが隠し持っていた物らしい。
 カリアンが、なぜ、と問いかける前にレイフォンは口を開いた。

「――だから俺に未熟者どもと戯れろ、と?」

 呼吸する様に淡々と話すレイフォンの眼はそれまで以上に冷たく、見る者を戦慄させる。
 しかし、カリアンは決して眼を逸らさない。ここが正念場だと理解しているからだ。明らかに命を握られた状況下で、息を吸う。

「小隊員は私としても便宜を図りやすい立場にある。ツェルニにとっても、君にとってもだ」

 死の瀬戸際に居る、と自覚して言葉を紡ぐ。

「無ければいいと思うが、不測の事態は予測出来ないから”不測の事態”なのだよ。我々に出来る事は準備までだ。万が一の事態に際して、君の”自由”を作る代わりだと思ってほしい」
「枷を填めるつもりか?」
「もちろん違う。ツェルニの学生は君が言う通り未熟なんだ。心までもね。だから彼らの誇りを汚さない程度の建前が必要になる。なってしまう」

 これだけではまだ足りない。
 これはツェルニの意見であり、レイフォンの利にはならないからだ。だから、という様にカリアンは言葉を重ねた。

「君は、グレンダンでは気軽に接していい存在ではなかったかもしれない。だが、ここはツェルニだ。君を知る者はまず居ない」

 だから、

「レイフォン君。ここでは全く新しい環境に居られて、全く新しい体験をするだろう。そうして得られる物に全く価値が無いとは思えない」

 カリアンは重い塊の様に硬い唾を飲み込んだ。
 そして、ややあってからゆっくりと鋼鉄練金鋼(アイアンダイト)が鞘に納められていき、金属音が小さく響く。
 硬質な音を耳にした途端、背中に大量の汗を感じた。やはり”死”を目前にするのは堪えたらしい。

「――カリアン・ロス」

 先ほどまでの冷たさはナリを潜め、平坦な声でレイフォンは言う。

「今の所はお前を信用しておいてやろう」
「それは、ありがたいね」
「契約は成った。証として、……そうだな。あの花を一輪貰う」

 カリアンは危険な角度で眉を立て、しかし、それ以上の変化を表に出すことなく返答する。

「構わないよ。なんなら束で進呈するかい?」
「一輪でいい」

 短くそれだけ答えると、レイフォンは花瓶から花を一輪抜く。そのまま用意されていた武芸科の制服を手に、執務室の扉から出て行った。
 レイフォンが出て行ってからしばらくした時、カリアンはリクライニングチェアに沈める様にして身体を預け、大きな息を吐く。疲労が染み込んで熱を持った呼気だった。
 一人になった部屋で、書類を取り出した。一度目を通したはずの調書。レイフォン・アルセイフについての調査結果だ。そこに記載された一文を何度も読み返し、持って行かれた花の在った場所を見て、彼の態度を思い出し、再び息を吐く。

「ありえない、と勝手に結論付けていたけど、”火のない所に煙は立たない”という事なのかな……?」

 ――レイフォン・アルセイフが婦女暴行を働いた可能性あり。

 ●

 うわー、やっちまったよ錬金鋼突きつけるとか少しバージノレプレイに熱入り過ぎじゃねー? もうちょいマイルド、マイルドに行こうぜぇ~。

「やあ、学園都市っていうくらいだから学生食堂しかないかもって心配してたけど、そんなことなくてよかったあ~」

 味に満足したのか、嬉しいそうにケーキを頬張るツインテールの少女、ミイフィ・ロッテン。

「学生のみの都市運営ってどんなものかと思ってたけど、しっかりしてるんだな」

 感心した様子なのは武芸科の制服に身を包む赤毛の少女。三人の中では一番背の高いナルキ・ゲルニ。

「うんうんマップの作り甲斐がありそう。メイっちもそう思うっしょ?」
「……うん、大変そう」

 チラチラとレイフォンを伺いながらもしっかりスイーツを平らげていく腰ほどまである長い髪の少女、メイシェン・トリンデン。

馳走(ちそう)になった」

 なんてこと考えてたら三人娘に捕まって喫茶店に連れて来られてた。レンガ造りがいいふいんき(なぜか略)出してますね。いや、そうじゃなくて。
 あるぇ~と本気で思うんだが。マイルド仕様とか言ってもあくまで本家に比べればであって普通に怖い系な人だと思います。なんでこいつら寄って来れんのよ? 超不思議! しかも同じ都市出身でもともと仲良しグループ。話が一瞬にして飛躍して膨らみまくる女子の会話なんて俺には関係ないです、はい。
 なのでここから離れようと思います。離脱! ジュワッ!

