(Suncus murinus) |
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スンクス(Suncus murinus)は食虫目トガリネズミ科ジネズミ亜科ジャコウネズミ属に属する小型哺乳動物であり、日本で名古屋大学、実験動物中央研究所(実中研)、理化学研究所などが中心に実験動物化がすすめられてきている。ジャコウネズミという和名をもつが実験動物としては齧歯目と区別するために「スンクス」という名称が用いられている。食虫目は哺乳類の祖先と考えられているので、スンクスを用いることにより、従来の齧歯目動物を用いた実験ではできなかった分野の生命現象の解明が進むことが期待される。 当教室ではスンクスが薬物や動揺刺激により容易に嘔吐することを明らかにして、研究を行っている。(汎用される小型実験動物のマウス、ラット、モルモットは嘔吐しない) |
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食虫目について | |
食虫目にはテンレック科、ソレノドン科、ハリネズミ科、トガリネズミ科、キンモグラ科それにモグラ科の6つの科が含まれる(ポタモガーレ科とハネジネズミ科を加え8つに分ける場合もある。食虫目の起源は非常に古く、中生代白亜紀未に恐竜・翼竜、海生爬虫類や多くの無脊椎動物が消減してしまった頃にすでに生息していた。系統発生学的には、卵性の単孔目(カモノハシなど)や有袋日(カンガルーなど)のような特殊な動物を除いたすべての胎盤を有する哺乳類(真獣類)の始祖とされている。実際、恐竜などと一緒に出土される白亜紀の原始的な食虫類の化石と現生する食虫目との類似点は多く、他の哺乳類が適応放散しながら進化したのに対し、食虫目の動物は非常に長いあいだ原始的形態を保ってきたといえる。霊長目も食虫目から直接分かれたと考えられている。齧歯目よりもヒトに近縁な動物群である証拠として、東南アジアに分布し霊長目と食虫目の間に立つツパイという動物の存在があげられている。食虫目は哺乳類の中でもっとも原始的な基幹動物群であり、食虫目を研究することにより哺乳類の基本型が解明できる可能性がある。現存する食虫目は400種以上あり、齧歯目や翼手目についで種類が多く、南米、グリーンランドやオーストラリアを除く全世界に広く分布している。とくに、トガリネズミ科の動物の種類が約3分の2以上を占め分布も広い。種の数が多くまた分布が広いということは食虫目が地球上で生息するための基本的条件を備えているということの一つの傍証になる。日本にはトガリネズミ科とモグラ科の食虫目が分布している。スンクスは温暖な地方に住み、東南アジアを中心にアフリカ、インド、グァムなど熱帯・亜熱帯地域に分布している。日本では奄美や沖縄などに分布し、鹿児島、長崎が北限となっている。都市、村落、家畜飼育場、人家近くの農耕地、河畔などに生育し、ネズミなどと異なり人間に対してあまり悪事を働くことはない。 |
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スンクスの形態学的特徴 | |
原産地により体重が異なるが、実中研で開発されたスンクス成獣の体重は、雄が50〜70g、雌が30〜50gと雄の方が大きい。しかし、個体の大きさは飼育条件(ケージ当たりの動物数など)により変動する。体毛は黒褐色から黒色であり、白っぽい毛色の動物も成長するにつれて次第に黒褐色に変わる。皮膚はしなやかで強靱である。体の脇には脂腺が集合したジャコウ腺があり、独特の臭気をもつ。尾は太くて短く、短い毛と長い毛がまばらに生えている。尾の可動性は低く、物にからみつけたり挙尾することはできないと思われる。触毛が発達した可動性の吻が下顎より前方に突出している。トガリネズミの名前の通り頭部が尖った三角形をしている。咀嚼筋系(側頭筋や咬筋など)が著しく発達している。頬骨弓が欠如し、頭骨は細長い。頭頂には正中線沿いに隆起(失状稜)が形成されている。ラットやマウスに比べて頭骨が硬く、脳の摘出は容易ではない。眼球は小さく、眼窩が欠如し、視神経はあまり発達していない。