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クロスベル編(ここから先、零・碧の軌跡ネタバレ)
第五十九話 クロスベルの春
<クロスベルの街 港湾区 黒月貿易公司>

多忙なアリオスに代わって仕事を引き受けたエステルとヨシュアは、黒月貿易公司の支社長室で依頼主のツァオと顔を合わせていた。

「お待ちしておりました、アリオスさんから話は聞いていますよ」
「重要人物の護衛とお伺いしましたが」
「ええ、クロスベルの街の中をあちこちと見て回るので危険の無いようにと思いまして」

ヨシュアの言葉に、ツァオはうなずいた。

「アリオスさんには及ばないかもしれませんが、しっかりと務めさせて頂きます」
「正直な方ですね、ですが今回の依頼はアリオスさんより貴女(あなた)がたの方が適任だと思いますよ」

エステルの言葉にツァオは微笑みを浮かべて、部屋に居る部下に指示を出した。
そして部下は10歳前後の少年を連れて部屋に戻って来た。

「シン様、本日はこちらの2人が街を案内いたします」
「なんだこのガキは、イリア・プラティエか、ディーター・クロイツを連れて来いと言っただろう!」

ツァオにシンと呼ばれた少年がエステル達を指差してそう叫ぶと、エステルも怒った顔で言い返す。

「何よ、あんただってお子様じゃない!」
「エステル、相手は護衛対象だよ」
「ふん、僕は認めないからな」
「あたしだって、子供のお守なんてウンザリよ」

言い争いを始めてしまったシンとエステルの姿を見て、ツァオとヨシュアは顔を見合わせてため息をついた。
ツァオはクロスベルの街を自分の足で巡る目的ならばエステル達の様な遊撃士が適任だと説得し、ヨシュアも遊撃士として依頼人に失礼な態度をとらないようにエステルに注意した。
両者は納得し、エステルとヨシュアはシンを連れてクロスベルの街を案内する事になった。
黒月貿易公司を出たエステルは、感じた疑問をシンに投げ掛ける。

「でもクロスベルの街をブラブラするより、劇場とか遊園地とかに行った方が良いんじゃないの?」
「そう言う所へはもう行った、僕はこのクロスベルの街で暮らしている人達がどんな顔をしているのかを見て回りたいんだ」
「へえ、意外としっかりしているのね」

シンの言葉を聞いたエステルは、感心した様子でつぶやいた。

「何と言っても僕は黒月の将来を背負って立つ男なんだからな」
「生意気言っちゃって」

得意気に胸を張って言い放つシンに、エステルは苦笑した。

「虫採りや釣りに夢中になっていたエステルとは大違いだね」
「ちょっと、恥ずかしい事をばらさないでよ!」

ヨシュアのつぶやきに、エステルは顔を赤くして叫んだ。

「お前、釣りが出来るのか?」
「大得意よ!」

シンが尋ねると、エステルは胸を張って釣公師団の団員との爆釣勝負に勝った事も話した。

「君も釣りをするのかい?」
「うん、(じい)ちゃんが教えてくれたからな」

ヨシュアの質問にシンはうなずいた。
釣りと言う共通の話題を見つけたシンとエステルの距離は急速に縮まったようにヨシュアには思えたのだった。



<クロスベルの街 住宅街>

しばらく街を歩いたエステル達は、閑静な住宅街へと足を踏み入れた。
昼間の住宅街は住民が居ないためか人通りは少ない。
シンは退屈さを隠さずに不満顔でエステルに尋ねる。

「おい、こんなつまらない所に連れて来てどういうつもりだ? 僕には時間が無いんだ」
「まあ少しだけなら良いでしょう、ここにも釣りスポットがあるのよ」
「お前しつこいな」
「負けず嫌いは遊撃士にとって大事なの!」

少しウンザリした顔でつぶやいたシンにエステルは大きな声で強調した。
先ほど港湾区で、軽い気持ちで爆釣勝負を受けたエステルはシンに負けてしまったのだ。
シンが再戦を受け入れると、エステルは喜んで釣り竿を取り出した。

