時の利というものがある。稀勢の里がそれを利して、一気に優勝争いの先頭に出て来ることを、私は期待していたのだが、終わってみたら、なんのことはない、並び大名の如く、三敗勢の一人として、席を確保しただけで颯爽と先頭に出て来るということにはならなかった。
本当にかんじんな時には強さを発揮出来ない力士である。上位には妙な強さを出すくせに、下位には弱い性癖も一向に克服出来ない。
今場所は滅多に出会えない乱戦・混戦だったのだから、この中に斬りこんで、ここに男ありと売りこむには絶好のチャンスだったのだが、そんな計算を立てている気配もない。
所詮は他人事なのだが、この力士が、いつ人生の勝負と目の色を変えて出て来るのかと考えるといらいらして来る。片やこの頭痛のタネのような大関に比較すると、白鵬の冴え冴えとした相撲の深みには、いつもながら魅了されてしまう。
中盤戦に、珍しくも救い難い混乱を見せたが、ここへ来ての四日間の戦いようには文句のつけようがない。三日間の落ちこんでしまった姿は、これが白鵬の本場所のものかといわざるを得ないものだったのだが、なにがどんなきっかけになったのか、回復したとなると、奇跡の治癒で土俵に戻って来た。
なにか悪質な嘘にでもだまされていたような三日間であった。それにつけても、その四日目に土俵に帰って来てからの強さは、どう表現したら良いのか。
問題の三日間とその後の四日間の相撲の最大の差は攻めのスピードなのである。
その四日間の相手の中には、特に攻めの遅い力士はいない。それでも四人が四人、白鵬の攻勢の前に、攻めが遅れたように見えた。これは、多分、攻める側の白鵬の攻勢が冴えていたからなのだろう。
テレビの放送で、舞の海さんが「終わってみれば、白鵬の優勝だった」ということもあり得るといって居られたが、本当にそんなことがあり得る。
しかし、そうなった時にライバル達はどんな言い訳をするつもりなのだろう。 (作家)
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