第3話
第3話
シズSide
莫大な魔力と途方もない時間を費やして 、召喚したのはただの小僧。
だから『止めておいた方が』と言ったのだ。
私の名はシズ、シズ=シャナス。 この誇り高きルクスリア王国最高戦力『 ルクスリアナイツ』の第一団隊長を務める者。 私は最初から反対していたのだ…このふざけた計画『救世主召喚計画 プロジェクト・サモンメシア 』に。
「我らを大地に生み落としし大いなる父よ、そして生まれたる我らに知恵を授け し大いなる母よ…我らが陥りし不幸を払 拭せんがため、我らを救いし新たな救世主を今ここに欲さん!」
*** 世界暦2005年、9月30日、土節、 深夜。
「アヤ様、本当によろしいので?」
最初この計画を耳にした時、私はそれが 本当に実行される事がないと思っていた 。
いくら隣国や敵国からの襲撃が増えつつ あるとは言え、我ら『ルクスリアナイツ 』が健在な限りルクスリア王国に負けの文字はないと。
「私は本気です」
しかし眼前の友人にして、この国屈指の術者であるアヤ様は頑として私の意見を却下する。 現在我が国は、王が原因不明の失踪をし た事により空席となっている。 先代ルクスリア王クール=チルード様は それは素晴らしき御方であった。
規律と自らに厳しく、如何なる時も決して逃げ出さない御姿勢…そして何より強かった。 我らルクスリアナイツは数少ない、陛下の私兵でもある。 それ故に卓越した力と技量を叩きこまれ 、育った兵士は王と共に戦場を駆け巡る 。 チルード様が振られる剣は何人も打ち負かし、チルード様が構えられる盾は何人も貫けない。 そして当時消滅寸前だったルクスリア王 国は息を吹き返し、このセブンシンズに名を残せる強国として顕現した。
しかし4年前の夏…陛下は敵将の罠にかけられ負傷、同時に不思議な魔法によりその場で姿を消された。
それからだ…また隣国や敵国が、現在王位の空いている…つまり王不在の我が国を併呑せんとする動きを活発化させたの は。
「ですがアヤ様、いくら王が不在とは言え召喚術で呼び出してと言うのは…止めておいた方が」
そんな時だ…この『救世主召喚計画 プロジェクト・サモンメシア 』が立ち上がったのは。
「シズ、さっきも言いましたが私は本気 です…私は何も新たな魔王様を召喚し、 隣国・敵国を滅ぼそうと言うのではありません」
「しかしそれだと死んで行った者達が報われません!」
そうだ…一刻も早くこの戦いに勝利し、 勝鬨を上げてやりたい。 でなければ戦いこそ平和への道と信じて 散った数々の同胞に示しが付かない…彼 らの死が無駄になってしまう。
「ならばシズ、貴方の言う通りこの戦いに新たな魔王様が参加なされて勝利した としましょう…その時、国が残っている根拠はおありですか?」
「それは…」
「民は現在も戦争に怯え、嘆き、苦しみ …戦争が優先されるばかりに数々の物を失い続けているのです…彼らを幸せにできるのは、新たな魔王様が率いる『国』 であり『勝利』ではありませんよ」
***
正直呆れていた。
アレだけの事を言っておきながら、実際 呼び出したのは黒髪茶眼の人間 サピエンスではないか。 多少周囲が怯むほどの魔力は持っているようだが、ほら実際は…
「…貴方が、魔王様ですか?」
「…ШΜ、Э@У?ξ#%?ρЪЯ$*&δ‡л ?」
言葉すら通じてないではないか。 魔術言語でもない基本的な言葉すら理解 出来ない…そんな低能にこの国を引っ張って行ってもらう? 冗談じゃない。
しかも、だ…この者、無能だけならまだ 救いようがあった物を…アヤ様に手を伸ばしているではないか!?
「ちょっとアレ!姫巫女様が!!」
「誰か、何とかしてよ!?」
私はとっさの判断で腰の剣を抜き、その 者に肉薄して刀身を首に当てる。
「その方に気安く触るな!!」
「っ!?」
フン…無能め。 剣を向けられた事すらないのか…終わったな、この国も。 ならばいっそこのまま…首を刎ねて、一思いに終わらせてやろう。 そしてそう思った私は次の瞬間、アヤ様 に怒られてしまう。
「やめて、シズ…」
「何故ですか!」
「止めなさいシズ!」
「しかし…」
アヤ様は御乱心なされたようだ…こんな魔族でもないただの人間、王になどなれるはずも無いと言うのに。 私は半ば諦めの気持ちで剣を鞘に納める 。 見ればアヤ様は体の前で腕と手を組んで 眼を閉じ、何かを呟きだした。
「汝の言葉を我に繋ぎたまえ…」
そう言ったアヤ様の腕が俄かに光り、この空間では異色の白い光を点す。 あれは何の呪文だっただろうか?
