※2012年7月1日に、あらすじ以外を削除いたします。
第1部第1話 1(6月3日公開)
第1部第1話 2(6月10日公開)
第1部第1話 3(6月17日公開)
第1部第1話 4(6月24日公開)完結
あらすじ(6月24日公開)
第1部第1話 1
1 [side:カザン]
知らない天井だ。
ここは、どこだ?
部屋だ。
立派な造りの部屋だ。
奇麗な寝台の上に、俺は寝ていた。
頭痛がひどい。
落ち着いて物が考えられない。
戸が開いて、何者かが侵入してきた。
俺は身構えた。
何だ?
これは。
見たことのない種類の獣だ。
たぶん、メスだ。
出来損ないのローガがやせこけたような姿をしている。
だが、上質な衣服を着けているし、ひどく身ぎれいにしている。
「××××××××」
メスのローガもどきが、何かしゃべった。
俺は、驚いた。
ローガがしゃべったことにではない。
その意味が分かったことにだ。
「ケンジ。
早く起きないと、朝ご飯食べる時間がないわよ」
ケンジ?
誰だ、それは。
それは、俺だ。
俺はケンジではないが、ケンジというのは、俺のことだ。
いや、待て。
こんな言葉は知らない。
知らない言葉なのに、なぜ理解できる?
メスのローガもどきが、出て行った。
俺は寝台から降りて、部屋の隅に行った。
そこに鏡があることを知っていたからだ。
気分が悪い。
体中が、石のように重い。
歩こうとして、バランスが取れず、足がもつれて転んだ。
手を突いて起き上がろうとして、手が二本しかないのに気が付いた。
しかも、その手は、美しく強靱なガイラグルの手とは似ても似つかない。
なまっちょろくて、ふにふにした、気味の悪い手だ。
まるで、ローガのような。
それから、どうやって立ち上がったかは、よく覚えていない。
とにかく、俺は鏡を見た。
やせこけた顔色の悪いローガもどきが、俺を見つめ返していた。
2 [side:カザン]
俺は気を失ったようだ。
気が付けば、寝台の上で寝ていた。
自分でここに戻ったとは考えにくい。
あのメスのローガもどきが運んでくれたのだろうか。
ぐるぐると世界が回っているように感じる。
ひどく気分が悪い。
吐き気がする。
「かぜかしらねえ。
そんなに具合が悪いなら、そう言ってくれたらよかったのに。
学校には、お休みしますって電話しといたからね。
しのぶちゃんが迎えに来てくれてたわ。
あとでおわびしないとだめよ。
お茶とおにぎり、置いとくね。
お母さん、出掛けるからね」
寝台の横に置かれた物は、食い物と飲み物だ。
食い物は、オニギリ、という。
コメという穀物の種子を水で炊きあげて、塩をまぶした物だ。
飲み物は、チャー、という。
チャーという植物の葉を蒸して乾燥させ、それを煎じた物だ。
なぜ俺はそんなことを知っている?
体が引き裂かれそうに痛み、ずきんずきんと頭痛がする。
だが、この際、痛みは無視する。
まずは現状を把握しなければならない。
3 [side:カザン]
俺は、誰だ。
俺は、ゴラープ族のカザンだ。
誇り高きガイラグルの戦士だ。
生まれてから二十四周期を数える。
鍛え抜いた技と力は、氏族で知らぬ者とてない。
俺が倒した魔獣たちの名と野獣の数は、氏族の洞穴に刻まれ、永遠にその名誉は消えない。
そして、いつか強敵に敗れて死ぬまで、名誉の印は増え続けるのだ。
そのはずだった。
あのとき。
氏族の幼い子が、父親の騎獣だったトラッグを暴走させた。
俺は、その子をかばって、巨大なトラッグの三本の角で吹き飛ばされた。
そして、岩に頭を打ち付けて。
それから、どうなった?
死んだ?
死んでも不思議のない状況だった。
だが、死んだとすると、ここは冥界か?
いや。
そうではない。
ここは、別の世界だ。
異世界転生だ!