「それは許さん!」

 速攻でベルトを掴まれた、シュワワン。

「……離せ」
「嫌。そういやレイとんはなんか就労するの?」

 ミィフィさんにはバージノレ・アイ(行け! レイフォンの 睨み付ける!)が効かないらしい(効果は いまいちだ)けどどういうことなの。心臓に毛でも生えてんのかこのアマ。生半可な武芸者ならこれだけで十分たじたじなんですけど。終いにゃ泣くぞ、心で。
 あ、でもグレンダンでも子供には好かれてたなあ。なんででしょうか。てか、

「レイとん……だと?」

 まさか、この俺までも珍妙なあだ名で呼ぶの!? ミィフィ、恐ろしい子っ! 力が抜けて席に戻されちゃった。

「そ、レイとん。呼びやすいじゃん? ナッキ、メイっち、レイとん、で、私がミィちゃん。お分かり~?」
「意味が分からん」
「だって自分で『ミィっちって呼んでね♪』とか自分で言ってたら気持ち悪いでしょ? だからレイとんはレイとんで決定ー!」

 知らないよ! 決定じゃないよ! とか言いたいけどナルキとメイシェンが即座に追従して言いやがったので何も言えませんでした。本家バージノレさんならこんな時どんな対応したんですか……!? 首飛ばして終わりですね、分かります。全く参考にならねーよバーカ! バーカ!! マザコン! ちなみにダソテさんは? ストロベリーサンデーを頼む? ですよねー。

「仕方ないな。ではこれからもよろしく、レイとん」
「そそ、レイとん、レイとん♪」
「……レイとん」

 レイフォンが異空間に迷い込んだっていう気持ちがよく分かってしまうよ。大体メイシェンだって最初に俺の眼見て悲鳴上げてたじゃないですかーやだー! 超こえー! 女ってこええー!
 はあ、俺もう疲れたよパトランジェロ……。

「で、レイとんはなにか就労するわけ?」
「……都市警を候補に入れているが、決めかねている」
「都市警察か。私と一緒だな」
「ナッキは警官になるのが夢だもんねえ」
「ああ」
「わたしは新聞社かなあ……」

 と、唐突に始まった女子の会話に入り込める訳がありませんでした。笑って無駄話を続ける三人娘を見ながら時間が過ぎるを待っていると、

「あの、すみません」

 突然かけられた声に、キタ――――! と内心で俺、歓喜。
 そこに居たのは一人の少女。腰まで届きそうな長い白銀の頭髪に色素を失くしたかの様な白い肌、襟から覗く細い首。銀の瞳が冷ややかで人形の様な美人に、レイフォン以外の全員が息を呑んだ。
 この心苦しい状況に舞い降りた女神……ではないよなあ。こいつも面倒事を持ってくるタイプだった。でもこんな青春まっさかりな空間よりはマシです。

「レイフォン・アルセイフさんはあなたですね?」
「人違いだ」

 あ、いけね。

 ●

 レイフォンに声をかけた銀髪の少女、フェリ・ロス。
 フェリは念威での索敵や情報伝達などに優れる念威繰者(ねんいそうしゃ)だ。念威端子で兄であるカリアンの執務室を盗み見ていたため、レイフォンとのやり取りについても知っている。なので、

