第2節
世界のエネルギー供給構造の変遷
本節では1970年代から現在までの一次エネルギー供給の構成を、資源制約・産業構造変化等を踏まえつつ振り返り、各国が各エネルギー源をどのように位置づけてきたかを概観します。
1.主要な供給源の変遷
まず、世界の一次エネルギー供給構成推移と世界の発電電力量構成推移を概観します。
【第112-1-1】世界の一次エネルギー供給
- (出所)
- IEA「Energy balance of OECD Countries, Non-OECD Countries, 2009 edition」
【第112-1-2】世界の発電電力量構成推移
- (出所)
- IEA「Energy balance of OECD Countries, Non-OECD Countries, 2009 edition」
(1)石油
オイルショック以前、石油は豊富で低廉、かつ利便性の高いエネルギーとして広く活用され、世界の一次エネルギー供給の44.6%を占めていました。また、発電電力量構成においても石油火力発電は20.9%を占め、石炭火力発電(40.0%)、水力発電(23.0%)に次ぐ重要な位置づけを占めていました。
しかし、各国がオイルショックの経験を踏まえて石油依存度低減、エネルギー効率向上(省エネルギー)等のための諸施策を講じていたことによってその比率は徐々に低下し、2007年現在、一次エネルギー供給に占める比率は34.3%となっています。特に発電部門において石油代替エネルギー利用が拡大し、石油火力発電の比率が5.6%にまで大幅に低下していることは注目に値します。
(2)天然ガス
石油代替エネルギーとして、特に発電分野で利用が拡大したのは天然ガスです。特にアメリカや欧州の主要消費国で発電用天然ガス消費量が増大した1990年代以降はその需要は急速に拡大し、発電電力量構成に占める天然ガス火力発電の比率は2007年には20.9%となっています。また、一次エネルギー供給に占める比率も、2007年には20%を上回っています。
(3)石炭
化石エネルギーの中で最も広い地域に豊富に分布し、また生産地と消費地が近距離にある石炭は、その価格安定性、供給安定性から、中東など一部の地域を除き世界中のほぼ全ての国で利用されています。2000年以降は新興国・発展途上国でのエネルギー需要が急拡大した時期であり、また原油価格が上昇局面に入ったため石炭の経済性に注目が集まった時期でもあります。そのため、新興国等の発電用燃料としての需要増大にとどまらず、先進国における消費量も拡大傾向にあり、2007年における一次エネルギー供給に占める割合は過去最高の26.4%となっています。
(4)原子力
オイルショック前、原子力発電を実用化している国は欧米を中心とした10カ国余りに限られ、発電電力量に占める比率も2.1%にとどまっていました。その後、先進国を中心に石油代替エネルギーとして注目が集まるようになり、原子力発電の導入が進みました。特に自国に資源を持たないフランス、日本、韓国においては準国産エネルギーの比率を高めることを目的として導入が進展しました。一方で1980年代には、スリーマイル島の事故、チェルノブイリの事故等によりアメリカ、英国を中心に導入拡大が停滞しました。発電電力量に占める原子力発電の割合は、1996年に17.7%とピークを迎えます。その後世界の電力需要が急拡大したこと、その拡大分の多くが火力発電で賄われたことから、2007年の比率は13.8%となっています。
(5)再生可能エネルギー
再生可能エネルギーの比率は一次エネルギー消費の増加に応じて増加し、1971年の11.2%から2007年の9.8%まで10%前後で推移しています。再生可能エネルギーとは木材や廃棄物等を原料とするバイオマス系燃料が大半であり、現在もフィリピン、ベトナム、インドネシア、ブラジル等では石油と並ぶ主要なエネルギー源となっています。
水力の比率も1970年代から現在まで2%前後と、大きな変化はしていません。発電電力量に占める割合は近年低下傾向にあり、1971年には23%でしたが、その後徐々に低下して1990年には18.2%、2007年には15.6%と、原子力とほぼ同等の比率となっています。これは水力発電を主な電源としている国において追加的な開発の余地がなくなってきたこと、代替電源として水力より太陽光や原子力に重点が置かれるようになったこと等が背景にあります。
太陽光、風力などの新エネルギーは2000年以降、世界で急速に増加を続けています。特に2000年代半ばより、ドイツ及びスペインで固定価格買取制度(フィードイン・タリフ)が実施されたことにより、両国での導入量が急速に拡大しているほか、アメリカ、中国等のエネルギー大消費国においても普及が加速しています。今後、さらなる技術革新・経済性向上が図られれば、欧米諸国だけでなく、中国・インド等アジアのエネルギー大消費国、中東・アフリカ・南米等の新興国における普及拡大が期待されます。
以上のようなエネルギー供給構造の変化は、エネルギー産業におけるプレーヤーの戦略にも大きな影響を及ぼしてきました。1970年代には世界のエネルギー企業といえば石油メジャーズであり、その他のエネルギー産業には大企業がほとんど存在しませんでしたが、1970年代後半から1980年代にかけては原子力分野で、1990年代からは天然ガス分野で、2000年代に入ってからは太陽光等の再生可能エネルギー分野で、それぞれ世界的な大企業の台頭・変遷が生じています。各エネルギー産業におけるプレーヤーの概要については次項で述べます。
2.石炭
(1)石炭利用の現状
石炭は、石油や天然ガスに比べ地域的な偏在性が少なく、北米に2,461億トン(全体の29.8%)、欧州・ロシアに2,722億トン(33.0%)、アジア・太平洋に2,593億トン(31.4%)と比較的政治が安定している地域を中心に、広く賦存しています。可採年数は、石油が42.0年、天然ガスが60.4年であるのに対し、石炭は122年と石油の2.9倍、天然ガスの2.0倍となっています。主要石炭生産国の可採年数は、ロシアが約481年、アメリカ224年、オーストラリアが190年であるのに対し、国内の石炭需要が急増している中国が41年、インド114年、輸出と国内需要が急増しているインドネシアが19年となっています17。
石炭は、その用途から原料炭、一般炭の2種類に大別されます。原料炭は、粘結性18のある瀝青炭19で、製鉄高炉用コークス20製造の原料となります。また、一般炭は、粘結性のない瀝青炭や亜瀝青炭21で、発電用、一般産業等でのボイラー用の燃料として使用されます。
石炭価格は、原油や天然ガスに比べて低廉で安定して推移してきました。2000年代に入り、石炭価格は世界的な需給逼迫から2004年にそれ以前の価格の倍に高騰し、それ以後原油価格の変動に合わせるように急騰し、価格安定性という点での石炭の優位性は一時的に低下しました。しかし、石炭は世界各地に存在しており、かつ埋蔵量は豊富で可採年数は他の資源に比べて長いエネルギー資源の安定供給の面で引き続き優位にあります。
一方で、石炭の利用に関しては、環境負荷問題が挙げられています。特に、地球温暖化防止の観点から、石炭を利用する際は、二酸化炭素発生量の抑制が不可欠となります。経済的で、供給安定性が高いという利点を有している石炭の利用は、経済の発展とそれに伴うエネルギー需要の増加に対応するには必要となりますが、その前提条件としてクリーンコールテクノロジーの開発、普及による石炭の効率的な利用が重要となります。特に、石炭消費量の約65%を占め、今後もアジア地域を中心に需要の増加が見込まれる石炭火力発電におけるエネルギー効率の向上が重要となります。このため、電力分野では各国の事情により異なりますが、超臨界圧発電(SC)や超々臨界圧発電(USC)の普及が不可欠であり、さらには石炭ガス化複合発電(IGCC)等の高効率発電技術や二酸化炭素回収・貯留(CCS)技術開発等の重要性が高まっています。
【第112-2-1】石炭可採埋蔵量・生産量・可採年数(地域/国別)
可採埋蔵量 (百万トン) |
可採埋蔵量 (シェア) |
2008年生産量 (百万トン/年) |
生産量 (シェア) |
可採年数 (年) |
|
---|---|---|---|---|---|
北米 | 246,097 | 29.80% | 1,142 | 16.80% | 216 |
中南米 | 15,006 | 1.80% | 87 | 1.30% | 172 |
欧州・ロシア | 272,246 | 33.00% | 1,248 | 18.40% | 218 |
中東・アフリカ | 33,399 | 4.00% | 255 | 3.80% | 131 |
アジア・太平洋 | 259,253 | 31.40% | 4,049 | 59.70% | 64 |
全世界 | 826,001 | 100.00% | 6,781 | 100.00% | 122 |
可採埋蔵量 (百万トン) |
可採埋蔵量 (シェア) |
2008年生産量 (百万トン/年) |
生産量 (シェア) |
可採年数 (年) |
|
---|---|---|---|---|---|
アメリカ | 238,308 | 28.90% | 1,063 | 15.70% | 224 |
ロシア | 157,010 | 19.00% | 327 | 4.80% | 481 |
中国 | 114,500 | 13.90% | 2,782 | 41.00% | 41 |
オーストラリア | 76,200 | 9.20% | 402 | 5.90% | 190 |
インド | 58,600 | 7.10% | 512 | 7.60% | 114 |
インドネシア | 4,328 | 0.50% | 230 | 3.40% | 19 |
- (出所)
- BP「Statistical Review of World Energy 2009」
COLUMN
クリーンコールテクノロジー
クリーンコールテクノロジー(CCT)は、石炭利用において、「エネルギー効率の向上」と「環境負荷低減」を両立するための高度な技術です。CCTは、今後石炭需要が増大するアジア・太平洋地域への導入・普及が特に求められています。日本は優れたCCT技術を有しており、各国のニーズに合わせた技術移転、国際協力、人材育成などの面で期待されています。主なCCT技術は以下のとおりです。
①USC(Ultra-Super Critical pressure power generation)
超々臨界圧発電。臨界点をはるかに上回る条件まで蒸気を高温・高圧化した状態で蒸気―タービンを駆動して発電する技術。
(導入メリット) ・発電効率の向上 ・環境負荷低減 ・商業技術として確立済み
②IGCC(Integrated coal Gasification Combined Cycle)
石炭ガス化複合発電。ガス化炉内で石炭をガス化した燃料ガスを燃焼させることによりガスタービンで発電し、更に高温の排ガスによってボイラで発生させた蒸気で蒸気タービンによる発電を行うことで、更なる高効率化を目指した発電システム。
(導入メリット) ・発電効率の向上 ・環境負荷低減 ・使用可能炭種の拡大
③CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)
二酸化炭素回収・貯留技術。火力発電等の大規模排出源の排ガスからCO2を分離・回収し、地中や海洋に隔離する技術。
(導入メリット) ・CO2の排出を抑制
(2)世界の石炭貿易
石炭は、自国で安価に手に入るエネルギーとして生産国でその多くを消費する地産地消型のエネルギーです。このため、生産量に比べて貿易に供される数量が少なく、世界の全生産量に占める貿易量(輸出量)の比率は、1990年以降において13~18%で推移しています。
【第112-2-2】世界の石炭貿易量の推移(褐炭を除く)
- (注)
- 一般炭は無煙炭を含む。2008年のデータは見込み値。
