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| 大野川流域の石造仏教美術の解説 転載:大野川流域の文化財ガイドブック 平成6年3月 朝地町ムラおこし事業実行委員会 緒方町資源調査事業調査委員会 ◎大野川流域の磨崖仏 大野川の流域地帯には二十四ヶ所にわたって磨崖仏が所在し、県下全域の所在ヶ所中三〇%にも当っており、彫像総数は実に七十?に及ぶ。そしてその所在場所は犬飼町より下流にはなく、すべてそこよりさかのばった本流・支流沿いの村落か、または村落からあまり遠くない場所、あるいは川のへりにある。 特徴的なことは犬飼、普光寺、大迫、落水、志賀八原、宮迫東、宮迫西磨崖仏のように、高さ三メートルを超す巨像が多く、総体的に不動明王像が多く作られていることである。 制作年代は菅尾、宮迫東、宮迫西などは藤原時代までさかのぼるものと推測されるが、志賀八原、犬飼、普光寺などは鎌倉時代、その他は室町時代以降のものが多いようである。 この地域の磨崖仏については制作の動機や作者などに関する史料はほとんどないが、「豊後国志」の中で日羅が大野郡内に七ヶ寺を建て、その各々に磨崖仏を一ケ所ずつ彫ったことが書かれているが、こうした記述は伝説を取り上げたもので確実な史実とはいえないものの、その中で興味のあるのは千歳村大迫磨崖仏の大日如来像である。 この大日如来像は恐しいたたりの伝説を持っていることから、大野地方を支配していた緒方氏の滅亡後、その怨霊を鎮めるために作られ、あわせて守護神的な威力をもつ仏になったといわれている。 |