記されなかった使い魔 その九
サイトは機嫌がよさそうに鼻歌を歌っていた。
「何歌ってるんだい、サイト?」
マチルダが変なものを見るようにサイトに聞く。
「何歌ってるんだい、サイト?」
マチルダが変なものを見るようにサイトに聞く。
場所はモットという変態貴族の屋敷の屋根の上、月明かりの下でのことだった。
サイトはいつもどおりのパーカーにデルフを肩に背負った格好、マチルダは顔を隠すように土くれのフーケとしてのマントを被っていた。
「いや、怪盗のテーマソングといえばこれかなと……」
サイトの頭の中で女の怪盗と言えばキャッ●・アイだった。
歌っていた鼻歌はもちろんアニメの主題歌である。
あとはルパン、ルパ~~ンと歌ってもいいが、奴は男である。
サイトとしてはマチルダには三姉妹のようにタイツを纏って欲しかったが、惜しい事に手持ちがなかった。
ここが現代なら!と悔しく思ったサイトである。
閑話休題。
変態貴族モットに身請けされたシエスタを救い出そうと、サイトとマチルダはモットの屋敷に侵入を果たそうとしていた。
マチルダとした悪巧みにより、シエスタを奪還しようとしたサイトだったが、そこにはある問題が横たわっていた。
シエスタがモットにより身請けされたのは、正当な商取引の結果だということだ。
メイドとして主人に仕える、まったく問題のない雇用関係である。
そこに対価が払われているのなら、本来サイトがどうこう言う問題ではないのだ。
休日にでもデートできるならサイトとしては別にシエスタが学院にいなくても、少し寂しい気がするがしょうがないと納得できる。
しかし、今回は雇用主が変態であることが問題だった。
マルトーの弁でも、マチルダの情報でもこのモットーという貴族は最低の貴族だった。
貴族の権威を笠に来て、平民の若く美しい娘に目をつけると自分の屋敷に買い入れ、夜の相手込みのメイドとして雇っているのである。
相手が嫌がろうがお構いなしに、金と貴族の魔法と言う暴力で平民の美女を食い漁っている。
あまつさえサイトの周りにいる女の子に手を出そうとは、こやつは命が惜しくないらしい。
美女、美少女の敵はサイトの敵である。
初めから殲滅対象だったが、マチルダの情報を聞き、サイトは決意を新たにした。
だが、単純にモットの屋敷に忍び込みシエスタを助け出せば言いと言う話ではない。
前述したように変態は下心満載だったとはいえ、シエスタと正式な雇用関係を結んでいる。
ゆえにただシエスタを救い出し、学院に連れ戻してもその雇用関係の事実がある限り、シエスタは連れ戻されてしまう。
トリステインの警察機構も法も変態貴族の味方である。
モットが変態である事を理由に訴えても無駄だろう。
なぜならこの世界は貴族が支配する世界だからだ。
貴族というものは誇り高い一部の貴族を除き、概ね平民を使い捨てのきく道具のように扱っている。
食堂での一件を見ても明白だ。
ならばどうすればいいのか?
マチルダはサイトに言った。
「簡単だよ、対価を払うことをできなくすればいい、ついでに貴族として不名誉なことをさしてやれば完璧さ。例えば素っ裸にして王族の寝室に放り込むとかね!」
クスクスと笑いながら言う、マチルダの目はドロドロと様々な情念が渦巻くように濁っている。
サイトはそれを見ながらゴクリと唾を飲み込んだ。
マチルダの弁にこもる感情はサイトのそれよりドロリとした怨念がこもっているようだった。
貴族や王族に対するマチルダの恨み辛みは相当深いのかもしれない。
サイトはマチルダのその感情を悪いとは思わない。
マチルダの家名がなぜ取り潰されたかという詳しい理由は知らないが、ここまで王族や貴族を恨むというのには、それ相応の理由があるのだろうし、それに対して復讐したいと思うのは当たり前の感情だと思う。
その感情のおかげで絶望から立ち直れる事もあるだろうし、前に進む力を得る事もある。
が、いつまでもその感情に囚われているのはよくないと思えた。
なぜなら、その感情に囚われすぎると前に進めなくなるからだ。
いつか何とかできればいいのにと思うが、今はシエスタについて考えるときである。
マチルダの提案について考える。
前者は正当な雇用関係の形を崩せばいいということだろう。
変態貴族を破産させて、シエスタに給料を支払うことが出来なくすればいいということだ。
だが貴族に搾取されるのが普通のこの世界、それだけでうまくいくかは疑問だ。
明らかに怪盗であるマチルダの趣味も入っている。
変態貴族の財産を根こそぎ奪えば、それはもう貴族の慌てふためく様を見れるだろう。
貴重なマジックアイテムではないのは、この際二の次なのかもしれない。
後者はもうサイトとしても恐ろしくてならない。
満員電車で痴漢されたと偽って、慰謝料と男の社会的信用を根こそぎ奪う女子高生のような暴挙である。
それでも僕はやってないと主張しようと、有罪判定なのである。
しかも素っ裸にして王族の部屋に放り込むって、死刑になるんじゃないか?
