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TOP > 人気グルメの解剖学/第1回 ラーメン二郎

連載 人気グルメの解剖学〜錯覚の美食〜 売れに売れてるヒット商品の“なぜ”を紐解くこの企画。栄養学、脳医学、マーケティングの視点から大ブレイクの秘訣を解き明かそう。

第1回 ラーメン二郎 ラーメン業界の中でもその知名度は高く、熱狂的なファンを持つ「ラーメン二郎」。丼から溢れんばかりの野菜と肉塊に、極太の麺、そしてこってりとした脂に覆われた、インパクトのあるあの絵を、店を訪れたことのない人でも一度は目にしたことがあるだろう。その独自のスタイルは、半世紀に渡り支持され続けてきた。しかし、なぜあれほどまでに飽きられもせずに売れているのか、そしてなぜ狂信的なファンを増やし続けているのか……。「ラーメン二郎」の“なぜ”を、栄養学、脳医学、マーケティングの3つの視点から暴いていく。

1杯1600kcal、脂質が6割を占める二郎のラーメン

横川: まずは、ラーメン二郎(以下、二郎)のラーメンについて、栄養学的なお話をお伺いしたいと思います。
笠岡: 僕のほうで栄養素推定値を計算してみたところ、通常のラーメンが1杯500kcal程度(表1)なのに対して、二郎の並盛りに肉、野菜、脂、ニンニクを加えていくと、だいたい1600kcalくらいになるという推定値が出ました。つまり通常のラーメンの3倍くらいのエネルギーを摂取することになります。その中身については、総エネルギーに占める脂肪の割合が約60%(表2)。食品というのは基本的に、タンパク質、炭水化物、脂質で構成されますが、その中でも脂質が非常に多く、きわめて高脂質なラーメンだということがわかります。
都筑: 総カロリーの60%が脂質ですか。二郎のラーメンって、表面が1cmくらい脂で覆われていますよね。それでもあれで60%。となると、通常のラーメンではどれくらい脂質を含んでいるんですか?
笠岡: 通常のラーメンでは38%(表3)くらいですね。二郎がその約1.5倍。総摂取エネルギーに占める脂質の割合の適正値は20~25%です。これが基準(※1)となっています。普通のラーメンでも脂質の割合が高いのですが、二郎は特別高いですね。例えば、お昼に二郎を食べるだけで、1日の適正量を大幅に超える脂質を摂取することになります。
都筑: ちなみに基準では、カロリー全体の1/4が脂肪となると、残りの3/4は何で摂取するのが適正なのですか?
笠岡: 食事摂取基準(※2)では、性別や年齢で細かな数値まで示されていますが、総摂取エネルギーに対する比率で示すと、50〜70%を炭水化物から、20〜25%を脂質から、残り20%をタンパク質から摂取する、というのが基準値です。ですから、二郎がいかに脂質の多い食品であるか、分かりますね。ちなみに、脂肪摂取の多いアメリカの脂質摂取目標量ですら35%ですから。
 さらに脂質というのはいろんな種類がありますから、その種類はどうなのかを見ていきますと、飽和脂肪酸(※3)が23%。どれぐらいが目標量なのかと言いますと7%(※4)です。脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸(※5)がありますが、特に飽和脂肪酸が多いということになります。飽和脂肪酸の摂り過ぎはあまり体によろしくないので、正直、体には良くない食品かと思います。
都筑: 飽和脂肪酸はトランス脂肪酸(※6)よりも体に悪いのでしょうか?
笠岡: 日本でのトランス脂肪酸摂取量は、総エネルギーの0.2%程度で、アメリカの2.6%に比べればまだまだ少ないです。WHO(※7)の勧告1.0%未満が守られていますので、それほど気にする必要はないと思います。やはり、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸のバランスが大事で、二郎の脂質の質は、あまりよろしくないですね。
横川: 高脂質で、脂肪の質も良くない。実際に、高脂質の食品は身体にどういった影響を与えるのでしょうか?
都筑: 脳内のドーパミン報酬系(※8)とか、ノルアドレナリン覚醒系(※9)とか、セロトニン抗うつ系(※10)とかに高脂質の食品が作用するんでしょうか、笠岡さんいかがですか?