「あらエステル、遊撃士のお仕事をサボって釣りしてるの?」
「ち、違うのよレン、これもお仕事なのよ」

通り掛かったレンに声を掛けられたエステルは慌てて言い訳をした。

「君は家に帰る所なのかい?」
「ええ、パパのお仕事のお手伝いよ」

ヨシュアに尋ねられたレンはそう言ってうなずいた。

「おい、その子はお前達の知り合いか?」
「あなた、誰?」

シンが身を乗り出すようにエステルに問い掛けると、シンの姿を見たレンが不思議そうに尋ねた。

「僕の名前はシン、世界の将来を背負って立つ男です!」

少し顔を赤らめたシンがそう宣言すると、レンは驚いた顔をしたがクスクスと面白そうに笑い出す。

「ふふっ、面白い子ね」
「あたしに対する態度と違うじゃない」

シンの変わり身を見たエステルは頬を膨れさせてつぶやいた。

「お前よりもずっとレンさんの方が淑女(レディ)と呼ぶのに相応しい女性だからな」
「あんですって!?」

そのシンの発言を聞いたエステルは大声で叫んだ。

「ほらほら、そんな言葉づかいをしない」
「まったくエステルってば、はしたないんだから」

ヨシュアとレンになだめられたエステルはシンの言い分が正しいと認めざるを得なかった。

「これからお昼なんだけど、レンのお家に来ない?」
「えっ、よろしいのですか?」

突然レンに誘われたシンは驚いて尋ね返した。

「パパのお仕事の関係もあって、ママもお客さんに会うのを楽しみにしているのよ」
「それならお言葉に甘えてお邪魔します」

レンの言葉を聞いたシンがかしこまってそう言うと、エステルは嬉しそうな声を上げる。

「やった、ソフィアさんのハニーパイが食べられるわ」
「まったく、エステルってば食い意地が張ってるんだから」

レンの母親であるソフィアが作るハニーパイは、クロスベルの東部に存在するアルモニカ村で採れるハチミツを使って作られていた。
エステルの見立てによれば、クローゼの作るラヴェンヌ村産の果物を使ったアップルパイに匹敵するおいしさらしい。
そして自分が各地のパイを食べ歩くのは、ヨシュアの故郷ハーメル村の果物を使った名物パイを研究するためだと、エステルはヨシュアに話していた。

「そう言えばパパに聞いたけど、アルモニカ村でおかしな事があったみたいよ」

レンはエステル達に、アルモニカ村で乾パンやベーコンなどの保存食が大量に買い付けられた事件を話した。
しかし話を聞いたエステル達も、それがどのような意味を持つのか分からなかった。

「警備隊で大規模なサバイバル訓練でもするのかしら?」
「僕達は聞いてないよ」

レンの質問に、ヨシュアは首を横に振った。

「もしかして極秘なのかもしれないわね」
「そうかもしれないね」

エステルの意見を聞いて、ヨシュアはうなずいた。
レンの家で昼食をご馳走になった後、レンもエステル達と一緒に街を回る事になり、シンは感激した様子だった。

「護衛対象が増えちゃったね」
「だけど今まで危険が無かったし、大丈夫よ」

エステルとヨシュアはそう言って顔を見合わせたが、実は危険が差し迫っていた事に気づいていなかった。



<クロスベルの街 裏通り>

シンを連れたエステル達が歓楽街を通り掛かった頃、裏通りからエステル達の様子をうかがうシャーリィの姿があった。

「エステルってば、護衛だって言うのに暢気(のんき)な顔しちゃって」

そう言ってシャーリィは無邪気な笑みを浮かべた。
《赤い星座》と《黒月》は共和国の方で過去に衝突した事もある。
黒月側の長老達を人質に取り譲歩を引き出したシャーリィ達は、クロスベルでも主導権を握ろうと画策していたのだ。
そして黒月にダメージを与える事はシャーリィ達の新たな雇い主の意向にも合っている。
住宅街の方へ姿を消したエステル達を追いかけて裏通りを出ようとしたシャーリィの行く手を、高い建物の上から飛び降りた人影が阻んだ!

