『グローカル』693号(2006/02/13)より

「女系派」にも「男系派」にも展望なし

象徴天皇制の空洞化は不可避

いがら しまもる


 女系天皇めぐり保守派内の「対立」が激化

 皇位継承資格者を女性・女系にも拡大する皇室典範の改正をめぐって、保守派内部で「対立」が激化している。
 政府は、昨年十一月の「皇室典範に関する有識者会議」の最終報告に基づき、(1)皇位継承資格者を女子や女系皇族に拡大する、(2)継承順位は男女を問わず長子優先とする、(3)皇族女子は婚姻しても皇室にとどまる、などを内容とする皇室典範の改正を、三月にも国会に上程する方針だ。

 だがここに来て、保守内部で女系天皇に反対する「男系派」や「慎重議論」を要求する声が勢いが増してきている。衆参合わせて一七〇人を超える国会議員が「拙速な改定に反対する」署名に名前を連ね、政府内部からも「慎重論」が噴出しはじめた。

 これに対して小泉首相は「皇位の安定的な継承のために早くやった方がいい」と国会上程の立場を崩していない。はたして、郵政国会なみの「ガチンコ対決」になるのか、それとも、政府案をベースに「男系派」の主張を取り入れた「修正」の方向でまとまるのか、いまのことろ予想はできない。
 しかし、「女系派」対「男系派」の「対立」と言っても天皇制を維持する立場での違いはない。さらに「伝統」を守る立場でも違いはない。ではこの「対立」の根本には一体何があるのだろうか。

次々期天皇?愛子 戦後の象徴天皇制は、その性格において二つの面を持ってきた。一つは「神聖天皇制」。もう一つは「大衆天皇制」である。戦後憲法においては天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基づく」(第一条)とされ、「万世一系」の明治憲法型の「神聖天皇像」は否定された。しかし、憲法と同時に施行された新皇室典範では「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」(第一条)とされ、「万世一系」の「伝統」は「継承」された。

 この二面性は「昭和」が終わる頃までは天皇制にとっては「強み」であった。天皇・裕仁が威厳性を醸し出す一方、皇太子・明仁(及び美智子と子ども達)が幸せなファミリーを演出するなどの役割分担によって、国民の「憧れの中心」であり得てきたからだ。

 しかし、この「神聖天皇制」と「大衆天皇制」は本来的には相容れない。両者の共存を担保してきた天皇・裕仁の死を契機に、天皇・明仁は「大衆天皇制」の側に傾斜する。すると「神聖天皇」派のフラストレーションは高まり、今度は、皇族バッシングを呼ぶ。矛盾は皇室の内部に蓄積され、美智子の失語症、雅子の適応障害、そして皇太子(徳仁)の人格否定発言に至る。

 今、激化している皇室典範改正をめぐる保守派内部の「対立」の根本には、この「神聖天皇制」と「大衆天皇制」の対立の存在と、それを止揚する新しい天皇=皇室像、皇室戦略の「不在」という現実がある。

 天皇制をめぐる危機は「皇位継承資格者の不在」にあるのではない。「新しい皇室戦略の不在」こそ支配者にとっての最大の危機なのである。皇位継承者を女性にしても、皇族復帰の手品師にしても、象徴天皇制の空洞化は不可避なのだ。


  男女平等とは無縁な「女性・女系天皇」


 皇室典範を考える有識者会議の役割は「大衆天皇制」を更にバージョンアップして、二十一世紀にふさわしい「新しい皇室戦略」を描くことだった、はずだ。しかしそれは見事に失敗している。「神聖皇天派」「男系派」への遠慮からか「開かれた皇室」戦略にとって不可欠な要素に背を向ける結果になっているからである。

 一つは、報告書の目玉である「女性天皇」「女系天皇」容認の主張が「男女平等」の原理を避けて主張されていることだ。
 報告書は言う。「女子や女系の皇族に皇位継承資格を拡大した場合には、男女を問わず天皇・皇族の子孫が継承資格を有することとなるため、男系男子限定の制度に比べれば、格段に安定的な制度となる」。そうなのだ、女性天皇・女系天皇を容認するのは、あくまでも皇位の継承が「格段に安定的な制度」となるからなのだ。ここでは「男女平等」の語句は一言も使われていない。

 ただし、報告書の別の箇所では「女性の社会進出も進み、性別による固定的な役割分担意識が弱まる傾向にあることは各種の世論調査等の示すとおりである」と書かれている。しかしこれは、「最近の各種世論調査で、多数の国民が女性天皇を支持する」背景の説明として語られていることで、決して女性天皇を「固定的な役割分担」を超えるものとして位置付けているわけではないのだ。

 西欧の多くの王室では、七〇年代・八〇年代に王位継承資格を男子限定、男子優先から「男女を問わず」に変えている。理由は「国際婦人一〇年」による「男女平等」の流れに王室の側から対応するためだ。

 これと比べると今回の「皇室典範改正」はいかにもその場しのぎの感を否めない。外に向かっては「男女平等」と見せかけながら、本質は世襲という「伝統」の維持のために女性を利用する、この取り繕いは早晩破綻するだろう。

 では仮に、有識者会議が憲法二十四条の「男女平等」を持ち出して「女性・女系天皇」を位置付けたら、私たちはどのように対応すべきだろうか。これについては最後に立ち返って触れることにする。

 もう一つ、最終報告が失敗していると言う理由は、有識者会議が今では科学的には通用しない「万世一系」神話にとりつかれていることである。

 再び報告書。「皇位は、過去一貫して男系により継承されてきたところであり、明治以降はこれが制度として明確にされ、今日に至っている」。皇位の「男系による継承」という考え方こそ「万世一系神話」の要である。それを「女系」に変えようというのが有識者会議の結論だったはずだ。その有識者会議がこれまでの皇位は「万世一系」であったと言っているのである。

