記されなかった使い魔 その十一
アンリエッタという地雷を回避するため、引きとめようとデンプシーロールを繰り出す桃色のグラップラーからかろうじて逃げ出し、昼間から酒場で酒をカッ喰らっていただめ人間なサイトは夜も遅くに千鳥足で学園に戻ってきた。
王女が学院にそう何時間も滞在するわけはないのだから、トリステインで時間を潰していたのである。
ヒッィクと酒臭い息を吐きながらヨロヨロとルイズのいる部屋を目指すサイトはルイズの部屋の前で、扉に耳を押し付けている不振人物を発見した。
「ヒィイイック、なんだ~、何やってんだ~、あいつ?」
デルフリンガーもまた刀身を真っ赤にしながら酔っ払った口調でサイトに言った。
「あれだ、相棒!夜這いだよ、夜這い!おっでれ~た、嬢ちゃんにも春がきたんじゃないか~、ヒッィク!」
サイトはそれに心底驚いて、酒に浮かされた頭で陽気に笑った。
「くふふっ、そりゃいい!さっさと、一発やってあのじゃじゃ馬を大人しくさせてくれんかな~」
「ぎゃははははっは、全くだね、相棒。ヒッィック」
サイトは千鳥足であるというのに音もなくその不審者のもとに忍び寄った。
「くふふっ、手伝ってやる!さぁ、勇敢なる勇者よ、桃色の魔王を手に入れるため旅立つのだ!」
そのまま手加減をしつつ不審者の尻を蹴っ飛ばした。
不審者はそのまま扉をぶち破って部屋の中まで飛んで行き、中にいた人物を押し倒した。
まさにもくろみどおり、そのまま一発決めてくれと勇者にエールを送る酔っ払い二人。
「「勇者よ死んでしまうとは、情けない……ぎゃはははっははははっはは!」」
でも相手はあの撲殺魔王少女ルイズである、ただの一般人がどうこうするなんてまず無理だ。
結果はこうなるだろうなというセルフをしゃべって大笑いするデルフとサイトはなにやら想定外の事態に陥っているのに気づいた。
外れたドアの前ではなぜか部屋の中で不審者に押し倒されているはずのルイズがサイトたちを驚きの目で見ている。
あれーー?なんでルイズはそこにいるんだ?
足元を見れば折り重なって倒れる不審者とローブを目深に被っているこちらも十分不審者。
しまった!もともと夜這いをされていたのを邪魔してしまったかとサイトが後悔したとき、驚いた目をしていたルイズの雰囲気が変わった。
慌てて押し倒されたほうの不審者を、押し倒したほうの不審者(いやここははっきりとギーシュと呼ぼう)盛大に蹴りつけながら引き起こす。
なにやらギーシュがはわはわわと顔を真っ赤に染めながら手をワキワキしているのが意味不明である。
そして心底心配そうにローブの人物に話しかけた。
「大丈夫ですか、姫様?」
それに答えてローブを外しながらサイトが今もっとも会いたくなかった人物がその美貌をさらす。
「えぇ、えぇルイズ。大丈夫ですわ、少し驚きましたけど……」
あるぇー?なんでいるの?
そこにはルイズに親しげに微笑むトリステインで一番美しいと噂される王宮の華、アンリエッタ王女殿下がいた。
サイトは急激に酔いが醒めるのを感じていた。
まずい地雷が地雷が!
これはだめだ、ハルケギニアに再度召喚されていらい最大級のピンチである。
このままでは下手を打てば王女の部屋でSMプレイをしていた変態の烙印を押されてしまう!
それはまずい、不味すぎる。
そんなことになったらサイトのガラスノハートはパリンと砕け散ってしまう。
もう立ち直れない、矢吹丈のように真っ白に燃え尽きてしまう。
それはいやだ!
慌てて回れ右してとんずらしようとするサイトの足を何かが掴んだ。
ギーシュである。
「なっ、なにしやがる、放せ、放せってば!俺は自由への逃避行へ旅立つんだ!」
思い切りやればギーシュなどトイレットペーパーのように引きちぎってしまうサイトは必死の形相でしがみついてくるギーシュを引き離すのに困難した。
「い~や、放さん!此度の任務には君の力が必要だ。アンリエッタ姫のため、この僕は力を貸そうと密かに誓ったのだ!」
知るかーーー!この期に及んで他力本願か!自分でなんとかしろこんちくしょーーーー!心のうちで盛大に罵ったサイトは何とかギーシュを振り回して壁に叩きつけた。
「知るかーーーー!このままここにいては俺の精神が崩壊してしまうんだ、ゆえにアデュ、ぐっはーーーーー」
言葉の途中で顔面に炸裂した爆発にサイトは吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられて盛大に目を回していたギーシュの横にサイトも突っ込む。
「ル、ルイズ?あなた魔法が?」
驚くところはそこなのか王女さま、ここは簡単に人に向けて爆発魔法を炸裂させる殺人未遂の少女Lについて驚くところだろ?
