2012年06月30日 2010年2月14日に記す
「論点のすりかえ」について
下記は、私が管理するクローズドのブログに、2010年2月14日に書いたエントリである。当時ネット上の友人たちの間で起きた諍いに燃料投下するようなことはしたくないと非公開でいた。
あれから2年以上も過ぎるが、この件で自説のみを正しいと強弁する id:taraxacum_off がいる。この人物は、id:felis_azuri に3年近くも不当な言いがかりをつけてストーカー行為を続けている。あげくのはてに、私が私信で説明した本エントリのような見解が不当で「糾弾する根拠」になりうると私にまでidコールを繰り返している。
私は不当なストーカー行為を続ける id:taraxacum_off と議論などする気は毛頭ないが、一方的な見解に対して違う見解もあるということを示しておくことは、少しでも関心を持ってくれた人がいるとしたら参考になるだろうとおもいここに公開しておく。
2年も過ぎて、人間関係も風景も大きく変わった。オリジナルには当時の友人たちのコメントがついているので、エントリ部分だけコピーしてここに公開する。
「論点のすりかえ」について
さつき氏のエントリのブクマに「論点のすりかえ」というブコメがある。
URLが記されている。おそらくさつき氏のエントリが行なっている「論点のすりかえ」が説明されているのだろう。
URLに導かれて「07年都知事選の議論について擁護者たちの反論(2)」という記事を読んだ(現在はリンク切れ)が、さつき氏はなにひとつ「論点のすりかえ」をしてはいなかった。せいぜいいえるのは登場する人々による「論点の錯綜」である。
「論点」は明示されない
「07年都知事選の議論について擁護者たちの反論(2)」で抽出されている元のコメント欄も読んだが、さつき氏への反論とされている“Kiriko”氏、“かつ”氏のコメントは妥当な指摘である。さつき氏は“Kiriko”氏の指摘は「志位氏の主張をねじ曲げる」ものと受け取ったようだが、“かつ”氏の指摘については「おっしゃる通り」と自らの誤読を認めている。
Kirikoさん、かつさん、
おっしゃる通りで、私がかつさんのコメントを誤読してしまいました。かつさんすみません。
ただし、東本さんは、かつさんのコメントの趣旨とは全く異なる論点から志位氏の主張を批判していて、kirikoさんの最初のコメントもその立場からのものと思います。その批判は志位氏の主張をねじ曲げるものです。私はそのことを批判しています。
本来、東本氏は、かつさんのコメントにあるように「所得水準が低いほど福祉は必要であり、・・」と批判すればよ良かったのであり、そうであるなら、私もその意見に同意します。
AMLでの東本氏による共産党批判には、同様の、読者を欺く「ねじ曲げ」が多数ちりばめられていて、msqさんは、そのことを批判しています。
東本さんのような批判をやっているかぎり、そこから何も有意義なものは生まれないばかりか、運動の分裂など深刻なマイナスの作用を発揮すると思います。
Posted by さつき at 2009年11月09日 09:23
この発言から「論点のすりかえ」は見いだせない。
それにも関わらず、「07年都知事選の議論について擁護者たちの反論(2)」では、
文脈を無視した曲解で、貧困問題にすりかえた、
さつきさんは、このあと延々と自分がいかに、
貧困について考えてきたかを語ります。
と「論点のすりかえ」があったかのように書かれている。しかし、肝心の「論点」の明示がない。
さつき氏の「論点」
元のコメント欄で、最初にさつき氏が書き込んだコメントを読んでみる。
多数のコメントがついていて、きちんと読みこなせていないのですが、一点だけ大変気になることがあるので、書いておきます。
たんぽぽさんが、エントリ本文、およびコメント欄で引用されている次の記事のことです。
http://blog.livedoor.jp/zatsu_blog/archives/51378556.html
コメント欄ではたんぽぽさんは、この記事を根拠に次のように書かれています。
>共産党による、浅野氏へのバッシングは、
>事実無根のものも多く含まれ、あきらかに理不尽なものです。
>告示以後であれば、公職選挙法に抵触もしたでしょう。
さて、上記に引用した記事こそ事実無根であることは、かつてAML上で、msqさんにより検証されています。2007年3月の「AML保存書庫」で読むことができます。
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/thread.html#12325(リンク切れ/以下同)
ご存知のようにmsqさんは、「9.11陰謀論」の虚構性を徹底的に暴いた方です。
この内、[AML 12607] が最初の批判記事だと思います。
いくつかリストしておきますので、重要だと思われるなら読んで下さい。
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/012325.html
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/012349.html
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/012358.html
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/012398.html
実際にはこの数倍の論考がありますが、私が読んだ範囲では有効な反論はなかったと思います。これらの批判があった後、冒頭に掲げた記事は一旦ウェブ上から削除されました。それがいつの間にか復活していたのは、このたんぽぽさんの記事を読んで初めて知りました。