- (出所)
- IEA「COAL INFORMATION 2009」
1950年代までは、石炭貿易はヨーロッパや北米での隣接国間の陸上輸送が主流でした。ドイツはOECD諸国への主要な輸出国であり、また、ポーランドと旧ソ連が東欧へ石炭を供給していました。この時代の海上輸送を伴う石炭貿易は少なく、主にアメリカからOECD諸国や日本への原料炭を中心とした輸出に限られていました。
1960年代に入ると、OECD諸国と日本(1964年にOECDに加盟)で原料炭22の需要が増加する一方、オーストラリアでの原料炭開発が進み、オーストラリアからの海上輸送貿易も拡大していきました。1970年代には新興工業国の韓国、台湾、ブラジル等においても原料炭の輸入量が拡大していきます。1980年の原料炭貿易量(ここでは輸出量を貿易量とする。以下同じ。)は1億4,300万トンに達しました。1980年以降、原料炭貿易量は自国に原料炭資源を有しない国での鉄鋼生産に合わせて増加し、2008年の見込みでは2億6,200万トンとなっています。
一方、一般炭の貿易量は、二度にわたるオイルショックを経て急速に拡大していきました。石油の代替エネルギーとして産業での石炭への転換が進み、また、石炭火力発電所の建設も活発になりました。日本を始めエネルギーを海外に依存する国においても低価格の輸入炭への転換や石炭火力発電所の建設が進められ、一般炭の貿易量が増加しました。一般炭の貿易量は1980年の1億1,900万トンから1990年に2億9,500万トン、2000年に4億7,100万トン、2008年には6億7,600万トンに達しています。
国別に貿易量の推移をみると、1970年代にはポーランドや旧ソ連邦が輸出国の上位を占めていましたが、1980年代には南アフリカとオーストラリアが貿易のシェアを拡大する一方、アメリカは価格競争力の面で劣っていたことから、貿易量は減少していきました。その結果、1984年にはオーストラリアがアメリカを抜いて世界最大の輸出国となりました。
1990年代にはオーストラリアの輸出量が順調に拡大する一方で、インドネシアの輸出量が増加し、90年代後半には中国の輸出量が急増しました。なお、南アフリカ、コロンビアからの輸出量は80年代、90年代を通して増加しました。
2000年代以降については、オーストラリアの輸出量が順調に増加している他、インドネシアの輸出量がアジア市場の需要に応えるべく急増していること、中国が内需拡大により2004年以降輸出量を減少させていること、ロシアが経済の回復と共に輸出量を増加させていることなどを特徴として挙げることができます。
輸入国側に目を向けると、日本は世界最大の輸入国となっています。日本は、鉄鋼生産の拡大に伴い1975年まで原料炭輸入を拡大し、1980年以降は石炭火力発電所が増加するのに伴い一般炭の輸入量を拡大してきました。2000年代に入り、韓国、台湾に加え、中国、インドなどアジア諸国の輸入が拡大しており、日本の輸入シェアは減少しています。
1971年の石炭輸入では、欧米諸国が輸入の上位を占めていました。しかし、1970年代に韓国、台湾が原料炭を、1980年以降に一般炭を輸入し始め、アジア市場の規模は拡大しました。さらに中国、インドの輸入量が増加し、現在では輸入上位国はアジア諸国が中心となっています。
(3)石炭産出国の概観
ここで主要な石炭産出国の状況を概観します。
①オーストラリア
オーストラリアでは、国内向けに石炭が生産されていました。オーストラリアの本格的な石炭輸出は、日本向けの原料炭を生産する炭鉱を開発したことに始まります。日本はそれまで原料炭の供給をアメリカに大きく依存していましたが、原料炭需要の拡大に伴い供給源をオーストラリアにも求めるようになりました。日本の輸入拡大とともに、オーストラリアの原料炭輸出量は拡大したといえます。
オーストラリアは、従来、エネルギー資源の禁輸策をとっており、一般炭の輸出も禁じられていましたが、日本政府とオーストラリア政府との交渉の結果、1974年にこの禁輸策が解除されました。その後、日本を中心にアジアでの発電用石炭需要の拡大に伴い、オーストラリアの一般炭輸出は拡大していきます。
オーストラリアには高品質の石炭が豊富にあり、輸出需要を賄うために炭鉱開発が進められ、日本も商社を中心に権益を取得するなと積極的に開発に関わってきました。先に示したとおりオーストラリアは1984年にアメリカを抜いて世界最大の石炭輸出国となり、2008年の輸出量は2億5,220万トンに達しています。日本はオーストラリアから1億2,010万トンの石炭を輸入しており、日本の石炭輸入量に占めるオーストラリアの割合は64.7%となっています24。
オーストラリアでは鉄道や石炭積出港等が整備され、今後の需要増加に対応するため、さらなる炭鉱開発とインフラ拡張が計画されています。しかし、1990年代後半からの石炭価格の低迷や2000年代に入ってからの米ドル安による影響で必要な投資が遅れ、ニューサウスウェールズ州のニューキャッスル港やクイーンズランド州のダーリングプルベイコールターミナルで大規模な滞船が発生し大きな問題となっています。この滞船の解消に向けて整備が進められていますが、まだ根本的な解決には至っていません。
②インドネシア
インドネシアは、世界第2位の石炭輸出国で、2008年の輸出量は2億260万トンとなっています。一般炭の輸出量ではオーストラリアを抜いて世界最大の輸出国となっています。インドネシアはアジアの石炭輸入国にとってオーストラリアより輸送距離が短いというメリットがあり、韓国、台湾、中国、インド、東南アジア諸国等への輸出が拡大しています。日本はインドネシアから2,850万トンの石炭を輸入しており、日本の石炭輸入量に占めるインドネシアの割合は15.4%となっています25。
1980年代に外国資本による炭鉱の開発が進み、1990年以降は生産が増加し、輸出も拡大しました。インドネシアでの石炭開発は海岸線沿いや河川沿岸で進められ、一部の炭鉱を除いては、艀(バージ)による河川輸送が主流となっていますが、今後、新たな炭鉱開発の対象地域は内陸部となることから、鉄道建設等のインフラ整備が重要となってきます。
インドネシアでは、2005年以降審議が続いていた新鉱業法(No.4/2009鉱物石炭鉱業法)が2009年1月に成立しました。同法はこれまでの鉱物石炭鉱業法(No.11/1967)に代わるもので、鉱業事業契約制度26が廃止され、許可制27となりました。このため今後の外資参画への影響が懸念されます。また、電力用石炭需要を中心に国内供給義務(DMO)28政策が導入され、国内需要を優先することが義務付けられることから、輸出量の停滞が懸念されます。
一方で、インドネシアでは、石油、天然ガスに比べ石炭、特に亜瀝青炭と褐炭といった低品位炭29の賦存量が多く、これらの低品位炭の有効利用が求められています。
③中国
石炭は、中国のこれまでの経済発展を支えるエネルギー源としての主要な役割を担ってきました。中国の一次エネルギー消費の約70%を石炭が占めており30、今後も石炭は自国で自給可能な一次エネルギーとして、経済発展を支える中核を占めることに変わりがありません。中国は世界一の石炭生産・消費国であり、2008年の生産量は27億6,140万トンと見込まれています31。なお、中国は豊富な石炭資源に恵まれ、その石炭生産能力は国内需要をまかなうのに十分だと考えられますが、石炭生産地域と消費地域の分布にずれがあり、鉄道輸送能力の整備の遅れが石炭国内供給のボトルネックになっています。また、中国では石炭産業構造の改革が進められていますが、小型炭鉱での技術水準の遅れや、環境問題、炭鉱操業に関わる保安問題などの課題を抱えています。
2004年以降は、国内需給の逼迫により石炭の輸出が減少し、輸入が増加しています。2009年には急激に輸入が拡大し、1億トン以上の純輸入国に転じました。一方、石炭生産量はいずれも石炭消費量を下回る予測となっており、今後も中国は石炭の純輸入国であると想定されます。中国の輸入量が拡大していけば、国際石炭市場に与える影響も大きくなると考えられます。なお、アメリカエネルギー省EIA32「International Energy Outlook 2009」及びIEA「World Energy Outlook 2009」が示す中国の石炭需給見通しでは、いずれにおいても中国の石炭消費量は2006年の約23億トンから2030年の44億トン超規模と、年平均3%程度の伸び率を予測しています。また、石炭生産量はいずれも石炭消費量を下回る予測となっています。
④アメリカ
アメリカは、世界最大の石炭埋蔵量を誇っています。古くから東部地区(主にアパラチア)で石炭が採掘され、鉄道と河川を利用した効率的な輸送システムを活用して石炭は利用されてきました。20世紀後半に入ってからはワイオミング州、モンタナ州にまたがるパウダーリバーベイスンが大規模に開発され、低コストで生産される硫黄分の低い亜瀝青炭が発電に利用されています。なお、アメリカでは発電量の約5割が石炭火力で供給され、生産される石炭の大半はアメリカ内で消費されています。
アメリカからは、欧州市場向けに主に原料炭が輸出され、カナダ向けには主に一般炭が輸出されています。その一方で、コロンビアやベネズエラから一般炭の輸入を行っています。日本へは、1990年まで原料炭を輸出していましたが、価格が高いこと、輸送距離が長いことから一時的にゼロとなりました。しかし、近年の原料炭逼迫の影響を受け、日本への輸出が再開され、一般炭についても少量ですが、西部炭の日本向け輸出が行われています。
⑤ロシア
ロシアは、アメリカに次ぐ世界第2位の石炭埋蔵量を有しています。1988年には4億トンを超える生産が行われていましたが、その後の経済低迷の中で、1990年代においては不採算炭鉱の閉山を中心とした石炭産業の改革が進められ、1990年代後半からは民営化が本格化しました。1998年以降、経済回復と民営化により石炭生産量は増加し、輸出量も増加しています。2008年の石炭輸出量は1億134万トンとなり、世界第3位の輸出国となりました。輸出の多くは欧州向けとなっています。
アジア市場向けはこれまで積出港の能力により制約を受けていましたが、2009年にSUEK社33が自社の石炭ターミナルをロシア極東のハバロフスク州ムチカ湾に開港させたことから、2009年の輸出量は2,410万トン(2008年が1,670万トン)まで増加しました。一般炭は、極東、東シベリア、遠くは西シベリアのクズネツク炭田から輸送されてくるため国内輸送距離は長いものの、アジア市場にとっては積出港からの距離が短く近距離供給源として重要です。
また、原料炭については、ロシア東部のサハ共和国で、エリガ炭田34の開発がメチェル社35により進められています。
⑥カナダ
カナダは世界第4位の原料炭輸出国で、60%以上がアジア向けとなっています。高品質な原料炭が産出されますが、炭層が薄く湾曲しているなど、オーストラリアと比較して賦存条件が厳しいため生産コストが高いこと、また、積出港まで1,000km以上の輸送が必要となり、国内輸送コストが高いことが課題となっています。原料炭については、1990年代後半からの石炭価格低迷により炭鉱の統廃合が進んでいます。一方、一般炭については、近年ではアジア向け輸出が増加しています。
(4)石炭の主要サプライヤー
世界最大の石炭輸出国であるオーストラリアでは、石炭価格の低迷が続く中、1990年代終わり頃から石油メジャーが石炭産業から撤退をはじめました。この撤退に伴いBHP Billiton、Rio Tinto、Xstrata(当時のGlencore)、Anglo American等の国際的な総合資源会社がオーストラリアの石炭企業を買収・合併し、これら4社への石炭権益の集中が進みました。これら4社(ビッグ4または石炭メジャーと呼ばれています)が台頭し、オーストラリアにおいて石炭寡占化が進み、近年、これら4社が主体となって操業する炭鉱の全生産量の合計は、オーストラリアの総生産量の7割近くを占めるようになっています。