その言葉にルイズは満面の笑みを返しながらゆっくりとサイトとギーシュの元に近づいてくる。
「えぇ、姫様最近覚醒しましたの!ですから此度の任務私に任せていただければ、万事OKですわ!」
そしてルイズはニコニコと笑いながらサイトとギーシュに話しかけた。
「馬鹿犬はわかってるわよね?これからどうなるか?ご主人様を無視して逃げるなんて私悲しいわ。ギーシュは勝手に人の話を盗み聞きするなんて、馬鹿犬と二人揃ってお仕置きが必要なようね」
そしてルイズは瞳をらんらんと光らせた。
サイトはブルブルと震えている。
恐怖で体が動かない。
ギーシュは恐怖で失神した。
サイトはギーシュを囮に逃げ出した。
しかし、回り込まれた。
魔王からは逃げられない!!!
「ぜろのルイズを始めます!」
そうしてドコゾの殺人鬼家族のように撲殺を開始した。
「「あっ!あぁぁーーーーーーーーーーー」」
その夜、いつものごとく女子寮に男の苦鳴が響きわたったが、他の女性とたちはいつもの事と気にもしなかった。
颯爽サイトがルイズに半殺しの目にあうのは日常となっていた。
血飛沫をあげて人間を人間外の形にしていくルイズにアンリエッタが恐怖して部屋の隅でブルブルと震えていたが、些細な出来事なのである。
記されなかった使い魔 その十一
血だまりで一人突っ伏すギーシュを尻目にサイトはルイズの話を聞いていた。
その傍らでは致死量以上の血を流したくせにホンの数分で外見を取り戻したサイトをアンリエッタ王女が唖然とした目で見ている。
どうもサイトの顔は覚えていないらしい。
もしくは今のインパクトが強すぎて印象がぼけたのか、どちらにせよ幸運だ。
これで彼女を恐れる必要はなくなったわけだ。
そうとなれば、サイトにとって彼女は見目麗しい巨乳美少女である。
彼女がルイズに頼んだであろう話を聞くだけなら聞いてもいいという気になってくる。
簡単な自己紹介を済ませて、彼女の来訪の理由を聞いてみる。
彼女は人が使い魔になった事を驚いているようだったが、すぐに理由を話し出した。
アンリエッタの話を端的に訳せばこうだった。
アルビオンという国で今、王族とレコンキスタという貴族による共和制統治を掲げた組織が争っている。
戦況はすでにレコンキスタに傾いており、王族の命は風前の灯だという。
そして、その隣国に位置するトリステインはその事態に脅威を抱いており、宰相のマザリーニ卿の発案により帝政ゲルマニアとの同盟を考えいるのだという。
トリステイン一国ではアルビオンを滅ぼしたレコンキスタに対抗するのは難しく、そのためゲルマニアと密接な関係を結ぶために……
「お姫様と皇帝の婚姻が結ばれたと……」
なんだ、こぶつきか……残念、すでに王女様は予約済みだったようだ。
とてももったいない気がするが、さすがにサイトも知り合ったばかりの少女のために国を犠牲にしてまで自分の我を通そうとは思えなかった。
しかし、サイトがゲルマニアの皇帝が四十台の親父でアンリエッタと30近く離れている知ったら、暴走してしまったかもしれない。
「で、それがどうしたんです?」
アンリエッタが話を続ける。
トリステインとゲルマニアの同盟。
野蛮で慎みも無いゲルマニアにアンリエッタが嫁ぐなどルイズに言わせればとんでもない暴挙であるわけだが、アンリエッタは覚悟を決めて嫁ぐつもりなのだと言う。
国のために自身を犠牲にすることができるのが正しい指導者の姿だとブリミルを見て知っていたサイトにしてみればアンリエッタの覚悟はなかなか好感が持てるものだった。
マチルダの家名を取り潰したアルビオンの王族とは大違いだ。
しかし、この婚姻において致命的な障害になるものが存在する。
それがアンリエッタがアルビオンの王族ウェールズに宛てた始祖に婚姻を誓った手紙なのだと言う。
始祖に誓った婚姻はこの世界において絶対的なもので、それがばれてしまえばゲルマニアとの同盟は破棄されてしまう。
この世界の人間はあの馬鹿に婚姻を誓うんだ~、とサイトは新たに知った事実に少々呆れた。
あれに結婚を誓ってもいいことなんかないと思う、ミョズニトニルンの秋波にもなかなか気づかなかった朴念仁だし。
しかし、アンリエッタ姫、結構かわいそうな子だ。
好きな人がいるというのに見ず知らずの他人に嫁がなければならないなんて、どこぞの恋愛ドラマ、恋愛ファンタジー小説みたいな展開だ。
ちょっと同情しちゃうな~、これでこぶつきじゃなかったら、彼女の気を引くためになんだってするのにとサイトは溜息をつく。
なるほど話はわかったと頷くサイト、しかしこの話の何処にルイズが何かしなければならない問題があるのだろうか?
