2012年06月26日

かんご氏研究。かんご氏のルーツをさがす旅。その3

最近事情があってブログ更新できなかった。読者には申し訳ないと思っている。

そこで今回かんご氏のルーツを探す旅第3弾をお届けしたい。
かんご氏は最近は忙しいのか統一教会ブログ村住人に批判されて住人を追い出すわけにもいかず更新が滞っている。お弟子さんたちもいつも頓珍漢なブログしか書かないかんご氏にとっては頼り甲斐の無い弟子な訳だ。一人頑張って書いているとしても限界を感じているのだろうか。
かんご氏の今年の夏は暑いから避難せよと神様からの”お告げ”があるやも知れない。
それでは前置きはこれくらいにしてかんご氏語録見ていただこう。


そして日本の献金のノルマは文師ではなく、神様がなさっているのです。その大元が分かっていないから、こんなつまらない説得に負けてしまうのです。
悪魔の放つ煩悩の矢
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-44.html

現在、七男亨進氏は「統一教会はキリスト教ではなく仏教に近い」と言われたと言う。

やっとそういう時代になった。
つまり仏教について書くべき時代になったのだ。

日本における摂理は、長く仏教徒によってなされてきた。

こんにち、仏教は単に葬式仏教になりはてたのかもしれないが、かつては神様の御意を受けて預言者的人物達が活躍する生きた宗教であった。

菩薩の心 行基菩薩
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-66.html

ゆえにそれまで聖徳太子によって咀嚼された仏教が中心であったが、
日蓮以降においては、日蓮によって咀嚼された「法華経」仏教が日本を導いたのであった。

菩薩の心 行基菩薩
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-66.html

神天上の法理
(ここで言う神とは、創造主の事ではなく、神々の意味である)

その日蓮の教え、示した事の中で最も重要なのは何か?

それは、「神天上の法理」です。

「すでに諸天善神は帰天し、神社には悪神悪霊(魔)しかいない」と言う恐るべき告発をしたのです。

神社は悪霊(魔)の住家だ・・・と日蓮は言った
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-71.html

1941年3月、「治安維持法」が改悪され「国家神道」による思想統制が強化。創価学会の座談会さえも特高警察の監視の下で行われるようになった。
この圧力に宗門は屈し、全国の末寺住職檀家に伊勢神宮遥拝を命じた。

しかし、創価学会創始者、牧口常三郎はこれに反発し、43年5月、遥拝のために配られた伊勢神宮大麻(お札)を拝むどころか、焼き捨ててしまった。牧口は「神道は邪教である」と叫ぶ。(神札事件)

 全国民が、軍国主義とアマテラスにひれ伏していた時代の話であった。信仰に支えられていたとは言え恐るべき精神力である。この時代、投獄されたクリスチャンは多くいたが、これほど明確に真実を述べる事ができた人間はいなかった。
かねてから、牧口を狙っていた特高思想警察は、牧口以下幹部数名を「不敬罪」で逮捕した。牧口は拷問を受け、敗戦を前に責め殺された。幹部達も次々と転んでいく中、しかし2代目会長となる戸田城聖ともう一人が信心を守り通した。この3人による信仰は、戦後、創価学会が爆発的に広まる蕩減条件となったのでした。

神社は悪霊(魔)の住家だ・・・と日蓮は言った
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-71.html


いいじゃないか、創価学会
よく分かっている。
いろんな人が悪く言うけれども、私は必要があって生まれた教団だと感じている。
この世とあの世に巣食う悪魔と闘えない宗教なんて存在しても意味がない。

それはそうと、勤行を聞いていると結構すぐに寝てしまう。だから、11時頃やってくれって頼んでるのだけど・・・

神社は悪霊(魔)の住家だ・・・と日蓮は言った
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-71.html