「Λ%$ЮΘЫ?」
「…えっ?」
「…жΝ!?」
するとそれを見ていた男が何かを呟いたらしく、アヤ様が驚いている。
何故か急に嬉しそうな表情になるアヤ様 。 その調子は急激によくなったようだ。
「#жПΞё¦$@?」
「ハイ、今のところ私と貴方様の間においてのみ…ですが」
「#$жЦЙЪЭрбдТΖα…¢∋∝♯ÅΒΝφЗ Ьр」
「私に分かる事でしたら何なりと」
どうやら意思の疎通に成功しているらしい。
とすれば先ほどアヤ様がお使いになられたのは翻訳の呪文か。 ふむ、翻訳の魔法ならばあの無能の言葉も分かるだろう。
殺すのはいつでも出来る。 ただあの者が喋る事で、アヤ様の気苦労が一時でも紛れ 殺すのはいつでも出来る。 ただあの者が喋る事で、アヤ様の気苦労が一時でも紛れるなら…今この瞬間は生かしておいてやる。
そう決めた私の目の前で繰り広げられる 標準言語と異世界言語の意思疎通。 …少し興味があるな。
「ΓγδБ…ШЙКщуфΜΗ?」
「ここはラグナロクと言う世界…あるい はセブンシンズ大陸にある七列国の一『 ルクスリア王国』です、と言いましょう か?」
察するに『ここはどこなのだ』と言う質問だろうか。 ここはセブンシンズのルクスリア王国だ …それ以外にどこがある?
「ωяпБ…#δΦΘ$ΜμνШЙ%РВД&@」
「ハイ、私の名前はアヤ…アヤ=ケリュアクアスと申す巫女にございます」
あの答えだと名前を聞かれたのだろうか ? アヤ様も人が良い…あんな男にその無垢な御名を教えてさし上げる必要など無いのに…。
***5分後***
流石に無能だな…アヤ様をあそこまで質 問攻めにしなければ何も分からんとは。 いい加減飽きてきたので返ろうとした時 、その無能が何と己の目に指を当て始め た。 いまさら愚行に気付き、眼を潰して償う と? 誰もがそう思った時、その男の眼が変わ った。
赤い…いや紅い。 私は自身の眼を疑った…アレは、アレを そんな無能が持っているはずはないから 。 だがその眼を見て嬉しそうなアヤ様を見 る限り、どうやら認識を改めなかればな らないのは私のほうだと気付く。
アレは…いや、我ら魔族の眼は10歳になると同時に虹彩が赤く染まり、魔族で あると言う何よりの証となる。 これは人間にはない特徴の1つで、我ら はこれを魔証眼 デモンズ・クレスト と呼んでいる。 そしてその男は、稀に見る『真紅相貌』 ではないか。
我らの赤い眼には濃度によりランクがあ り、一番下が『薄赤相貌』で、次が『濃赤相貌』となる。 ここまでが大体の魔族が持つ赤眼だ…しかし実際は更に上のランクも存在し、濃 赤相貌の上が『紅相貌』で、これはほと んどが騎士や戦士…そしてアヤ様と同じ 『深紅相貌』ときて、最後が極稀にしか現れない伝説となる『真紅相貌』である 。
この『真紅相貌』を持つ者は万人を束ねて導き、如何なる不幸をも幸せに変える 力を持つと言われ…実際にこれまでの歴 代ルクスリア王は全員がこの『真紅相貌 』であった。 つまり、この者は魔王となるべき素質と 運命を有する…と言う事なのか。
彼がその眼で周囲を見渡すと皆一様にその様子を恐れ、平伏を始めた。 私も平伏すべきだったのだが、騎士ゆえ に力知らぬ者へ頭を下げる事が出来ず… 最敬礼にとどまってしまう。 …どうやら彼が私をジッと見ているらし い。
当然と言えば当然か…真紅相貌を見たから態度を変えたわけではないが、当初剣を向けた相手のみが平伏しない。 気に障ったのならこの場で処刑してくれて構わんぞ? どうせ見捨てる国だ…死期が早まっても 悔やむものか。
「∝∬∨¥&ΕθφШпйМ」
「あ、あの人は…その……この『救世主 召喚計画 プロジェクト・サモンメシア 』に、最後まで反対していまして」
さあ新王殿? 私を処刑する理由が出来ましたぞ? 私も騎士だ…命令で散るなら盛大に散ってやる。
「彼女は悪くありません…罰するならこ の私を!」
…アヤ様、なぜこんないち騎士をおかば いになるのですか? 私はアヤ様と新王殿に見えぬよう顔を伏 せる。
「#%&@*…ιΗ%α!?」
「ハイ、彼女の名はシズ=シャナス…若 くして我らルクスリア王国第一騎士団の 隊長を務めています」
どうしたと言うのだろう。 なにやら新王殿が驚いている。 そしてまたもや私をジーっと見つめ、そ して首をかしげる…しかも何故かがっか りした様子で。 どういうつもりだそれは…流石に私じゃ なくても怒るぞ?