問題の手紙は相手側の王子のところにあり、その存在はおそらく二人だけの秘密のものだろう。
その手紙を破棄すれば問題は解決するわけで、密偵やら何やらを使って王子に返却か破棄を頼めば万事解決、ルイズの出番なんて欠片も無い。
わけがわからんという顔をするサイトにアンリエッタが答えた。
「私には王宮で信頼できる味方がいないのです……ゆえに親友であり私がもっとも信頼しているルイズに勅使としてアルビオンに赴いてもらいたいのです」
何か変な事を聞いたという顔をするサイト。
この王女様はなにを言っているのだろうか?
今アルビオンでは王族とレコンキスタが戦争していると語ったばかりである。
そこにただの学生で戦闘訓練もしてないルイズを派遣するということがどういうことかわかっていないのだろうか?
まず間違いなく死ぬだろう。
戦場はただの学生が紛れ込んで生き残れるほど甘い場所ではない。
それともこの世界では学生は戦時中だろうが攻撃してはならないという法でもあるのだろうか?
ルイズに聞いてみたら「そんなものあるわけないじゃない」とけんもほろろに返された。
ならルイズを派遣する理由がなおさらわからん。
「……ギャグですか、もしくは冗談とか?」
「こんなことを冗談で頼めません」
真剣な顔でサイトを見つめ返すアンリエッタ。
イヤ冗談でしょ、例え王宮に味方がいないからってさすがにただの友達であるルイズにこんな国政を左右する大事を任せるなんて、夢物語も程がある。
さすがに王女の正気を疑ったサイトである。
が、王女の目は真剣で嘘や冗談を言っている様子はないのである。
これは困った事になったぞと思うサイト。
サイトは一応イヤイヤとはいえルイズの使い魔だ。
使い魔の仕事の第一は主人を守る事であるぐらいにはサイトも理解しているし、借金を返すまではルイズを守ってやらねばならないと思っている。
理不尽なご主人様だが、召喚されて以来の付き合いであるし、いまだ件の姉を紹介されていない以上死んでもらっては困る。
しかし、この死亡フラグ、ルイズは立てる気満々で回避不可。
このままではサイトが巻き込まれるのは必然。
正直めんどくさかった。
ここまでわざわざ頼みに来たアンリエッタには悪いと思うが、ルイズがやる必要の無いことだと思う。
使い魔としてわざわざ必要も無いのに主人が危険に飛び込むのを容認するわけにもいかない。
第一、こぶつきのために報われない苦労をするより、身近な女の子に尽くしたほうが建設的だ。
そう思うのだが巨乳つきの美少女に上目遣いで見上げられるとどうにもサイトには断りがたい気がしてくる。
うんうんとサイトが唸っているとルイズがサイトを睨めつけて毅然と言い放った。
「臆病風に吹かれてるあんたなんか必要ないわ。この任務は私が仰せつかったのだから、私がやり遂げて見せるわ。そう、私は貴族なのだから、貴族は後ろを見せないものなのよ!」
一人気勢をルイズが上げている。
やっぱり回避不可の強制イベントのようだ。
これまでの共同生活でルイズが決めた事は絶対にやりとおす不屈の女である事は理解しているので、サイトはこの任務でかけられる苦労を思って深く深く嘆息した。
「わかった、わかったつーーの。ついていけばいいんだろうが!」
サイトのその発言にルイズは鼻息荒く声を上げる。
「さすが私の使い魔ね!頼りにしてるわよ、サイト」
「へいへい」
そう言って不貞腐れたように自身の寝藁まで行って寝転んだサイトの肩が叩かれた。
振り返るとアンリエッタがしゃがみ込むようにしてサイトの肩を叩いたようだった。
「使い魔さん、私あなたをどこかで見たような気がするのですけど、心当たりありません?」
心当たりは内心冷や汗でどろどろになるほどありますじょ?
思わず言葉遣いが変になってしまうほどあせりまくるサイト。
ニコニコ笑っているアンリエッタが恐ろしい。
天然なのか?それとも確信犯的にサイトを脅しているのか?
