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“燃える氷”を獲得せよ 〜メタンハイドレート研究最前線〜 |
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「燃える氷」と呼ばれるメタンハイドレート。ハイドレートとは「水和物」の意味で、天然ガスの主成分であるメタンガスと水が結びついている物質である。レギュラーコメンテーターは東京大学大学院助教授・佐倉統さん。メタンハイドレートの結晶は低温高圧で安定で、分解すると170倍の体積のメタンガスが発生し、ガスが抜けた後には水が残るだけ。エネルギーを取り出す時に、二酸化炭素など有害な物質の排出量を低く抑えられるメタンガスを主成分とする天然ガス、これをメタンハイドレートから採取できれば利用可能な天然ガスの量は一気に増加すると期待される。エネルギーの殆どを輸入に頼る日本で、石油や石炭に続く次世代の新しいエネルギーとして注目される、メタンハイドレートの研究の最前線を、「実態」、「アイデア」、「分析」、「挑戦」、この4つの視点から見ていく。
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2002年1月、北極圏カナダのマッケンジー川河口付近で、日本、カナダ、アメリカなど5カ国の100人近い科学者や技術者達が参加し、始めてメタンハイドレート開発実験が行われた。湿地帯の地下約千メートルのメタンハイドレートを含む地層から掘削し、連続的にメタンガスを取り出そうというのだ。実験チームのリーダーは日本人の佐藤徹さん。春になり氷が溶け危険な状態になる前には作業を終わらせたい。最低気温は氷点下45度、配管が凍結するなどのアクシデントにより難航したものの、作業終了まで残り1ヶ月に迫ったところでようやくメタンハイドレート層の一部を取り出すことに成功。しかし、今回の最大の目的である連続したメタンガスの回収はまだ成功していなかった。そこで佐藤さん達のチームは温水循環と呼ばれる手法を初めて試みた。地上から80度の温水を流し込んで地下のハイドレートを分解し、出てきたガスを地上に戻す水に溶け込ませて回収するという方法だ。撤収期限まで10日を切った3月上旬、地下のメタンハイドレート層から取り出したメタンガスに世界で始めて火がともった。今回の実験の成功により、メタンハイドレートを資源として利用する実用化への大きな一歩を踏み出したのだ。
専門家ゲストに、カナダの現場にも行かれた東京大学大学院理学系研究科教授・松本良さんを迎えて話を伺った。メタンハイドレートの研究において日本は世界でも一歩先を進んでおり、2016年までに生産手段を確立することを目標にしている。そのためには、ハイドレートの分布調査、それを取り出す技術、そしてコスト、の問題があるのだが、現段階ではメタンハイドレートの分布調査に力を入れているところである。
メタンと水が豊富にあり、温度が低く圧力が高いところに発生するメタンハイドレートが発見されたのは1930年代。シベリアで天然ガスの輸送パイプラインで、含まれていた水分と低温によりハイドレートが発生しパイプが詰まるという事故がきかっけだった。その後、1970年代までは寒い地方独特のものだと考えられていたが、生物の死骸が分解されて発生したメタンからできたメタンハイドレートが海底の地層中に大量にあることが判明してから、天然資源として注目されるようになったのである。 |
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海底に存在するメタンハイドレートを資源として利用しようという研究がすでに日本でも始まっている。静岡県から三重県にかけての沖合では、10年ほど前から音波探査の装置を用いて繰り返し詳細な調査が行われてきた。船の発信器から放たれた音波は海底面や地層の境界で反射し海面に戻ってくるのだが、氷の状態になっているハイドレート層は普通の地層より硬く、上下の地層と音の伝わる速さが異なるため、境界面がはっきりととらえられるのだ。船で集めたデータを基に分析したところ、メタンハイドレートの層がこの海域に多数存在していることが解ってきた。さらに4年前には、御前崎沖合で実際に掘削調査を行い、水深1000mの海底の地下250m付近から、これまで海底で見つかった中で最も濃度の高いメタンハイドレート層の回収に成功。音波探査というアイデアによって、日本近海の海底にメタンハイドレートの宝庫があることが明らかになったのである。これまでの調査で、日本近海では10℃、120気圧の条件を満たす水深1000m付近の海底にメタンハイドレートが数多く存在する証拠が見つかっており、その総量は国内で使用している天然ガスの100年分以上とも言われている。また、中東などの地域に偏っていた石油や天然ガスと異なり、メタンハイドレートは世界中に万遍なく確認されており、エネルギーの安定供給という面から世界各国がその開発に注目し始めている。 |
