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小野ヤスシさん「笑顔で」葬儀を自ら演出

都内の自宅に小野ヤスシさんの遺体が到着した(撮影・三須一紀)
都内の自宅に小野ヤスシさんの遺体が到着した(撮影・三須一紀)

 28日に腎盂(じんう)がんで死去したタレント小野ヤスシさん(享年72)が、葬儀を自ら演出していたことが29日、分かった。小野さんは13日に入院した時から家族に「笑顔で死にたい」と語り、エルビス・プレスリーの曲を流すなど葬儀の内容を話し合っていた。芸能界の仲間にも自ら、葬儀での歌唱を依頼していた。名司会でも知られた小野さんらしく、自ら仕切って天国に旅立つ。

 長男泰輔さん(25)はこの日、都内の自宅前で取材に応じ、「自分にも人にも厳しかった。すべてにおいて天才、完璧な父親でした」と気丈に話した。言葉通り、小野さんは自らの旅立ちも完璧に準備していた。

 小野さんは10年1月に腎盂腫瘍で右腎臓を全摘出し、その後、抗がん剤治療を続けてきた。13日に容体が悪化して都内の病院に入院すると、死期を悟ったかのように泰輔さん、芳子夫人(55)、長女菜々美さん(28)を前に「笑顔で死にたい」と話していた。そして、呼吸が止まっても心臓マッサージなど蘇生措置を行わないように伝えていたという。

 病床で家族と葬儀についても話し合っていた。「盛大な葬儀とかではなく、エルビス・プレスリーの曲やカントリーを流して送ってほしい」。関係者を通じて、芸能仲間に葬儀で歌ってくれるよう、依頼もしていたという。泰輔さんは「誰にお願いしたのか、家族も知りませんでした」と話した。小野さんはエルビス・プレスリーの歌が大好きで、28日に息を引き取った際も枕元で流されていたという。ひつぎの小野さんは、10年の「芸能生活50周年パーティー」で着たグリーンのタキシードにちょうネクタイ姿で眠っている。“最後”のお別れとなる衣装も、小野さんのリクエストだった。

 菜々美さんの誕生日は7月11日で、泰輔さんは「姉の誕生日まで生きてほしかったが、それを言うとプレッシャーになるので伝えられなかった」と残念そうに話した。小野さんが泰輔さんに残した言葉は「葬儀で、お前、しゃべってくれないか」だった。泰輔さんは「ハイ、しゃべります」と答えた。長男への父としての最後の願いでもあり、長男の言葉で送ってほしいという演出でもあった。

 フジテレビ系人気番組「スターどっきりマル秘報告」では、数々の芸能人を驚かせてきた。天国への旅立ちは、小野さんらしい演出で、参列者を驚かせるだろう。

 [2012年6月30日7時11分 紙面から]







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