勤行とは?創価学会の活動において、「勤行」は、日々の生活のリズムの根幹であり、生命変革の具体的な実践です。
朝晩、御本尊に向かい、法華経の二十八の品(=章)のうち、「方便品」と「寿量品の自我偈」を読み、「南無妙法蓮華経」と題目を唱えることを、「勤行」といいます。
「御本尊」は、宇宙と生命を貫く根源の法である南無妙法蓮華経を悟られた御本仏・日蓮大聖人が、御自身の仏の生命をあらわされたものです。その御本尊を信じ、読経し、題目を唱えていくとき、本来、私たちのなかに内在している仏界という最高の生命が湧きあらわれてきます。日々、勤行の実践を持続することで、生命が磨かれていくのです。
また、勤行には、「正行」と「助行」があります。題目を唱えること(唱題)が「正行」で、方便品と寿量品(自我偈)の読誦は「助行」です。
SOKAnte
http://www.sokanet.jp/shinkaiin/gongyo.html

尖閣諸島と竹島のどっちが大切なのか?

日本が喉から手が出るほど欲しい、ガスや油田が眠っている尖閣諸島に決まっている。

竹島に何かいいものがあるのか?

アザラシさえ今やいない。

竹島なんか、韓国にくれてやれ。
その代わりに、北朝鮮拉致問題と尖閣問題で日本に味方する事を確約すれば良い。
日本に喝!
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-77.html

2チャンネルをはじめとするネット記事は根拠になるか???】
2チャンネルは根拠になるか?!
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-94.html

ネットが真実でない・・・と誰か言ったのか?
併合下で日本人のした良い事・悪い事・・・その1
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-105.html

統一教会員でさえ無い私が、文師を擁護するのは、それが神様の願いだからである。このブログの最初から、一貫している。読めば分かったはずである。

そのために、莫大な資料を調べ、睡眠時間を削り内的な戦いをしている事が分からないのだろうか?ひとすじ氏が夜中の2時頃記事をリリースする時、彼が何を犠牲にしているのか、理解できないのだろうか?
現在のところ、このブログ村の中で「文師の語られる歴史の真実」を唱えているのは、ゆきっちさんを入れても3人だけである。「日本に国を奪われたわが国の悲劇はいつ終わるのか」は嘘だと言いたいのか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-134.html

しあわせ花ちゃんが言っていたように、善の基準を立たせるのが戦いなのです。
「日本に国を奪われたわが国の悲劇はいつ終わるのか」は嘘だと言いたいのか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-134.html

私は 蕩減条件の定義を書いているのでは無く

蕩減過程を書いているのですお分かりですかね?

真実を書けば贖罪意識を植えつけている事になるのですかね?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-159.html

20代の話ですが、タバコを吸ってて、止めようとしたのです。

きっぱり止めて3日目。経験している人は分かるでしょうが、この辺りから結構苦しい。一ヶ月くらいニコチンが抜けるまでは苦しくなる。

ああ、かなり中毒だったんだな・・・・て思いました。

なんせヘビーだったんです。
禁煙から観察する悪魔の働き
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-163.html

まず、はっきりさせて置きますが、私は誰も裁いた事はありません。

それでオオカミは来たのですか?!
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-207.html

大日本帝国は、戦争に負け、人々は敗戦の焼け野原を経験した。

そして、民主主義日本国として生まれ変わった。

これが、<裁き> です。


それでオオカミは来たのですか?!
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-207.html



ところで、ミセス・キム・・・本当に先輩家庭ですか? 又、女性ですか?わざわざ名前に「ミセス」をつけ、「先輩家庭」を名乗るところに、妙な意図を感じますが・・・

それでオオカミは来たのですか?!
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-207.html


彼らは、時にしばしば腐敗して行く信仰を批判し、あるいは身をもって信仰を示し高めたのです。そして彼らのようなアベル型人物を受け入れる事で、人々も信仰を高め、神様に近づいて行ったのでした。
つまりアベルを通して神様に帰って行くのです。

アベル・カインの問題について
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-228.html

3、組織の命令系統とは異なるアベルの存在

これは、組織のアベルの話ではありません。
キリスト教の聖人の多くは、マザーテレサのように組織からは外れて行きました。神様の命令を果たすためには、組織を離れねばならない事もあります。坂本龍馬が土佐藩の狭い枠組みを嫌って脱藩したようにマザーテレサも脱藩しました。(やがてどちらも自分を認めさせて復帰する)

