岡谷市内にある、縄文時代中期の複数の遺跡から出土した土器や炭化物から、マメ科の種や実約70個が確認された。明治大学黒曜石研究センターの会田進客員教授(県考古学会長)のプロジェクトチームの調査で判明した。県内の縄文遺跡でこれほど多くのマメ科植物が検出された例はないという。栽培されたものかは不明だが、諏訪市出身の考古学者藤森栄一(1911〜73年)が提唱した「縄文農耕論」に光を当てる発見になりそうだ。
調査は2009年から3年間、岡谷市の志平、目切、清水田、梨久保、上向各遺跡を対象に実施。地元の土器復元ボランティアグループ「土師の会」(山田武文会長)と岡谷市教委が協力した。土器に残る圧痕や、目切遺跡住居址の炭化物を調査し、長さ約3〜7ミリのマメを多数確認した。
会田さんは「縄文時代は農耕社会ではないが、縄文時代中期にはマメの栽培化に向けて動き出していた可能性がある」と指摘。「縄文農耕論にはこれまで証拠がなかった。農耕論発祥の地である長野県の諏訪地方で主食となり得るマメが発見されたことは大きな意義がある」と語り、今後の研究に期待した。
プロジェクトチームは、23日午前10時から岡谷市中央町のイルフプラザで開く県考古学会50周年記念プレシンポジウム「縄文時代中期の植物利用を探る」で、研究成果を報告する。熊本大の小畑弘己教授ら県内外の研究者が学術成果を発表する。24日には土師の会によるドングリ食の調理実習、試食がある。入場無料(資料代は別途必要)。