「人違いだ」
「執務室で話していた件で用があります。付いて来てください」

 一切の答弁を拒否することにした。舌打ちが聞こえたが、それは付いてくるという意味だろう。伝える事は伝えたので背を向けて歩き出す。

「世話になった」
「了解。行ってこい」

 一言二言を交わしてからは足音が付いて来る。
 喫茶店を出てから練武館までの道中、小隊について説明しながら考えていた。後ろを付いて来るこの男は一体何者なのだろうか、と。
 カリアンがツェルニ存続に賭ける執念は知っている。
 そのカリアンが、フェリの意思すらも無視したあの兄が下手にすら出て一心不乱に求め、決定の意思を委ねてまで手に入れようとする程の武芸者。小隊員を未熟者と一言で切って捨てた彼は、レイフォン・アルセイフとは何者なのか。
 ただ一人の武芸者にそこまでの価値を認めているという事実が、どこか自分の過去に重なった。
 情報売買を生業とする富豪の家に生まれたフェリは、突然変異の如く念威について異常な才能を持って生まれている。幼い頃から念威繰者としての教育を受けてきたが、念威繰者になることを当たり前の様に扱われ、恐怖すら覚えた。
 なのに、レイフォンは武芸者であることが自然の風体でいる。一般教養科に出願してツェルニへとやって来たはずなのに、だ。
 ……なにか不愉快です。
 と、少し考えながら歩いている内に古びた感じのある会館に到着した。

「ここです」

 練武館。小隊員が訓練する場所だ。
 目的の一室まで案内すると金髪の少女が待ち構えていた。隊長だ。なので役目は果たしたと考え、教室の隅へと移動。あとの対応は隊長がするだろうから見ていることにする。
 見れば同じように隅で気だるげに寝転がるシャーニッド・エリプトンと、ダイトの調整を担当するハーレイ・サットンが居る。特にハーレイは機械油などで匂いも酷いので、少し離れた位置に腰を下ろすことにした。

「わたしはニーナ・アントーク。第十七小隊の隊長を務めている」

 隊長はレイフォンに名乗り、小隊について長々と説明していった。
 説明を終えて確認する様に、分かったか、と問いかけると、

「無駄話はこれで終わりか?」

 教室の空気が凍った。
 正確に言うならニーナが、だ。ハーレイは驚いて固まっているが、フェリは特に驚くことではないと知っているし、シャーニッドはニヤニヤと笑みを浮かべて見ている。
 額に青筋を浮かべたニーナは腰から二本の黒鋼錬金鋼(クロムダイト)を抜き放ち、復元。双鉄鞭を手に低い声でこう言った。

「分かった。回りくどい言い方だったな、単刀直入に言ってやろう。わたしは貴様を第十七小隊の隊員に任命する。これは生徒会長の承認を得た正式な申し出だ。拒否は許されん」

 だが、とニーナは鉄鞭をレイフォンに突き付けて構える。眼に宿るのは明らかな怒りだ。

「その前に貴様の性根を叩き直す必要がありそうだ。さあ、なんでもいい。好きな武器を取れっ!」

 ぶっ潰す、と闘志を燃え上がらせるニーナ。
 ある意味でいつも通りの様子に呆れる観戦組だが、フェリは一人別の心配をしていた。殺されたりしないだろうか、と。とはいえ、レイフォンはなんだかんだでカリアンとて殺していない。脅しただけだ。契約のこともある。だから今回も大丈夫だろう、とは思う。
 しかし万一があっても面倒なので、フェリは念威端子を密かにカリアンの下へ飛ばすことにした。”最悪の場合”をどうにかするのは自分ではなく、カリアンだと認識しているからだ。という建前で何かあった場合に責任が自分に来たら嫌、という本音を覆い隠す。
 不意にレイフォンがツナギ姿のハーレイに眼を止めた。

錬金鋼(ダイト)の調整を担当しているのはお前か?」
「え? あ、うん。僕だよ。ハーレイ・サットンっていうんだ。よろしく」
「研究開発はしないのか?」
「専門じゃないけど、一応。同じ研究室のヤツが凄い開発者だから一緒にやってるよ」