だから、組織の命令系統に関係のないアベルが存在すると言う事がこの金明大(キムミョンデ)先生の物語りからも分かるのです。「金明大先生が、柳寛順大会の価値を訴えても、 誰も相対する責任者はいなかった」 けれども、それは神様の命令でした。

統一教会でも、組織のアベルとは関係のない、別の形のアベルがいるのだと言う事です。

アベル・カインの問題について
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-228.html


まず、神様から命令があって、その命令を果たそうとするのだけど、人々はなかなか受け入れてくれないのです。人々に排斥されながらも孤独に御旨を果たそうとする。 そして金明大(キムミョンデ)先生が、文先生に命令されたのは、夢の中だったんじゃないか?・・・と思います。(これはご本人に尋ねるべきです)

いずれにせよこの時、金明大(キムミョンデ)先生は、日本の全食口達にとっての「時のアベル」だったのです。 アベル・カインの問題について
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-228.html


・・・つまり〔信仰基台〕と〔実体基台〕が成立し〔再臨主のための基台〕が立てられたと言う事です。
 
では文先生が自由に来日される事ができるように〔再臨主のための基台〕を立てるにはどうすればいいのだろうか?
何が「条件」となるのか?ですがそれについてはいずれ詳しく書こうと思います。

アベル・カインの問題について
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-228.html


5、本当のアベルとカインのあり方

では、この場合はどうなるのでしょう?

例えば、ある人が夢の中に文先生が出てきてその人に「〇〇しろ」と命じられたような場合です。

その人は一生懸命それをなそうとするでしょう。

だけど、組織のアベルは彼に「あんまり霊的になるな」と言ったりするかも知れない。

信仰が乏しい人達は、夢の中でなされる啓示を知らないからです。

そうするとその人は、かなり苦しい状況になってしまうでしょうね。

本当は、この夢を見て文先生に命令された人の方がアベルなのです。もちろん、夢で見たからと言って全て正しいのではありません。<解釈>が必要なものもたくさんあるのです。

だから、本来は「夢が告げたことや祈り求めた答え」を皆で検討して、それが正しいなら皆で実行して行く。そういう組織になって行けば、日本統一教会は信仰組織として完成したって事です。

アベル・カインの問題について
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-228.html


でもそろそろ世界日報を信仰サイドに取り戻さなければなりません。
そういう時期なのです。
世界日報紙が正しい歴史認識に元ずく記事を書くようにしなければなりません。
文師が言われる「植民地支配の過酷さ」を特集で報道させなければならない。
「従軍慰安婦」を特集で報道させなければならない。
そうしないと統一教会からは、ボロボロと人が落ちて行く。
歴史観の問題でつまずいてしまうのです。
そして日本全体で見るならば、さらに悲惨な事になるでしょう。
なぜならそれは背後で働く悪魔達を喜ばせるからです。

貴兄の科学論ほどには恥ずかしくないものだけど・・・
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-230.html

統一原理が、他の歴史に応用されて初めて、その正しさが実証されうるのです。

原理が日本史にこれほどピッタリと応用されうるとは、誰も思わなかった。

しかし、全てが当てはまり、それゆえに原理の正しさは私には実証されたものとなりました。

ゆえに文鮮明師は本物の再臨主である事が明確となった。

lapis 氏 への質問
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-242.html

さてでは「民族メシア」とは何か?

それは最終的に〔北イスラエルの罪〕を清算する条件を立てた者に与えられるべき称号です。

lapis 氏 への質問
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-242.html


ゆえに「民族メシア」は、最終的に〔北イスラエルの罪〕を清算してはじめて存在するのです。このように考える私が「自分は民族メシアである」とどうして書く事があり得るのでしょうか?