王に家名を取り潰されたマチルダの恨みがたぶんに含まれている陰謀だ。
黒い、黒いよ、マチルダさん。
だが……そこがいい。
はじめサイトはこんな変態はサクッとやってしまってもかまわないんじゃないかと考えてしまったが、サイト自身4年前にかたぎに戻った身である。
いまさらバイオレンス・デストロイに走って、警察のお世話になるのはごめんこうむりたい。
マチルダの提案は多分に彼女の私情が混じっている気がしたが、モットという貴族を破滅させるには十分だった。
無理矢理女を手篭めにするような最低の男には似合いの最後である。
マチルダとサイトはマチルダの部屋の中、ボーッとロウソクで薄暗く互いの顔を照らし出させながら、ニヤリと含み笑ったのだった。
そんな風に悪巧みを回想していたサイトにマチルダの声がかかる。
「行くよ、サイト!まず宝物庫だ!」
そう言って天窓から侵入を果たすマチルダをサイトは慌てて追いかけた。
記されなかった使い魔 その九
宝物庫は簡単に見つかった。
マチルダの下調べでも位置は掴んでいたし、見張りの兵士がそこに陣取っていればいやでも目立ってしまう。
後は簡単だ、サイトは目にも止まらぬ速さで近づき、相手が意識するまもなく昏倒させる。
念のためマチルダが魔法を使って深く眠らせる。
その後も二人は打ち合わせどうりに行動した。
サイトがデルフリンガーを抜き放つ。
「いくぜ、デルフ」
「おうよ、サイト」
背中から抜き打ちざまに神速の速度で縦横に駆けたインテリジェンスソードは、瞬く間に宝物庫の厚い扉を四角く切り裂いた。
固定化の魔法がかかっていただろうに、そんなものはものともしない。
その速度は、すぐ傍で見ていたマチルダにも手がぶれたと思ったら、いつの間にか剣は元の背中に戻されており扉は切り裂かれているというまさしく目にも映らないもので、改めてサイトの実力をマチルダに知らしめるものだった。
二人は倒れた兵士を宝物庫の中に運び入れる。
そして、マチルダが錬金で扉を元どうりに偽装する。
切り裂かれた扉がゆっくりと偽装されていく様は、サイトが見るに現代で使えたら銀行破りもやり放題というほど完璧な偽装工作手段だった。
マチルダが捕まらなかったわけである。
宝物庫の中には様々なものが雑多に置かれていた。
金貨なども多いが、なぜか本も多い。
その一つを手に持ってみる。
書かれた文字を見て目を見張った。
日本語である。
「ゼロの使い魔 第一巻」
明らかにライトノベルだ。
ルイズに似た桃色の髪の少女が表紙に描かれている。
中を確認してみようと開いてみたら、残念な事に黒く汚れていて判別は不可能だった。
「モットの奴は平民の女を買い漁ることでも有名だけど、ビブリオマニアでも有名なのさ。そいつもモットのコレクションの一つだろうね」
サイトと同じく本の一冊を取り上げながらマチルダは言った。
それは「R.O.D 第一巻」と言う言葉とともに、表紙に眼鏡の女が描かれている。
コレクションするほどのものだろうか?
