2012年06月26日

小沢一郎変質の理由


新渡戸稲造「博愛や慈愛が身近なところから始まるように、インターナショナル・マインドはナショナル・マインド(武士道)の延長である」
これは「武士道」の中の一節で、細川元首相が国連演説で引用したとして話題になったものです。

神との同盟契約を結んでいるクリスチャンから見ると、まるであべこべなのです。

多くの日本人の思考的特徴は「自分の目から自分以外のものを見る」つまり、ミクロの発想である「インサイドアウト」の発想です。西洋のクリスチャン(アメリカンクリスチャンは含まれません)は、反対にマクロの発想である(アウトサイドイン)の発想が求められます。

航空機に例えるとこの発想方法の違いが分かります。航空機が出発するときには、パイロットは操縦席から外を見ながら、つまりインサイドアウトの発想で航空機を操縦します。安定飛行に入り管制を離れてからは、今度は反対にアウトサイドインの発想で航空機を操縦します。操縦席から外を見ても何も見えません。GPSによりアウトサイドイン、つまり外から自機の位置を見ながら、正しい目的地に向かっているかを見ているのです。

この発想ができないと、「自分勝手な人間」として西洋人には相手にされません。新渡戸稲造や細川元総理の発想は、自国のマインドの延長が世界のマインドになるとしていますが、常に「絶対の正義」である神の目というアウトサイドから、自国の価値観や個人の価値観を発想しないと国際人として認められないのです。

小沢一郎元幹事長の問題も、和子夫人の手紙の問題も同じです。自分の目から「今、彼らはどこにいてどういう状態にあるのか」を面白おかしく探っても、何も正しい答えには到達しません。アウトサイドインの発想でとらえなくてはいけないのです。

神の目からお二人の今を見ると、まさに「迷っている」としかいいようがありません。つまり、アウトサイドインの発想ではるか上空からお二人の位置と進んでいる方向を見ると、とても人生の目的地に向かっているとは思えません。私にはとても危険な方向に向かっていると思えます。

菅直人元首相が「小沢グループは目を覚ませ」と語っていますが、まさにその通りであり、変質してしまった小沢一郎元幹事長についていっても大いなる未来は開けません。

しかし、です。私は小沢一郎元幹事長や和子夫人を責める気にはなれません。その理由は簡単です。病気なのです。マスコミや世間からの集団的私的制裁(集団リンチ)に会いPTSD(DNA通りの生命力維持機能が働かなくなるほどの打撃を受けたときにできる心の傷、それに伴う脳の機能障害)に陥っていると考えられます。

こんな言葉もあります。

自分と同じようなトラブルを経験したことがない人から助言を受けてはならない。Never take the advice of someone who has not had your kind of trouble.  Sidney J. Harris  

私のように、死ぬほどの苦しみを受けてきた人間にしか分からないことかもしれません。週刊文春に掲載された手紙が和子夫人の自筆かどうかなど、興味本位で報道されていますが、アウトサイドインの発想では、「和子夫人も夫同様に苦しんでいる、苦しみを分かって欲しいと訴えた(私が以前に苦しみをネットで訴えたように)ものが、11枚に渡る手紙なのです。

私は読んでいませんが、和子夫人は「迷える私を見つけて助けて欲しい」そう願っているに違いないと思います。

以下に、私たち家族を襲ったマスコミと世論の集団リンチの結果を記します。私は今でも6月29日に87歳になる母にも会えません。親戚の家に行くことも許されません。怖がられるのです。まるで、黒人が怖い、朝鮮人が怖い、という差別の真っただ中にいるのです。

当然ですが、妻や家族とも会えません。(共通の知人を通して手紙を渡しています)

冤罪は本当に怖い、そう実感している毎日です。

妻への手紙
<前部略>
最後に、お詫びを申し上げます。
3年前の今ごろ、私はPTSDという病気になりました。読売新聞に後ろから突然切りつけられ、深手を負いました。その傷に、日本ユニセフ、サンクチュアリ出版、香山リカなどの多くの人たちが「傷口に塩をぬる」行為で、私を苦しめ殺そうとしました。

私はその時、自分が病気であることに気付きませんでした。6月中旬、紀藤先生と会い、「だまされている」ことに初めて気づいた時、○○(妻)さんも同時にPTSDになったのですが、そうとは知らず、私は○○さんを助けるどころか、「自分だけ助けてくれ」という言行を行っていたのです。