笠岡: 実際に高脂質の食品を食べると、体内でどういう変化が出てくるか。これは、動物実験でも分かっていることですが、脳内でのドーパミン放出が増加して「もっと食べたい」欲求が増えます。さらに、麻薬様物質である脳内β-エンドルフィン(※11)の放出も増え、その結果「また食べたい」という欲求が出てくるのではないかと思われます。食べ始めると「もっと食べたい」、食べ終えると「また食べたい」という欲求ですね。
 なぜこういうメカニズムが体内にあるのかというと、脂質というのは他の栄養素であるタンパク質(4kcal/g)や炭水化物(4kcal/g)などに比べると、1g当たりのエネルギーが9kcalと2倍以上なんですね。少ない量で効率的にエネルギーを得ることができる。そういう脂質に対して嗜好性が強くなるというのは、本能なのではないかなと思います。
 実験でノンカロリー油脂(脂質)をマウスに摂取させても、病み付きにならなかったという研究結果もあります。体内に摂り入れて、どれくらい効率的にエネルギーになったかによって、次に食べたくなる欲求につながるのではと思います。
 ひとつ面白いと思ったのは、小さい頃から和食、出汁をきかせた食事を与えることで、脂肪に執着する度合いが減っていくということです。しかし、現在の子どもたちは小さいときから和食よりも、脂っこいものを食べてしまっているので、昔以上に脂に執着することが多いのではないでしょうか。
横川: なるほど。私も脂肪はポイントだと思います。ひとつの中毒性のようなものがあるのは、麻薬物質であるβ-エンドルフィンの放出によるものなのですね。あと、炭水化物も脂同様、「美味しい」と思えるものですよね。
「リストランテ ヒロ」(※12)のシェフ、山田宏巳さんが開発した「冷製トマトのカッペリー二」という一世風靡したメニューがありますよね。これは、彼がどうやって美味しいものを作ろうかと考えた時に、オリーブオイルをたっぷり使って、あとは麺の味で食べさせようと考えたそうです。トマトの味っていうのは実はそんなに関係があるわけではなく、要は「脂と炭水化物の味でいかに食べさせるか」を思案した結果だそうです。その意味ではリストランテ ヒロのヒットメニューであるカッペリーニも、二郎と同じ「炭水化物と脂質」がポイントということになります。
笠岡: もうひとつは非常にしょっぱい、という点。国際高血圧学会のガイドライン(※13)では食塩摂取を1日6g未満と推奨しているのに対し、二郎は1杯で約5g(表1)。日本は米を主食として食べる文化があります。“しょっぱいもの”が米に合うため日本人は多く塩分を摂っています。ですから、日本では現在9g未満を目標としています。しかし、二郎の場合、1食で5g摂っていますので、残りの2食で相当塩分の少ないものにしなければいけなくなります。これを続けると体に悪影響を及ぼす可能性がありますね。
横川: 二郎で使用する醤油は、塩っぽさを抜いた特注のものを使用しているそうです。確かに、しょっぱいですが、あれだけ食べた後でも、のどが渇くことが少ないと感じましたね。それでも数値で起こしてみると、塩分は相当入っているのですね。

PROFILE

笠岡 誠一
文教大学 健康栄養学部 管理栄養学科 准教授、博士(農学)、管理栄養士、子育てと食育ネット代表(http://2style.jp/kasaokanet/
東京農業大学農学部栄養学科卒業。山之内製薬(現・アステラス製薬)健康科学研究所研究員、文教大学専任講師、アメリカ国立衛生研究所客員研究員を経て文教大学准教授に。研究分野は食品化学、栄養生理学。共著に『食べ物と健康Ⅲ 食品加工と加工食品』(樹村房)、『管理栄養 全科のまとめ』(南山堂)他。
都筑馨介
文教大学教授 医学博士
群馬大学医学部卒業。群馬大学大学講師などを経て、文部省長期在外研究員、パリ市立理工科大学客員研究員などを歴任。専門分野は、生理学、特に神経生理学、精神生理学。共著に『Encyclopedia of Life Sciences』『新パッチクランプ実験技術法』などがある。
横川 潤
作家 食評論家
慶応義塾大学法学部法律学科卒業、同大学院商学研究科修士課程修了、ニューヨーク大学でMBA取得。文教大学国際学部国際観光学科准教授。外食マーケティングの第一人者でありテレビ、新聞雑誌等でレストラン評論を展開。主な著書に『東京イタリアン誘惑50店』(講談社)、『レストランで覗いたニューヨーク万華鏡』(柴田書店)などがある。今年4月、『<錯覚>の外食産業――「超熟」業界のマーケティング論』(商業界)を上梓。
 