サイトの世界ではありふれたものである。
まぁ、この世界には本来ないものだからこんな風に宝物扱いされる事もあるのかもしれないが、貴族連中がこれを宝だ、宝だと集めて悦に入っているかと思うと思わず吹き出してしまうサイトだった。
「何笑ってんだい、サイト?さぁ、さっさっと始めるよ」
まだ笑いの発作が収まらないサイトだったが、無理矢理それを押さえつけて宝物庫の奥の壁をまたもやデルフリンガーで切り裂く。
50センチ近くもある厚い壁だったが、サイトは容易く切り裂いた。
そして、今度は思いっきりその壁を押し出した。
サイトの怪力に四方1.5メートルほどの壁はものすごいスピードで飛んで行き、かなり遠くまで飛んでいく。
これですぐ傍で壁が落着し大きな音を出す事もない。
あとは簡単である。
サイトとマチルダは手早く宝物庫の中のものを、用意していた袋に詰め始めた。
そして次々とサイトの怪力で指定の場所まで放り投げる。
そこは2キロほど先のマチルダが魔法で作った沼地であり、袋を落着のショックから守るためのもだった。
そして沼の奥に宝物を隠すのだ。
すべての袋に宝物を詰め、すべての袋をサイトが放り投げるまで30分もかかっていない。
驚きの泥棒劇だった。
サイトとマチルダが組めばトリステイン中の貴族をスッカラカンにすることも可能かもしれない。
マチルダは最後に「土くれのフーケ参上 貴殿のお宝すべて貰い受けました」と書かれたカードを部屋の真ん中に置く。
密かにそれにはサイトの手でネコのマークがかかれており、新しい土くれのフーケのマークとなってくれる事を期待したりしているサイトである。
マチルダとサイトは充実の仕事をこなしたいい笑顔で笑いあう。
そして次の行動を開始した。
モットの部屋もまた簡単に見つかった。
下調べもしていたし、この屋敷で一番広い部屋なのだから簡単だ。
天井裏から覗き込むように部屋を見る。
そして、サイトは頭をゴツンと殴られたような衝撃を受けた。
シエスタが泣いている。
「いや、いや、止めて!」と圧しかかる男を払いのけようとしながら悲痛な悲鳴を上げている。
学院のものとは違う紅いメイド服を無残に破られながら、その乳房を男の手で痕がつくほどに強く揉まれながら組み敷かれている。
男はシエスタが嫌がる様子に、いやらしい聞くだけで嫌悪をもよおす笑い声を上げながら嬉々としてシエスタを犯そうとしていた。
サイトの目の前が真っ赤に染まる。
何をしているんだこいつは?
嫌がってるだろ?
悲痛な悲鳴を上げてるだろ?
心が壊されそうで、絶望に瞳が曇っているのがわからないのか?
どうしてこんな最低の下種な事ができるんだ!
「助けて、助けて、サイトさーーーーーーん!」
そのシエスタの悲鳴がサイトの限界だった。
天井裏を蹴破って、男がシエスタを組み敷いているベットの上に降り立つ。
そして、そのまま男の頭を蹴りつけた。
弾かれるように吹き飛んだ男は、床にバウンドして壁に叩きつけられた。
もちろん手加減はした。
思わず本気で蹴って、頭をスイカのように破裂させるところだったが、それはギリギリのところで思いとどまった。
簡単に殺してしまっては、もったいない。
こいつは絶望を味合わせてからなぶり殺しにしてやる。
怒りで真っ赤に染まったサイトの視界の中、クズがヨロヨロと立ち上がり、杖を構える。
それでいい。
貴族というこの下種が驕り高ぶる原因になった魔法の力をすべて貶めてから殺してやる。
サイトの中で、サイトの意志とブリミルにより封印されていたルーンの枷が一つ外れかかる。
それは虚無の第四のルーンによる精神防御。
どんな残酷な事だろうと鼻歌交じりで行えるようにするためのルーンによる精神操作だった。
幼いサイトにブリミルが施した苦肉の策である。
ヴァリヤーグとの戦いの中、殺すのに躊躇を覚え何度も危険を迎えたサイトを助けるためルーンに組み込まれた防御策だ。
非人道的なものだが、当時のサイトはこんなものでもなければ殺し合いの連鎖に狂っていただろう。
平和なときを過ごす事になるサイトには必要なかろうと封印されたルーンの力である。
その枷が外れようとしていた。
モットが杖を振るう。
花瓶に向かって振るわれたそれは、中の水を何十倍にも増やしながら波濤の魔法となってサイトに襲い掛かる。
サイトはそれを微動だにすることなく受けた。
「賊が!この波濤のモットの一撃を見たか!」
変態が得意がっている。
馬鹿が!
技と受けてやったのだ。
下種が寄る辺としている魔法の力を尽く否定してやるために!