「久しぶりだね、まさか昼間に会えるとは思わなかったよ」

飛び降りて来た黒装束の人物を見て、シャーリィは嬉しそうな笑顔で声を掛けた。

「私は会いたいとは思わなかったがな」

声を掛けられた黒装束の人物――銀は抑揚の無い声でそう答えた。

「そんなつれない事を言わないでよ、でもアタシ急いでいるからそこを退いて欲しいんだけど」

シャーリィが頼んでも、銀は微動だにしなかった。

「やっぱり護衛はエステル達じゃなくて、アンタが本命だった訳か」

その銀の姿を見て、シャーリィは腕組みをしてウンザリした顔でため息をつく。

「あの日の夜もアタシの事を邪魔してくれちゃってさ」

そう言ったシャーリィは頬を膨れさせて銀をにらみつけた。
シャーリィがアリオスの家を襲撃した時も、銀が現れて阻んだのだった。
もっとも雇い主は成否にこだわっていなかったようで契約通りの報酬を受け取ったのだが、シャーリィの心境は複雑だった。
猟犬とあだ名を付けられるほどの自分が、銀の気配を感じ取れなかったのだ。
自分の能力を過信したシャーリィは、不意を突いた銀の攻撃を受けてしまう。
シャーリィは愛用のライフル『テスタ・ロッサ』で銀に反撃したが、銀からの攻撃で『テスタ・ロッサ』の照準が狂ってしまったらしく、銀を仕留められずに逃がしてしまったのだった。
そして今も銀の気配を感じ取ることが出来なかった事に、シャーリィは少し苛立ちを覚えていた。
表情の見えない黒装束の銀の姿を見ているうちに、シャーリィの中で銀に対する怒りが強くなって行く。

「お望み通り、アンタの挑発に乗ってやるよ」

シャーリィはそう叫ぶと、獣のように目を光らせてハルバードを取り出して構えた。
愛用のライフルは手元に無いが、ハルバードの扱いも猟兵団のエースと呼ばれる従兄(いとこ)に負けない自信がある。
黒月の長老の孫を襲撃する事は、ちょっとしたあいさつ代わりの脅しの様なものだった。
それよりもシャーリィは、目の前に現れた好敵手(ライバル)と戦える事に血が沸き立つような興奮を覚えた。
銀は高く跳躍すると、建物の屋根伝いに裏通りの奥の方へと向かって行く。
シャーリィも銀を追いかけて裏通りへと走った。
裏通りは赤い星座にとって、もはや自分達の庭の様な物だ。
前回は不覚を取ったが、今度は狩ってやるとシャーリィは舌なめずりするのだった。



<クロスベルの街 中央広場 百貨店・タイムズ屋上>

レンの家で昼食を取り、街を歩いたエステル達は中央広場に面した百貨店タイムズの屋上までやって来た。
3階建ての百貨店の屋上は見晴らしが良いので展望台として解放され、市民から人気のあるスポットだ。
シンはレンと一緒に、歩いて来たクロスベルの街並みを眺めていたが、行政区の奥に建設中の工事現場があるのに気が付いて、レンに尋ねる。

「あそこで建てているのは何でしょうか?」
「新しい市長さんが発注したオルキスタワーよ」

シンの質問にレンはそう答え、40階以上にもなるオルキスタワーは新しい市庁舎の機能だけでなく、大きな会議室を備え、無線導力ネットの電波塔となっていると説明した。
そしてすでに市民から『スカイツリー』との異名を付けられていると話すと、シンは感心したと言うよりもあきれた表情でため息をつく。

「もうあんなに大きなビルがあるのに、もっと大きなビルを建てようとするなんて、金に物を言わせてやりたい放題だな」
「共和国に『九龍(ガウロン)塔』って高い建物があるってパパに聞いた事あるけど、対抗したのかもしれないわね」
「『九龍塔』は我が黒月商会の本社がある所です」

レンの話を聞いたシンは少し恥ずかしそうな表情でそう答えた。

「ビルの高さで競い合うなんて、ディーターさん達も子供っぽい所があるわね」
「釣り勝負に熱中するエステルだって、十分お子様じゃない」
「ははっ、レンの言う通りだね」