どちらにせよピンチだった。
アンリエッタが厳かに左手を差し出してくる。
「私の親友を守ってくださいね、使い魔さん」
なんなんだと疑問に思うサイトだったが、横からルイズが教えてくれた。
忠誠のキスをしろということらしい。
サイトは戦慄した。
こんなかわいい顔しておいて魔性の女ですか?
忠誠を誓わせる代わりに、対価としてキスを与えるというのである。
そっ、そんなものでサイトを思い通りにできると思うなよ!
サイトだってすでに脱チェリーは果たした身、キス程度でどうにかなると思うなんて甘いんだよ!
だが、だがしかし……目の前にはアンリエッタの優しい微笑み、そして何よりおっきなおっぱい。
やっぱりこの姫様何気に巨乳だよ!
違う意味で戦慄するサイトだった。
あぁ、何かサイトを任務に向かわせるための罠のような気がするのに体が言うことを聞いてくれない。
これこそが巨乳好きの業、抗う事ができない人類発生以来巨乳好きの男にかけられた呪いがごとき習性である。
おっぱいの大きな女の子がキスしていいよといっている、ならばしない道理があろうか?いやない!
据え膳という名の甘い罠だった。
スルスルとサイトはアンリエッタの間合いに入る。
相手の意識の隙間にするりと紛れ込むような動きで、アンリエッタの唇に自分の唇を重ねる。
なにやら驚いて目を大きく見開き、顔を真っ赤に染め上げている。
体が硬直しており、唇がぽかんと半開きになっていた。
そこにすかさずサイトは舌をねじ込んでみた。
マチルダに教えられた舌使い、サイト自身腰を抜かしたそれでアンリエッタの口内を蹂躙してみる。
アンリエッタはサイトがそうだったように腰を抜かして、熱に浮かされたようなポワンとした顔をしていた。
何でこんなに驚いてるのだろうか?
やっぱり舌を入れたのはまずかったのか?
でも自分からキスしていいよというような魔性の女なわけだから、これぐらいは……そう思っていたサイトの頭にルイズのシャイニングニーが炸裂した。
もんどりうって吹き飛ばされて壁にめり込むサイト。
「なんてことしてんのよ、馬鹿犬~~~~~~!もっ、申し訳ありません、姫さま。私のしつけがなっていないばかりに、姫様の唇を……殺すわ、馬鹿犬!」
「なんてうら……もとい大それたことをしてくれるんだ君は!アンリエッタ姫にキス、それも舌をいれるなんて、僕は許さないよ、断じて君を許さないよ!さぁ、切腹してわびろ、介錯は僕が取ってやる!」
どうでもいいがいつ復活したギーシュ。
壁から頭を引き抜きながらサイトは自分がなぜシャイニングニーを入れられたのか考えていた。
舌を入れたのがまずかったのか?と思ったがどうやらギーシュの言によるとキス自体まずかったようだ。
でもルイズはキスをしろといったわけだから矛盾する。
そう思っているとキスをする前のアンリエッタの姿勢が思い出された。
そういえばアンリエッタは左手を差し出していた。
ということはあれだ、あの騎士が姫様にするような手の甲にキスするやつだ。
サイトはようやく思い至った。
顔を真っ赤にしてサイトを見上げているアンリエッタにはかわいそうなことをしてしまった。
手の甲にキスだと思っていてディープキスされたら、それは驚いて腰を抜かしもするだろう。
それに彼女には将来を誓い合った恋人がいるわけで、二重にすまない気持ちがしてくる。
サイトは正直にアンリエッタに頭を下げた。
「すいません、忠誠のキスってよくわからなくて、なんかまずいことしちゃったみたいで……」
アンリエッタは少し動転しながら答えた。
「よっ、よいのです。忠誠には報いる事からはじめねばなりません。この度の任務は過酷なものになります、ルイズを守っていただけるなら私の唇ぐらい……」
そう言って頬を染めて微笑するアンリエッタ王女はかわいかった。
うむうむ、笑って許してくれるなんていい子だ。
これは任務も頑張ってやらねばと思えてくる。
サイトの頭を下げさせようとグイグイとサイトの頭を押すルイズに抗いながらサイトはそう思った。
そのときギーシュが考えなしの発言をした。
「是非このギーシュ・ド・グラモンにもその任務をご命じください!そしてできれば僕にもその唇をお許しいただ……ごひゃ」
「ありえないこと言ってんじゃないわよ、ヘタレ二股ギーシュ」
そして発言の途中でルイズの見事なフックで脳を揺らされ崩れ落ちた。
白目をむいて昏倒している。
世界が狙えるぞ、ルイズ!