サイトはデルフリンガーを振るう。
神速で振るわれたそれは衝撃波を伴って、水流を消し飛ばした。
唖然とする変態を冷たく見つめながら、一歩サイトは前に進む。
変態はそれを見て、次々と杖を振るう。
サイトに向かって次々と水の奔流が襲い掛かり、サイトをその中に飲み込もうと牙をむく。
それをデルフを使って次々と消し飛ばした。
サイトに当る直前で魔法のように消える自らの魔法に、変態は顔を真っ青に染めていく。
変態の目にはサイトが振るうデルフはあまりの神速のせいで見えず、ただ自身の魔法がわけもわからず無効化されているように思えただろう。
魔法と言う力で傲慢に生きている下種は、それを否定されれば自らの立つべき場所を失う。
それは足元にある大地を失い、奈落のそこに落ちるような衝撃だろう。
ようやく立ち上がったというのにふらついて尻餅をつき、涙ながらに杖を振るう変態は醜かった。
魔法なんていうブリミルの部族の血筋を引いたおかげでたまたま使える能力を、優れた証として平民を虐げる理由にしていたこいつにはそれを否定された挙句に惨たらしく死ぬのがふさわしい。
さぁ、その四肢バラバラに切り裂いてそっ首刈り取って荒野に野ざらしにしてくれる。
死ぬのは貴様だけじゃない、親類縁者貴様のような貴族を生んだすべてを壊して無に返してやる。
サイトがブリミルの部族を守ったのは断じてこんな下種を生み出すためではない。
サイトが守ったためにこんなやつらを大量に生み出したと言うのならサイトには責任を取る必要があった。
これはその始まりの狼煙だ。
精々惨たらしく凄惨に惨殺してやる。
サイトがデルフを軽く振るう。
剣は変態の頬を浅く切り裂いた。
変態の瞳に恐怖が宿る。
そうだそれでいい。
シエスタに与えた恐怖の何分の一かでも味わった後に死ぬがいい。
サイトは剣を振るい続ける。
浅く皮膚を切り裂き続けられた変態は容易く泡を吹いて気絶した。
サイトはそれを許さない。
腹を蹴りつけ無理矢理叩き起こす。
そして同じことを繰り返す。
今度はもう少し深く肉に食い込むように剣を振るう。
そうしながらサイトは薄く薄く笑った。
それは禍々しい笑みだった。
デルフがようやくサイトのその様子に気づく。
「相棒?まずい!ブリミルの封印が解けかけてる!おい姉さん、そこで見てないでサイトを止めろ!このままじゃ、サイトが完全に狂化する。完全に狂化しちゃ、サーシャがいないんじゃ元に戻す事ができねぇ。へたすりゃこの辺り一体、いやこの国が灰燼と化しちまう!」
シエスタに自身のマントを渡していたマチルダは、サイトの突然の変貌に呆然としていたがデルフの言に正気を取り戻した。
急いで杖を振るう。
形作られた土のゴーレムがサイトを止めるためにその拳を振るう。
しかし、その一瞬後には跡形もなく消滅した。
サイトはゴーレムのほうを見向きもしていない。
何をされたかもわからない、本当に瞬く間もない出来事だった。
「おいおい、どうしろっていうんだい?」
マチルダの力ではサイトの注意を引くこともできない。
これほど自身の魔法の力を心もとなくマチルダが感じた事は初めてのことだった。
無力感がマチルダを襲う。
マチルダとしても何とかサイトを正気に戻してやりたかった。
短い付き合いの二人だが、体を許してやるぐらいにはマチルダはサイトのことを気に入っている。
根が単純で一本気で偏見の目を持たない少年、後味が悪いなんて理由で貴族に反抗しようとする気概を持つ馬鹿な少年はマチルダにとってとても好ましい少年だった。
この少年ならマチルダの大切な妹を紹介してもいいと思うほどだ。
その少年が狂ったように笑みを浮かべながら貴族を惨殺しようとする様は恐怖を通り越して痛ましく見える。
これは少年自身が望んだことではないと思う。
インテリジェンスソードが言うとおり、何か理由があってのことだと思う。
なんとかしてやりたかった。
だが、そのための手段がマチルダにはないように思われた。
しかし、傍らの少女はそうは思わなかったらしい。
弾かれたように飛び出していく。
そして、少女は少年を止めるように、少年に抱きついた。
「サイトさん、私は無事ですもうやめてください!そんなサイトさん見たくないです!」
それだけで少年の動きが鈍る。
マチルダは苦笑した。
少女の非力さであの少年を抑えることなどできるわけがない。
ならばなぜ動きが鈍ったのか?