エステルに対するレンのツッコミにヨシュアが笑うと、エステルは顔を赤らめた。

「でもクロスベルには導力ネットとか、僕の知らない事がたくさんあったんだなあ……」

急にシンは寂しそうな表情になって、夕陽に染まり出したクロスベルの街並みを眺めてそうつぶやいた。
クロスベル観光の終わりの時が近づいているのだ。

「そうだレンさん、今度共和国の方へ来る事があったら僕が九龍の街を案内しますよ」
「パパが連れて行ってくれるって行ったらね」

シンの誘いの言葉にレンがそう答えると、シンの表情は明るくなった。
そしてエステル達の方にも顔を向けて声を掛ける。

「レンさんが来る時はお前達も予定を空けておけよ、護衛として指名してやるからありがたく思うんだな」
「あたしとレンじゃ態度が全く違うんだから」

シンの言葉にエステルは苦笑を浮かべた。

「ビルの高さではクロスベルに負けるかもしれないけどな、九龍にはお前の背丈よりも大きな魚が居るんだぞ」
「どんな魚でも釣り上げてやるわ、遊撃士をなめないでよね!」
「遊撃士は関係無いと思うけど」

ビシッとシンに向かって人差し指を突き立てて宣言したエステルに、ヨシュアがあきれ顔でツッコミを入れた。
そして住宅街でレンと別れたエステル達は日が暮れる前に港湾区の黒月貿易公司までシンを送り届けた。
街を歩いている間に何者にも狙われる気配が無かった事を報告すると、ツァオは「あくまで用心のためだったので」と軽く流した。

「どうやら、僕達の他にも護衛が居たようだね」
「そうなの?」

黒月貿易公司を出た所でヨシュアがつぶやくと、エステルは不思議そうにヨシュアに尋ねた。
ツァオがエステル達の話にまるで注意を払わなかったのは、エステル達を監視していた他の人物から報告を受けていたのではないかとヨシュアが説明すると、エステルは納得してため息を吐き出す。

「それなら、あたし達の知らない所で秘密裏に処理されたかもしれないって事ね」
「うん、その可能性は高いと思うよ」

エステルの意見にヨシュアは同意してうなずいた。

「あたし達はあの子のお守りをさせられただけだったのね」
「そんな事は無いよ、遊撃士が居れば手出しがしにくいのは確かだし」

気落ちしたエステルを、ヨシュアはそう言って励ました。

「きっと遊撃士として精進を続ければ、僕達だけでも仕事を任せてくれるようになるよ。それまでは誰かの力を借りてもいいんじゃないかな」
「そうね、この前のマインツの街の事件だって、みんなで力を合わせて解決したんだもんね!」

度重なるヨシュアの説得で、エステルは元気を出したようだった。



<クロスベルの街 歓楽街>

日の暮れはじめた歓楽街では、酒場やカジノなどの様な夜の店が忙しそうに開店準備を始め、昼間とは違った賑やかさを見せ始めている。
その賑やかさとは対照的に暗い表情で歩く少女の姿がある。
伏し目がちに歩いていた彼女の頭の中では、先ほどの戦いの事が渦巻いていた。
愛用のライフル『テスタ・ロッサ』を装備していないシャーリィは本領を発揮できないようだった。
しかし彼女がシャーリィの振るうハルバードを剣で受け流す間に、シャーリィは彼女の秘密に気が付いてしまった。
彼女は銀として振る舞っている時、顔だけでなく特徴的なスタイルも隠すために気功で体型を隠していた事をシャーリィは見抜いた。
そして今度戦う時は全力を出して来るようにと、シャーリィは言い放って去って行ったのだ。

(私は闇の世界に生きる人間、それに比べて……)

少女は心の中でそうつぶやいて、劇場『アルカンシェル』に掲げられた大人気女優、イリア・プラティエの看板を見つめた。
彼女に比べて、今ここに居るリーシャ・マオは影の様な存在だ。
生きる目的を見いだせなかったリーシャは、父が命を落とした時に『銀』の名前を受け継ぐ道を選んでしまった。
イリアは陽の当たる道を輝いて生きている。
自分とは正反対の存在であるイリアはリーシャにとって眩しいものだった。