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常温で分解してしまうメタンハイドレート、どの地層に高濃度で存在するのか正確に把握するのは従来困難だった。産業技術総合研究所ではこの問題にいち早く取り組み、今年2月にメタンハイドレート専用のX線CT装置を開発。原理は医療用と同じだが、冷却ガスを吹き付けることにより低温を保ったまま測定が可能で、地中に存在している状態で正確な濃度を求められるのだ。天然のメタンハイドレートの試料はごく僅かだったため、研究所では高圧下で様々な濃度のハイドレートでサンプルを作り分析を行った。コンピューターを使って画像を処理するため、内部構造まで分析でき、試料内部のハイドレートの量を求められる。この方法により、メタンハイドレートが地層のどこに多く含まれているのか判別できるのだ。
しかし、メタンガス自体は二酸化炭素より温暖化効果を持っており、むやみな開発は危ぶまれる。そのため、掘削・運搬時にメタンガスの放出を防ぐ、掘削後斜面の崩壊を防ぐ、などの配慮が必要で、そのためにも基礎的な調査や研究が必要とされている。 |
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こうした研究により明らかになってきたメタンハイドレートの特性を生かして、天然ガスの新しい輸送手段への挑戦が始まっている。現在私たちが使っている天然ガス、大部分を海外から輸入しているが、効率よく運ぶために氷点下162度まで冷やし液体にしたLNG(液化天然ガス)の状態で運ばれてくる。しかし、冷却には巨大なプラントが必要で、莫大な費用がかかるのだ。そこで、天然ガスの輸送手段にLNGではなく固体のメタンハイドレートを作って利用できないかという研究が始まっており、現在その試験が繰り返し行われている。高圧下で容器の中の水に気体のメタンを送り込みながら攪拌し効率的にメタンハイドレートの結晶が生成される。また、運搬しやすくするため、生成されたハイドレートを固めペレットと呼ばれる球状にすると、氷点下15度程度でもその形を保ち長時間の輸送に耐えられるようになる。また安全性が高く、陸上輸送や長期の保存にも適し、必要な時に常温に戻すことによりメタンガスを取り出すことができる。この輸送システムは従来の方法よりエネルギーを30%も削減できると見積もられ、メーカーでは5年後を目標に実用化を目指している。さらに、メタンハイドレートを輸送した船に二酸化炭素ハイドレートを積みガス田に戻すという「地層処分」の構想も出ている。
もともとは厄介者だったメタンハイドレートは、資源として注目されるようになり、さらに新たな輸送手段として利用できる優れたもので、将来の私たちの暮らしを変える可能性を秘めている。エネルギーの確保で動いている世界の勢力地図を塗り替える可能性もあるだろう。しかし、化石燃料である以上、エネルギーを取りだそうとすれば二酸化炭素は出るし、有限なものであることには変わりないため、使いたい放題という訳にはいかないようである。 |
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「遺伝子組み換え」を考える |
佐倉統さんと共に「遺伝子組み換え」を考える。
今年の6月、「遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」ができた。遺伝子組み換え生物が自然の生物に影響を与えないように事前に国の承認を求めるというもの。施行は来年の予定。自然界への影響は遺伝子組み換えが出てきた頃から危ぶまれていた。遺伝子組み換えとはある生物の持っている遺伝子を別の生物の遺伝子に入れるというもので、現在は植物や動物などに行われている。しかし、人間はこれまでも、とうもろこしなど農作物において有益な品種をかけ合わせてより良い作物を追求してきた。こうした人工的な交配技術も遺伝子組み換えの一種になるが、これらは長い年月をかけて安全性なども確認しながら行われてきた歴史がある。現在の短期間に行われる遺伝子組み換え技術については安全性や他の生物への影響などについて調査し、慎重に進めていく必要がある。そのため今回のような法整備を行うことも大切なのである。 |
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