簡単だ、あの馬鹿な少年は狂いそうになりながらも大切なものを傷つける事を自身に許していない。
貴族の力を否定して、貴族を王族を憎んでいたマチルダもやはり自身の魔法の力を過信していたらしい。
魔法の力は絶対じゃない、そんな魔法の力より確かな力が少女にも自分にも使えるのかもしれなかった。
少女に続いてマチルダも少年の元に駆ける。
そして今にも剣を振り下ろそうとする少年を正面から抱きしめたやった。
「ほら、馬鹿なことやってないで正気に戻りな!似合わないよ、サイト」
それだけでサイトの動きが止まった。
なにやら微妙な顔をしながらも明らかに正気を取り戻した少年をマチルダは見た。
こんな単純なことで魔法には出来なかったことを可能にする事ができるのだから、魔法なんて力は本当は大したことがない力なのだろう。
本当の力というのは自身を省みずに飛び出した目の前の恋する乙女に宿っているような力なのかもしれない、そんなことを思うマチルダは馬鹿なことを考えたと再び苦笑するのだった。
サイト自身は二人の美女、美少女に抱きしめられながら微妙な感情をもてあましていた。
正直二人に抱きつかれているの気持ちいいし、うれしい。
だが、自身が正気を取り戻した理由を思うと正直微妙だった。
サイトが正気を取り戻したのは別にシエスタの懇願でもマチルダの言葉のおかげでもなかった。
ありていに言うと胸の感触である。
おっぱいである。
抱きつかれたせいでムニュという胸の感触がサイトに伝わった。
それのおかげでサイトは目の前で変態を切り刻むより、そちらに神経を集中する事に優先順位をおいてしまったのだ。
そして、その感触を感じるうちにある記憶がサイトの脳裏で再生された。
サイトがまだブリミルの使い魔として戦いに明け暮れていたころ、サイトをいつも正気に戻したのはサーシャの抱擁だった。
優しく柔らかく抱きしめてくれたサーシャ。
戦いの後、自身の行いに恐れ戦くサイトを癒してくれたのはいつもサーシャだった。
その豊満な胸にサイトを抱きしめ、ずっと傍にいてくれたのだ。
その思い出がサイトの脳裏に蘇る。
そして、最後にサーシャが怒った顔で「ダメよ、サイト!」とサイトを叱るイメージ再生されて一気にサイトは正気を取り戻したのだった。
危ないところだったとサイトは思う。
狂化したサイトはまさにバーサーカー、自身が味方だと判断したもの以外は尽く灰燼に帰すまで止まらない。
さっきまでの考えなら貴族王族を皆殺しにするまで止まらなかっただろう。
馬鹿な考えだ、貴族にだっていいやつはいる。
その逆に平民にだって悪いやつはいて、そんなのは人それぞれだ。
それを一概にひとくくりにしてしまうの愚かな事だ。
と、そんなことより自身が正気を取り戻した理由を思ってサイトはなんだか情けなく感じていた。
結局サイトはマザコンなのである。
マザコンが悪いとは言わない。
サイトは声を大にしてサーシャが好きだといえるぐらいマザコンであることを自覚している。
だが、自身の巨乳好きの源泉をたどると結局のところサーシャが巨乳だったところに行き着くのだと思うと、なにやら巨乳好きであることに対する自信が薄れてしまう。
男が巨乳を求めるのは母性を求める事に理由があるのだとサイトはどこからか聞いて知っていたが、改めてそれを突きつけられるとどうにも微妙な思いを持ってしまうサイトだった。
しかし、後にサイトは神の乳と出会うことになる。
その時サイトは雷のような天啓とともに閃くのである。
母性とかそんなの関係ない「大きいという事はいいことなのだ!」と。
だが、取り合えず今は「なんだかな~」と自身に対して微妙な感情を抱くサイトだった。
そして今、サイトは王城の王女の寝室に忍び込んでいる。
サイトの身体能力を生かせば王城に忍び込む事も容易かった。
しかし、そのサイトの顔は心底嫌そうだった。
その理由は彼の手の先にある男にあった。
変態である。
もともとモットは変態なのだが、今は輪をかけて変態だ。
なぜか亀甲縛りをされている変態がそこにいた。
そして、サイトはその男を縛った縄を持っている。
何この罰ゲームとサイトは心底嫌そうにはき捨てた。
素っ裸で男を連れて王城に侵入するだけでも、それを見られたらサイトの人生が崩壊してしまうというのに、ましてや亀甲縛りの男を連れて侵入しているのを見られたらサイトの精神が崩壊してしまう。
あまつさえ何のプレイだ? と聞かれようものなら全力で投身自殺を図ってしまいそうだった。
変態に亀甲縛りを施したのはマチルダだった。
何ゆえそんなことをするのか? とたずねたサイトだったが、マチルダは念には念を入れてと答えた。
どうしてそんな技術を持っているのか? と尋ねたサイトに帰ってきたのはマチルダのいい笑顔だった。
ブルブルブルとサイトは首を振る。
うかつな事を聞くものではない。
タラーっとマチルダのいい笑顔を思い出して冷や汗を流したサイトだったが、さっさと仕事を終わらせて帰ろうと先を急いだ。
亀甲縛りにしたその縄を天井のシャンデリアにくくりつけて、モットを宙吊りにする。
成仏してくれモット。
そう思いながら手を合わせる。