また、実現には至りませんでしたが、BHP BillitonによるRio Tintoの買収提案など、大手資源会社同士の買収の動きがありました。一方、2009年には中国最大の石炭会社である神華能源によるRio Tintoの石炭部門の買収計画が伝えられるなど、新しいプレーヤーによる石炭企業の買収、積極的な石炭権益取得の動きがありました。
【第112-2-7】石炭主要サプライヤーの原料炭生産国内訳
豪州 | 南アフリカ | カナダ | 合計 | |
---|---|---|---|---|
BHP Billiton | 36,416 100% |
0 0% |
0 0% |
36,416 |
Rio Tinto | 7,431 100% |
0 0% |
0 0% |
7,431 |
Xstrata | 12,200 100% |
0 0% |
0 0% |
12,200 |
Anglo American | 13,145 89% |
972 7% |
632 4% |
14,749 |
BHP Billiton、Rio Tinto、Xstrata、Anglo Americanの石炭生産量、売上高は第112-2-8に示すとおりです。これら4社は、オーストラリアの他、輸出国である南アフリカ、コロンビア、ベネズエラの炭鉱権益も所有しています。BHP Billitonは、原料炭の全量をオーストラリアで生産し、一般炭は生産量6,821万トンのうち南アフリカで46%、アメリカで21%、オーストラリアで17%、コロンビアで16%を生産しています。Rio Tintoは、原料炭の全量をオーストラリアで生産し、一般炭の85%をアメリカで生産しています。Xstrataは、原料炭の全量をオーストラリアで生産し、一般炭はオーストラリアで55%、南アフリカで31%、コロンビアで14%を生産しています。Anglo Americanは原料炭の89%をオーストラリアで生産しているほか、南アフリカで7%、カナダで4%を生産し、一般炭を南アフリカで89%、オーストラリアで17%、コロンビアで12%、その他ベネズエラ、カナダで生産しています。
【第112-2-8】石炭主要サプライヤーの生産量と売上高
石炭生産量(千トン) | 総売上高 (百万ドル) |
うち石炭部門 (百万ドル) |
比率 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
原料炭 | 一般炭 | 計 | ||||
BHP Billiton | 36,416 | 68,206 | 104,622 | 50,211 | 14,611 | 29.1% |
Rio Tinto | 7,431 | 153,111 | 160,542 | 54,264 | ― | ― |
Xstrata | 12,200 | 73,300 | 85,500 | 27,952 | 7,944 | 28.4% |
Anglo American | 14,749 | 84,766 | 99,515 | 32,964 | 6,436 | 19.5% |
- (出所)
- 各企業HP、Annual Report
BHPの備考の2009年は、2008/09年度(7月-6月)。
【第112-2-9】石炭主要サプライヤーの一般炭生産国内訳
豪州 | 南アフリカ | カナダ | アメリカ | 南米 | 合計 | |
---|---|---|---|---|---|---|
BHP Billiton | 11,775 17% |
31,701 46% |
0 0% |
14,136 21% |
10,594 16% |
68,206 |
Rio Tinto | 22,356 15% |
0 0% |
0 0% |
130,755 85% |
0 0% |
153,111 |
Xstrata | 40,200 55% |
22,700 31% |
0 0% |
10,400 14% |
0 0% |
73,300 |
Anglo American | 14,696 17% |
58,445 69% |
140 0% |
0 0% |
11,485 14% |
84,766 |
3.石油
石油産業は1859年、アメリカのペンシルベニア州でドレーク(Edwin Laurentine Drake 1819年~1880年)が機械掘りで原油の生産を行ったのが始まりとされており、その後、1870年にロックフェラー(John Davison Rockefeller 1839年~1937年)がStandard Oilを起こしたのが近代石油産業の始まりとされています。石油産業はこのように19世紀半ばに勃興し、その後も国内外の政治情勢が複雑に絡んで常に変貌を遂げてきましたが、ここでは第二次世界大戦後の国際石油産業の動きを簡単に整理します。
(1)セブン・シスターズの時代
20世紀初めから1960年頃の国際石油市場はセブン・シスターズと呼ばれたStandard Oil of New Jersey(のちのExxon)、Standard Oil of New York(のちのMobil)、Standard Oil of California(略称Socal、のちのChevron)、Texas Company(のちのTexaco)、Gulf、Anglo-Persian(のちのBP)、Royal Dutch Shellの7社が支配していました。
この7社は石油メジャーとして巨大な資本力、技術力で石油の上流部門(探鉱・開発・生産)から下流部門(輸入・精製・販売)までの全プロセスを担い、石油市場を寡占していました。
なお、セブン・シスターズの他にフランス石油が8番目に位置していました。
(2)資源ナショナリズムの台頭・高揚
1960年代以前には産油国における資源ナショナリズムの台頭がみられました。例えば、1938年のメキシコ政府による外資企業資産の国有化、1942年のベネズエラ政府による利益折半協定の導入、1951年のイランにおけるモサデク政権によるアングロ・イラニアン石油資産の国有化などです。また、1960年にはOPECが結成され、産油国で石油会社の国有化の動きが進展しました。ただし、サウジアラビアはこの時期急速な国有化政策はとりませんでした。
1970年代に入ると、さらに資源ナショナリズムは高揚し、産油国自身が石油資源を外国石油会社から国有化しようとする動きが強まりました。
【第112-3-1】1970年代~1990年代の資源ナショナリズムの台頭
1970年9月 | トリポリ協定(リビアが主導し、ナイジェリアとともに締結した国際石油企業との協定。後にサウジアラビア、イラクも参加。) 原油公示価格引き上げ、所得税率引き上げ等を実施 |
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1972年12月 | リヤド協定(産油国-国際石油企業間) 産油国が石油会社の経営に直接参加、またはその事業に関する利権を取得し、生産・投資・販売の各計画や原油価格の決定への関与比率を1982年までに51%まで引き上げることに合意。 |
1974年4月 | 「新国際経済秩序(NIEO)樹立に関する宣言」(第6回国連特別総会で採択) 資源に対する主権の確立を提唱。 |
1979年2月 | イラン革命。外資コンソーシアムを放逐。 |
1980年 | サウジアラムコ実質完全国有化。 |
1988年11月 | 国営石油会社サウジアラムコ設立。 |
このような産油国による資源の国有化が進み、さらに1978年の第二次オイルショック後、産油国が消費国との間で原油の直接取引やスポット販売を拡大したために、石油メジャーの石油市場への影響力は弱まっていきました。
(3)原油価格低迷時代
その後、1980年代に入ると石油の供給が過剰となり、原油価格の下落、石油のコモディティ化が進みました。この時期は非OPECの原油生産量の増加、スポット市場の発達と先物市場の創設、OPEC諸国間でのシェア争いが起き、資源ナショナリズムは後退していきました。そして原油価格低迷から産油国の投資財源が不足し、1990年代には主要産油国は外資導入を模索していきました。
例えば、サウジアラビアは1998年に当時のアブダッラー皇太子が国内の総合ガス開発計画の一環として外資導入を提唱、イランは1990年代半ばにバイバック契約方式を導入、ベネズエラは1992年に石油部門の外資開放政策を展開、クウェートは1998年に北部5油田に対する外資導入計画を検討、ソ連邦崩壊後のロシアは1992年に地下資源法制定、1995年に生産分与法を制定しました。
ただし、これらの案件はその後これ以上の進展をみせていません。その理由として、サウジアラビアでは外資との間で参入条件が折り合わなかったこと、イランのバイバック契約方式では外資が得る利益が低水準に抑制されていたことに加えてアメリカが対イラン経済制裁を実施していること、ベネズエラでは1999年2月のチャベス大統領就任による外資政策の転換、クウェートでは政府と議会との間の対立及び外資に対する思惑の相違、ロシアでは外資関連法の不備(外資の利益が法的に保障されない)を挙げることができます。
(4)アジア通貨危機
1997年、アジア通貨危機が発生しました。韓国、インドネシア、タイなどの通貨価値が暴落し、アジア各国に投資していた投機資金が一斉に資金の引き上げに動いたため、アジア各国で激しい資金不足が発生し、経済が大混乱に陥りました。これにより世界経済も大きな打撃を受け、1998年以降、石油需要が低迷し、供給過剰となった原油価格は一時10ドル/バレルを下回る状況になりました。
原油価格の大幅な下落に直面し、上流部門での収益が大幅に減少した石油メジャーで合従連衡が起こりました。1999年にはExxonとMobil(ともにアメリカ)が合併、2000年には既にAmoco(アメリカ)を買収していたBP(英国)はArco(アメリカ)と合併、1984年にGulf(アメリカ)を買収したChevron(アメリカ)は2001年にTexaco(アメリカ)と合併しました。
この結果、セブン・シスターズと呼ばれた石油メジャーは、BP(英国)、ExxonMobil(アメリカ)、Chevron(アメリカ)、Royal Dutch Shell(英国、オランダ)になりました。なお、これにフランスのTotalを加えて、スーパーメジャーズが形成されました。
【第112-3-2】スーパーメジャーズ形成の経緯
- (出所)
- 日本エネルギー経済研究所
(5)新たな資源ナショナリズムの台頭
1999年に入ってからの世界的な景気回復傾向に加え、同年3月の第107回OPEC総会で合意された減産がOPECの結束強化の下で実施されたことで、原油価格は1999年第1四半期を底に再び上昇に転じ、中国等の新興国におけるエネルギー需要の急速な増加や産油国の供給余力の低下を背景に2008年半ばまで上昇基調が続きました。
そして、原油価格の上昇を背景に再び資源ナショナリズムが台頭してきました。1970~80年代の資源ナショナリズムは資源の国有化が主でしたが、2000年代に入ってからの資源ナショナリズムは複雑化しています。新たな資源ナショナリズムは資源国が国内の石油や天然ガス資源に対する国家管理を強化し、自国の主導権の下で資源の開発・生産を行おうとする動きに加えて、国内の資源部門で操業する外資企業からの税収を増大させようとする点に特徴があります。以下、いくつかの事例を整理してみます。
①ベネズエラ
ベネズエラでは1992年の操業サービス契約導入を皮切りに外資導入を促進してきましたが、1999年に誕生したチャベス政権は、国内天然資源の政府による管理を強めました。そして、第112-3-3のとおり操業サービス契約、利益配分契約、オリノコ超重質油 契約に関するロイヤルティや所得税について外資企業の操業条件を改定しました。
【第112-3-3】ベネズエラにおける資源国家管理の動向
②ロシア