ジャスミンの花のような○○さんが「てめー」と言ったり、「25年間犠牲になって来たのよ」という発言をしたりしたことが、PTSDの特徴的な症状であったことを知ったのは、昨年の9月のことです。

昨年の9月、私は東村山消防署横の公園で、昼食に缶ビールを片手に(夜は飲酒禁止でした)オニギリを食べていたところ、初老の男の人(○○と言います)が、同様に缶ビールを持って寄ってきて、「話をしていいですか」と話しかけてきました。私は、同じ境遇の人(孤族)と直感し、人恋しさもあって話し込みました。

男は、「私もビールが大好きなんです。アパートが近くです。ビールを家で飲みませんか、と誘われ、私は男の住むアパート(元の「愛ちゃんの家」のそば)に行き、ビールをごちそうになりました。

350mlの缶ビールを2本ほど飲んだところで、男は突然、私の股間を触るという「実力行使」に出てきました。男の言い分は「私は病気なのです。私を助けてください。私の願いを聞いてください」というものでした。

私は、即座に逃げ出しました。

アパートの写真を撮ったところまでは、記憶があります。昼の出来事です。その後の記憶がまったくありません。気がついたのは、久米川病院のベッドの上でした。時間は事件後3時間近く経っていました。
私は、ビール数本で酔っ払うほどお酒には弱くありません。ご存知の通りです。救急車で運ばれたそうですが、起こされた記憶もありません。どこで倒れていたのかも記憶にありません。

○○さんなら「あっと」思ってくれるでしょう。そうです。若き日に添乗員として下呂温泉を訪れた際、「き○○」というホモセクシャルな人物に襲われ、下着姿で逃げ出した恐怖の体験がフラッシュバックしてしまったのです。

その後、私は東村山市から○○市に逃げ出し、自分の病気PTSDについて調べました。そして、こんな症状もあることに驚きました。

乖離病状
乖離というのは、さまざまなレベルで意識の連続性、続合性が絶たれる状態をいいます。「自分を外から見ている感じ」「現実味がない」「ぼうっとしている」というようなものから、「よく覚えていない」「まったく記憶にない」といもの、そして、いわゆる「多重人格」まで、さまざまな形があります。
「乖離症状」は、もともとは、自己防衛的な意味のあるもので、あまりにも苦しい状況に耐えられず、しかも、物理的に逃げ出すこともできない時に「精神的にその場から逃げる」という目的をもった、症状です。
苦しい状況から逃げられないでも、それ以上留まったら、頭がおかしくなってしまう、というような状況では、よくできた防御だと思います。
対人関係療法でなおす、トラウマ、PTSD 水島広子著

長くなりましたが、確かに私は病気です。紀藤先生にだまされているといわれた晩「一晩眠れなかった」「生まれて初めて人をぶん殴りたいと思った」○○さんも、あるいは二人の子どもたちも、症状は重くないが間違いなくPTSDであった、と理解できました。

私は、常にインサイドアウトの自己中心的な見方をしてきました。そのことが家族全員を病気にさせてしまったのです。

心からお詫び申し上げます。


参照
「妻の手紙」
http://dream333.seesaa.net/archives/20120617-1.html

posted by M.NAKAMURA at 08:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いまだに、お母様にもお会いになれないのに、勝手にお母様が所有する農地に住んでらっしゃったんですか?

>現在(2011年11月)、母が所有する農地の、電気も水道も無い、6畳、18平米ほどの納屋に、ホームレスとして一人で暮らし、既に二ヶ月が経ちました。

あと、このようなフザケタこと書かないで下さいね。
>神との同盟契約を結んでいるクリスチャン
Posted by sin at 2012年06月26日 08:58
あれほど、申し上げたのに。
今もなお、信書の秘密の本当の意味が理解できていないようですね。
ご自身が書かれた手紙でも、送り先があったなら受信者の同意無しに公開はできない、してはいけないと言うことを。
発信していなければ、もっといけない、書かれていることの虚実が明らかでないことで、元?奥様やご家族を含め他者の名誉を傷付けるという行為になりますよ。
自重できませんか?責任能力があるとご自身お考えなら、ご病気?は神と国と人の裁きを免れる理由にはなりませんよ。
Posted by 大阪人 at 2012年06月26日 09:19
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