そして、部屋から出ようとしたサイトだったが、どうせなら王女様の顔を拝んでやろうかとベットに近寄った。
ブリミルの直系の王女だというのだから、ルイズとそっくりの貧乳なのかとも思ったがベットの中でスヤスヤと眠る少女はとても美しく、シーツを押し上げるその胸はかなりの巨乳であることを予想させた。
サイト好みの直球の美少女である。
これはと思わずその顔に顔を寄せてしまったサイトだったが、これじゃあそこの亀甲縛りの変態と同じじゃないかと自嘲して顔を離した。
その時、どうしてかスヤスヤと眠っていた王女の目が開いた。
思わず見詰め合ってしまうサイトと王女。
これは不味いんじゃないかとサイトが身を翻すのと王女が正気づいて悲鳴を上げるのはほとんど同時だった。
サイトは王女の寝室のバルコニーから弾丸のように飛び出して蚤のように跳ねながらトリステインの町に消えた。
その夜、トリステインの王城は火を吹くような騒ぎで夜を通して篝火がたかれ、王女の部屋に侵入した賊を捕らえようとトリステインは警邏の衛士が走り回った。
しかし、その時サイトはすでに全速力でマチルダとシエスタが待つ王城と魔法学院との中間距離にある場所に到達しており、サイトが捕まる事はなかった。
そして、魔法学院へと二人を担いで5分ほどで踏破し、マチルダの部屋へ三人でなだれ込んで眠りに付いたのだ。
そして、翌日、学院どころかトリステイン中に響き渡った知らせを聞いてサイトは呆然と膝をついた。
モットが変態として家名取り潰しになり捕らえられたと言うのはいい。
だが、そのモットのSMのご主人様としてサイトが指名手配されたのは予定外どころの話ではなかった。
王女の寝所に忍び込みSMプレイを行った変態の相方と、サイトは思われているのである。
王女自身はサイトの顔をよく覚えていなかったらしく、男であることしかその姿なりは伝わっていないのだが、その正体は紛れもなくサイトであった。
王女がサイトの顔を覚えていないのは僥倖だった。
もし覚えていて似顔絵でも描かれて指名手配されたらサイトは手首を切って死んだだろう。
苦虫を噛み潰したような顔をするサイトの後ろではマチルダが声を出して大笑いし、シエスタが気の毒そうな顔をしながらも時折口元を手で隠している。
不幸である、悲劇である。
そしてこの後、失意の中、ご主人様の元に帰ったサイトは怒り狂ったご主人様に追い討ちのお仕置きをされるのだった。
でもまぁ、それについてはいつものことだったりするのである。
「なおさら不幸だーーーー!ぎゃーーーーーーー」
サイトの悲鳴が学院中に木霊した。
サイトはいつもどおりのパーカーにデルフを肩に背負った格好、マチルダは顔を隠すように土くれのフーケとしてのマントを被っていた。
「いや、怪盗のテーマソングといえばこれかなと……」
サイトの頭の中で女の怪盗と言えばキャッ●・アイだった。
歌っていた鼻歌はもちろんアニメの主題歌である。
あとはルパン、ルパ~~ンと歌ってもいいが、奴は男である。
サイトとしてはマチルダには三姉妹のようにタイツを纏って欲しかったが、惜しい事に手持ちがなかった。
ここが現代なら!と悔しく思ったサイトである。
閑話休題。
変態貴族モットに身請けされたシエスタを救い出そうと、サイトとマチルダはモットの屋敷に侵入を果たそうとしていた。
マチルダとした悪巧みにより、シエスタを奪還しようとしたサイトだったが、そこにはある問題が横たわっていた。
シエスタがモットにより身請けされたのは、正当な商取引の結果だということだ。
メイドとして主人に仕える、まったく問題のない雇用関係である。
そこに対価が払われているのなら、本来サイトがどうこう言う問題ではないのだ。
休日にでもデートできるならサイトとしては別にシエスタが学院にいなくても、少し寂しい気がするがしょうがないと納得できる。
しかし、今回は雇用主が変態であることが問題だった。
マルトーの弁でも、マチルダの情報でもこのモットーという貴族は最低の貴族だった。
貴族の権威を笠に来て、平民の若く美しい娘に目をつけると自分の屋敷に買い入れ、夜の相手込みのメイドとして雇っているのである。
相手が嫌がろうがお構いなしに、金と貴族の魔法と言う暴力で平民の美女を食い漁っている。
あまつさえサイトの周りにいる女の子に手を出そうとは、こやつは命が惜しくないらしい。
美女、美少女の敵はサイトの敵である。
初めから殲滅対象だったが、マチルダの情報を聞き、サイトは決意を新たにした。
だが、単純にモットの屋敷に忍び込みシエスタを助け出せば言いと言う話ではない。
前述したように変態は下心満載だったとはいえ、シエスタと正式な雇用関係を結んでいる。
ゆえにただシエスタを救い出し、学院に連れ戻してもその雇用関係の事実がある限り、シエスタは連れ戻されてしまう。
トリステインの警察機構も法も変態貴族の味方である。
モットが変態である事を理由に訴えても無駄だろう。
なぜならこの世界は貴族が支配する世界だからだ。
貴族というものは誇り高い一部の貴族を除き、概ね平民を使い捨てのきく道具のように扱っている。
食堂での一件を見ても明白だ。
ならばどうすればいいのか?