従って 「そうなろうと努力している」 と言う事はあったとしても 「自分は民族メシアです」などと言う訳がない。

lapis 氏 への質問
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-242.html


それは、この「慰安婦について書く」事が、私にとっての「ノアの箱舟」だったからです。ノアは神様の命令ゆえに、嘲笑されながらも、山の上に箱舟を造りました。

同様な意味を持って、神様は私に「軍慰安婦について調べ、書くように」と依頼されたがゆえに、それをなさねばなりませんでした。

今年の後半、なぜ、軍慰安婦について書き続けたのか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-307.html

ではなぜ、「軍慰安婦問題」を書く事が必要なのか?

それは、来年以降、この「軍慰安婦を中心とした歴史観の問題」は、国論を2分する大きな問題となって行くからです。明治維新と同じような時代に私達は生きています。

今年の後半、なぜ、軍慰安婦について書き続けたのか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-307.html


それを教えるために起こったのが、今年の終わりの「慰安婦銅像問題」と「日韓首脳会談での慰安婦交渉問題」でした。これは、来年以降「軍慰安婦問題」が重要になって行くのだと神様が教えておられたのです。しかし、神様の声を聞こうとしない人達には、それは分からない。「先見者」の時代から、神様は、その「隠れたことを報せないでは何事もなさらない」

その時のための備えとして、今年の内に知識を集め、きちんと整理しおく必要がありました。ゆえに半年かけて私は書き続けて来たのです。
おかげで、数百冊分の正しい知識を得る事ができました。また、軍慰安婦問題について書いているいろんな人達と知り合う事になりました。すでに私の慰安婦記事は、イロイロなところに転載されています。
こうして”備え”は完了したのです。
そして私のブログ記事を読んでいた人達も”備え”ができている。

「軍慰安婦問題」は、門の鍵です。
これまで開いた事のない門を開ける鍵です。


今年の後半、なぜ、軍慰安婦について書き続けたのか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-307.html


彼らが、統一教会のブログ村で、わざわざ神道主義の記事をアップするのは、一人でも多くの人をその≪偽り≫によって惑わしたいからである。
教会反対派がブログでシントウをオルグする奇怪な訳
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-311.html

例えば「神道は感謝の宗教である」などと言うのは間違った説である

今年の後半、なぜ、軍慰安婦について書き続けたのか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-307.html


反対派の人達は、ブログ村の神道カテゴリーに引っ越せばよいのではないだろうか。

今年の後半、なぜ、軍慰安婦について書き続けたのか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-307.html


子供の頃、「この子は成人する頃には白痴になる」と医師に宣告された私にとって人生は”苦しみ”だった
門をたたけ そうすれば与えられるであろう (祈りの力 マタイ7/7、ルカ1/19)
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-316.html

だから、日本が韓国と一体化すれば、それは昔分裂した、「南ユダと北イスラエルの一体化」でもあり、世界的なアベル・カイン問題(兄弟葛藤、カイン・コンプレックス)の解決ともなる・・・という事だ。
少しずつ歪めて、別の話につなげていくソフィストのような詭弁的言説法
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-364.html

ぜひ、教えていただきたいものだ。

何ページの何行目に書いてあるの?

なんだ!あきれたね、やっぱり根拠は2CHだけか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-367.html

20代、私は『聖書』を読み込んでいました。

おそらく10回は読み返したはずです。普通の本なら2回も読めば飽きるものだが、『聖書』は飽きない。読み返す度に発見があるからです。最近は全然読んでいないのですが、『聖書』を読み込んで来た事が私の基礎工事になっているのです。

文師はなぜメシアなのか?(2)
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-368.html

高校時代友人達がこんな話をしていた。

昔の事だし、言葉は方言だから、この通りでは無いが、だいたいこんなものだろう。

「・・・あの辺り歩いてると取り囲まれて、持ち金全部とられる・・・」

彼の話によると、朝鮮人の部落があって、そこに行くと”かつあげ”されると言うのである。

文師はなぜメシアなのか?(3)・・・偏見と悪意を造る日本の土壌
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-372.html

「あそこって朝鮮の人達なの?」

と私は尋ねた。

そう言えば、思い当たる節もある。民族衣装のようなものを見た事もあるからだ。

子供の頃から、行ってるけど何も(酷い事されたこと)ないよ???

