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「国民によく説明する」の言語と政治構造 - 詭弁と疎外
「決められない政治」と並んで、少し前から気になっている言葉遣いがある。それは、「国民によく説明する」だ。「国民にもっとよく説明する必要がある」、「国民によく説明すれば理解してもらえる」、「政治が国民によく説明をしていない」などの言葉が、テレビを通じて、政治家やキャスターやコメンテーターの口から出てくる。これは何だろうと違和感を覚え、直感的にいかがわしい官僚語の臭いを感じ取って久しい。この言葉は、昔はこれほど日常で頻繁に語られることはなかった。意味の怪しい官僚語の流通は他にもあり、例えば、「スピード感を持って」がそうだ。この言葉は、昨年の東日本大震災の復興の政治に絡んで用いられるようになり、首相や復興担当相や復興会議の幹部や被災地の知事の口から発せられ、永田町の政治家が国会やテレビで言い、それをテレビのキャスターが使いまくり、視聴者の耳に慣れさせ、普通の言葉のように刷り込んでしまっていた。注意して観察すれば、これは明らかに悪質な官僚語であり、作為的な政治用語である。本来、「迅速に」と言わなくてはならないところを、「スピード感を持って」という曖昧な日本語に置き換えている。これは要するに、復興の具体的な事業の日程や金額が後回し先送りにされている事実や実態を、主観的な態度の問題にして、為政者がフリでゴマカシてエクスキューズしている欺瞞の言語だ。


本気で復興をやる気がない霞ヶ関と永田町が、被災地で苦境に喘いでいる市民を小バカにしながら、鼻でせせら笑いながら、あしらって済ませようとする態度が透けて見える。ここでは、責任は「スピード感」という感覚の問題になり、客観的な結果責任のコミットや規律意識がないのだ。さも「スピード感」があるように被災地の人間が感じればよく、だから、「x月までに必ずやります」とか、「今日からスタート」を何度も口先で言っていればよいのである。「スピード感」があればよく、「スピード」はなくてもいいのだ。官僚の本音が透けて見える。このような無責任さが漂ういい加減な言葉は、昔は行政で使われることはなかった。「スピード感を持って」の言葉の中に織り込まれているのは、現在の日本の人間と人間の関係だ。こんな言葉で愚弄されなければならないほど、地方で被災した者の立場は弱く、税金を牛耳る中央の官僚の立場は強い。この言葉を最初に開発して、政治家のペーパーに使わせ、テレビ報道で溢れさせたのは、おそらく財務官僚だろう。こうした悪質な官僚語は数限りなくあるが、他にもすっかり定着したものとして、15年ほど前からの「総合的に判断して」の語がある。これは、官僚がフリーハンドで決めるという意味である。具体的な法律や政令を市民の側に武器にされることなく、個別行政案件の判断と決定の権限を官僚が独占するときの宣告として、この言葉が使われる。

「国民によく説明をする」とはどういう意味だろう。一見すると、これは、いわゆる説明責任(アカウンタビリティー)を果たすという意味に取れる。耳障りとして善良な意味に解釈できる。官僚や政治家やNHKのキャスターは、その意味で国民に受け取らせようとして言葉を使っている。しかし、実際にはそうではない。この「国民によく説明する」とか、「丁寧に説明すればいい」という言葉は、「決められない政治」と密接に関係している。つまり、具体的には、消費税増税とか原発再稼働の政策をめぐって使われている言葉であり、二つのターミノロジーは政治構造としてセットなのだ。「国民によく説明する」とはどういう意味か、言語の中にある政治的要素を検出してみよう。第一に、それは詭弁を言うことである。第二に、それは刷り込むことである。第三に、反論をマスコミから遮断して排除することである。第四に、大越健介が説教を垂れることである。第五に、国民の反論や反発を大衆の俗情にスリカエることである。第一に、ここで言う「説明」とは詭弁のことだ。6/8の再稼働宣言の官邸会見にせよ、6/26の「一体改革」衆院可決時の官邸会見にせよ、文面は詭弁にまみれていて、国民が望まないことを「国民の生活を守るため」にやるという論法になっている。論理的に矛盾した言説が詭弁で接合されて正当化されている。詭弁でゴマカシて言い繕うことが、「国民に説明する」ということだ。最近、政府の説明は詭弁ばかりになった。

