GW特別企画 日蓮正宗の消えない嫌な過去
テーマ:宗門関連五十六世の日応は自著の弁惑観心抄で「金口嫡々相承を受けざれば決して本尊の書写をなすこと能(あた)はず」と言っている。その日応が、日清・日露戦争で「戦勝本尊」を書写・発行し、檀徒に授与しているのだ。
明治29年に「為征清戦勝記念」と認められたものと、明治37年には「皇威宣揚征露戦勝」と認められたのがそれだ。集められた供養金を「軍費」として国家に献上もしているのである。ここまでくると、一切衆生の幸福という発露とは、程遠い無縁のものだというしかない。
それだけではない。
「未来本尊」というものがあり、これは拝むためではなく、骨壷に入れて保管する本尊のことである。
以下の画像をご覧いただきたい。
この画像の御本尊は「棟札(むなふだ)」といって、日顕書写のものだが、家を新築したときに天井裏の柱につけ、お守り同然として安置するもの。これはある学会員宅で発見されたものだが、私も実物を見させていただいたことがある。左には、授与書きが書かれてあるが、個人情報に触れるのでカットさせていただく。
本来、信仰の対象となる御本尊を、日蓮正宗はいかにいい加減に扱ってきたかが、これで少しはわかるだろう。
これで学会発行の御本尊は「ニセ本尊」だとはよく言えたものだ。