 そうか、とレイフォンは壁にある簡易模擬剣の一本を手にハーレイの方へと歩き出す。簡易模擬剣は刀身が長い広刃の剣で、レイフォンの体格からすると少しばかり大きい。

「君の体格だとバランス悪くないかな? 簡易模擬剣だからパラメータの変更は出来ないけど……」
「見ていろ」

 言うと、見せる様に剣を構える。剣に剄が込められていき、次の瞬間。
 ハーレイのみならず、教室に居た全員が、ニーナすら含めた全員が、どういうことだ、と驚愕する。
 排出された剄が衝剄にならず、そのまま刀身に留まっているからだ。刀身の外を流れる剄が増えていくと、呼応する様にして簡易模擬剣が崩壊していった。次第に崩れていく部位が増え、そして、

「あ、折れた……?」

 折れた刀身を茫然と見ていたハーレイは、ややあってから、はっ、と再起動。レイフォンをとてもキラキラした瞳で見る。誰が見ても餌を目の前にした犬の様に尻尾を振っていた。

「どういうことこれ!? もう一回出来る? ちょっと研究室で色々試してもらえないかな――!?」
「落ち着け。説明はする」

 ハーレイは鼻息荒くレイフォンに詰め寄り、いそいそとメモ帳を取り出した。

「ああ、よし。うん、どうぞ!」
「……『連弾』という剄技だ。排出した勁弾を爆発させず、錬金鋼に留まらせておくだけだがな。通常の錬金鋼では俺の剄を受けきれん」
「通常の錬金鋼では剄を受けきれない?」
「全力で剄を込めると錬金鋼が熱量に耐えられず、爆発してしまう。『連弾』は、少しでも剄を多く使える様に考案したものだ。何にせよ、今の俺は制限を受けた状態にあるのでな。改善できる錬金鋼の開発を頼みたい」
「もちろん! こんな研究し甲斐のあるテーマを見逃す訳ないさ! さあ行こう! 今すぐ行こう!!」

 と、ハーレイが意気揚々と、レイフォンが淡々と練武館を出て行こうと歩き出した時になって、ようやくニーナが復帰。とりあえず引き留めるべく叫んだ。

「ちょ、ちょっと待てハーレイ! ポジション決めの試験が終わってないぞ!?」
「なに言ってんのさ! こんなこと出来る人、他に居ないよ? スキルマスターって意味の方なら完璧じゃないか!」

 確かに、とフェリは思う。
 実際はどうか知らないが錬金鋼の許容量を超える剄力を持ち、よく分からないが『連弾』という開発者が興奮する技術も持っている。グレンダン出身の武芸者で、何かしらの”特別”であったということは伊達ではないらしい。その”特別”を、”才能”を、”人生”を、
 ……あの人は疑問に思わないのでしょうか。
 抜きん出た才能に縛られるフェリは、同じく抜きん出た才能を自由に発揮する彼の振る舞いが妙に腹立たしかく感じた。

「ハーレイ・サットン。行くのか行かないのか、はっきりしろ」
「ニーナを説得するからちょっと待ってて!」

 そう言って問答する二人を、レイフォンは呆れた様な顔で見て、こう言った。

「そんな小娘など放っておけ」

 再び空気が凍り付く。そして、ニーナだけが怒気という名の熱を静かに纏う。
 明らかに眼が据わっていた。

「大した口の悪さだな、新入生。いい加減にしたらどうだ?」
『――レイフォン・アルセイフ君!』

 聞き覚えのある声で、険悪な雰囲気を漂わせる二人は動きを止めた。
 慌てた様子で割り込んだ声は、カリアンのものだ。念威端子で中継しているため、独特の響き方をしているが、その声は確かに制止の役目を果たしていた。だから、という様にカリアンは念を押す。

『いいかね、レイフォン君。少し待ちたまえ』
「カリアンか。何の用だ?」
「生徒会長! 何なんですかこいつは!」

 平静に言葉を返すレイフォンと、激昂を隠しもせずに語調を荒げるニーナ。そして二人を宥めようと内心で焦りまくるカリアン。三人の中継をしなくてはならないフェリにとっては余り好ましくない。特に精神衛生上、非常によろしくない状況だと言える。
 密かに横目で出口までの距離を目算。およそ十二メートル。全力で走ってもフェリの脚では三秒は必要な距離だ。逆に自然なフェードアウトを狙うには長すぎる。
 ……逃げたい。
 本気でそう思った。




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