さすがにサイトを毎夜サンドバッグにしているだけのことはあった。
日に日にその鋭さを増すルイズの拳にサイトは戦慄を禁じえなかった。
ヒッィクと酒臭い息を吐きながらヨロヨロとルイズのいる部屋を目指すサイトはルイズの部屋の前で、扉に耳を押し付けている不振人物を発見した。
「ヒィイイック、なんだ~、何やってんだ~、あいつ?」
デルフリンガーもまた刀身を真っ赤にしながら酔っ払った口調でサイトに言った。
「あれだ、相棒!夜這いだよ、夜這い!おっでれ~た、嬢ちゃんにも春がきたんじゃないか~、ヒッィク!」
サイトはそれに心底驚いて、酒に浮かされた頭で陽気に笑った。
「くふふっ、そりゃいい!さっさと、一発やってあのじゃじゃ馬を大人しくさせてくれんかな~」
「ぎゃははははっは、全くだね、相棒。ヒッィック」
サイトは千鳥足であるというのに音もなくその不審者のもとに忍び寄った。
「くふふっ、手伝ってやる!さぁ、勇敢なる勇者よ、桃色の魔王を手に入れるため旅立つのだ!」
そのまま手加減をしつつ不審者の尻を蹴っ飛ばした。
不審者はそのまま扉をぶち破って部屋の中まで飛んで行き、中にいた人物を押し倒した。
まさにもくろみどおり、そのまま一発決めてくれと勇者にエールを送る酔っ払い二人。
「「勇者よ死んでしまうとは、情けない……ぎゃはははっははははっはは!」」
でも相手はあの撲殺魔王少女ルイズである、ただの一般人がどうこうするなんてまず無理だ。
結果はこうなるだろうなというセルフをしゃべって大笑いするデルフとサイトはなにやら想定外の事態に陥っているのに気づいた。
外れたドアの前ではなぜか部屋の中で不審者に押し倒されているはずのルイズがサイトたちを驚きの目で見ている。
あれーー?なんでルイズはそこにいるんだ?
足元を見れば折り重なって倒れる不審者とローブを目深に被っているこちらも十分不審者。
しまった!もともと夜這いをされていたのを邪魔してしまったかとサイトが後悔したとき、驚いた目をしていたルイズの雰囲気が変わった。
慌てて押し倒されたほうの不審者を、押し倒したほうの不審者(いやここははっきりとギーシュと呼ぼう)盛大に蹴りつけながら引き起こす。
なにやらギーシュがはわはわわと顔を真っ赤に染めながら手をワキワキしているのが意味不明である。
そして心底心配そうにローブの人物に話しかけた。
「大丈夫ですか、姫様?」
それに答えてローブを外しながらサイトが今もっとも会いたくなかった人物がその美貌をさらす。
「えぇ、えぇルイズ。大丈夫ですわ、少し驚きましたけど……」
あるぇー?なんでいるの?
そこにはルイズに親しげに微笑むトリステインで一番美しいと噂される王宮の華、アンリエッタ王女殿下がいた。
サイトは急激に酔いが醒めるのを感じていた。
まずい地雷が地雷が!
これはだめだ、ハルケギニアに再度召喚されていらい最大級のピンチである。
このままでは下手を打てば王女の部屋でSMプレイをしていた変態の烙印を押されてしまう!
それはまずい、不味すぎる。
そんなことになったらサイトのガラスノハートはパリンと砕け散ってしまう。
もう立ち直れない、矢吹丈のように真っ白に燃え尽きてしまう。
それはいやだ!
慌てて回れ右してとんずらしようとするサイトの足を何かが掴んだ。
ギーシュである。
「なっ、なにしやがる、放せ、放せってば!俺は自由への逃避行へ旅立つんだ!」
思い切りやればギーシュなどトイレットペーパーのように引きちぎってしまうサイトは必死の形相でしがみついてくるギーシュを引き離すのに困難した。
「い~や、放さん!此度の任務には君の力が必要だ。アンリエッタ姫のため、この僕は力を貸そうと密かに誓ったのだ!」
知るかーーー!この期に及んで他力本願か!自分でなんとかしろこんちくしょーーーー!心のうちで盛大に罵ったサイトは何とかギーシュを振り回して壁に叩きつけた。
「知るかーーーー!このままここにいては俺の精神が崩壊してしまうんだ、ゆえにアデュ、ぐっはーーーーー」
言葉の途中で顔面に炸裂した爆発にサイトは吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられて盛大に目を回していたギーシュの横にサイトも突っ込む。
「ル、ルイズ?あなた魔法が?」
驚くところはそこなのか王女さま、ここは簡単に人に向けて爆発魔法を炸裂させる殺人未遂の少女Lについて驚くところだろ?
