WEB特集
グーグルの新戦略とは
6月29日 23時05分
アメリカのIT企業、グーグルは、今週、サンフランシスコで技術者向けのイベントを開催しました。そこには、厳しい競争にさらされ、「勝者」が目まぐるしく入れ代わる業界で、常に消費者に新鮮な驚きや刺激を与え続けようとするIT企業の姿がありました。
生き残りをかけたグーグルの新しい戦略について、アメリカ総局の芳野創記者が解説します。
ジェリービーン
グーグルとしては、年間で最も大規模なイベント、グーグルI/O。
世界中から集まったプログラマーやエンジニア、大学関係者など合わせて5500人が参加しました。
一般向けのチケットは、900ドル(日本円で7万2000円)もしますが、インターネットでの受け付け開始から、わずか20分で売り切れとなるほどの超プレミアチケットになりました。
その理由は、グーグルが、毎年、このイベントで新製品や新サービスなど重要な発表を行っているからです。
今回は、早くからグーグルが自社ブランドのタブレット端末を発表するのではないかという見方が強まっていました。
そして、このタブレットに組み込まれる基本ソフト「アンドロイド」の最新版「ジェリービーン」にも期待が集まっていました。
「ジェリービーン」。
豆の形をしたカラフルなゼリー。
お菓子です。
グーグルの「アンドロイド」はアルファベット順にスイーツの名前を付けられています。
前回は「I」の「アイスクリーム・アンド・サンドイッチ」。
今回は「J」の「ジェリービーン」です。
イベント前日の26日、グーグルは交流サイト上で、本社の敷地内に並んだオブジェ群の写真を紹介しました。
そこには歴代スイーツのオブジェの中に、透明の容器からこぼれ出た「ジェリービーン」の姿がはっきり写っていました。
グーグル一流の話題作りですが、初日の基調講演を待つ間、会場の至るところで「ジェリービーン」ということばが飛び交っていました。
一歩進んだ音声アシスタントサービス
初日の27日の基調講演は、この「ジェリービーン」こと「アンドロイド4.1」の説明から始まりました。
「ジェリービーン」で何ができるのか。
誰もが驚いたのが「グーグル・ナウ」という機能でした。
これは何かを調べたいと思ったときに自分で検索するのではなく、コンピューターが先回りして情報を調べておいてくれるという機能です。
例えば、駅のプラットフォームに立っていると、次の電車がいつ来るのかを知らせてくれるというもの。
また、利用者の検索履歴から好きなスポーツチームを割り出し、試合が終わった時点でその結果を通知するということもできます。
アップルの音声アシスタントサービス「シリ」が、端末に話しかけて初めて答えが返ってくるのに対して、「グーグル・ナウ」は、みずから気を利かせて利用者が必要としている情報を必要なタイミングで教えてくれるという、さらに進んだ技術です。
自社ブランドのタブレット
この「ジェリービーン」を組み込んだハードウェアにも、今回注目が集まりました。
グーグルは台湾のパソコンメーカー「アスース」と共同で開発した自社ブランドのタブレット端末「ネクサス7」を発表。
グーグルは、スマートフォンでは、すでに自社ブランドの端末を手がけていますが、自社ブランドのタブレット端末の開発は今回が初めてです。
これまで、端末の開発はメーカーに任せていたグーグルが、みずからタブレット端末を手がけることを決断したのはなぜか。
それは、タブレット市場で圧倒的なシェアを握るアップルを追撃するためです。
アップルへの対抗策として、グーグルが打ち出したのは、端末の小型化。
ディスプレーのサイズは7インチと、アップルのiPadの9.7インチに比べて一回り小さいのが特徴です。
価格も199ドル(日本円で1万6000円程度)からと、アップルの新型モデルの半額以下に抑えました。
タブレット端末の市場には、マイクロソフトも今月、自社ブランドで参入する方針を発表したばかりです。
こちらは端末のカバーの裏側がキーボードになっているのが最大の特徴です。
先行するアップルの去年の世界シェアは62%。
2位のサムスン電子の9%、3位のアマゾンの6%を大きく上回っています。
グーグルの自社ブランドでの参入で、IT業界の巨人たちが、今後、タブレット端末の市場で真正面からぶつかり合うことになりますが、アップルの優位を覆すことができるのか注目されます。
グーグル・グラス
さて、今回のイベントで最も話題を集めたのは、グーグルが開発中のメガネ型の端末「グーグル・グラス」の実演です。
「グーグル・グラス」は、メガネのフレームの片側に小型のスクリーンを取り付けたもので、現実の世界を眺めながらスクリーンに映し出されたインターネット上の情報を見ることができるようにしたものです。
カメラも装備されており、両手が自由な状態で自分が見たままの景色を撮影し、他の人と共有することもできます。
初日の基調講演では、創業者のセルゲイ・ブリン氏が、突然、ステージに登場。
グーグル・グラスを着用しています。
「きょうはグーグル・グラスの話をしにきたんだ」と切り出すと5000人の出席者から大歓声が沸き上がりました。
そして、ステージの大画面の映像は、サンフランシスコの上空を飛行するヘリコプターの中に切り替わります。
乗組員が装着しているのは「グーグル・グラス」。
ブリン氏が「窓の外の景色を見せてくれないか」と呼びかけると、「グーグル・グラス」が捉えた映像が画面に中継され、再び大きな拍手。
「それ行くぞ!」とスカイダイバーがヘリコプターから飛び降りると、グラスが撮影した迫力のある映像が画面に映し出されました。
このプロジェクトは、創業者のブリン氏が率いる少人数のチームが実用化に向けて取り組んでいます。
ブリン氏は「この端末にはすばらしい技術が盛り込まれている。イメージした映像を捉えてシェアするという機能は、この端末だけができることだ」と述べていました。
ブリン氏はイベント2日目の28日にも会場の屋上から実況中継。
この日も「グーグル・グラス」が捉えた飛行船からのスカイダイビングの映像が紹介されました。
ところで、今回、もう1人の創業者、ラリー・ペイジCEO=最高経営責任者は声が出なくなったということで、イベントには姿を現しませんでした。
ただ、自身の交流サイト上には「だからセルゲイ・ブリンと仕事をするのが好きなんだ」と記しています。
2人の創業者はことし4月以降、関係者だけのイベントやパーティーなどに「グーグル・グラス」を装着して登場し、ネット上で話題になっていました。
グーグルは今回のイベントに参加した技術者を対象に「グーグル・グラス」を1500ドル(日本円でおよそ12万円)で来年前半に試験的に発売すると発表。
申し込みの受付前には長い列ができていました。
グーグルは、2年後にはさらに安い価格で一般向けにも販売したいとしています。
イベントを取材して
今回のイベントを取材して大変印象的だったのは、グーグルが5000人を超える出席者に、期待を上回る「驚き」を与え続けたということです。
「グーグル・グラス」のように、一見本業とは関係ないのではないかと思われるようなプロジェクトの発表に、出席した技術者たちは拍手喝采していました。
出席者の1人は、「子どもの頃に描いていた夢の世界をグーグルは実現してくれそうな気がする」と話していました。
一方で、日本の大手メーカーの技術者は「グーグルとアップルの新発表にどこまでついて行けるかが、今後のビジネス展開を左右する」と話していました。
アメリカのIT業界の巨人たちが革新的なアイデアや技術を次々に生み出すなかで、日本企業は何を目指すべきなのか真剣に考えなければならないと思います。