明日はいよいよ夏場所の千秋楽と押し詰まったのだが、優勝の行方は混迷の度合いを深めるだけで、すっきり向こうが見えるということにはならない。
今場所では、こんな土俵は見たことがないと何度も書いたような気がするが、14日目が終わっても、その度合いは少しも変わらない。
何しろ、3敗力士が3人、4敗力士が3人いるという最終盤の混乱なのだから、見る側もよほど頭をすっかりきれいにさせて置かないと、土俵の進行を追い切れないことになりかねない。
こんなときには、思いがけないところで、人間味たっぷりな話に出合って、人の心の温かさをしみじみ思い知らされたりするものである。
たとえば、旭天鵬のこんな話である。ベテランは中盤戦から終盤にかけて健闘する姿が潔いのでファンが多い。
しかし、超ベテランなのだから、なかなか、優勝争いをするということにはならない。そのうえ、実力者なのだから、時にはそこそこ、注目を浴びる成績を挙げてくる。今場所もそんなことでテレビのインタビューの対象になったりした。本人はそんなことで舞い上がったりしないのだが、今場所13日目で10勝3敗の星を挙げていた。こうなると、身辺は当然騒々しいことになってくる。そんなこんなで身辺の静寂を保とうと考えて子供を寝かしつけてから映画を見た。それは良いのだが、気が付いたらなんと3本を見終えてしまっていたという。
同じような話で少々古いバージョンがある。若乃花と栃錦が無敗で千秋楽にもつれ込んだ。こんな時には映画館に入るに限ると、若乃花は盛り場の映画館に入ったが、1回目、2回目と同じ映画を見て動かない男がいる。しつこい奴だと、劇場が明るくなったときに見たら、それは翌日の対戦相手の栃錦だった。
今度の場所も、こんな話をどこかで作っているのだろうか。
3敗勢と4敗勢がどんな戦いぶりを見せてくれるか。優勝戦線にはまったく話が出ない力士がこの千秋楽には残っている。それらの力士たちの戦いぶりも、楽しみの一つである。 (作家)
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