その言葉にルイズは満面の笑みを返しながらゆっくりとサイトとギーシュの元に近づいてくる。
「えぇ、姫様最近覚醒しましたの!ですから此度の任務私に任せていただければ、万事OKですわ!」
そしてルイズはニコニコと笑いながらサイトとギーシュに話しかけた。
「馬鹿犬はわかってるわよね?これからどうなるか?ご主人様を無視して逃げるなんて私悲しいわ。ギーシュは勝手に人の話を盗み聞きするなんて、馬鹿犬と二人揃ってお仕置きが必要なようね」
そしてルイズは瞳をらんらんと光らせた。
サイトはブルブルと震えている。
恐怖で体が動かない。
ギーシュは恐怖で失神した。
サイトはギーシュを囮に逃げ出した。
しかし、回り込まれた。
魔王からは逃げられない!!!
「ぜろのルイズを始めます!」
そうしてドコゾの殺人鬼家族のように撲殺を開始した。
「「あっ!あぁぁーーーーーーーーーーー」」
その夜、いつものごとく女子寮に男の苦鳴が響きわたったが、他の女性とたちはいつもの事と気にもしなかった。
颯爽サイトがルイズに半殺しの目にあうのは日常となっていた。
血飛沫をあげて人間を人間外の形にしていくルイズにアンリエッタが恐怖して部屋の隅でブルブルと震えていたが、些細な出来事なのである。
記されなかった使い魔 その十一
血だまりで一人突っ伏すギーシュを尻目にサイトはルイズの話を聞いていた。
その傍らでは致死量以上の血を流したくせにホンの数分で外見を取り戻したサイトをアンリエッタ王女が唖然とした目で見ている。
どうもサイトの顔は覚えていないらしい。
もしくは今のインパクトが強すぎて印象がぼけたのか、どちらにせよ幸運だ。
これで彼女を恐れる必要はなくなったわけだ。
そうとなれば、サイトにとって彼女は見目麗しい巨乳美少女である。
彼女がルイズに頼んだであろう話を聞くだけなら聞いてもいいという気になってくる。
簡単な自己紹介を済ませて、彼女の来訪の理由を聞いてみる。
彼女は人が使い魔になった事を驚いているようだったが、すぐに理由を話し出した。
アンリエッタの話を端的に訳せばこうだった。
アルビオンという国で今、王族とレコンキスタという貴族による共和制統治を掲げた組織が争っている。
戦況はすでにレコンキスタに傾いており、王族の命は風前の灯だという。
そして、その隣国に位置するトリステインはその事態に脅威を抱いており、宰相のマザリーニ卿の発案により帝政ゲルマニアとの同盟を考えいるのだという。
トリステイン一国ではアルビオンを滅ぼしたレコンキスタに対抗するのは難しく、そのためゲルマニアと密接な関係を結ぶために……
「お姫様と皇帝の婚姻が結ばれたと……」
なんだ、こぶつきか……残念、すでに王女様は予約済みだったようだ。
とてももったいない気がするが、さすがにサイトも知り合ったばかりの少女のために国を犠牲にしてまで自分の我を通そうとは思えなかった。
しかし、サイトがゲルマニアの皇帝が四十台の親父でアンリエッタと30近く離れている知ったら、暴走してしまったかもしれない。
「で、それがどうしたんです?」
アンリエッタが話を続ける。
トリステインとゲルマニアの同盟。
野蛮で慎みも無いゲルマニアにアンリエッタが嫁ぐなどルイズに言わせればとんでもない暴挙であるわけだが、アンリエッタは覚悟を決めて嫁ぐつもりなのだと言う。
国のために自身を犠牲にすることができるのが正しい指導者の姿だとブリミルを見て知っていたサイトにしてみればアンリエッタの覚悟はなかなか好感が持てるものだった。
マチルダの家名を取り潰したアルビオンの王族とは大違いだ。
しかし、この婚姻において致命的な障害になるものが存在する。
それがアンリエッタがアルビオンの王族ウェールズに宛てた始祖に婚姻を誓った手紙なのだと言う。
始祖に誓った婚姻はこの世界において絶対的なもので、それがばれてしまえばゲルマニアとの同盟は破棄されてしまう。
この世界の人間はあの馬鹿に婚姻を誓うんだ~、とサイトは新たに知った事実に少々呆れた。
あれに結婚を誓ってもいいことなんかないと思う、ミョズニトニルンの秋波にもなかなか気づかなかった朴念仁だし。
しかし、アンリエッタ姫、結構かわいそうな子だ。
好きな人がいるというのに見ず知らずの他人に嫁がなければならないなんて、どこぞの恋愛ドラマ、恋愛ファンタジー小説みたいな展開だ。
ちょっと同情しちゃうな~、これでこぶつきじゃなかったら、彼女の気を引くためになんだってするのにとサイトは溜息をつく。
なるほど話はわかったと頷くサイト、しかしこの話の何処にルイズが何かしなければならない問題があるのだろうか?
