本格的な電子書籍時代に向けて、出版社に「出版物原版権」という新たな権利を与える構想が浮上している。紙の本を裁断・スキャンして電子化する「自炊」やIT企業が直接作家と契約するなどして、出版社が許していない電子書籍が流通するのを防ぐ狙いがある。
中川正春前文部科学相が座長をつとめる国会議員の勉強会(中川勉強会)が20日に報告をまとめる。メンバーの議員は、著作権法の改正などによって、「今年度内にも構想を法律にしたい」としている。
文化庁も、著作権法を専門とする学者を集め、新しい権利をつくる際の課題や、権利の範囲などを検討している。
著作権法は、レコード会社やテレビ局には、音楽や番組という作品を伝える役割を果たしているとして、著作権の一種である「著作隣接権」を与えている。だが、出版社にはこれが与えられていない。
■無許可は損害賠償も可能
ここ数年、国内では本をスキャンして電子化し、パソコンや、iPadなどの携帯端末で読めるようにする「自炊」が広がった。私的に楽しむのは「合法」だが、自炊を代行する業者も多数現れた。海外のサイトで、村上春樹さんら日本の作家の海賊版の電子書籍が売られるケースもあった。
出版社は、国内外のこうした事例で、作家に代わって自炊代行や配信をやめるよう求めたが、交渉は難航した。著作隣接権が認められていないため、「どうせなにもできない」と足元を見られた、というのだ。
そこで、中川勉強会の構想では、出版社に著作隣接権の一つとして「出版物原版権」を与える。この権利を持つことで、原版をつくった出版社は、自炊代行業者や海賊版業者に差し止めや損害賠償を求められるようになる。
国内の電子書籍市場は、アマゾン、アップルなど米国系IT企業の参入が予想されている。出版社には、IT企業が直接、作家と契約して電子書籍を流通させるのではないか、という懸念もある。原版権を手にすれば、紙の本を勝手にスキャンして配信されたり、出版社がつくった電子書籍データを流用して販売されたりすることは防げるようになる。「出版社が担ってきた作家を育てる役割は今後も重要だ」と大手出版社幹部はいう。
■作家の自由、制限の恐れ
ただ、作家にとっては、自由が狭められる恐れがある。たとえば、自分が書いた紙の本が絶版になったときに、その本を自分でスキャンしてネット上に公開することは、出版社の許可がないとできなくなる。日本漫画家協会は、出版社へ原版権を与えることに「否定的にならざるを得ない」との見解を発表している。
それに対して、出版社側からは、作家と出版社の間でのもめ事が起きた際に仲裁する機関や、作家と一緒になってガイドラインをつくる案が出ている。(木村尚貴、赤田康和)
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■中川勉強会構想の主な内容
・原版とは、紙の本では、著者の原稿に図や写真を編集で組み合わせて、校了した後の版。電子書籍では、電子書籍フォーマットで記述されたデータファイル
・原版の複製や販売、ネット配信、レンタルを勝手にできなくする
・権利を持つ出版社の定義は、「発意と責任をもち、原版を最初に固定した者」
・権利の保護期間は25年
・作家と出版社が権利上のトラブルになった時のために、業界で紛争処理機関をつくる