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トラックバックテーマ第1440回「この虫が怖い!」への参加記事です。
アブ!! …失礼しました。もう世界中に向けて声を張り上げたかったので、つい。
今から30年ほど前の、中学2年の夏休みのある日のことです。私は友人と学校のプールへ行きました。夏休み中に通う回数まで設定して、義務づけられていたからです。
母校の中学は、山の中腹にありました。プールはさらに奥、網状のフェンスの向こうは山林しかありませんでした。
暑い日が続いていたので、プールには何十人もの生徒が来ていました。更衣室で着替えるにも、プール前のシャワーや消毒にも、長い列に並んで待たねばなりませんでした。
友人と「暑いで早く入りたぁね」などと言いながらシャワーの列に並んでおりましたら、右足の脛、膝のすぐ下あたりに何かがくっついた感じがしました。
(なんやろ? えらぁ大きいハエやなぁ)
見下ろせば、目が合ったのが判るぐらい大きな、クマンバチよりも大きなハエ——アブでした。
アブは、私が手で払い除けようとするのにもかまわず、口を伸ばして私の脚を刺しました。
私の「いたっ!」という声で友人が気づき、自分のゴム帽を取って叩いてくれたので、アブは飛んでいきました。
が、それも束の間。
ようやくシャワーを浴び、消毒槽に浸かり、準備体操を始めても、アブはずーっと私の近くを飛び回り、少しでも油断しようものなら止まろうとしました。監督係の男性教諭の制止を無視してプールに飛び込み、頭まで潜っても、潜ったまま息が続く限り移動しても、アブは私の頭上にいました。
プールから上がって休憩する時間は、最悪でした。私が逃げ回っていても、先輩・後輩・同級生、そして教諭もいるのに、友人以外の誰もアブに追われていることに気づかず、言っても信じてくれませんでした。
「もうイヤや! 帰る!」
そのまま更衣室に逃げ込もうとしても、「シャワーを浴びろ、目を洗え、その後でないとダメだ」と言われました。
仕方なくシャワーを浴びた時、またアブに食われました。それも、1度目の数cm下を。おかげで、私の右脚の脛には、直径1mm程度の穴のある大きな腫れが、2つできました。当然かなり痛みましたが、アブはまだ周囲を飛んでいましたので、我慢して更衣室に駆け込みました。
更衣室には、時間をずらして早めに来ていた女子達がいました。結構混んでいる中をかき分けるように奥へ行かせてもらいましたらば——
「うわぁっ! アブがおる! 先生呼んで!」
——アブも一緒にドアから入ったらしく、やっと騒ぎになりました。そんな中、教諭が来るより早く、誰かがプールバッグで打ちつけたおかげで、アブは更衣室の窓から山へと飛び去っていきました。
帰宅後、私は父から、アブの主食は動物の血であることを聞きました。
「クマアブとかウシアブって呼ばれとるのは相当大きてな、クマにも食いつくとか言うぞ」
そう聞いて以来、獲物に対する執拗さという言葉では足りない執着性と併せて、私にとってアブは「人間を捕食する物凄く恐ろしい存在」になりました。
以下、蛇足です。
上述の出来事のあった日の監督教諭は、体育大学で柔道を修めた若い男性でした。明るく朗らかで、「困ったことがあったら頼ってくれ」と生徒達に言い、相談には親身かつ真剣に応じてくれると評判のいい教諭でした。
その教諭に「アブ? ほんなんおるか? おらんみたいやぞ?」と相手にされず、脚に腫れがあることにも触れられませんでした。
(ああ、見た目や言っとることがカッコよかろうが、アテになんかしたらあかんのやな)
アブが生物としては小さくても人間を怖れないように、人間も見た目と性質が必ずしも一致するものではなく、聖職と呼ばれる教師であってもそれは変わらないのだと、思い知った出来事でもありました。
今では、「アブ」とセットで、当時のやさぐれた対人不信感が蘇り、そんな自分に嫌悪感を覚える分、いろんな意味で「怖い」です。
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