その「取り囲まれてカツアゲされた」話は友人の兄貴の友人の話だとかいう事だった。

文師はなぜメシアなのか?(3)・・・偏見と悪意を造る日本の土壌
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-372.html


1946年の何月何日に起きた事件なのか?
朝鮮進駐軍の記録などどこにあるんだ?!
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-373.html

昔私は、文鮮明師と共におられる神様は、イエス・キリストの神様と異なるのではないか・・・と思った。イエス様と文鮮明師は、なかなか重ならない。

はっきり言えば文師の背後には悪魔が働いているのではないか?と疑っていたのだ。文鮮明師は現代に多数いる偽メシアの一人ではないのか!?

そう考えてもおかしくないような証拠がある、と思っていた時期さえあったのだ。

だがやがて私は、築かれた〔神様と私の関係〕の中で、全てを理解した。文師は私達が待ち望んでいた再臨のキリストであった。キリスト教徒は2000年もこの時を待ち望んで来た。空中再臨もなく、すでに若くもないその方は、イエス様のイメージとはまったく違ってはいたが・・・

日本基督教団━過去の信仰失敗から生じた霊的問題
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-376.html

『原理講論』流に言えば、「自然をいたずらに神格化する型(の古代宗教)」と言える。

変てこ捏造神観にご注意
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-380.html

おそらく、文師の真の御家庭でも、このような教育方針があるはずである。
ゆえに文師は、御自分の子供達には直接、何も教えられないだろうし、何か問題があっても息子や娘を直接に糾弾するような事は少ないはずである。これは親子だからである。例え世間において不良であっても親子も情交は必要だからだ。そして(成人するまでは)「親は師とならざる」を天の伝統とされているのではないだろうか?と思われる。
文師はなぜメシアなのか?━儒教を見つめる━
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-391.html

花ちゃんの言う通り・・・である。
2012-02-05(11:13) : くろだかんご

驚いた!!「お母様にサタンが入った」と主張するバドバドブログ
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-417.html

そういえば昔、私が何か意見を言うと「そう、そう、そうだと思った」と言って、必ず同調していた女の子がいた。
矛盾だらけのエイブラハムを疑問なく受け入れる「感性人間」の巻
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-426.html

文師の宗教的天才を引き継いだ、文亨進氏の主管の中で、

初めてその全ての才能は生かされる。
しかし、野にあってはただの反逆者であり、盗人である。

兄弟の和解のためには、全て顕進派は口の火に打たれなければならない。

神様と文鮮明師の悲痛な思い
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-450.html

頑張ってください !!
統一教会の柱になって下さい。
2012-02-24(10:06) : badobado21 URL : 編集
Re: タイトルなし
> お断りする。
私は日本の柱になる
2012-02-24(19:43) : くろだかんご

〔カープカフェ〕=「顕進派のご用達サイト」だったのか・・・
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-502.html

大昔の話なのですが、知り合いの〔タイル屋さん〕でアルバイトしたのですが、その仕事は中々大変でした。朝早くから起きて、現場に7時半には行って、準備をする。ある冬の日、その日の現場は海水浴場でした。海から風が吹き抜けるとみんな首をすぼめてやりすごしていた。どんよりと曇った日でしたから、太陽が全然出なくて寒い。動き回っているのですが、それでも寒くなるんです。左官屋さんも、「満州の夏だ」なんて言いながら、ぶるぶる震えている。
そうして震えながら作業していると、奇跡のように。厚い雲から太陽が顔をのぞかせた。サーと日が差して、背中に頭に首筋に日光が当たる。
その時、日光ってこんなに暖かいんだって思いました。
太陽に「ありがとう」と叫んだ日・・・
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-505.html

統一教の人達には、貧乏で無い人はいないらしい。それは、神様がそんな風に導いてくださっているのです。

太陽に「ありがとう」と叫んだ日・・・
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-505.html