マチルダはサイトに言った。
「簡単だよ、対価を払うことをできなくすればいい、ついでに貴族として不名誉なことをさしてやれば完璧さ。例えば素っ裸にして王族の寝室に放り込むとかね!」
クスクスと笑いながら言う、マチルダの目はドロドロと様々な情念が渦巻くように濁っている。
サイトはそれを見ながらゴクリと唾を飲み込んだ。
マチルダの弁にこもる感情はサイトのそれよりドロリとした怨念がこもっているようだった。
貴族や王族に対するマチルダの恨み辛みは相当深いのかもしれない。
サイトはマチルダのその感情を悪いとは思わない。
マチルダの家名がなぜ取り潰されたかという詳しい理由は知らないが、ここまで王族や貴族を恨むというのには、それ相応の理由があるのだろうし、それに対して復讐したいと思うのは当たり前の感情だと思う。
その感情のおかげで絶望から立ち直れる事もあるだろうし、前に進む力を得る事もある。
が、いつまでもその感情に囚われているのはよくないと思えた。
なぜなら、その感情に囚われすぎると前に進めなくなるからだ。
いつか何とかできればいいのにと思うが、今はシエスタについて考えるときである。
マチルダの提案について考える。
前者は正当な雇用関係の形を崩せばいいということだろう。
変態貴族を破産させて、シエスタに給料を支払うことが出来なくすればいいということだ。
だが貴族に搾取されるのが普通のこの世界、それだけでうまくいくかは疑問だ。
明らかに怪盗であるマチルダの趣味も入っている。
変態貴族の財産を根こそぎ奪えば、それはもう貴族の慌てふためく様を見れるだろう。
貴重なマジックアイテムではないのは、この際二の次なのかもしれない。
後者はもうサイトとしても恐ろしくてならない。
満員電車で痴漢されたと偽って、慰謝料と男の社会的信用を根こそぎ奪う女子高生のような暴挙である。
それでも僕はやってないと主張しようと、有罪判定なのである。
しかも素っ裸にして王族の部屋に放り込むって、死刑になるんじゃないか?
王に家名を取り潰されたマチルダの恨みがたぶんに含まれている陰謀だ。
黒い、黒いよ、マチルダさん。
だが……そこがいい。
はじめサイトはこんな変態はサクッとやってしまってもかまわないんじゃないかと考えてしまったが、サイト自身4年前にかたぎに戻った身である。
いまさらバイオレンス・デストロイに走って、警察のお世話になるのはごめんこうむりたい。
マチルダの提案は多分に彼女の私情が混じっている気がしたが、モットという貴族を破滅させるには十分だった。
無理矢理女を手篭めにするような最低の男には似合いの最後である。
マチルダとサイトはマチルダの部屋の中、ボーッとロウソクで薄暗く互いの顔を照らし出させながら、ニヤリと含み笑ったのだった。
そんな風に悪巧みを回想していたサイトにマチルダの声がかかる。
「行くよ、サイト!まず宝物庫だ!」
そう言って天窓から侵入を果たすマチルダをサイトは慌てて追いかけた。
記されなかった使い魔 その九
宝物庫は簡単に見つかった。
マチルダの下調べでも位置は掴んでいたし、見張りの兵士がそこに陣取っていればいやでも目立ってしまう。
後は簡単だ、サイトは目にも止まらぬ速さで近づき、相手が意識するまもなく昏倒させる。
念のためマチルダが魔法を使って深く眠らせる。
その後も二人は打ち合わせどうりに行動した。
サイトがデルフリンガーを抜き放つ。
「いくぜ、デルフ」
「おうよ、サイト」
背中から抜き打ちざまに神速の速度で縦横に駆けたインテリジェンスソードは、瞬く間に宝物庫の厚い扉を四角く切り裂いた。
固定化の魔法がかかっていただろうに、そんなものはものともしない。