「あら、あなたはイリアのファンなの?」
「えっ?」

突然、踊り子風の服装を着た女性に呼び止められたリーシャは驚いて振り返った。
その女性の胸元にある遊撃士の紋章を見て、リーシャは彼女が遊撃士だと理解する。
まさか自分の正体を見抜いて声を掛けて来たのかと、リーシャは警戒して視線を向けた。

「あっ、驚かせてごめんなさいね」

女性の方もリーシャの緊張を感じ取ったのか、柔らかな口調で声を掛け直した。
そしてその女性は遊撃士のシェラザードと自己紹介をした。
普段はリベール王国の方でハーヴェイ一座の興行と遊撃士を兼ねているのだが、イリアに呼び出されてクロスベルにやって来たのだと話した。

「あなたがイリアの看板を熱心に見つめているから、ファンなのかと思ったのよ」
「いえ、私は別にファンと言うわけでは……」
「だけど、興味はあるわけよね?」

シェラザードに尋ねられたリーシャは否定する事はできなかった。

「よし、それじゃあ行きましょうか」
「どこへですか?」
「ふふ、イリアに直接会えるチャンスなんて滅多にないわよ」

シェラザードはリーシャの腕をつかんで強引にアルカンシェルの中に連れ込もうとした。
ここでリーシャが全力で抵抗すればシェラザードの腕を振り払って逃げる事も出来たのだが、リーシャはそうしなかった。
シェラザード達がアルカンシェルの中へ入った時、イリア達はステージで劇の練習をしている最中だった。
劇団員の中には新人として頑張るシュリの姿もあった。
躍動感あふれるイリアの演技を見たリーシャは、感激して拍手をしてしまった。
リーシャの拍手を聞いてステージに居たイリア達が入って来たシェラザードとリーシャに気が付いた。

「あっ、ごめんなさい」

劇を中断させてしまったリーシャは慌てて謝った。

「シェラザードじゃない、来てくれたの?」

シェラザードの姿を見つけたイリアは嬉しそうにステージから飛び降りて、シェラザード達に駆け寄った。

「あんたが大ピンチだって言うから駆け付けたのよ。まあ、他にも可愛い後輩の様子を見に来たって言うのもあるけどね」
「じゃあ《銀の月》役を引き受けてくれる気になったのね!」

イリアはそう言ってシェラザードの手を握ったが、シェラザードは苦笑しながら首を横に振ってイリアに答える。

「いいえ、偶然にも私よりもピッタリの逸材を見つけたのよ」

そう答えたシェラザードはリーシャに視線を送った。

「えっ、私?」

いきなり見つめられたリーシャは驚きの声を上げた。

「姉さんの占いで言われた時は半信半疑だったけど、身長や髪の色まで言う通りの娘を見つけた時は鳥肌が立ったわ」
「さすがルシオラさんの占いは絶品ね」

イリアはうなずくと、リーシャの腕や足を揉み始めた。

「ちょっと、何をしているんですか?」
「ふむ、意外と筋肉はしっかりしているわね」

リーシャは抗議するが、夢中になっているイリアは気が付いていない。

「きゃああっ!」
「はいはい、そこまではやり過ぎ」
「本物かどうか確かめただけよ」

そしてイリアに胸まで揉まれたリーシャが悲鳴を上げた所で、シェラザードがイリアを止めた。

「この分なら即戦力になるわね」
「そうそう、磨けば私なんかより光るわよ」
「でもいいの? ハーヴェイ一座の名前を大陸中に広めるチャンスじゃない、ギャラもたっぷり入るし」
「ふふ、私達なりのやり方があるから心配してくれなくて結構」
「えっと、何の話ですか?」