鼓骨は輪状を呈するのみで、鼓室胞を形成しない。門歯、犬歯、大臼歯が容易に区別できる歯をもつ。脳表面はしわ(回と溝)がほとんどなく滑らかで、梨状葉が外側に大きく突出し、全体的に非常に扁平化した脳の形になっている。嗅球や海馬が大きく、延髄側面では三叉神経が異常に発達している。しかし、残念ながらスンクスの脳地図はまだ発表されておらず、中枢神経系の解剖学的・組織学的情報が不足している。下部脊椎の関節角度が小さいため、歩行はどちらかというと爬虫類にちかい。体幹を地面からほとんどもち上げない状態で、地面に足裏とかかとをつけて歩く(蹠行する)。ラットやマウスに比べるとドタバタしたかんじで、走る速度もあまり速くない。各足には五指をそろえる。恥骨結合が欠如しているため、腹直筋は下部で交叉している。消化管では、齧歯目に見られる前胃がなく、胃の形態はヒトやイヌと同様である。盲腸が欠如しており、外見からは小腸と大腸の区別がまったくつかない。絨毛形態から判断した大腸は非常に短く、小腸の数パーセントしかない。腸管全体の長さも短いがこれも個体変動が大きい。形態的には非常に発達した胆嚢をもつ。腹部を解剖してすぐ気がつくことは、皮下脂肪が少ないことである。動物施設で長期間飼育しても、ラットやマウスのように脂肪太りしてしまうことがない。開腹時には脂肪組織を取り除かなくても、ほとんどの臓器をそのまま視認でき、教科書の図を見る思いがする。陰嚢はなく、精巣は腹腔内に位置している。子宮は双角性で、胎盤は円盤状である。 |
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スンクスの飼育繁殖 | |
スンクスの飼育繁殖はマウスやラットほどではないが比較的容易である。スンクスは周年繁殖の交尾排卵型動物であり、通常10日間程度の連続同居により交配を行う。交配の成否は動物間の相性にかなり影響される。妊娠期間は約30日で、出産仔数は3〜4匹である。離乳後の交配ですぐに妊娠し、連産が可能である。出産の前後はなるべく刺激を与えないようにして、生後の食殺を避ける必要がある。2週間ほどで離乳する。生まれた時は無毛で眼瞼は閉じているが、1週間ほどで開眼し毛も生えてくる。生後の成長速度は非常にはやく、性成熱するのは約1ヶ月齢で、2〜3ヶ月で初産が得られる。生後2週間ほどすると、キャラバン行動(尾を噛んで数珠繋ぎになる)と呼ばれるユーモラスな光景がみられる。餌は実中研で開発された固形飼料(ラットマウス用に比べて高蛋白質、高カロリー)を与えているが、市販のネコ用の固形および缶詰飼料なども良く食べる。一般にトガリネズミ科動物は代謝率が高く、頻繁に食事をとる必要があり、夜行性だが昼でも周期的に餌を求めて活動する。低温に弱いので、飼育室の中は25℃前後に保つようにしている。飼育環境に問題がなければ、飼育ケージ片隅の特定の場所に糞をするようになる。食糞(肛門からとび出させた直腸をなめる)を行うが通常の消化では吸収できない微量成分の摂取をしていると思われる。血清中に抗菌物質があるようで、感染症による事故はまったく経験していない。 | |
スンクスの取り扱いについて | |
動物施設での飼育に順化しきってしまっている齧歯目とは異なり、まだいくぶん野生的な面が観察される。注射などをされたことのない雄スンクスはおとなしいが、処置を繰り返すと次第に凶暴になる傾向がある。跳躍力はかなりあり、興奮すると20センチ以上の高さがあるケージから容易にとび出すので注意する。保定のしかたは、基本的にマウスの場合と同じであるが、皮膚のたるみが多いので、すばやく手繰り寄せないと噛みつかれる恐れがある。皮膚は四肢でしか固定されていないようで、手繰り寄せできる部分が大きい。この保定状態からゾンデによる経口投与、親指と人差指で摘んでいる皮膚に頭側から体軸に沿って洋射針を刺入して皮下投与、さらに腹腔内投与が可能である。スンクスの尾は黒褐色であり、外側から静脈が視認できないうえに尾静脈も細いことから、尾静脈注射や尾静脈からの採血は非常に困難である。われわれの教室では頸静脈に慢性的にカニューレを埋め込み、無麻酔無拘束下で投与している。 | |