ロシアでは1990年代に石油会社の民営化と外資導入が進められましたが、1999年にプーチン大統領が就任してから国内天然資源を活用し、国家主導による政治経済体制の立て直しが図られました。
さらに、地下資源開発ライセンス付与権の中央集権化や「戦略的鉱床」という概念を導入しました。
【第112-3-4】ロシア石油産業における国家管理強化、再編の動向
2003年 | ユコス事件36が発生 |
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2004年 | ロスネフチ37によるユコス資産買収 |
2005年 | Gazprom38によるシブネフチ39買収 |
2006年 | Gazpromの天然ガス輸出独占を法制化 |
③カザフスタン
カザフスタンは1990年代半ば以降、積極的に外資を受け入れてきましたが、2002年頃から資源の国家管理強化・課税強化の動きが始まりました。
【第112-3-5】カザフスタン石油産業における国家管理強化の動向
2002年 | カザフスタン政府は既存契約の見直しと原油生産税引き上げを検討。 |
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2004年 | 新規ロイヤルティ及び原油輸出税40の導入。新規カスピ海開発案件に対する国営石油会社カズムナイガスの過半数参加方針決定。 |
2005年 | カズムナイガスによるカシャガン油田41の8.3%権益参加(現在は16.81%) |
④ボリビア
ボリビアでは1980年代から国際通貨基金IMF主導による経済改革政策を展開してきましたが、1999年時点で国民の60%が依然として貧困状態にありました。国内格差は引き続き大きく、その後、天然ガス輸出政策をめぐり国内は大きく不安定化し、第112-3-6のような資源の国家管理強化の動きがみられます。
【第112-3-6】ボリビアにおける天然資源国家管理強化の動向
2004年 | 国内資源開発に関する国民投票実施 |
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2005年 | ボリビア議会が新炭化水素法を可決。新税の導入と国営石油会社YPFBの事業参加を義務付け。 |
2005年 | モラレス大統領当選。 2006年5月に国内炭化水素資源の国有化 |
2009年 | 天然資源の国家による所有等を定めた新憲法の制定。 モラレス大統領再選。 |
⑤エクアドル
エクアドルは1993年の炭化水素法改正により、上流部門に外資を導入してきました。2003年、グティエレス大統領はエネルギー部門の改革案を発表し、国営石油会社ペトロエクアドル操業油田への外資導入を提唱しました。
しかし、2006年4月、パラシオ政権下で、油価が一定水準を超えた場合、その利益を政府と石油会社で折半する内容の新炭化水素法を議会が可決しました。また、同年5月にエクアドル政府は、米オキシデンタルとの石油開発参入契約を、同社の契約違反を理由に破棄し、その操業鉱区を接収しました。
このように、2000年代の原油価格急騰時には再び資源ナショナリズムの動きがみられました。その後、2008年後半からの原油価格下落により、石油輸出収入の減少が見込まれる状況となったことから、一部の産油国の間では石油収入の減少による開発資金の不足対策として、外資参入を排除または制限する動きが見られるなど、また異なる形態での資源ナショナリズムがみられるようになりました。
(6)新興国営石油会社の台頭
2000年代に入ってからの資源価格高騰により、国営石油会社が国際石油市場の主要なプレーヤーとして注目されてきました。
中東、アフリカ、中南米には自国の石油資源から得られる利益を最大限活用するために国営石油会社が存在します。国営石油会社が資源価格高騰を背景に資金力や技術力を拡大させていく中、国際石油市場でのスーパーメジャーズを含む国際石油会社の役割が大きく変化しました。かつて国際石油会社は高い技術・資本力を背景に原油の探鉱・開発において圧倒的な支配力を持ち、資源国との交渉では有利な立場にありました。しかし、ブラジルの国営石油会社ペトロブラスが深海油田の開発で高度な技術力を有するなど、国際石油会社の新興国国営石油会社に対する優位性が低下しています。また資源量の面でも国際石油会社は世界の原油埋蔵量の4%程度しか保有していませんが、各国の国営石油会社のシェアは80%近くにのぼります。
また、消費国の国営石油会社の存在と影響力が大きくなっています。代表的な例が中国とインドです。中国には中国石油天然気集団公司(CNPC)、中国石油加工集団(Sinopec)及び中国海洋石油総公司(CNOOC)という3大国営石油会社が存在し、インドにはインド石油天然ガス公社(ONGC)という石油開発専業の国営石油会社が存在します。これらの国の国営石油会社は国家の資源外交の支援を受けて、国と一体となって資源確保に積極的に取り組んでいます。
(7)新たなプレーヤー
従来、国際石油市場は産油国と消費国の石油関連企業などが主なプレーヤーとなっていましたが、先物市場の発達とともに石油と直接関連を持たない投資ファンドや金融機関の存在感が高まってきました。そして2008年中頃までの原油を含めた資源価格高騰の要因とも指摘されました。
投資ファンドや金融機関が巨額の資金を容易に集められるようになった大きな理由は、2000年のITバブル崩壊以降、欧米先進国で低金利が続き、低い金利で資金を調達できるようになったことが一因として挙げられます。低金利で世界的に資金があふれ、その一部が石油市場に流入したためと指摘されています。
石油市場に投機資金が流入することに規制を求める動きがある一方、市場の自由な取引に規制をかけることに対する反対意見もあります。どちらの方向に動くにしろ、投資ファンドや金融機関の存在は石油市場にとって無視できない存在となっています。
4.天然ガス
天然ガスが世界的に普及し始めたのは比較的最近で、第二次世界大戦後です。天然ガスは常温で気体であり、石炭・石油と比べて、運搬・貯蔵が困難であるということが、利用が進まなかった主因でした。それまでも石油に随伴して天然ガスが産出することがありましたが、産出地周辺で部分的に利用されるのみでした。
ところが、パイプライン技術の進歩により、陸上の長距離輸送が可能になったことから、アメリカ・欧州・旧ソ連等において、国内や海底の天然ガス田開発と天然ガスの利用が進みました。
1950年代からはカナダ・アルバータ州からトロントを結ぶトランス・カナダ・パイプライン、アメリカのメキシコ湾岸からアメリカ北東部を結ぶテネシー・ガス・パイプライン等、各地で長距離・高圧のパイプラインの建設が進み、工業用の原料から家庭用・業務用の熱源・温水用へその用途を広げていきました。また、1959年には、天然ガスをマイナス162℃まで冷却して液化した液化天然ガス(LNG)が初めて生産され、「メタン・パイオニア号」によりアメリカ・ルイジアナ州から英国キャンベイ島へのLNGの海上輸送に成功したことは、さらに天然ガスの利用が進むきっかけとなりました。
天然ガスの利用をさらに促進したのはオイルショックでした。世界的に石油代替エネルギーへの転換が進み、石炭・天然ガス・原子力等への転換が促進され、エネルギーのベストミックスが求められるようになりました。また、各国では資源輸入国の多様化の必然性も認識されるようになりました。世界の天然ガス確認埋蔵量は、旧ソ連、中東、オーストラリア、その他地域に分散して存在しており、石油の60%が中東に賦存していることと比べても、地域的偏在性が低く、エネルギー安全保障の観点からも注目を集めたのです。
また、天然ガスは、燃焼時に発生する二酸化炭素や窒素酸化物の排出量が石油や石炭に比べて少なく、LNGの場合は硫黄酸化物を排出しないという特徴があり、世界中でその利用が急激に伸びていきました。
第112-4-2のように1979年の第二次オイルショック以降、天然ガスの生産量は急速に拡大しました。また、第112-4-3にみられるように、当初パイプラインが主流だった天然ガスの輸送において、LNGをタンカーで輸送する貿易も増えていきます。
【第112-4-3】パイプラインガスとLNG貿易量の推移(暦年)
- (備考)
- 1996年より旧ソ連諸国間取引をパイプライン取引量として算入
- (出所)
- BP, Statistical Review of World Energy
天然ガスの利用が世界で拡大するのに伴い、石油メジャーズは天然ガスの上流開発に参入します。もともと、天然ガスは石油掘削時に随伴ガスとして、発生していたこともあり、石油メジャーとしては、天然ガス開発のノウハウはありました。その後、高圧パイプライン輸送技術、LNG輸送技術が進歩し、採算性が向上したことから、石油メジャーズは本格的にビジネスとして参入するようになります。
(1)天然ガス開発の主要な企業(1970年代まで)
①ExxonMobil
ExxonMobilは、世界最大級の石油会社であり、同時に天然ガスの埋蔵量と生産量においても世界最大級です。ExxonMobilは、特にインドネシア・カタール・オーストラリアに強く、日本のコンソーシアムがLNGを輸入しているインドネシアのArun LNGプロジェクトの30%の権益、カタールのQatar Gas・Ras Gas LNGプロジェクトの権益の10-30%、オーストラリアのGorgon LNGプロジェクトの権益の25%を持っています。同社は、経営資源をカタールに集中する戦略をとっており、Qatar Gasプロジェクトは、日本、韓国、欧州、インドへLNGを供給しています。カタールは、2010年には世界一のLNG輸出国になる公算であり、ExxonMobilの存在感も増しています。
②Royal Dutch Shell
Royal Dutch ShellのLNG事業は世界最大規模で、ロシア、オーストラリア、ブルネイ、マレーシア、オマーン、ナイジェリアと各地のLNG事業をリードしてきています。同社は、長期契約に基づいて、主に日本、韓国等へLNGを販売していましたが、2001年5月には、販売先を特定せずにオーストラリアNorth West Shelf(NWS)プロジェクトのLNG 370万トンを5年間に渡って購入することを決めるなど、積極的なビジネス展開をしています。また、アメリカでのLNG受入基地の建設計画も積極化させていますが、近年アメリカにおいて、シェールガスを始めとする国産の非在来型天然ガスの大増産によってLNG輸入が激減し、LNG基地ビジネスは暗礁に乗り上げています。
③BP
BPは、1998年にAmoco(アメリカ)を買収し、アメリカ、英国で最大のガス生産者となりました。天然ガス事業の主な生産拠点はインドネシア、オーストラリア、エジプト等であり、オーストラリアでは政府の積極的な外貨獲得政策も後押しして、日本の電力・ガス会社も参画しているNorth West Shelf(NWS)プロジェクトには16.67%の権益を所有しています。また、天然ガス液化・輸出事業を拡大するのに加えて、受入基地や発電事業、他社からLNGを購入して販売するなど、下流を含めたLNG事業の拡大、多角化を進めているのもBPの特徴です。
(2)天然ガス開発の主要な企業(1980年代以降)
その後、独立系石油開発会社や産ガス・消費国の国営企業も天然ガスビジネスに参入しました。主な企業について、その戦略及びガス産業とのかかわりを概観します42。
①Gazprom(ロシア国営企業)
Gazpromはロシア有数の大企業であり、パイプライン総延長は16万km、天然ガス地下貯蔵施設25ヶ所を保有し、採掘から生産、供給、販売を行うロシアのガス産業における最大の企業です。また石油・ガス産業を国家戦略的産業と位置づけ、ロシア経済の柱とするロシア政府の意向を強く反映している国営企業でもあります。欧州向けの天然ガス輸出は、売上高の約57%を占めるGazpromの中核事業です。