目の前でイリアとシェラザードが自分の事を話しているのはなんとなく分かったが、いまいち話が見えないリーシャはイリアに尋ねた。

「あなたにね、劇団に加わって《銀の月》役を演じて欲しいのよ」
「そんな、無理ですよ!」

リーシャは慌てて否定したが、イリアとシェラザードは根気よく説得を重ね、リーシャに見習いの団員として加入する事を認めさせてしまった。

「これは、新しい女優の卵の誕生をお祝いしないといけないわね」

シェラザードの言葉にイリアは顔を見合わせてうなずき、その日の夜は飲み会が行われる事になった。
さらに仕事を終えたエステルとヨシュア、アネラスまで捕まり巻き込まれてしまうのだった。



<クロスベルの街 オルキスタワー36階 控室フロア>

鉱山町マインツ占拠事件の後から、クロスベルを取り巻く空気に変化が訪れた。
今まで帝国と共和国の実質的な支配を仕方が無い事だと受け入れていたクロスベル市民達の意識は変わり始めたのだ。
市長選挙に立候補したディーター総裁は、上納税の軽減や警備隊の軍事力強化を公約に掲げ、市民の支持を集め、現職のマクダエル市長を圧倒的に上回る支持率で市長に当選したのだった。
ディーターが掲げた「何者にも屈しない強いクロスベルを!」のスローガンは、多くの市民達を酔わせた。
新市長となったディーターは、その(こころざし)を体現させるかのように新しい市庁舎としてオルキスタワーの建設を始めた。
IBCの財力を注ぎ込んだオルキスタワーは、驚異的な速さで完成した。
そしてディーターは世界各国に支社を持つIBCの総裁も兼任している立場を活かし、大陸中の指導者に『ゼムリア通商会議』と呼ばれる国際会議の宣言と参加を呼び掛けた。
自治州であるクロスベル政府がこのような事を行うには事前に宗主国である帝国と共和国の承認が必要なのだが、ディーターはそれを無視した。
リベール王国やレミフェリア公国などが参加を表明し、帝国と共和国は後から追従する形になった。
このディーター市長の行動に、帝国と共和国の政府は警戒を強め、クロスベル市民は公約の実現への期待感を高めた。
『ゼムリア通商会議』はオルキスタワー35階の会議室で行われる事になっており、エステル達もオルキスタワーの警備訓練に参加した。
そして会議が行われる数時間前、エステルとヨシュアはアリオスと共にオルキスタワーに入った。
アリオスはエオリアとレミフェリア公国関係者の警備に当たり、遊撃警備の任務に就いたエステルとヨシュアは各国の指導者の控室を見て回っている。

「やあ君達、マインツの件では世話になったね」
「どうしてオリビエさんがここに居るの?」

リベール王国関係者の控室に入ったエステル達は、オリビエの姿を見て驚きの声を上げた。

「オズボーン宰相と相部屋なんて息が詰まるから、抜け出して来たのさ」
「放って置いたら糸の切れた(たこ)のようにフラフラしてしまう方ですから、こちらで見張って居るんです」
「はは、クローゼ君は手厳しいね」

鉱山町マインツでオリビエが危険を冒してまでセプチウムの結晶を狙ったのは、クローゼに結婚指輪を作る目的もあったらしい。
それを知ったクローゼは「大きな宝石で無いと真実の愛を示す事は出来ないのですか!」と怒り、さすがのオリビエも反省したようだ。

「ミュラーさんとユリアさんが居るのなら、このエリアの守りは心配ないですね」
「演奏家一人とて見逃さないから安心したまえ」

ヨシュアの言葉にミュラーがそう答えると、オリビエは乾いた笑い声を上げた。
クローゼ達の部屋を出たエステルとヨシュアは、帝国関係者に割り当てられた控室の前で立ち止まる。
空中都市の事件で顔を合わせているとは言え、エステル達にとって苦手な相手に間違いなかった。
ノックをして中へ入ると、いきなり軽い破裂音と共に顔に紙吹雪の様な物を浴びせられ、エステル達は驚いた。