問題の手紙は相手側の王子のところにあり、その存在はおそらく二人だけの秘密のものだろう。
その手紙を破棄すれば問題は解決するわけで、密偵やら何やらを使って王子に返却か破棄を頼めば万事解決、ルイズの出番なんて欠片も無い。
わけがわからんという顔をするサイトにアンリエッタが答えた。
「私には王宮で信頼できる味方がいないのです……ゆえに親友であり私がもっとも信頼しているルイズに勅使としてアルビオンに赴いてもらいたいのです」
何か変な事を聞いたという顔をするサイト。
この王女様はなにを言っているのだろうか?
今アルビオンでは王族とレコンキスタが戦争していると語ったばかりである。
そこにただの学生で戦闘訓練もしてないルイズを派遣するということがどういうことかわかっていないのだろうか?
まず間違いなく死ぬだろう。
戦場はただの学生が紛れ込んで生き残れるほど甘い場所ではない。
それともこの世界では学生は戦時中だろうが攻撃してはならないという法でもあるのだろうか?
ルイズに聞いてみたら「そんなものあるわけないじゃない」とけんもほろろに返された。
ならルイズを派遣する理由がなおさらわからん。
「……ギャグですか、もしくは冗談とか?」
「こんなことを冗談で頼めません」
真剣な顔でサイトを見つめ返すアンリエッタ。
イヤ冗談でしょ、例え王宮に味方がいないからってさすがにただの友達であるルイズにこんな国政を左右する大事を任せるなんて、夢物語も程がある。
さすがに王女の正気を疑ったサイトである。
が、王女の目は真剣で嘘や冗談を言っている様子はないのである。
これは困った事になったぞと思うサイト。
サイトは一応イヤイヤとはいえルイズの使い魔だ。
使い魔の仕事の第一は主人を守る事であるぐらいにはサイトも理解しているし、借金を返すまではルイズを守ってやらねばならないと思っている。
理不尽なご主人様だが、召喚されて以来の付き合いであるし、いまだ件の姉を紹介されていない以上死んでもらっては困る。
しかし、この死亡フラグ、ルイズは立てる気満々で回避不可。
このままではサイトが巻き込まれるのは必然。
正直めんどくさかった。
ここまでわざわざ頼みに来たアンリエッタには悪いと思うが、ルイズがやる必要の無いことだと思う。
使い魔としてわざわざ必要も無いのに主人が危険に飛び込むのを容認するわけにもいかない。
第一、こぶつきのために報われない苦労をするより、身近な女の子に尽くしたほうが建設的だ。
そう思うのだが巨乳つきの美少女に上目遣いで見上げられるとどうにもサイトには断りがたい気がしてくる。
うんうんとサイトが唸っているとルイズがサイトを睨めつけて毅然と言い放った。
「臆病風に吹かれてるあんたなんか必要ないわ。この任務は私が仰せつかったのだから、私がやり遂げて見せるわ。そう、私は貴族なのだから、貴族は後ろを見せないものなのよ!」
一人気勢をルイズが上げている。
やっぱり回避不可の強制イベントのようだ。
これまでの共同生活でルイズが決めた事は絶対にやりとおす不屈の女である事は理解しているので、サイトはこの任務でかけられる苦労を思って深く深く嘆息した。
「わかった、わかったつーーの。ついていけばいいんだろうが!」
サイトのその発言にルイズは鼻息荒く声を上げる。
「さすが私の使い魔ね!頼りにしてるわよ、サイト」
「へいへい」
そう言って不貞腐れたように自身の寝藁まで行って寝転んだサイトの肩が叩かれた。
振り返るとアンリエッタがしゃがみ込むようにしてサイトの肩を叩いたようだった。
「使い魔さん、私あなたをどこかで見たような気がするのですけど、心当たりありません?」
心当たりは内心冷や汗でどろどろになるほどありますじょ?
思わず言葉遣いが変になってしまうほどあせりまくるサイト。
ニコニコ笑っているアンリエッタが恐ろしい。
天然なのか?それとも確信犯的にサイトを脅しているのか?
どちらにせよピンチだった。
アンリエッタが厳かに左手を差し出してくる。
「私の親友を守ってくださいね、使い魔さん」
なんなんだと疑問に思うサイトだったが、横からルイズが教えてくれた。
忠誠のキスをしろということらしい。
サイトは戦慄した。
こんなかわいい顔しておいて魔性の女ですか?