そんなおとぎ話をする語り部がいた。
若い者たちのあいだでは、人気のある物語だった。
似たような話がたくさん作られ、語られていた。
異世界転生は、本当にあったのか。
しかも、よりによって、物語など大嫌いな俺が、それを体験するとは。
この世界は、チキュウ、と呼ばれている。
俺は、ニンゲンという種族で、ニホンジンという氏族に属する。
シンドウ・ケンジという名のオスだ。
生まれてから十六周期を数える。
俺の中には、二つの記憶がある。
ゴラープ族のカザンとしての、二十四周期分の記憶と。
ニホンジン族のケンジとしての、十六周期分の記憶と。
二つの記憶をたどろうとすると、頭の中が、めりめりと引き裂かれるような痛みがある。
それを我慢しながら、時間をかけて、自分の記憶と知識を整理していった。
徐々に苦しみは収まっていった。
そして最後には、二つの記憶を自由に取り出せるようになった。
そうか。
つまり、元の世界で死んで、この世界に生まれ変わったが、十六周期のあいだは、元の記憶が眠っていたのだ。
どうして今まで、元の記憶が眠っていたのかは分からないが、生まれた時点で前世の記憶を持っていたなら、この異世界に適応できなかったろう。
発狂したかもしれない。
分別の育つ前に前世の記憶がよみがえったならば、妙な言動をして精神に異常があるとみなされたかもしれない。
とすれば、今になって記憶を取り戻したことは、幸運といわねばならない。
とにかく、今俺はここにいる。
いかに醜い姿に変わっても、俺は俺だ。
4 [side:カザン]
「いきなり四日も休むんだもん。
もう、びっくりしちゃったよ。
まだ、歩きにくそうだね?」
よろけた俺の腕に、メスのローガがさわった。
あまりのおぞましさに、俺は、そのメスを突き飛ばした。
「いったー。
ひどいよ、研二くん」
しまった。
ニンゲンの世界では、異様に憲兵機構と断罪方式が発達している。
同族にちょっとけがをさせただけで、憲兵が飛んで来て処罰するのだ。
だが、幸い、メスのローガは、けがはしなかったようだ。
いや、ローガではない。
ニンゲンだ。
いっそローガだったらよかったのに。
ローガなら斬り捨てても文句をいわれることはない。
「何してるの。
早く起こしてよ〜」
メスのニンゲンが片手を伸ばしている。
俺にそれを引っ張れというのか。
その、ふにょふにょとした手を。
顔を蹴り飛ばしたい気持ちを抑え、歩き去った。
「あっ、ひどい!
ちょっと待ってよ〜」
5 [side:カザン]
「じゃあ、岩倉使節団の副使にはどんな人がいたでしょうか。
新藤君」
「木戸孝允、大久保利通、伊藤博文、山口尚芳」
「はい、よろしい。
四人全部がすらすら出てくるなんて、さすがね。
四日も休んだから心配してたけど、とっても元気で安心したわ」
今は、日本史の時間だ。
日本史というのは、ニホンジンという氏族の歴史のことだ。
それを師から学ぶのだ。
そうだ。
ここは、知識を学ぶ場所なのだ。
学校と呼ばれる。
氏族の老人が子どもたちを集めて行う〈知恵ある言葉の森〉のようなものだ。
その期間は、あきれるほど長い。
なんとこの氏族では、六周期から十八周期までは毎日学校に通って知識を学ばねばならないのだ。
そのうち過半数は、さらに四周期学校に通う。
気違いじみている。
ニンゲンの世界は、ひどく物質文明が発展している。
人を何百人も同時に運ぶ乗り物が、陸を走り、海を渡り、空を飛ぶ。
衣服、住居、調度、食料はふんだんに製造され続けている。
生活のあらゆる面で、機械が幅をきかせている。
言葉や姿を遠くに届け合う機械。
分析や加工の機械。
防御や攻撃の機械。
その発展のすさまじさは、現に見ても信じられないほどだ。
その反面、肉体や精神の制御という、人の存在の根幹に関わる領域は、ひどく未発達だ。
学校の課程の中にも、肉体を鍛える分野は少しだけあるが、せいぜい筋力や反射神経の訓練にすぎない。
精神制御にいたっては、最も基本的な自我強化の方法さえ教えない。
おそらく、この氏族を支配している者たちが、そうした技術を秘匿しているのだろう。
わが氏族もかつてはそうだった。
「やっとお昼ご飯の時間だね。
えへへ。
お弁当、作ってきたよ。
今、お茶入れるね」
これは、森崎しのぶ、というメスの個体だ。
俺、すなわちシンドウ・ケンジとは、生まれた巣が近く、幼年時代からの友達、ということになる。
「ひゅーひゅー。
いやあ、お暑いねえ。
もう十二月なのに、何でこんなに暑いんだ〜。
こらっ。