「いらっしゃい、エステルちゃん、ヨシュア君!」

エステル達の目の前には、パーティークラッカーを持ったレクターが笑顔で立っていた。

「ちょっとレクターさん、ふざけている場合じゃないでしょう?」

エステルは髪や服に付いた紙吹雪を振り払いながらレクターに尋ねた。

「お祝いだよ」
「どう言う事ですか?」

レクターの答えの意味が分からず、ヨシュアは再度聞き返した。

「オリヴァルト皇子がお前達を使って、私の腹を探らせようとした事だよ」
「あたし達はそんなつもりじゃ……!」

オズボーン宰相が答えると、エステルはショックを受けた。

「利用されている自覚も無いとは、まだまだ青いな」
「エステルちゃんだって、ここで俺達が気になる事を話せば、あの皇子さんに告げ口するだろう?」
「うぐっ、それはそうかもしれないけど……」

レクターに指摘されたエステルはそう言って口ごもった。

「はっはっは、君は裏表が無くて可愛いね」
「果てしなく馬鹿にされている気がするんですけど」

エステルはレクターの言葉を聞いてため息をついた。

「僕達は安全確認のために色々な所を見て回って居るんです」
「ふん、それならば図面でも十分だろう」

ヨシュアが部屋に来た目的を説明すると、オズボーン宰相は鼻にも掛けない様子で言い放った。
すっかり気落ちしたエステル達にさらにオズボーン宰相が話を続ける。

「お前達遊撃士は個人の安全を考えるだけで満足だろうな」
「はい、ですが僕達は自分達の出来る事をするだけです」
「ほう?」

ヨシュアがオズボーン宰相の言葉に対してそう答えると、オズボーン宰相は感心した声を上げた。

「あなたのやって来た、人々を犠牲にする方法が正しいとは僕には思えません」
「いかにも遊撃士らしい答えだな。だからあの放蕩皇子を信じると言うのか」
「はい、きっとクローディア姫太子と一緒にこの世界を良い方向に導いてくれると信じています」

オズボーン宰相の問いに、ヨシュアは強くうなずいた。
するとオズボーン宰相は大声で笑い出した。

「いったいどうしちゃったの?」
「ははっ、オズボーンのおっさんはヨシュア君の答えが気に入ったみたいだな」

オズボーン宰相の笑いの意味が分からず、不思議そうな顔をして尋ねたエステルに、レクターも愉快そうに笑顔を浮かべて答えた。
そして帝国関係者の控室を立ち去ったエステル達は、長い廊下を歩き離れた位置にある共和国関係者の控室を訪れた。

「よお、元気そうだな」
「ジンさん!」

部屋の中に居たジン、ヴァルター、キリカの姿を見たエステル達は嬉しそうに顔をほころばせた。
しかし遊撃士協会ツァイス支部の受付であるキリカまでが来ている事を不思議に思ったエステルはその理由を尋ねた。

「それは私が強く頼んだからだよ」

エステルの質問にそう答えた、人当たりの良さそうな小太りの中年男性が共和国のロックスミス大統領だと自己紹介をすると、エステルはかしこまってお辞儀をした。
そんなエステル達にロックスミス大統領は肩の力を抜いて楽にするように告げ、キリカから聞いていると言う今までのエステル達の活躍を褒め称えた。
聞いているエステル達の方が恥ずかしくなって来るほどだったが、そのうちロックスミス大統領の話は鉱山町マインツ占拠事件を独力で解決できなかったクロスベル政府への批判へと傾いた。
キリカ達にわざわざ護衛の依頼をしたのも、クロスベル政府の危機管理能力に疑問を持ったからだとロックスミス大統領が言うと、エステル達は複雑な表情になった。
鉱山町マインツ占拠事件でクロスベル警察は活躍したと思うが、ディーター総裁やケビン達の助力によるものも大きいと感じたからだった。

「帝国より多くの衛兵を連れて乗り込むと刺激してしまうから、私達が呼ばれたのよ」
「むしろ少ない護衛で動きまわる鉄血宰相殿の方が大胆すぎると言うべきだな」

少し落ち込んだエステル達の顔色を察したのか、キリカとジンはそう言ってフォローを入れた。

「俺としてはテロリストが襲撃して来た方が楽しめるんだがな」
「おいおい、物騒な事を言わないでくれたまえ」

ヴァルターの言葉に、ロックスミス大統領は声を上げて笑った。
ロックスミス大統領は人の良さそうな容姿だが、油断出来ないとエステル達は感じたのだった。
最後に行ったレミフェリア公国関係者の控室で、アリオスとエオリアと顔を合わせたエステル達は、先ほどのロックスミス大統領達との会話の内容を話す。