また、たんぽぽさんが10月30日の訃報記事で言及のとほほさんも、この件について多数の投稿をされていますが、ひとつだけ揚げておきます、
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/012527.html
要は、選挙は競馬の勝ち馬投票とは違うのだから、「勝てる候補にせよ」というだけの主張はナンセンスというものです。私もそう思います。
Posted by さつき at 2009年11月04日 23:27
膨大な議論の末に、「一旦ウェブ上から削除」された記事を根拠に
>共産党による、浅野氏へのバッシングは、
>事実無根のものも多く含まれ、あきらかに理不尽なものです。
>告示以後であれば、公職選挙法に抵触もしたでしょう。
とすることが気になって、さつき氏は当該ブログにコメントした。
さつき氏にとって「論点」は、《公職選挙法にも抵触》しただろうといわれる、共産党の浅野批判の妥当性にある。
「論点からの逃亡」
さつき氏が紹介した、いまはなくなったAML上の膨大な議論のアーカイブから「(共産党批判者の)意見には妥当な内容もある」(=Kiriko)という程度の反論で、さつき氏が「論点」としている主張が論破されることにならない。
さつき氏が論破されるには、ブログ主が書き記した《共産党による浅野氏バッシング》から《告示日以降なら公職選挙法にも抵触しただろう事実無根のもの》を明示するしかないが、それは一切なされていない。“Kiriko”氏や“かつ”氏が指摘している共産党の志位氏の演説が、住民税や福祉費に関わるネガティブな「印象操作」であったとして、その内容が公職選挙法に抵触するほどの「事実無根」とまでいえないのは自明である。
「07年都知事選の議論について擁護者たちの反論(2)」の最後はこのように締めくくられている。
文脈を無視した曲解で、貧困問題にすりかえた、
さつきさんは、このあと延々と自分がいかに、
貧困について考えてきたかを語ります。
「さるのつぶやき」が反論になっていないことや、
「住民税は全国一率」で東本さんに同意したkirikoさんを、
東本さんと別の立場にしたこと、「かつさんのコメント」に
同意すると「赤旗」批判になることは、もうすっかり無視です。
そして最後のほうに、こんなことを書いているのです。
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「貧困」と正面から向き合えば、とんがりもするだろう。
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あなたがとんがっているのは、貧困と向き合うからではなく、
でたらめやねじまげを強引に正当化するからだと思いますよ。
さつき氏が「貧困問題」を語るのは「論点」に関わる自身の動機であり、「国保証取り上げ」に関するさつき氏の主張は「論点」に関わる誠実で切実な重要問題を孕んでいる。それを「すりかえ」と表現するのは、平たくいえば「ひでぇもんだ」である。そんな印象操作に時間と労力を割くよりも、都知事選における共産党の浅野氏批判から告示日以降なら公職選挙法にも抵触しただろう事実無根のものをひとつでも明示することに努力すべきだろう。
自由で主体的な参加を前提にしたネット上の議論において「論点」はそれこそ多数多様であり、「論点の錯綜」は避けられないのかもしれない。しかしここでは、少なくともさつき氏が提起した「論点」に関するさつき氏による「論点のすりかえ」はなく、当該のブログ主による「論点からの逃亡」があるだけである。
上に引用した「07年都知事選の議論について擁護者たちの反論(2)」の最後に、引用されている《「貧困」と正面から向き合えば、とんがりもするだろう。》は、さつき氏が“とほほ”氏を追悼し述べた言葉である。
それを、さつき氏が自身を語った心情の吐露と読んでこのような引用をするなら読解力ゼロの誤読であり、そうでなかったとしても文脈を無視した恣意的な引用であり、ここにはあからさまな悪意が無邪気に露呈している。「ダダモレ」というのはこういうことをいうのだろう。困ったものである。
立ち止まり思考すべき「言葉」の前で
最後にさつき氏のエントリの末尾を引用しておく。
彼は、「歴史修正主義」と闘った。「9.11陰謀論」とも闘った。そして何より「貧困」を生み出す思想と闘った。「貧困」と正面から向き合えば、とんがりもするだろう。私は、彼のようには正面から向き合うことができない。だからこうして、のほほんとしていられる。そして、そのことを恥じる。
このエントリをとほほ氏にささげ、追悼文としたい。
私は“「貧困」を生み出す思想と闘った”という言葉の前で立ち止まる。人がその前で立ち止まり思考すべき言葉を紡いだ、さつき氏に感謝する。さつき氏は、自らの論旨はエントリ内の次の一文であるという。
「国保証取り上げ」をめぐって議論するのなら、その実態にこそ目を向けるべきだ。共産党が嫌いなら、独自に対応する方策をこそ議論すべきだ。そうしたことを議論するつもりがないのなら、最初から「国保証取り上げ」の問題を話題に出すべきでない。
「論点の錯綜」は共産党への評価にも起因するのだろうが、そのことで重要な社会的政治的問題に関する議論が停滞するのだとしたら残念でならない。だれがそのような状況から利益を得るのだろうか。不利益を被るのだろうか。
さつき氏のウェブログは、その後も、不毛な議論もどきのイザコザを経て、現在更新が止まっている。私は再開を静かに待っている。
了
追記:さつきさんが沈黙し沈静化するかのような状況下で、再び関係者がゴチャゴチャしなければならない燃料を投下するのは本意ではないので、このエントリは表には出さないでおこうと思い、ここに置いています。表に出すときには、若干の手直し(思考のしなおし)をします。もうすでにずいぶん風景が違ってみえていることもあります。(2010.2.16,13:55)