TEDxUTokyoのスピーチの原稿

June ’12

5月にTEDxUTokyoで話したときのスピーチの原稿です。イベントの一週間前にプライベートで大きな変化がおこり、準備不足でスピーチそのものはひどかったのだけど、とりあえず原稿の日本語訳だけは載せておきます。

TEDxUTokyoのビジョンは、「10年後のイノベーションを共に描こう」だったので、それについて話しました。

Shu Uesugi

タイトル: イノベーションのイノベーション

私は幼少時代を横浜で過ごし、小学校の時には水泳をやっていました。水泳をやってよかったことは、まず健康になれたこと。もうひとつは、水の中で泣いていても、誰にもばれなかったことです。

小学校の卒業式の翌日に、父の仕事の関係で、私たち家族はアメリカに引っ越すことになりました。その数週間前の最後の練習で、背泳ぎをしながら、私は泣いていました。日本を離れたくなかった。

居心地のいい場所から離れることは残酷です。しかしみなさんもご存知なように、日本という国家も、自身の殻を破らないと21世紀では生き残れません。今日は、日本の殻のうちのひとつ、「技術のイノベーション」について話したいと思います。

今日他の方々が話されるように、日本は技術のイノベーション、つまり技術の限界に挑戦するのは得意な方です。しかし技術の限界に挑戦すること自体に、限界がきていると思います。

私は「ユーザー・エクスペリエンスのイノベーション」に未来を見出しています。その未来がスタートしたのは40日前、FacebookがInstagramを800億円で買収したときでした。

InstagramはただのiPhone、Android対応の写真共有アプリですが、れっきとしたイノベーションです。私は昔、「イノベーションとは、未来にある普通のものを作ること」とツイートして、4000人にリツイートされてしまいましたが、Instagramも普通のものになったのです。たった1年と半年で、世界中で4000万人の人が、新しい写真共有の仕方を学んだのですから。この成長率はFacebookよりも高く、未来ではInstagramはもっと普通になっているでしょう。

こんなに早くイノベーションが起こったのも、Instagramが技術ではなく、ユーザー・エクスペリエンスのイノベーションを起こしたからです。技術のイノベーションは、使う技術の成長のスピードに合わせないといけない。だから薬品などのイノベーションは遅い。しかしユーザー・エクスペリエンスのイノベーションは、誰にも止められないため、Instagramのようにサイクルが早いのです。だから私は、イノベーションの未来はユーザー・エクスペリエンスにあると思うのです。

私はこれを結構前に知っていたので、去年、技術者からユーザー・エクスペリエンス・デザイナーに転向しました。カーネギーメロン大学でコンピューター・サイエンスを専攻し、エンジニアリングの仕事も3つやった後、シリコンバレーのスタートアップのデザイナーになりました。

しかし簡単ではありませんでした。ユーザー・エクスペリエンスをちゃんと理解し、最初の作品をリリースするまで半年かかりました。それまでの毎日は大変でした。しかし、ユーザー・エクスペリエンスがイノベーションの未来だとしたら、今の技術者の多くは自分と同じ経験を、いつかしないといけないだろうと思ったのです。

だから今日はそんな誰かのために、自分が苦しかったときに知っておきたかったことを三つ、紹介します。

まず、ユーザー・エクスペリエンスを学ぶのに、デザインの才能は必要ありません。

ユーザー・エクスペリエンスは、Appearance、Behavior、Contextによって成り立っています。見た目、ふるまい、適切さです。

知ってほしいのは、「適切さ」は「見た目」よりも「ふるまい」よりも重要ということです。たとえば私が女性とデートに行き、3つの過ちをおかしたとします。まず、髪をセットするのを忘れたので、見た目が悪かった。次に、五分遅れて到着したので、ふるまいが悪かった。最後に、夕食がKFCだった。どれが一番ダメでしょう。KFCですよね。デートに適切ではない場所ですから。だから「適切さ」は「見た目」よりも「ふるまい」よりも重要なのです。

ユーザー・エクスペリエンスでも同じです。たとえば私がiPhoneアプリを作ったとして、写真アップロード機能をつけたとします。そして同じく3つの過ちをおかした。まず、写真アップロードボタンが小さすぎたので、見た目が悪かった。次に、写真をアップロードするのに5分もかかったので、ふるまいが悪かった。最後に、このアプリは目覚まし時計アプリだった。目覚まし時計は自分を起こすのが目的なので、写真アップロード機能など、よほどのことじゃない限り使い道はないでしょう。ユーザー・エクスペリエンスでも、「適切さ」は「見た目」よりも「ふるまい」よりも重要なのです。

「見た目」や「ふるまい」はデザインの才能が必要かもしれませんが、それほど重要じゃない。最低限の常識さえあれば「適切さ」を理解できます。だからユーザー・エクスペリエンスにはデザインの才能は必要ないのです。

次に、ユーザー・エクスペリエンスは論理的です。

インスタグラムの例を紹介しましょう。Instagramの写真はみんな正方形ですよね。なぜか分かりますか?創業者たちがInstagramをスタートさせたとき、彼らは「これを使えばたくさんの人が写真を撮ることになるから、写真を素早く見ることができる機能が必要だ」と考えました。それで誕生したのが写真をフルサイズで縦にスクロールしながら見れる、ニュースフィード機能です。

しかし縦に画面をスクロールするのなら、写真が画面の幅に収まらないといけません。その場合、縦長の写真は収まっても、横長の写真は縮小しないと収まらないので、横長はボツ。しかし縦長だと写真が画面いっぱいになってしまい、「誰が撮ったか」「いいね!が何個あるか」を写真を隠す形で表示しないといけないので、縦長もボツ。だから正方形の写真にしたのです。ユーザー・エクスペリエンスは論理的なのです。

最後に、他のアプリからアイデアを盗むこと。

実はInstagramの前に、FacebookとTwitterは正方形の写真をニュースフィードで使っていました。ユーザーの写真のほうですが。ユーザーの写真を正方形にすることにより、フィードの項目ひとつごとに写真の形が変わって見づらくなることを防いだのです。だから「正方形の写真」はよく登場するアイデアなのです。

そして最近になって、アプリの数は爆発的に伸びました。アップルのアップ・ストアでは60万個のアプリがあり、そのなかでも上位1%のユーザー・エクスペリエンスはすばらしい。つまり、それだけで6000個も、アイデアを盗めるアプリがあるわけです。今の時代、必要になったら、いつでもアイデアを盗めるのです。

まとめると、ユーザー・エクスペリエンスはイノベーションの未来。デザインの才能は必要ない。論理的になろう。アイデアを盗め。

最後にひとつだけ。私は去年慶応大学で講演をしましたが、家族も来たいと言ったので、その前日、家族四人で故郷の横浜の家にとまりました。そのとき、両親は名古屋にいて、弟はカリフォルニア大学の生徒で、私はシリコンバレーで働いていました。そしてその前、我々全員はアメリカ東海岸に住んでいました。そして寝る前ふと思い出しました。私たち四人が一緒に横浜で寝るのは、11年ぶりだったのです。

10年後のイノベーションを描くことも、子供に海外でイノベーションを学べということも悪くはありません。しかし、居心地のいい場所から離れるのは残酷で、その残酷さに気づくのには11年かかるかもしれない。それを忘れないでほしいです。

ご清聴ありがとうございました。