彼は分かっていない。

アベルとカインが分かっていない。

たえざる偽善と歪曲・自己正当化の系譜
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-506.html

さて、現在進行形の真の家庭の内紛をもって、「・・・だから文鮮明は本物では無い」という者もいるらしい。
だが、真の家庭に闘争が起こるのも当たり前である。

教団内紛争をどう考えるか?・・・論争は「希望」である
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-494.html

Re: ”再臨のメシア家庭にも善悪闘争があるのですか?”
>具体的に考えてみよう。
例えば、真の家庭のある一員が、ハイスクールに通っているとする。仲のいい友人達が、コールガールを呼んで童貞を捨てようじゃないか・・・と誘った。すると「セックス」に興味がある年頃だから、ちょっと誘惑を感じたが、教えに従いこれを拒否した。

このような事は常にあると思うが、要するに「真の家庭」の一員に対しても、絶えず環境圏からの誘惑は存在しうるし、またそれに対して”彼”は心の内部で葛藤しつつ克服していく・・・あるいは誘惑に負け、酒や女、麻薬に手を出すかも知れない。

ところで、「原理」によれば、個人の中に善悪の闘いが生じると言う事は、集団でも闘いが生じると言う事だ。
そして人間だから、アダムとエバのように誘惑に負ける事もありうるだろう。孝進氏の場合がまさにそのような場合である。顕進氏の場合も別の次元で同じだろう。彼は多くの栄光にあふれた地位を奪われる際、寂しさを感じたのだろう。その時、悪魔ベルは彼に「このまま講演ツアーを続けよう」とささやいた。「さびしい」時は悪魔のねらい目だからだ。この最初の段階で拒否できなくても、次の段階で拒否すればよかったのに。文師が面頭向かって「UCIを元に戻しなさい」と言われた時、その神の声に従うべきだった。

文師の声に従わない・・・という事は別の何者かの声に従っているのである。
その声は、彼の中にあって「偽りの自己」ないしは「偽りの神」の声となっている。
原罪が無いという事は、ルシファーによる浸入は無いという事だが、だからといって本人が罪を犯す事を妨げる事はできないし、現在の時点では環境圏を通して働きかけてくる悪魔は多数存在している。そればかりか多様な遺伝罪が存在しているのだろう。ゆえに2世も世間の中で堕落する者も多いはずである。
2012-02-26(08:28) : くろだかんご

教団内紛争をどう考えるか?・・・論争は「希望」である
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-494.html


人類史の中の罪業の深さが分からなければ、「メシア」は必要無い!人類は、歴史の中で、罪の泥沼をもがいているのである。

それが分からないから、「メシア」の意味が分からない。

人は何から救われなければならないのか?
だから、なぜ真の父母様が〔メシア宣言〕しなければならなかったのか?も分からない。

顕進氏も同じであろう。

「罪」が分からないのでメシアが分からない。


新東亜」インタビューに見る文顕進氏のメシア観
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-514.html

おそらくそれは2005年以来、蜜月関係にあった顯進氏がらみでの郭錠煥氏の不正が文師の元に報告されたのではないか・・・と予想する。しかし真相はよく分からない。私の慎み深い霊感は何事かがあった事を告げているが、それが何なのかは、当事者の説明が必要である。

最上の羊を選ぶ
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-538.html

最大の奸臣」とは郭錠煥氏とそのグループの事である。

最上の羊を選ぶ
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-538.html

現在、顕進氏は”陽の当たらない道”を歩いているように見える。
その道をいくら歩いても、神様に胸を張れない

最上の羊を選ぶ
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-538.html


実は私の父親は、原爆が落ちた日、きのこ雲を見ていて、翌日には広島市内に救助活動に行ったのだそうです。あまり話してくれなかったのですが、かなり破壊されていて悲惨だったらしい。核の力をまざまざと見た。当時は何が起こったのか?わからなかったそうです。それで私は原爆2次被爆2世になるらしい。

E=MC2 科学と宗教よもやま話
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-535.html

私的には、どうせ「科学と宗教」に関する事は、長期的に書く事なので、間違いがあっても徐々に修正すれば良いと思うだが。シンクロ・ニシティ・・・(これって教育分析受けているのに間違えた)とかE=MC2とか、細かい間違いイロイロだね。あと歴史に関する事も小さな間違い、表現ミスってたくさんあったのだけれど、ツッコム人がいなかっただけ・・・後で気づいてこっそり修正したのが、3箇所くらいあったけど・・・

E=MC2 科学と宗教よもやま話
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-535.html


それで、何度、語られている?