 
注釈  
※1 ^ 脂質の食事摂取基準
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2010年版)」では、総エネルギーに占める脂質のエネルギー比率の基準を示している。その目標量は、18~29歳までの男性・女性ともに20%以上30%未満、30歳以上の男性・女性では20%以上25%未満としている
※2 ^ 食事摂取基準
健康な個人または集団を対象として、国民の健康の維持・増進、生活習慣病の予防を目的とし、エネルギーおよび各栄養素の摂取量の基準を示した「日本人の食事摂取基準(2010年版)」のこと。2009年に厚生労働省から発表された
※3 ^ 飽和脂肪酸
コレステロール以外の脂質の主要部分は脂肪酸であり、飽和脂肪酸は牛や豚などの肉類および乳製品に多く含まれる脂肪酸。融点が低く、血中コレステロール値を上げ、脂肪組織にたまりやすいため、過剰摂取すると肥満を招くだけでなく、動脈硬化や脳卒中、心臓疾患などの生活習慣病のリスクを高める
※4 ^ 1日当たりの飽和脂肪酸摂取量
「日本人の食事摂取基準(2010年版)」の規定によれば、18歳以上の男性・女性ともに総エネルギー摂取量の4.5%以上7%未満を目標摂取量としている
※5 ^ 不飽和脂肪酸
魚類や植物性の油に多く含まれる脂肪酸。飽和脂肪酸と異なり化学的には二重結合を含む。シス脂肪酸とトランス脂肪酸があるが、魚類や植物由来のものはシス脂肪酸である。シス脂肪酸は、脳の機能活性化、皮下脂肪代謝促進などの作用を持つ。不足すると皮膚炎、集中力低下などが起こる
※6 ^ トランス脂肪酸
生クリームや、マーガリンなど工業的に加工した油脂に多く含まれる特殊な脂肪酸。過剰摂取すると、血液中のLDLコレステロール(悪玉コレステロール)が増加し、心臓病のリスクを高めることが示されている
※7 ^ WHO
World Health Organization(世界保健機関)。医療技術だけでなく、広く人間の健康を考え、生活の質の向上を目指す国際機関
※8 ^ ドーパミン
中枢神経系に存在する神経伝達物質で、アドレナリン・ノルアドレナリンの前駆物質。運動調節、ホルモン調節、快感、多幸感、学習などに関わる
※9 ^ ノルアドレナリン
交感神経末端・中枢神経系などに広く分布し、興奮を伝達する物質。激しい感情や強い肉体作業などで人体がストレスを感じたときに、交感神経の情報伝達物質として放出される他、副腎髄質からホルモンとして 放出される
※10 ^ セトロニン
ノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑え、心のバランスを整える作用のある伝達物質。セロトニンが不足すると精神のバランスが崩れて、暴力的(キレる)になったり、うつ病を発症すると言われている
※11 ^ β-エンドルフィン
脳内の神経細胞間で情報を伝える伝達物質のひとつ。脳内麻薬様物質でモルヒネ受容体を活性化する。至福感や陶酔感といった快感を与えたり、麻酔のように痛みを感じさせなくする鎮痛作用をもつ
※12 ^ 「リストランテ ヒロ」
青山・丸ビル・銀座・東京駅・大阪にあるイタリア料理店。非常に遅いパスタを使ったカッペリーニが名物
http://www.r-hiro.com/
※13 ^ 国際高血圧学会のガイドライン
「WHO/国際高血圧学会ガイドライン」のこと