「ЗДСЁΩΘΛ…ετδ、БЯбдΨζδμΜοΞЬымиЕ ηψГДСтяоΧΑΠ、#Юэ@л%εΦ#」
「ああぁ、ありがとうございます……う っうっ」
等と考えていたらまたアヤ様が、今度は 泣き出したではないか!? 何を言った貴様…私はもう我慢の限界だった。
決めた、もう撤回しない…この不届き者を殺してやろう。
「Вп、ΚΩΨκΤ…БСвФЖК#@Е?」
「嬉しくて…いえ、そうですね…はい、 ぐすっ…あれ?涙が…ぐすっ、ひっく…」
「魔王様!」
「何をしたんだ!」
「姫巫女様、どうして泣いてるの!?」
見てて分からんか? この新王殿、もといこの無能は…とんでもない毒を吐いたのだ。
「皆さん落ち着いてください!私は大丈夫ですから」
「奴が悪いんじゃ…」
「いえ…そうじゃないんです」
「姫巫女様、大丈夫なのですか!?」
「はい、大丈夫です」
口々にアヤ様のお体を心配する周囲の者達。
ご覧下さいアヤ様、まだアヤ様を案ずるものはこんなにおりますぞ? そしてそこの無能、もう少しだ…。 とそこで無能がアヤ様を呼び寄せ、耳元 で何かを囁いたのが見えた。
「Δδ#ЁХУ*@」
「…はい?何でしょうビャクヤ様」
そうか、貴様の名前はビャクヤと言うのだな? よろこべ?汚らわしきその名、王家に仇なした者として未来永劫語りついでくれるわ。 私は隙を窺う。 斬るのは簡単だが、今飛び出せばアヤ様を傷つけてしまう。
耐えよ…シズ=シャナス。
「…ΥΦΕΒΞΞΞΞΞΞΞΞ!」
「ビャクヤ様?」
突如笑い出したビャクヤ…気付いたか? しかし気付いたからと言って何かをしてくる訳でもない。
…舐めやがって。 もう我慢ならぬ!
―チャキッ!―
「死ね紛い物っ!!」
「きゃっ!」
アヤ様には申し分けないが、この男…いまここで斬らせていただきます。 私はそう思い抜剣して突撃、ビャクヤとアヤ様の間に体をねじ込み…その首にさっきより強い力で剣の刃を押し付けた。
あとはこのまま剣を引けばこの男の首は落ちる。
そして私が同じように自分で首を掻っ切れば全て終わる…はずだった。
だがそんな私をとんでもない事態が襲う 。
「虚創・開始!!」
その言葉を言った瞬間なんと、ビャクヤの手に刀が出てきたではないか。
―シュガッ!――ギィンッ!ガラガラガラ…―
突如右手に衝撃が走った。 凄まじい衝撃…あまりの事に驚き、私は剣を弾き飛ばされてしまう。 何があった?
―ガシッ!―
そして次の瞬間、武装解除されて素手となった私は…その眼に、ビャクヤの怒気に満ちた顔を映し出していた。
吐息がかかるぐらいの距離…その時になってようやく、胸倉を掴まれている事を私は知った。
吸い込まれそうなほど綺麗な『真紅相貌 』も、今気付いたビャクヤの…左眼を切り裂くような傷痕と合わさって恐怖感しか生み出さない。
恐ろしい…戦場でもそう感じることのないその威圧感に、私は久々に恐怖した。
そしてそんな彼が…低く、地を這うよう な冷たい声でこう言った。
「魔王を、舐めるな」
「!?」
ハッキリと理解できるこちらの言語。 その一言に私は全身の皮膚が泡立ち、全身に冷たい汗が噴出すのを理解した。 この魔王は、強い…。
私は自分を大いに恥じた。 外見ばかりに気を取られ、中身と言う本質に眼を向けなかった自分を。
私は慌てて平伏した。申し訳ありません魔王様…これまでの非礼の数々、どうか寛大なお裁きを…と言いたかったが口は張と恐怖で全く動かない。だがビャクヤ様は
アヤ様を伴い、この召の間を意気揚々と出て行った。
「ビャクヤ様…」
同じように平伏する一同と共にその背中を見送り、私は彼に忠誠を誓う。 そして信じよう。 彼こそ、このルクスリア王国を救う…新たな魔王様であると。
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