研二。
何だよ、その不機嫌そうな顔は。
お前ね。
クラスのマドンナといちゃいちゃしてる、その幸せを、ちゃんと顔に出せよ」
今横に来たのは、オスだ。
新井谷浩介という名前だ。
これも、俺の幼年時代からの友達、ということになる。
「はい。
研二君、お茶だよ」
「俺は無視ですか。
そうですか。
ううっ。
幼稚園以来、三人ずっと同じクラスという、奇跡のような固い絆で結ばれてるのにっ」
「そうだよねー。
ずっと一緒だよね。
小学校も中学校も、一クラスしかなかったけどね。
浩介君も、お茶、どうぞ」
「ありがとー。
ああ。
お茶の温かさが心にしみる」
「浩介君、今日はパンなんだね」
「姉貴が昨日、遅かったんでね。
今朝は寝かしといてやったんだ。
警察稼業も楽じゃないね」
「それにしても、研二君。
今日は先生の質問にすらすら答えてたね」
「おおっ。
ほんとだぜ。
いつもは立ち上がっただけで緊張しちゃてさ。
知ってることでも答えられないのに」
その通りだ。
ケンジは、ひどく内気なのだ。
頭は悪くないのだ。
むしろ良い。
知識の吸収も速いし、学習態度は勤勉だ。
だが、いざとなると、その知識が出てこない。
訓練では優秀だが実践では足が震える、という気質なのだ。
その気質を直すための方法を、誰もケンジに教えてこなかった。
俺の記憶と人格がよみがえった今では、その問題はなくなったが。
「研二君は、やればできる人なんだよ、浩介君」
「しのぶがそう言い続けてはや十六年。
ついにその時が来たか?」
うるさいな。
この二人は、非常に騒がしい。
俺は、素早く食事を終え、立ち上がった。
「あ、あれ?
もうごちそうさま?
どこ行くの?」
答えるのも面倒だったので、無言で教室を出た。
6 [side:カザン]
屋上に上がって、ベンチに座った。
寒い時期だから、誰も来ない。
精神を集中し、気配を消した。
さてと。
とにかく、これから高校を卒業するまでの二年間少々は、目立たずに過ごす。
そのあとは、成人として、比較的自由に行動できるようになる。
できるだけ、ほかのニンゲンと接触せずに生きていく方法を考えるとしよう。
だが、このシンドウ・ケンジは、肉体も精神も、あまりにも性能が低すぎる。
肉体のほうは、いくら鍛えてもガイラグルほどの強靱さは望めないが、精神のほうは、まだしも訓練のしようがあるだろう。
高校卒業までは、その訓練に重点を置くとしよう。
同時に、情報を収集し、この世界の中で俺が快適に生きられる場所を探すのだ。
シンドウ・ケンジは、頭脳は優秀だが、肉体は平凡だ。
身長も平均なみで、体型はやや細い。
外で友人と遊ぶより、机の前に座ってゲームや物語創作をするほうを好む。
内向的な性格であり、友人は少ない。
こうしてみると、俺にとっては好都合な転生先だったといえる。
さて、そろそろ休憩時間が終わる。
教室に帰るとしよう。
と思っていたら、誰かが来た。
五人だ。
四人は女子生徒で、一人は教師だ。
妙な組み合わせだ。
気配を消しているため、俺には気付かないまま、そのうち一人が俺の横に座った。
御堂麗子。
父親は、若くしてフォーチュン・ゲートという企業グループを築き上げた富豪だ。
麗子は二年に在学中だが、成績は優秀で、容姿は他のニンゲンたちから、非常に美しいと評価されている。
つまり非常に目立つニンゲンだ。
近寄りたくない人物である。
あとの三人の女子生徒は、麗子の取り巻きだ。
その三人が、化学を教えている男性教師をいたぶりはじめた。
その教師が麗子に恋愛感情を抱き、それを文章にしたためて麗子に渡したようだ。
その行動が、教師にふさわしくない、と三人は批判している。
初めは言葉で攻めるだけだったが、次第に行動はエスカレートしてきた。
今や教師は土下座させられ、手を踏みつけられている。
ふむ。
もう戻らないと、午後の授業に遅れる。
動けば、俺の存在を意識させてしまうが、仕方ない。
俺は立ち上がった。
「えっ?
あ、あなた。
いつの間にそこに?
いえ。
さっきからいらしたわね。
どうしてわたくし、あなたが横に座ってらっしゃるのを、気にしてなかったのかしら」
俺の存在に気付いた御堂麗子が、とまどっているが、気にせず扉のほうに歩いて行く。
「あ、ちょ、ちょっと。
ちょっとお待ちなさい!」
麗子が呼び止めた。
ほかの三人も、何事かわめいている。
無視して教室に戻った。
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