そもそも、それは何年、何月、何日、どこで語られたのか?

その御言葉の確認はしているのか?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-581.html

昔、まだ20代の頃、ある娘と知り合った。
彼女は、売春していた。
「5万でいいよ」と言った。
「あっでも、かんちゃんなら2万でもいいよ」
アッケラカンとしていた。
「どうして売りなんかしてるの?」
「べっつに〜」
楽しそうに笑った。

その頃、私はビリヤード屋をやっていた。彼女は、時折夜中まで入り浸り、「教えて〜」と言いながら身体を擦りつけて初心な私をからかったり、知り合った男達とどこかに行ったりしていた。
それで、ある日”売り”をしている事を聞いたのだ。

「取って食べるな」
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-582.html

それから、しばらくして彼女は別のビリヤード屋の店員になった。
「プロになりたい」という。
けれども、その後どうなったのか?実のところよく知らない。何度か一緒にビリヤードをして遊んだけれど、やがて疎遠になった。2年後には店も辞めていたし、結婚したとかしないとか噂で聞いたけど・・・

同上

こうして見てみると、やっぱり歴史観関係の記事が一番多いけれど、最近は顕進派(郭グループ)の記事ばっかり。
インデックス
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-604.html

そして、文師が入国するという事は、〔再臨主のための基台〕を立てるという事である。

当たり前の事だが、「文師が日本に来れない」という現象の背後には、現実的(法律的な問題)の背景に霊的な問題(罪)があるのだ。では、どうすれば、〔再臨主のための基台〕を立てられるのだろうか?

すなわち、どうすればこのスピチュアルな圧迫感を解決できるのだろう?

それは、原因となっている罪の問題を解決すれば良いのである。

軍慰安婦や国家神道について、述べるのもその一貫である事をあなた方は知らなければならない。
本当は「自殺率世界1」かも知れないのだ・・・
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-622.html


以上

ここで注目したいのは3男さんを批判している点である。 
裁いたことがないと言っているかんご氏。統一教会の原理も十分理解しているとは思えない原理を実践するために入教したこともない、献金もしてない祝福も受けてないかんご氏。その割には3男さんをアベルカインが分かってないと堂々と言ってのけるのは不思議な違和感を感じる。

かんご氏は今本部批判をしている。自分の意に適わなかったらいずれ文先生の批判、世界会長批判を行ってくるのは明白である。なぜならかんご氏は統一教会の人間でなく羊泥棒だからである。

かんご氏は分派ではない。分派なら統一教会の教えを知り少なくとも教会の教えを実践していた人たちが主流派でなくなり外に出て行くことを意味する。

だがかんご氏は統一教会の教えを実践してはいない。

入教してない、献金してない、祝福受けてない、霊の子いない、万物復帰してない、伝道してない、何にもしてないかんご氏が分派なんて言ったら他の分派の人達に失礼というものだ。

ゆえにかんご氏は単なる羊泥棒なだけである。

お弟子さんをつれてさっさと創価学会村に移住されてはいかがだろうか?

天の声氏もサムライソウル氏もガリクソン氏もうめたろう氏も全部ひきつれて学会にいけば少しは喜ばれるのではないだろうか。

と思った方はクリッククリック(笑)
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しかしかんご氏がいない統一教会村は静かで盛り上がりに欠ける。ヒールが居てこそヒーローが見栄えがするものだ。

雑魚では見栄えがしないのは当たり前である。
posted by 田黒吾寛 at 11:29| Comment(0) | かんご氏研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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