Gazpromでは近年、景気後退による欧州向け天然ガス販売量の低迷や、欧州向け天然ガス輸出パイプラインのウクライナ通過をめぐる問題などから、天然ガス輸出先や輸出ルートの多様化を図ることが課題となっています。欧州向けでは、ウクライナを経由しないノルドストリーム(Nord Stream)43やサウスストリーム(South Stream)44の両パイプラインが、アメリカを含む大西洋市場向けにはヤマル半島からのLNG輸出が計画されています。また東方に目を転じると、2009年にLNG輸出を開始したサハリン2や、西シベリア及び東シベリアからの中国等向け天然ガスパイプライン計画があります。
一方、現在ロシアの天然ガス生産の約90%は西シベリア−ヤマル半島で行われていますが、近年は生産量の減衰傾向が続いているため、西シベリアに加えて、バレンツ海、東シベリア、サハリンでのガス田開発を進めています。なお、巨大ガス田として開発の期待が高かったバレンツ海シュトックマンガス田については、輸出先として期待していたアメリカのLNG需要の大幅な下方修正によって、開発の最終投資決定が2011年3月へと延期されています45。
【第112-4-4】欧州のガスパイプライン網
- (出所)
- (独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構
②PetroChina・CNOOC・Sinopec(中国国営企業)
PetroChina(中国石油天然気股份有限公司)、CNOOC(中国海洋石油総公司)Sinopec(中国石油化工)は、いずれも中国の国営石油会社です。PetroChinaは中国東北部・中西部の陸上ガス田開発、CNOOCは洋上ガス田開発やLNG受入基地建設、Sinopecは下流の石油精製・石油化学部門が事業の中心ですが、いずれも天然ガス調達に力を入れています。3社ともLNGの受入基地建設に力を入れており、現在3基地が稼働中のCNOOCを始めとして、PetroChinaとSinopecも基地建設を計画中、または政府承認を受けています。また、中国政府の後押しを受けた海外進出も盛んで、PetroChina・CNOOCを中心に、オーストラリア、インドネシアをはじめ世界10カ国以上で天然ガス開発プロジェクトの包括提携を結び、LNGを調達しています。中国国営企業の動向はアジア・太平洋地域の天然ガス市場に大きな影響を与えています。
③KOGAS(韓国ガス公社)
韓国ガス公社(KOGAS)は、天然ガス事業の推進母体として設立された国営企業であり、LNG輸入会社としては世界最大級です。国内における独占的なLNG輸入権46、パイプライン敷設権、天然ガス卸売権を有し、国内のパイプライン網の整備と天然ガス市場を積極的に開拓してきました。
韓国は、発電用を中心に天然ガス需要が拡大しているため、KOGASはLNG調達先の多様化に努めており、インドネシア、マレーシア、ブルネイ、カタール等から幅広くLNGを輸入しています。中国国営企業3社と同様、その動向はアジア・太平洋地域の天然ガス市場にとても大きな影響を与えています。
④BG Group
BGは、国営British Gasが1986年に民営化された際に創設された企業です。1997年に国内ガス供給部門を分離、また2000年には国内ガス生産・貯蔵部門を別会社化し、現在はBG Groupとして、上流から下流まで主に天然ガスを中心とした事業を世界25ヶ国以上で展開しています。北海油ガス田での石油ガス生産や輸送、卸売りなど、英国内でガス事業を展開するとともに、海外の上流事業にも英国政府と一体になった参画を行っています。トリニダード・トバゴやエジプトにおけるLNG輸出プロジェクトの展開、赤道ギニアにおけるLNG買取・再販売、オーストラリアでのCBM47-LNGプロジェクトへの参画など活発な動きをみせています。
また下流事業でも、英国、イタリアにおけるLNG受入基地建設やシンガポールのLNG調達に介在する(調達に関連する調整・調達の実施)など、積極的に海外事業を展開しています。
(3)今後の世界の天然ガス市場拡大と産業界展望
LNGビジネスは、かつてはガス田の開発・生産、液化、輸送、再ガス化、ガス販売・発電という一連のバリューチェーンを構成し、それぞれの分野を別々の企業が実施していました。しかし近年では、下流事業での自由化の進展、産ガス国での外資受入拡大などを背景に、上流、下流の企業が相互参入を図り、自社でLNGバリューチェーンを構築することによって、ビジネスのリスクヘッジと売上げ・利益の拡大に力を入れています。もともとは下流専業であった日本の電力・ガス会社が、近年オーストラリアその他の天然ガスの上流権益の獲得に積極的に進出しているのも、このような考え方により、原料の安定確保とリスクヘッジを図っているためです。
天然ガスの取引は、産ガス国とガス消費国との長期契約が主流でしたが、欧・米・アジアそれぞれの天然ガス価格の変動パターンの違いを背景に、より価格の高い地域に供給することにより利益の最大化を図ろうとする裁定取引や、スポット、スワップなどの取引をすることにより、利益拡大を図る動きも出てきています。国際石油資本はもちろんのこと、欧米の電力・ガス会社に加えて、中国や韓国の国営企業もここ数年、上流権益の獲得と、より有利な取引に向けて、動きを活発化させています。
地球環境問題が世界的に重要な問題になるにつれて、化石エネルギーの中では環境負荷の小さい天然ガスの重要性が注目され、安定的に天然ガスを調達するための様々なプロジェクトが世界中で行われています。CO2の排出量という点では原子力や再生可能エネルギーがより有利ですが、導入可能量や経済性を考慮すれば、天然ガスの優位性が高まるためです。こうしたことから、経済成長が著しい中国やインド、アジア諸国では、発電用や都市ガス用、さらには自動車用のエネルギーとして、今後天然ガスの利用がますます増えていくものと思われます。
また天然ガスは、生産国が中東地域に偏在している石油と異なり、ロシア・アジア・大洋州・中東・アフリカと幅広い地域に賦存している点が特徴で、エネルギー安全保障の観点から好ましいエネルギー源といえます。
日本においては、天然ガスの調達先を多様化させることによって、エネルギーの安全保障を確保する取り組みが行われています。最近では、2009年2月にロシアのサハリンⅡLNGプロジェクトから、日本向けのLNGが出荷されました。また、日本の電力・ガス会社・商社による豪州の天然ガスの上流権益の獲得も盛んに行われています。こうした動きは民間企業による安定供給、あるいは利益の確保を目的とした取り組みですが、日本全体のエネルギー安全保障にも資するものです。
【第112-4-5】東シベリア、サハリンのパイプライン網
(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構作成
COLUMN
ナブッコパイプライン計画
最近では、2008年1月、2009年1月と2年続けて、ロシアのウクライナ経由のパイプラインガスが、ロシアとウクライナ間の天然ガス料金の支払いをめぐる紛争により、供給停止になる問題が起きており、環境に優しい天然ガスへの依存度を高めていた欧州諸国は、工場の稼動や暖房を停止せざるを得ない事態に陥り、改めてエネルギー安全保障の問題がクローズアップされました。最も大きな影響を受けたのは、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア等の旧東欧諸国でした。これらの国々のロシア産天然ガスへの依存度は高く、ポーランドで50%、ハンガリーで70%、チェコで80%、スロバキア、ブルガリアではほぼ100%となっていました。これら諸国の多くはリスク回避として、ウクライナを経由しないナブッコパイプライン計画や、LNG輸入基地の事業化調査を進めています。ナブッコパイプラインは、2011年に着工し、2015年から運転を開始する予定です。
【第112-4-6】ナブッコパイプライン位置
- (出所)
- Nabucco Gas Pipeline International GmbH.
5.原子力
第112-5-1に世界の原子力発電所設備容量推移を、第112-5-2に発電電力量推移を示します。
【第112-5-2】世界の原子力発電電力量推移
- (出所)
- 発電設備容量は(社)日本原子力産業協会「世界の原子力発電開発の動向」2008-2009より、発電電力量はNucleonics Weekより作成
(1)1970年代~1980年代 商業化と先進国での大量導入
原子力発電は1956年に英国で初めて商業化されました。その後1960年頃から将来の電力需要増大を予測したプラントメーカーが、大容量発電に適した炉型の開発を志向し始め、その観点から、大出力化が容易で材料も入手容易な軽水炉48が選択されました。軽水炉には燃料として濃縮ウランが必要ですが、1970年代初めにはウラン濃縮技術も進化していたことから、発電用としての軽水炉は急速に世界で普及しました。1970年代にはアメリカ、フランス、ドイツ等の欧米主要国で100基以上、旧ソ連及び東欧諸国で数十基、さらにアメリカから技術導入した日本で20基余りが運転を開始し、オイルショック後、石油依存度低減政策を掲げていた各国にとって発電電力量構成のバランス化に大きく貢献しました。
しかし、電力需要予測の伸びの鈍化及び資機材のコスト上昇により、1980年代は欧米各国で急速に原子力新規建設ペースが下降をたどりました。1979年のアメリカにおけるスリーマイル・アイランド発電所2号機の炉心溶融事故、及び1986年の旧ソ連(現ウクライナ)におけるチェルノブイリ発電所の出力暴走事故も欧米各国における反原子力機運を高めました。1980年にはスウェーデンで原子力発電所の運転継続及び新規建設に関する国民投票が行われ、新規建設を凍結すべきという意見が大半を占めたことを受け、新規建設を凍結し2010年までに原子炉を順次廃止していくことが決定されました。ドイツ議会でも1986年、10年以内に原子力発電を放棄する旨の決議がなされ、ベルギーでも1988年、計画中だった新規原子力発電所の建設が中止されています。欧米でこのように新規原子力発電所の建設計画が中止・廃棄され、また政策上も原子力を利用しない選択がなされた背景には、1970年代末から1980年代にかけて原油価格が下落し、また天然ガスを燃料とした高効率火力発電の急速な普及もあり、原子力発電のコスト競争力が相対的に低下したこともあります。
1980年代の欧米での原子力新設計画の停滞は、原子力産業構造に大きな影響を及ぼしました。1960年代の原子力開発の初期の段階では、各国で原子力プラントメーカー・燃料メーカー・エンジニアリング会社がそれぞれ新たに興り、軽水炉、黒鉛減速ガス冷却炉(GCR)49、黒鉛減速軽水冷却炉(RBMK)50、重水減速軽水冷却炉(CANDU)51など様々な型式のプラントに機材、燃料、技術等を提供してきました。しかし、1980年代に入るとプラント建設需要が激減したため、多くの事業者はそれまでの規模を維持できなくなり、企業間で国境を越えた再編・集約化が進むこととなりました。その結果、世界の原子力企業は、General Electric(GE)、Westinghouse(WH)、Areva(フランス)等の、経済性・信頼性とも優れたプラントコンセプトや設計ノウハウを有する数社に寡占化されました。これらの寡占化されたプラントメーカーは1980~90年代の集約化の時期に国境を越えたM&Aを行った結果、多国籍企業となっています。この動向は1990~2000年代の再編にもつながっていきます。
(2)1980年代~1990年代 アジアでの急拡大と産業構造の変化