「ヴァルターさんの言う通り、テロリストなんか来ちゃったら大変ですよね」
「そうだな、だがそれよりも憂慮すべき事がある」
「会議でロックスミス大統領やオズボーン宰相が、クロスベルの治安問題に口出ししてくるかもしれないと言う事ですね」

エステルの意見にうなずいたアリオスの言葉を聞いたエオリアは、深刻な表情でそうつぶやいた。

「ディーターには考えがあるようだが、俺は行き過ぎてはしまわないかと心配でならない」
「なるほど、ディーターさんの今までの行動から強気に出る事はあり得ますね」

アリオスの考えに、ヨシュアも同意したのだった。



<クロスベルの街 オルキスタワー35階 大会議室>

それからしばらくして予定通りの時間に『ゼムリア通商会議』は開催された。
ディーター市長が会議の開始を宣誓すると、参加者からは拍手が上がる。
この会議の様子はカメラで撮影され、導力ネットによりクロスベル市全体に配信される。
街頭に置かれた大型テレビの前でも市民達は息を飲んで会議の様子を見守っていた。
ディーター市長がどれほど帝国と共和国に対して強く出られるか、市民達の関心はそこにあった。
エステル達もリベール王国の議席の後ろ、ユリアとミュラーの側に立って会議の様子を見守っていた。
ディーター市長は議題としてゼムリア大陸内での関税を廃止する『TZP構想』を打ち出した。
これまでは帝国と共和国はクロスベルからの輸出品に対して関税を掛けていたのに対し、両国からの輸入品にクロスベル側から関税を掛ける事は許さなかった。
『TZP構想』はその関係を是正しようとするものだったので、当然オズボーン宰相もロックスミス大統領も難色を示した。

「いやはや、素晴らしい提案だと思いませんか?」

オリビエはそう言って皮肉めいた視線をオズボーン宰相とロックスミス大統領へと向けた。

「だがそれぞれの国にも保護すべき国内産業があるからして、関税の撤廃については検討の必要がある」
「確かに、そうですね」

正論を述べたオズボーン宰相の意見に、クローゼも同意してうなずいた。
通商会議の名前の通り、議会は商業に関する話題で進んでいる。
しかしエステル達の悪い予感は的中してしまった。
関税撤廃の提案をされた仕返しなのか、ロックスミス大統領は鉱山町マインツ占拠事件を口実に、クロスベルの治安維持問題について言及したのだ。
ベルガード門に帝国軍、タングラム門に共和国軍が駐留すれば警備隊はクロスベル市の警備に集中できるのではないかとの大胆な発言に、エステル達も驚きの声を上げた。

「さすがに他国の軍隊を駐留させるのはやり過ぎではないでしょうか」
「帝国も共和国もクロスベル自治州の宗主国、外交的な問題は何もありませんぞ」

クローゼがたしなめるように言うと、ロックスミス大統領は堂々とそう答えてオズボーン宰相に視線を送った。
オズボーン宰相もニヤリと笑ってうなずく。
だがディーター市長は不敵な笑みを浮かべてその要請を断った。
そしてディーター市長は議場で『クロスベル共和国』の独立を宣言し、自らを初代大統領と名乗ったのだった。
街頭に置かれた大型テレビの前で会議の様子を見守っていた市民達から歓喜の声が上がるが、突然の独立宣言に戸惑ってしまう市民達も少なからず居た。
帝国派・共和国派の議員達からの怒号が飛び交う議場の中で、同席したマクダエル議長もディーター市長の発言に驚きを隠せず、ディーター市長に問い掛ける。

「何て事を言ってしまったんだ、これでは帝国と共和国を敵に回してしまう事にもなりかねんぞ」
「ご心配は無用です、手は打ってあります」

ディーター市長はマクダエル議長に向かって自信満々にそう答えたのだった……。
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