 しかし、事実は報告書とは逆だ。古代からの天皇システムには明確な皇位の継承ルールは存在しなかった。ただダラダラと続いてきただけである。それを近代に入り、明治政府の役人が、西欧の王室に習って「男系の血統」による継承という「伝統」に仕立てたに過ぎないのだ。

 報告書はせっかく「女系」容認に転換しようというのだから、過去の「万世一系説」がウソであったことを正面から批判すべきだった。そうなれば首尾一貫した内容になったと思う。


 古き伝統の名による新しき法の制定


 「万世一系」の神話にとりつかれているのは、有識者会議の面々だけではない。女性天皇、女系天皇に反対する側の人々こそ「本命」である。そこで、その人々のために「万世一系」「男系」神話が、日本の近代化の中でどのようにして「発明」されたのか、少し見ておくこととする。

 よく知られていることだが、一八八〇年前後、明治憲法制定に至る過程で、女帝をめぐる議論は活発に行われていた。元老院起草の憲法第一次案、第三次案、さらに、宮内庁立案の「皇室規制」でも、止む終えない場合は女性の継承をみとめる、との規定があった。民間の議論も活発で、由民権運動が準備した多くの憲法草案は君主制を前提としているが「女帝」容認の草案が多数だった。

 しかし、最終的に、皇位の継承は「皇統に属する男子」となる。明治憲法と皇室典範の両法に書き込まれた「皇位の継承は皇統に属する男子とする」旨の内容がそれである。(ここには戦後のような二つの法の間にネジレはない)。

 活発な女帝賛否をめぐる議論をへて、最終的にそれを排する内容へと「皇位継承ルール」が収斂されるのは、明治政府の法制官僚である井上毅(こわし)の大きな影響があったとされている。

 井上は、まず、自由民権運動の内部での女帝論争に注目し、古事記、日本書紀、また、当時の男尊女卑の考えをベースにした女帝反対論を自らに摂取した。さらに、日本がキャッチアップをめざす西欧の憲法や法律を調べ、西欧の伝統や法律と日本の伝統の共通点を見いだすことに心血を注ぐ。そして、プロイセンなどでは中世いらの伝統で男帝に限られていることを知り「力づけられた」。

 しかし、井上の官僚としての非凡さが発揮されるのはここからである。井上にとって、西欧と日本を比較する際に、日本の天皇の伝統と西欧の男帝とが本当に同じものかどうかは二の次だった。にも関わらず、西欧に向かっては、日本にも西欧と同じ原理の君主制の歴史があるとアピールしつつ、国内にむかっては、西欧の男帝にならって「男系男子による継承」こそが日本天皇の皇位継承の「伝統」だと主張したのである。これが史実と違うことは既に述べた。しかし井上が声高に主張する「伝統」に反論できる者はいなかった。古き伝統の名をまとった新しい法が生まれた瞬間である。この方法は、皇室祭祀や天皇陵の治定など、明治以降に制定された天皇制の諸装置すべてに言える。日本の天皇制はまさに近代の産物なのである。

 井上毅が作り上げた「新しき法」は、戦後の混乱期もカタチを変えて生き延び、今も皇室典範の第一条として生きている。小泉の「皇室典範改正」には反対である。だからと言って現行の皇室典範を「守る」立場に立つわけにはいかないのである。

 【この項は、中野正志『女性天皇論』朝日新聞社、を参照にした】


 「女系」論争から「天皇制は必要か」論争へ

 
 最後に宿題にしておいた「仮に有識者会議が憲法二十四条の『男女平等』を持ち出して『女性・女系天皇』を位置付けたなら、私たちはどのような対応をすべきだろうか」という問題を考えてみたい。結論を先に言えばその時は大きなチャンスだと思う。なぜなら憲法第二十四条をテコにして天皇・皇族の「人権」を保障させる可能性が開けてくるからである。

 それが実現されれば、天皇・皇族は「個人として尊重され」(第十三条)「法の下に平等」になり(第十四条)「表現の自由は、これを保障」(憲法第二十一条)されることとなる。
 こうした事態を警戒しているがゆえに、有識者会議は女性・女系天皇が正統である説明に「男女平等」を使わなかったのである。

 しかし、正当化の論理は違っていても、現実に女性・女系天皇を実現させて行く道は、皇族を取り巻く環境に大きな変化を迫るものとなるだろう。

 現行の皇室典範が規定する「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」は、側室制度とセットではじめて機能できたものだった。しかし皇室の近代化の中で天皇家も単婚家族化し、「民間人」との婚姻も常態化し、さらに晩婚化、少子化へと変化してきた。そして女帝化である。

 この変化に対応するには側室時代の遺物を引きずる皇室典範の「部分的手直し」ではすまない廃止も視野に入れた抜本的な改革が必要となるだろ。特に愛子の教育、恋愛、結婚における当人や家族の意思はどのように扱われるのか。個人の自由の保障をふくめ、憲法で保障された自由や権利を認める方向に皇室典範、皇室制度をえていくのか。重大な問題として浮上してくるだろう。それは、同時に天皇制は何故必要なのかという素朴で根本定な疑問をも生み出すだろう。

 女性・女性天皇をめぐる論争は、タブーを突き抜けて、天皇制それ自身を問う論争に発展していくだろう。女性天皇が天皇制廃止のパンドラとなる可能性は大なのである。


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