1980年代から1990年代にかけて欧米で新規の原子力発電所の建設が停滞した時期に、アジアや東欧では原子力発電が急速に発展拡大していました。具体的には、日本と韓国でこの20年間に営業運転を開始した原子炉数は計45基であり、中国・ロシア・東欧などでもこの期間に多くの原子力発電所が建設されています。これらの国では成熟した原子炉技術(ほとんど軽水炉)を導入したため短期間での同時大量導入が可能であったこと、旺盛な経済発展を背景にエネルギー需要も急増していたことから原子力の積極的導入をエネルギー政策の重要課題と位置づけて、国による積極的な開発導入・標準化政策がとられました。特に、国内資源に乏しい日本や韓国にとっては、準国産エネルギーとなる原子力は、エネルギー自給率の向上と石油依存度低減の観点からも必要不可欠な基幹エネルギー源と位置付けられました。
1990年代の欧米諸国における電気事業制度改革・再編は、各国の電源選択にも影響を及ぼしました。1989年に電力の分割・民営化が始まった英国では、旧式のGCRを全て国営のMagnox Electric社が管理し、残りの原子力発電所は民間企業が運営することとなりました。その後、1999年よりGCRを除く全ての運転中原子力発電所を運営することとなったBritish Energy社は、投資負担軽減のため全ての軽水炉建設計画の撤回を発表し、以降2007年まで英国では新規建設は計画されていませんでした。ドイツ、フランス、イタリア等でも電気事業規制緩和(自由化)に対応した電力・ガス事業再編が1990年代後半から2000年代初頭にかけて起き、この過程で火力発電所を含めコスト競争力に劣る発電所がいくつか廃止されました。
このような新規建設の減退を受け、原子力関連産業の再編も加速しました。例えば、Framatome(現Areva)はアメリカのメーカーBabcock & Wilcox及びドイツのSiemensを買収し、アメリカ・ドイツの資本も入った多国籍企業となり、経営合理化とともに国際展開も行った結果、顧客もドイツやスイスなど欧州各国及びアメリカ・南米など世界に広く存在するようになります52。
またWHは、英国原子燃料公社(BNFL)傘下にあった頃、スウェーデンの企業Asea Browm Boveri(ABB)を買収しており、ABBはアメリカのCombustion Engineeringを買収した経緯があるので、WH社も様々な国の炉・サイクル技術を有することとなりました。この時代の欧米のプラントメーカーはいわば生き残りをかけて国際展開に活路を見出しており、その結果、世界で強いブランド力を有しています。
(3)2000年代 原子力ルネサンス
2000年代に入ると、原子力発電を取り巻く環境は大きく変化しました。まず、中国・インド・ブラジル等新興国におけるエネルギー需要の急増、石油先物市場への大量の資金流入等の要因による資源価格高騰は、ロシア・中国・サウジアラビア等の産油国における資源ナショナリズムともあいまって、特にアメリカ・欧州諸国・韓国・日本等、資源輸入国におけるエネルギー安全保障への関心を高めることにもなりました。2000年のカリフォルニア大停電、2003年のアメリカ・ニューヨーク州を中心とした広域大停電、2003年のイタリア大停電など、欧米で頻発した大停電も、安定した基幹電源と送電網確保の重要性を改めて再認識させる一つのきっかけとなりました。1997年の京都議定書締結の頃から世界で高まってきた地球温暖化問題への対応の必要性も、コスト競争力のある低炭素電源である原子力発電への注目度を高めました。
1980年代から90年代にかけては世界の原子力発電開発が一律に停滞したのではなく、前述の通り日本・韓国、フランス等では順次建設が進んでいましたが、2000年代半ば以降のいわゆる「原子力ルネサンス」=世界各国における原子力発電の見直し機運は、明らかにそれまでとは傾向が異なります。世界的な資源価格高騰と資源ナショナリズムの動きを背景としたセキュリティへの危機感、地球温暖化防止の視点から着目されるようになったこと、これらが2000年代の原子力見直し機運を位置づけている特徴的な要因といえます。
アメリカでは2005年、エネルギー政策法において低炭素電源新設プロジェクトに対する政府の融資保証制度が制定されました。民間企業である電気事業者にとっては政府の融資保証は、大規模電源新設に伴う資金調達リスクを大幅に低減する効果が期待できるため、この法律成立を機にアメリカでは2007年から2008年にかけて、新規の原子力発電所の建設・運転一体認可(COL53)が相次いでアメリカ原子力安全委員会(NRC)に提出されました。2010年2月現在、NRCで審査中のCOLは16件、25基分です。NRCでは約30年ぶりの新設に向け、要員を増員して審査を進めていて、計画通りであれば最初のCOL認可は2012年頃になるとみられています。2010年2月、ジョージア州ボーグルに計画されているSouthern Company社の新規建設プロジェクトが最初の融資保証対象となる方針が決定しました54。2010年度の融資保証枠は2009年度の約3倍である約540億ドルとなることが期待されており、今後とも融資保証を前提とした新規建設計画の進展が期待されます。
中国・インドでは、急激な経済拡大と社会の高度化に伴う電力需要急増を背景に、新規原子力建設計画が2000年代に入ってから急速に拡大しています。2009年1月1日現在、中国では運転中の11基のほか、13基が建設中、さらに13基が計画中となっており、2009年中もさらに数基、新規に着工しました。インドでも2009年1月1日現在、17基が運転中のほか、6基が建設中、8基が計画中となっています。
中国・インド両国における積極的な開発政策は、世界の原子力産業界を活性化しました。2006年、WHが東芝のグループ企業となったことから、原子力産業界の変遷はさらに進み、Siemensとロスアトムの協力、三菱重工業とArevaによるプラント設計や燃料分野での事業提携、東芝とアトムエネルゴプロム(ロスアトム傘下のプラントメーカー)との協力など、国境を越えた協力・資本関係が次々と出来ています。
そして、それらの連携企業グループはいずれも中国及びインド両国に対して積極的な参入の姿勢を表明しています。例えば、現在中国で新規建設中の三門及び海陽の両発電所の炉型はWH社製であり、WH社、東芝のほか、斗山重工業(韓国)、三菱重工業なども建設工事に参画しています。Areva、GE-日立はそれぞれインド原子力公社(NPCIL)と民生用原子力の技術協力に関する覚書を締結しているほか、WHもNPCILと協力協議をしており、既にインド国内で建設中の発電所に技術を提供しているロシアの原子力企業ロスアトムも含め、インドは世界中の原子力産業から有望な拡大市場として期待されています。
(4)今後の原子力発電市場拡大と産業界戦略の展望ポイント
今後増大する世界のエネルギー需要を展望した場合、原子力の利用拡大だけで全てを賄えるわけではありません。しかし、積極的な導入促進策を怠れば、石炭や天然ガス等他の資源の需給がさらに逼迫し、各国のエネルギー安全保障を脅かすおそれがあります。他の削減対策にも注力しつつ、特にこれから経済成長が著しいアジア、電力消費量の多いアメリカやロシア等の国々における原子力の利用拡大も併せて図っていくことが、エネルギー安全保障の観点から重要であるといえます。また、原子力発電利用の推進は、発電における温室効果ガス削減に寄与し、地球温暖化対策としての効果も期待されています。
原子力産業を支えるものづくり・プラント管理サービスの基盤の広さ、強さ、深みは、今後原子力発電事業を推進・拡大する上でどの国にとっても必須条件です。また、原子力関連企業の経営戦略を決定する上では各国のエネルギー・環境政策はその指針となるものであり、また特に新興国においては海外投資を呼び込む持続的成長性も重要です。現在、欧米諸国に本拠を置いて国際的な事業展開をしている原子力関連企業は、1980年代から90年代にかけて本拠地から世界の新興市場(当時の日本、韓国等)に進出し、各社の持つ技術力と投資先各国の高い成長性を最大限に活用し、現在の基盤を築いてきました。それらの欧米発のグローバル企業と比較すると、日本の原子力関連企業はこれまで国内市場で常に新設案件が持続していたこともあり、今後国際展開経験の蓄積が求められます。
そのような日本企業としては、各社それぞれの有する強みを活かし、海外企業から提携を提案されるレベルの高い技術力を醸成することが不可欠です。それを踏まえた上で、世界各国・各地域におけるエネルギー・環境政策の中長期的な動向を把握し、再生可能エネルギー・省エネ等各種低炭素技術を各社にとって最適なポートフォリオとなるよう経営資源を配分していくことが必要であるといえます。
COLUMN
原子力利用の幕開け
世界で最も早く原子力エネルギーを商業化したのは英国、次いでアメリカでした。第二次世界大戦終了直後からアメリカを始めとする欧米諸国、及び旧ソ連において、軍事用核開発と並行して原子力エネルギーの商業化に向けた研究開発が行われていて、1956年、英国コールダーホールにおいて初号機が営業運転を開始しています。この初号機は現在の世界の主流炉型である軽水炉ではなく、天然ウランを燃料とし、減速材に黒鉛を、冷却材に炭酸ガスを用いたガス冷却炉(GCR)でした。その後アメリカ、フランス、ドイツ等の欧米諸国で1950年代から60年代にかけていくつかのGCRが相次いで営業運転を開始し、同時期に旧ソ連でも異なるタイプの黒鉛減速軽水冷却型原子炉(LWGR)が開発・実用化されました。
一方、アメリカのメーカーGeneral Electric(GE)及びWestinghouse(WH)は軽水を冷却材・減速材とした革新的な原子炉の開発を進め、1960年代から市場投入を開始しました。減速材としての黒鉛も、冷却材としての炭酸ガスも不要で、豊富な水さえあれば火力と同じ技術で製造可能なこの原子炉(軽水炉)は、1960年代後半以降に原子力技術を導入した国の多くが軽水炉を採用したことから、市場投入後10年もしないうちにGCRやLWGRを凌いで世界の商業炉の主流となりました。GEが開発・実用化した軽水炉は直接サイクルで、沸騰水型軽水炉(BWR)と呼ばれ、WHが開発・実用化した軽水炉は間接サイクルで、加圧水型軽水炉(PWR)と呼ばれています。日本では(株)東芝及び(株)日立製作所がBWRを導入し、東京電力(株)など電力会社6社がこれを取り入れており、三菱重工業(株)がPWRを導入し、関西電力(株)など電力会社5社がこれを取り入れています。
1950年代から60年代にかけての主要国での原子力開発・実用化は、エネルギー政策というより、多分に各国の軍事政策と密接な関連がありました。1960年代はアメリカやソ連だけでなく、第二次世界大戦の敗戦国であるドイツを除き多くの欧州諸国で核開発がなされており、核技術及び関連する核燃料サイクル技術の保有は各国の軍事力の象徴とみられていました。GCRやLWGRの技術の大半はこの軍事用燃料生産炉の技術から派生したものであり、大容量発電にはあまり適した設計ではなかったことが、その後のこれらの炉のコスト競争力低下につながっています。
なお、LWGRについては欧米諸国が安全面での欠陥を指摘していましたが、1986年に発生した旧ソ連(現ウクライナ)チェルノブイリ発電所4号機での出力暴走事故により、その懸念が現実化しました。その大事故をきっかけとして、各国の原子力事業者間での技術情報交換の重要性が認識され、世界原子力発電事業者協会(WANO)が1989年に発足しています。
6.再生可能エネルギー
(1)再生可能エネルギーの特徴と位置づけ・利用状況の変遷
18世紀まで、世界の生活に必要なエネルギーはほぼ100%再生可能エネルギーで賄われていました。化石燃料がエネルギーとして使用され始めたのはここ200~300年のことであり、原子力はまだ数十年の歴史しかありません。この項では、世界の再生可能エネルギーの利用状況を概観します。