第二に、それは刷り込むことだ。消費税増税については、将来世代のため、現役世代の負担の軽減のため、ギリシャのようにならないため、原発再稼働については、電力供給の安定のため、国民生活の安心のため。繰り返し繰り返し同じことを言い、テレビを通じて一方的にシャワーし、社会的常識として固めることである。「国民によく説明する」とは、簡単なフレーズを何度も刷り込むという意味だ。政策の中身を分解して客観的に整理するとか、疑問に一つ一つ正面から答えて理解を促すという意味ではない。双方向ではなく一方向の情報回路が前提である。「国民によく説明する」の「よく」の意味は、「しつこく何回も」の意味であり、量的な回数であって質的な丁寧さの意味ではないのだ。そのことは、第三の、反論をマスコミから遮断し排除することによって実現されている。消費税増税について、それが将来世代のためと言うのは本当なのか、財政再建に繋がるのか、一つ一つについて反論はある。しかし、その情報がマスコミ空間に出ない。経済誌にも出ない。夜のニュース番組にも、朝のワイドショーにも出ない。岩波の「世界」も消費税増税に賛成であり、湯浅誠や宮本太郞など、増税の正当性を根拠づける左の論者の記事のみ並べている。反論はネットの世界でしかなく、オーソリティーを剥奪されたモグリの世界に押し込められている。「国民によく説明する」の中には、政策への反論の存在が前提されていない。「よく説明する」とは、反論の公論化の阻止の意味だ。

マスコミだけでなく、国会からも反論は排除されている。おそらく、共産党や社民党の議員が反論をしているのだろうが、質問時間が短く、閣僚答弁でまともに相手にされず、逃げられてしまっているのだろう。テレビはこうした少数野党の質疑に注目せず、報道番組で取り上げない。共産や社民は最初から異端だと決めつけられていて、彼らの反論が消費税増税に反対する60%以上の民意を代弁していても、議席の少なさが説得力を落とし、正当な位置づけを与えられない。第四だが、このような構図が典型的に確認されるのがNHKの大越健介の説教で、NHKのNW9は、野田佳彦の官邸会見の補完版といった位置づけになっている。野田佳彦の「説明」をオーソライズする場がNW9だ。嘗てのNHKの9時のニュースは、このような毒々しい性格は持っていなかった。このところの日本の政治は、国民が拒絶している政策を官邸とマスコミが「説明」と称する詭弁と説教で受け入れさせ、永田町と霞ヶ関が強引に押し切っている現実ばかりだ。大越健介の「説明」は、再稼働に反対する多数世論や消費税増税に反対する多数世論を、それは底辺に生きる大衆の俗情であって、国家の政策には値しないと排斥する視線と論法で一貫している。どれほど世論調査で多数意見であっても、それは国家の利益になる方向性のものではなく、大衆の不満や愚痴の主張にすぎず、同情して憐れむ余地はあっても、政策論として意味と価値のあるものではないという態度で切り捨てる。そこには傲慢なエリート主義がある。

この第五の、国民の政策上の異議や反発を卑しい大衆の不平不満だと貶める手法の背景には、おそらく格差社会の拡大があり、政府の政策に反対する者たちの弱体化があり、中産層の解体と消滅の社会的現実がある。大越健介的な傲慢なエリート主義がまかり通る素地と構造がある。エリートと大衆という物理的な岩盤化された構造がある。政策から疎外された下層の存在がある。今、国の政策に反対する者は大量の弱者なのだ。声を上げる回路がなく、声を上げる時間がない。嘗ての日本はそうではなかった。中産層には経済的余裕があり、社会や政治を監視する十分な力を持っていた。経済的弱者が政治的弱者にまでなっている。「決められる政治」とは、強者が弱者を押し切る政治だ。


by thessalonike5 | 2012-06-29 23:30 | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from NY多層金魚2 = Se.. at 2012-06-29 14:16
タイトル : 国民の生命を奪うことが第一 再稼動のための新マニュフェスト
 この挿話は作者のたえず朦朧たるアタマのなかで組み立てられたフィクションで、現実社会のいかなる国のいかなる現象をも題材に揶揄したものではありません。だって、こんなバカバカしい国家が現代の地球に存在するわきゃないもんね。ブラック・ユーモアとバラエティー番組と自殺が横行する、とあるお伽の国のネガティヴお伽ばなし。まずはその国の政界でも流行っている、ていねい語=ですます調で、はじめてみようぜ!  200Q年、政権交代のための「本日」国、民主党マニフェストの冒頭宣言「暮らしのための政治を」には、当時......more
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