<アメリカのアジア重視路線> 2011年10月14日のニューヨーク経済クラブでの演説で、ヒラリー・クリントン国務長官は「世界の戦略、経済的中枢は東へと移動しつつある」と発言し、アメリカのアジア重視路線を明確に打ち出した。国務長官の発言は、アジア諸国が中国の台頭、そして、アメリカのアジアへのコミットメントの先行きを懸念するなか、「太平洋国家としてのアメリカの役割」を再確認するワシントンの試みの一環だった。
この地域政策の中枢は貿易領域にある。米韓自由貿易協定への米議会の承認を取り付けたオバマは、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への合意をとりまとめることで、アメリカのアジアにおける経済的役割を明確に確立したいと考えている。
現在、オーストラリア、ブルネイ、チリ、マレーシア、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、アメリカそしてベトナムが貿易合意を交渉している。
TPP交渉が終われば、今後、10年間で参加国間の重要な貿易関税が撤廃されていくことになる。これまでの貿易合意の対象とされてきた品目に加えて、TPPはサービス、知的所有権、投資、国有企業その他もカバーすることになっている。それがカバーする領域が広範囲におよぶために、アメリカのロン・カーク通商代表は、TPPのことを、「地域貿易を繁栄へと導く21世紀型の合意」と描写している。
<TPPの鍵を握る日本> しかし、日本が参加せずに、TPP参加国が現在のメンバーのままであれば、TPPが、多くの人が望むような経済的恩恵をもたらすことはあり得ない。アメリカの貿易に占める、現在のTPP参加国との貿易の比率は僅か6%。一方、日本との貿易は、他の参加国すべてを合わせたのと同じ程度の重みがある。
日本はアメリカの財とサービスの主要な輸入国で、特に、ジェットエンジン、数値制御式の工作機械、バイオテクノロジー製品など、高価な先端型技術製品を輸入している。さらに、急速に拡大しているアメリカの対中貿易赤字とは対照的に、対日貿易赤字は着実に減少している。
ワシントンはこの現実を理解しており、TPPに日本が参加することを望んでいる。かつて米通商代表を務めたクレイトン・ヤイターと国際貿易を専門とする弁護士のジョナサン・ストールは、ウォールストリートジャーナルに寄せた最近の論説記事で、日本が(TPPに)参加すれば「アジア太平洋地域の貿易は爆発的に増大し、軽く現在の3―4倍の規模に達する」と予測している。
アメリカがこれまで日本との貿易につねに力を入れてきた訳ではない。日米自由貿易構想が最初に表明されたのは1980年代末で、そのイニシアティブをとったのは当時のマイク・マンスフィールド駐日アメリカ大使だった。
だが当時の日本の経済的優位を警戒して、アメリカ国内でこの構想をまじめに取り上げようとする者はほとんどいなかった。東京もこの構想を真剣に取り上げなかった。当時は、地域的な貿易合意よりも、グローバルな多国間貿易合意のほうが優先されていたからだ。
だがいまやすべてが変化し始めている。10月、ウィリアム・バーンズ国務副長官は東京で、アメリカは「日本がTPPへの関心を高めることを歓迎する」と表明し、もちろん「参加するかどうかの決定は、日本の優先順位と利益に関する慎重な分析に基づいて下されることを理解している」と述べている。
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