化石エネルギーは重量当たりの熱量が大きく、少量から大きなエネルギーが取り出せる便利さ、さらにプラスチック等様々な物質の原料としても使用可能な便利性を有し、その確保は重要です。そのため石油は戦略物資と呼ばれるまでになり、これが安価でかつ安定的に入手できるかどうかが一国の経済発展を左右するまでになりました。これがまさにエネルギー安全保障の問題をめぐる一つの重要な本質であり、現在では世界の共通認識となっています。エネルギー安全保障の目的は、国民生活、経済活動、国防等に必要な量のエネルギーを需要可能な価格で確保できることですが、その新たな対策の一つと考えられるのが、純粋な国産資源であり、分散型のエネルギー源として位置づけられている再生可能エネルギーの開発・利用です。また化石エネルギー消費に伴う温室効果ガス排出量を削減するという観点からも、再生可能エネルギーは重要であると考えられます。
再生可能エネルギーの開発が世界的に始められたのはオイルショックがきっかけです。それまでの再生可能エネルギーは、発展途上国の農村部において暖房や調理に利用される伝統的なバイオマス燃料及び水力に限られていましたが、第一次オイルショック以降、主に先進国において風力・太陽光等、近代的な機械設備を必要とする新形態の再生可能エネルギーの開発がなされるようになりました。これらはいずれも導入初期段階では他エネルギーとの経済優位性を有していないことから、導入拡大には積極的な技術開発とそれを可能にする政策支援が必須でした。この頃の政策支援は主に研究開発・実用化への資金助成という形でなされました。
1970年代末の第二次オイルショックは、石油の将来に対する危機感をさらに増幅し、政策手段も多様となりました。まず再生可能エネルギーへの支援策が研究開発だけでなく、実際の設備投資への補助にまで拡大され、さらに供給事業者に対する減税など税制面での優遇措置を取る国も現れ始めました。またアメリカのPURPA55等、優遇価格制度が始まったのもこの頃です。
1980年代から90年代にかけて石油価格の低廉な時代がしばらく続いた頃、再生可能エネルギーへの開発意欲は後退しましたが、1990年頃から再生可能エネルギー開発の自主プログラム及び割当義務といった新しい形の政策が現れました。1997年の京都議定書締結時には証書取引56が始まり、再生可能エネルギー開発に再び注目が集まるようになっています。第112-6-1に、再生可能エネルギーへの政策支援形態の変遷を示します。
【第112-6-1】再生可能エネルギーへの政策支援形態の変遷
- (出所)
- IEA、Renewable Energy Market & Policy Trends in IEA Countries 2004、Figure 4-2等より作成
(2)再生可能エネルギーの地域別開発経緯
再生可能エネルギーには多様な種類があり、それらは地形や気候により大きく制約条件が異なる上、再生可能エネルギー開発の目的や意義もそれぞれの国・地域の置かれた政治・経済状況、他エネルギー資源の利用状況、技術水準・社会インフラ整備状況等により差があります。本項ではそれらの地域的特性を考慮し、地域ごとに再生可能エネルギー開発・普及状況及び産業構造を概観し、それらがエネルギー安全保障の観点からどのような役割を担ってきたかを解説します。
①アメリカ
アメリカは歴史的にエネルギー安全保障への観点を重要視しており、現在に至るまで地球環境の観点からの再生可能エネルギーを促進する声は、前者と比較して小さい傾向があります。アメリカでは、エネルギーは戦略物資であると同時に安価であって、これを大量消費する社会・経済システムとなっていることが背景にあります。すなわち、エネルギー安全保障は、国家安全保障に直結する課題であり、国内生産の確保が最重要と位置づけられています。またエネルギー価格が通常安価であったため、70年代のオイルショックや近年の価格高騰及び急激な変動は、直接日常生活に多大な影響を及ぼすことになり、エネルギーを低価格で安定的に供給することは重要な政策課題となっています。公共政策のフレームワークからみると、前者のエネルギー安全保障は連邦政府の所轄であるのに対し、後者の低廉なエネルギーの安定供給は州政府の政策課題となります。
アメリカは、京都議定書からの離脱にみられたように、環境問題よりもエネルギー安全保障を優先するという観点を重視した対応を行ってきました。一方、州レベルでは、環境問題に敏感なカリフォルニアに代表されるように、州民の意向を反映して、環境への指向の強い州もあります。共通しているのは、州レベルでは連邦政府と違い国家的なエネルギー安全保障は問題ではなく、むしろ低廉なエネルギーの安定供給の方が州政府としての政策課題となっているということです。すなわち各州にとって再生可能エネルギーの導入の主な目的は、エネルギー源の多様化と州内での生産の推進により、価格変動の激しい化石燃料への依存から脱却することであり、これが近年、多くの州政府をして再生可能エネルギー導入促進へ向かわせている大きな要因となっています。
アメリカは、一般に、州の独立性が高く、連邦政府の関与は最小限にとどめる施策が志向されてきていますが、一国の安全保障など重要課題については連邦政府が強大な権限を行使するケースもあります。エネルギー政策においても、オイルショックのような国家的問題に対しては、連邦政府の大きな介入がなされてきました。例えば、オイルショック時の原油価格高騰に対し、石油代替エネルギーとしての再生可能エネルギー開発促進のため、1978年に公益事業規制政策法PURPA(Public Utility Regulatory Policy Actに基づくもの)という連邦法が制定されています。これに呼応して州政府が、燃料価格上昇に由来する発電原価上昇に対応し、PURPAの定めるルールに即した優遇価格の設定を行い、併せて電力供給事業者に対して中小の再生可能エネルギー発電業者より電気を買い取ることを義務付けました。また、同時に税制上の優遇措置(Energy Tax Act of 1978)により中小の再生可能エネルギー発電業者に対し財政的補助も与えました。
この連邦法(PURPA)はコストの高い再生可能エネルギーの拡大に大きく寄与しましたが、その後原油価格が下落し、さらに1990年代に入り電気事業の自由化が進むにつれ、電力価格引下げへの市場圧力が増大しました。このような状況の下では、この連邦法に基づく高価格での長期買取契約は市場での足かせとなり、PURPAの意義は相対的に低下しました。こうした状況を背景に湾岸戦争後の90年代からは、再生可能エネルギーへの投資促進の観点から税制面で再生可能エネルギーの導入促進を促すProduction Tax Credit(PTC)57と呼ばれる連邦レベルでの減税制度が期限付きで施行されてきました。この制度は2000年代の石油価格が高騰した時期に、再生可能エネルギーへの投資による減税を目的としたリーマン・ブラザーズなど金融業界の参入を促し、アメリカでの再生可能エネルギー、特に風力の導入を大きく促進することに貢献してきました。
一方、州レベルでは規制緩和により市場原理を生かした政策が広く採用されています。電力の購入義務を強制的に電力供給市場に割り当てるためその性質から市場割当義務、割当義務などと呼ばれるもので、アメリカや日本においてはRPS(Renewable Portfolio Standard)と呼ばれる制度です。ただしRPSではコストの低い技術に偏る傾向があり、例えば比較的高価な太陽光発電の導入はバイオマス等の比較的安価な電源に比べて困難になります。メイン州はその典型的な例で、全米でも最も再生可能エネルギーの導入の進んでいる州にもかかわらず、再生可能エネルギーのコスト競争力が弱くなりそのシェアが低下しました。
このような状況を受け、コスト競争力のない再生可能エネルギーが衰退していくことへの危惧から、異なる再生可能エネルギー技術に対しそれぞれに違った優遇価格を設定する州もあります58。
②欧州
欧州の再生可能エネルギーの促進に関しては、欧州委員会(EC)が主導的役割を担ってきています。
EUは、1990年代よりエネルギー安全保障と温暖化対応などの対策として、再生可能エネルギーの推進に力を入れており、1997年に発表した白書では、2010年までに再生可能エネルギーのシェアを6%から12%に倍増することを目標としました。さらに2001年には「欧州再生可能エネルギー電源の導入促進に関する指令(Directive 2001/77/EC)」を公布、これにより国別再生可能エネルギー目標値を設定しています。EUは、国連が2002年に南アフリカのヨハネスブルグで開催した「持続可能な開発に関する世界サミット(WSSD)」においても再生可能エネルギーに関する議論を主導し、欧州内でコスト競争力のある再生可能エネルギーを開発し、これを途上国へ技術移転することを目指しました。EUでは2001年の再生可能エネルギー電力推進に関する指令に続き2003年には「バイオ燃料に関する指令」でバイオ燃料の目標を、最近では2009年の「再生可能エネルギー指令」で2020年までにエネルギー消費全体の20%を再生可能エネルギーとする目標を掲げています。
また、再生可能エネルギー利用促進には、戦略的産業の育成という側面があります。世界で最も早く風力発電に力を入れ始めたデンマークやオランダの風力産業は、世界の先駆けとなりました。デンマークのVestasは現在世界の風力発電市場でトップのシェアを占め、オランダでもLagerway Windなど有名な風力タービンメーカーが活躍しています。また、太陽光発電、次世代自動車開発ではドイツを中心に技術開発への取組が進んでいます。
欧州諸国の政策の特徴はそれぞれの国情を反映したものとなっており、国により若干異なることに留意する必要があります。例えば、英国とドイツでは政策の方向性が対照的です。
英国が再生可能エネルギーのコスト負担を市場に決定させ、アメリカと同様の市場競争を重視する割当義務59という政策手段を中心に据えているのに対し、ドイツは消費者にコストを負担させ、再生エネルギー生産者を補助することによる再生エネルギー産業の保護育成に重点を置く固定価格買取制度(FIT=フィードインタリフ)という政策手段を採用しています。
これは同じ再生可能エネルギーに熱心な国でも、その文化的背景や政治的背景によってその政策手段がまったく異なってくることを示しています。すなわち英国はサッチャー政権以来の市場主義であり、また民間重視の伝統を持ってきたことによることが大きく、これは欧州委員会の市場重視にも現れています。一方ドイツもまたEUの一員であり、その指向として市場重視ではあるものの、再生可能エネルギーの導入を急ぎたい緑の党による政治的影響力も大きかったと考えられます。
全体的傾向をみると、EUを始め欧州全体では、固定価格買取制度の国が割当義務の国より多く、かつ政策として歴史も古いことがみてとれます。固定価格買取制度はアメリカのPURPAが最初ですが、欧州では1980年にスペインで導入されたのが最初であり、一方、割当義務は1991年スイスにおいて試みられたのが最初です。
最近では英国、デンマーク、スウェーデン、イタリアのように割当義務制度を積極的に採用する国も現れ、比較的歴史が新しい割当義務制度も試行錯誤の過程にあります。このように欧州に多くみられる固定価格買取制度ですが、消費者や需要家など国民への負担を前提としており、過度な負担への懸念から、2009年にはスペインやドイツにて固定価格の価格レベルの見直しが行われています。
③アジア
アジアの途上国では、太陽光や風力といった最新の再生可能エネルギーに積極的な国は少なく、薪などの伝統的再生可能エネルギーに依存しているライフスタイルでは、あらためて最新の再生可能エネルギーに投資する理由に乏しいのが実情です。
アジア諸国では、国ごとに、その地理的特徴、発展段階、社会経済状態が多様であり、再生可能エネルギーが持つ社会経済性も大きく異なっています。ラオスは水力による電力輸出で外貨を獲得している再生可能エネルギー輸出大国です。一方、タイやカンボジアは資源に恵まれないため、海外からの輸入に頼るか、バイオマスの有効利用を目指すのが経済的です。実際にこれらの両国では、バイオ関連の再生可能エネルギー利用に力を入れています。マレーシアでもバイオマス発電の普及に注力しています。