忠誠を誓わせる代わりに、対価としてキスを与えるというのである。
そっ、そんなものでサイトを思い通りにできると思うなよ!
サイトだってすでに脱チェリーは果たした身、キス程度でどうにかなると思うなんて甘いんだよ!
だが、だがしかし……目の前にはアンリエッタの優しい微笑み、そして何よりおっきなおっぱい。
やっぱりこの姫様何気に巨乳だよ!
違う意味で戦慄するサイトだった。
あぁ、何かサイトを任務に向かわせるための罠のような気がするのに体が言うことを聞いてくれない。
これこそが巨乳好きの業、抗う事ができない人類発生以来巨乳好きの男にかけられた呪いがごとき習性である。
おっぱいの大きな女の子がキスしていいよといっている、ならばしない道理があろうか?いやない!
据え膳という名の甘い罠だった。
スルスルとサイトはアンリエッタの間合いに入る。
相手の意識の隙間にするりと紛れ込むような動きで、アンリエッタの唇に自分の唇を重ねる。
なにやら驚いて目を大きく見開き、顔を真っ赤に染め上げている。
体が硬直しており、唇がぽかんと半開きになっていた。
そこにすかさずサイトは舌をねじ込んでみた。
マチルダに教えられた舌使い、サイト自身腰を抜かしたそれでアンリエッタの口内を蹂躙してみる。
アンリエッタはサイトがそうだったように腰を抜かして、熱に浮かされたようなポワンとした顔をしていた。
何でこんなに驚いてるのだろうか?
やっぱり舌を入れたのはまずかったのか?
でも自分からキスしていいよというような魔性の女なわけだから、これぐらいは……そう思っていたサイトの頭にルイズのシャイニングニーが炸裂した。
もんどりうって吹き飛ばされて壁にめり込むサイト。
「なんてことしてんのよ、馬鹿犬~~~~~~!もっ、申し訳ありません、姫さま。私のしつけがなっていないばかりに、姫様の唇を……殺すわ、馬鹿犬!」
「なんてうら……もとい大それたことをしてくれるんだ君は!アンリエッタ姫にキス、それも舌をいれるなんて、僕は許さないよ、断じて君を許さないよ!さぁ、切腹してわびろ、介錯は僕が取ってやる!」
どうでもいいがいつ復活したギーシュ。
壁から頭を引き抜きながらサイトは自分がなぜシャイニングニーを入れられたのか考えていた。
舌を入れたのがまずかったのか?と思ったがどうやらギーシュの言によるとキス自体まずかったようだ。
でもルイズはキスをしろといったわけだから矛盾する。
そう思っているとキスをする前のアンリエッタの姿勢が思い出された。
そういえばアンリエッタは左手を差し出していた。
ということはあれだ、あの騎士が姫様にするような手の甲にキスするやつだ。
サイトはようやく思い至った。
顔を真っ赤にしてサイトを見上げているアンリエッタにはかわいそうなことをしてしまった。
手の甲にキスだと思っていてディープキスされたら、それは驚いて腰を抜かしもするだろう。
それに彼女には将来を誓い合った恋人がいるわけで、二重にすまない気持ちがしてくる。
サイトは正直にアンリエッタに頭を下げた。
「すいません、忠誠のキスってよくわからなくて、なんかまずいことしちゃったみたいで……」
アンリエッタは少し動転しながら答えた。
「よっ、よいのです。忠誠には報いる事からはじめねばなりません。この度の任務は過酷なものになります、ルイズを守っていただけるなら私の唇ぐらい……」
そう言って頬を染めて微笑するアンリエッタ王女はかわいかった。
うむうむ、笑って許してくれるなんていい子だ。
これは任務も頑張ってやらねばと思えてくる。
サイトの頭を下げさせようとグイグイとサイトの頭を押すルイズに抗いながらサイトはそう思った。
そのときギーシュが考えなしの発言をした。
「是非このギーシュ・ド・グラモンにもその任務をご命じください!そしてできれば僕にもその唇をお許しいただ……ごひゃ」
「ありえないこと言ってんじゃないわよ、ヘタレ二股ギーシュ」
そして発言の途中でルイズの見事なフックで脳を揺らされ崩れ落ちた。
白目をむいて昏倒している。
世界が狙えるぞ、ルイズ!
さすがにサイトを毎夜サンドバッグにしているだけのことはあった。
日に日にその鋭さを増すルイズの拳にサイトは戦慄を禁じえなかった。
テーマ : 自作小説(二次創作)
ジャンル : 小説・文学