インドネシア、フィリピンは地熱に恵まれています。この2か国はともに海に囲まれた海洋国家ですが、インドネシアが化石エネルギー資源に恵まれているのに対し、フィリピンはこれに恵まれないため再生可能エネルギーの重要性は大きく、エネルギー自給率を高めるといったエネルギー安全保障上の必要性もあります。実際、現在のフィリピンの地熱資源利用量はアメリカに次ぎ世界で2番目です。
ミャンマー、カンボジアなどアジアの中でもGDPの低い国々では、エネルギー安定供給も重要ですが、農村電化や貧困が大きな政策課題となっています。もともと薪などの再生可能エネルギーがエネルギーの大半であり、コストの高い太陽光や風力を政策の優先課題とする余裕は今のところありません。
アジアにおける再生可能エネルギー利用は、国産資源の有効活用であり、エネルギー安全保障であるといえます。また、経済規模・資源保有状況・地理や気候の違いなどから、再生可能エネルギーの種類も多種多様であり、政策動向にもそれらの差を反映した特徴がみられます。
最近、再生可能エネルギー導入を積極的に推進している国として中国、インドが挙げられますが、これらの国は社会的・経済的な再生可能エネルギーの必要性から独自の政策立案を行ってきた経緯があります。
社会的・経済的側面からみると、中国、インドは再生可能エネルギー大国でありながら需要大国でもあり、国有資源として自ら開発・利用する必要性は明らかで、そのための能力も徐々に獲得しつつあります。インドは地方電化を地方・民間主導で進めており、政策もこれへの補助・支援策が中心であるのに対し、中国は地方電化をほぼ99%(世帯電化率)まで達成し、現在では辺境地域の電化を残すのみとなりました。しかし、中国のエネルギー需要の伸びは近年著しく、2000年代以降、中国国内でのエネルギー自給率を向上させるための再生可能エネルギーの導入が注目されるようになりました。
中国やインドにおける再生可能エネルギーへの取組みをみると、市場割当義務や固定価格買取制度など欧米の政策を自国の国情に合わせた政策として取り込み、積極的に再生可能エネルギーを政策的に支援する仕組みを作りつつあります。中国では2005年公布の再生可能エネルギー法が2006年に発効、固定価格買取制度など具体的な施策を織り込む一方、2008年の第十一次5ヵ年計画において再生可能エネルギーの目標を引き上げています。一方インドでも2006年には「非在来型エネルギー」省を「新・再生可能エネルギー」省と改名、最近では太陽エネルギーの活用に力を入れ2020年20ギガワットの導入を目指す「国家太陽ミッション」を2009年に発表しています。2008年時点では中国とインドは風力の設置容量でそれぞれ世界第4位と第5位に達し、特に中国は太陽光発電でもそのモジュール生産量で世界一に浮上してきました。
中国、インド両国ともその低炭素技術開発において日本やドイツ等の先進国との技術格差は急速に縮小しつつあり、国家的戦略産業としての育成政策と産業界の動向には今後とも注視が必要といえます。
- 17
- BP「Statistical Review of World Energy 2009」
- 18
- 「粘結性」とは、石炭を加熱した際、軟化溶融し、流動・膨張後に再び固化する性質を指します。
- 19
- 「瀝青炭(bituminous coal)」とは、炭素含有率が83~90%で、石炭化度が亜瀝青炭より高く、無煙炭より低い石炭。この石炭を種々の有機溶剤で抽出するとアスファルトやピッチ等の瀝青物質(ビチュメーン:bitumen)を生じることから、この名が付けられました。コークス、製鉄用燃料、発電用燃料等に使用されます。
- 20
- 「コークス」とは、石炭を乾留(蒸し焼き)して石炭ガスを蒸発させた炭素分の多い物資。発熱量が大きく、製鉄や鋳物用等に使用されます。
- 21
- 「亜瀝青炭(sub- bituminous coal)」とは、炭素含有率が78~83%で、石炭化度が褐炭より高く瀝青炭より低い石炭。瀝青炭に似た性質を持つが、水分が15~40%含むため着火性が悪い。主に、燃料や発電用に使用されます。
- 22
- コークス原料として使用される、粘結性の強い瀝青炭をいいます。
- 23
- 「褐炭(brown coal and lignite)」とは、炭素含有率が70~78%で、最も石炭化度が低い石炭。褐色または黒褐色をしているため、この名が付きました。水分揮発分が多く、非粘結性です。主に、燃料や発電用に使用されます。
- 24
- IEA「COAL INFORMATION 2009」
- 25
- IEA「COAL INFORMATION 2009」
- 26
- 1945年に発布された憲法第33条、及び1967年の鉱業法により、インドネシアの鉱物資源の所有者は国であり、企業は契約者としてのみ鉱業活動が可能でした。国だけが独占的な鉱業権を有しているため、国以外の国営企業、現地の民間企業、個人などは、鉱種、埋蔵量、プロジェクト規模により、KP(鉱業権)もしくはSIP(州レベルでの鉱業権)を取得・契約することにより鉱業活動を行います。外資は、業務契約(Contract of Work)を締結することにより、インドネシアで鉱業活動に携わることができました。
- 27
- 事業許可は、炭鉱許可と生産許可の2段階制となる。許可取得可能者はインドネシア法人または自然人に限られますが、内国資本、外国資本の差別はありません。
- 28
- 国内供給義務(Domestic Market Obligation) は、インドネシア国内の安定供給のため、国内需要を満たした場合のみ輸出が可能とする政策。石炭需要者の予測に基づき石炭生産量に応じて国内石炭販売量を企業に割り当てることになります。
- 29
- 「低品位炭」とは、一般的に低発熱量、高水分、低石炭化度の石炭を指します。
- 30
- BP「Statistical Review of World Energy 2009」
- 31
- IEA「COAL INFORMATION 2009」
- 32
- エネルギー情報局:Energy Information Administration
- 33
- Siberian Coal Energy Company、ロシア最大の石炭生産会社。
- 34
- サハ共和国の首都ヤクーツクの南約800キロに位置し、2000万トン/年と世界最大級の生産規模が見込まれます。
- 35
- ロシアの採鉱・治金会社。採鉱部門は石炭、鉄鉱石、ニッケル、鋼材の生産・販売を実施。コークス生産ではロシアで第1位、世界では第4位。治金部門では、形鋼、炭素鋼、板鋼等の製造・販売を行っています。特殊鋼・合金製造ではロシア最大の企業。
- 36
- 2003年7月、当時のロシアの大手民間石油会社であったユコスの幹部が1990年代にロシアで実施された私有化の過程で国家資産の横領と脱税をした容疑で逮捕されたことに端を発します。同年10月にはユコスのホドルコフスキー社長が同様の容疑で逮捕されました。その後、ユコス社はロシア政府から2000年度から2003年度分の未払いの税金及び罰金約180億ドルを支払うように要求されました。この支払いを滞らせたユコスは優良な生産、精製及び販売の各子会社(それぞれ複数)を競売により失い、事実上、消滅しました。同社の子会社の多くは国営石油企業ロスネフチの傘下に入りました。
- 37
- ロシアの国営石油企業。
- 38
- ロシアの国営ガス企業。ロシアの国内での天然ガスの生産シェアは約9割で、ロシア国内での幹線ガスパイプラインの運営、ガスの輸出、国内卸売販売を独占しています。
- 39
- 1995年に設立されたロシアの垂直統合型(生産、精製、販売の各子会社群を保有・運営する)石油企業。Gazpromに買収された後、「Gazpromネフチ」と社名を変更しました。
- 40
- 石油輸出に対して油価の上昇に応じて累進的に税率が上昇する仕組みになっていました。
- 41
- カスピ海北部沖合の油田で2002年6月に商業発見宣言が行なわれました。可採埋蔵量は130億石油換算バレルと見積もられています。当初は2005年に15万バレル/日で生産を開始する予定でしたが、コストの急上昇、技術的問題等から稼動開始が2013年まで延期されています。このため、カザフスタン政府は同油田を開発するコンソーシアムに対して遅延損害金を求めています。
- 42
- 出所:NIPG LPガスリポート No.228,229,243,244,253
- 43
- バルト海を経由してロシアとドイツを直結。2011年完成予定。
- 44
- 黒海を経由してロシアとブルガリアを結ぶ。2015年完成予定。
- 45
- Gazpromプレスリリース、2010年2月6日
- 46
- POSCO, K-Power等の、大口の自家消費用を除きます。
- 47
- CBM:Coal Bed Methaneの略。石炭層中に包蔵されるメタンガス。
- 48
- 軽水炉:普通の水を冷却材に用いる原子炉の型式。
- 49
- 英国で開発・実用化された、黒鉛を減速材に、炭酸ガスを冷却材に用いる原子炉。燃料は天然ウランまたは低濃縮ウラン。
- 50
- 旧ソ連で開発・実用化された、黒鉛を減速材に、普通の水を冷却材に用いる原子炉。欧米型より安全性の欠陥が指摘され、現在は一部を除いて廃止されています。1986年に大事故を起こしたチェルノブイリ4号機はこの型式。
- 51
- カナダで開発・実用化された、重水(原子核に中性子を2個含む、普通の水より若干質量が大きい水)を減速材に、普通の水を冷却材に用いる原子炉。燃料は天然ウラン。
- 52
- Arevaグループ傘下のSiemensは、2009年、Areva株の売却を決定し、フランス重工企業Alstomがこの落札を決定しています。
- 53
- COL: Construction and Operating License
- 54
- DOEプレスリリース(2010年2月16日)、NEIプレスリリース(2010年2月16日)
- 55
- PURPA:The Public Utility Regulatory Policy Act。アメリカで、国家エネルギー基本法に基づき1978年に成立した、再生可能エネルギー利用促進を目的とした法律。再生可能エネルギーの発電電力を適正価格で買い取ることを電気事業者に義務付けています。
- 56
- (グリーン)証書取引:再生可能なエネルギー源による電力に政府が証明書(グリーン証書)を発行し、これを電力需要者が売買する仕組み。グリーン証書は再生可能なエネルギー発電により生じた環境価値を証券化したもので、再生可能なエネルギー発電供給者は発電量に応じてグリーン証書を付与されることになります。
- 57
- 私的部門による①風力、②閉鎖系バイオマス(適格な発電施設において発電のために利用する目的のみのために植えられた植物から生成される有機物質)、③開放系バイオマス、④地熱エネルギー、⑤太陽エネルギー、⑥小規模水力発電(150kW~5MW)、⑦都市固形廃棄物等いずれかの再生可能エネルギー源からの電力に対する税額控除。
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- 例として、カリフォルニア州の「グリーン発電機補助プログラム」が挙げられます。対象は、太陽光発電、太陽熱発電、風力発電、燃料電池の4種類で、使用者はカリフォルニア州に認定された約100社の販売会社から発電機器を購入しますが、購入時の補助金額は発電機器によって異なり、最大50%です。
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- 英国においてはアメリカや日本のRenewable Portfolio StandardではなくRenewables Obligationという用語が使われています。