その速度は、すぐ傍で見ていたマチルダにも手がぶれたと思ったら、いつの間にか剣は元の背中に戻されており扉は切り裂かれているというまさしく目にも映らないもので、改めてサイトの実力をマチルダに知らしめるものだった。
二人は倒れた兵士を宝物庫の中に運び入れる。
そして、マチルダが錬金で扉を元どうりに偽装する。
切り裂かれた扉がゆっくりと偽装されていく様は、サイトが見るに現代で使えたら銀行破りもやり放題というほど完璧な偽装工作手段だった。
マチルダが捕まらなかったわけである。
宝物庫の中には様々なものが雑多に置かれていた。
金貨なども多いが、なぜか本も多い。
その一つを手に持ってみる。
書かれた文字を見て目を見張った。
日本語である。
「ゼロの使い魔 第一巻」
明らかにライトノベルだ。
ルイズに似た桃色の髪の少女が表紙に描かれている。
中を確認してみようと開いてみたら、残念な事に黒く汚れていて判別は不可能だった。
「モットの奴は平民の女を買い漁ることでも有名だけど、ビブリオマニアでも有名なのさ。そいつもモットのコレクションの一つだろうね」
サイトと同じく本の一冊を取り上げながらマチルダは言った。
それは「R.O.D 第一巻」と言う言葉とともに、表紙に眼鏡の女が描かれている。
コレクションするほどのものだろうか?
サイトの世界ではありふれたものである。
まぁ、この世界には本来ないものだからこんな風に宝物扱いされる事もあるのかもしれないが、貴族連中がこれを宝だ、宝だと集めて悦に入っているかと思うと思わず吹き出してしまうサイトだった。
「何笑ってんだい、サイト?さぁ、さっさっと始めるよ」
まだ笑いの発作が収まらないサイトだったが、無理矢理それを押さえつけて宝物庫の奥の壁をまたもやデルフリンガーで切り裂く。
50センチ近くもある厚い壁だったが、サイトは容易く切り裂いた。
そして、今度は思いっきりその壁を押し出した。
サイトの怪力に四方1.5メートルほどの壁はものすごいスピードで飛んで行き、かなり遠くまで飛んでいく。
これですぐ傍で壁が落着し大きな音を出す事もない。
あとは簡単である。
サイトとマチルダは手早く宝物庫の中のものを、用意していた袋に詰め始めた。
そして次々とサイトの怪力で指定の場所まで放り投げる。
そこは2キロほど先のマチルダが魔法で作った沼地であり、袋を落着のショックから守るためのもだった。
そして沼の奥に宝物を隠すのだ。
すべての袋に宝物を詰め、すべての袋をサイトが放り投げるまで30分もかかっていない。
驚きの泥棒劇だった。
サイトとマチルダが組めばトリステイン中の貴族をスッカラカンにすることも可能かもしれない。
マチルダは最後に「土くれのフーケ参上 貴殿のお宝すべて貰い受けました」と書かれたカードを部屋の真ん中に置く。
密かにそれにはサイトの手でネコのマークがかかれており、新しい土くれのフーケのマークとなってくれる事を期待したりしているサイトである。
マチルダとサイトは充実の仕事をこなしたいい笑顔で笑いあう。
そして次の行動を開始した。
モットの部屋もまた簡単に見つかった。
下調べもしていたし、この屋敷で一番広い部屋なのだから簡単だ。
天井裏から覗き込むように部屋を見る。
そして、サイトは頭をゴツンと殴られたような衝撃を受けた。
シエスタが泣いている。
「いや、いや、止めて!」と圧しかかる男を払いのけようとしながら悲痛な悲鳴を上げている。
学院のものとは違う紅いメイド服を無残に破られながら、その乳房を男の手で痕がつくほどに強く揉まれながら組み敷かれている。
男はシエスタが嫌がる様子に、いやらしい聞くだけで嫌悪をもよおす笑い声を上げながら嬉々としてシエスタを犯そうとしていた。
サイトの目の前が真っ赤に染まる。
何をしているんだこいつは?
嫌がってるだろ?
悲痛な悲鳴を上げてるだろ?
心が壊されそうで、絶望に瞳が曇っているのがわからないのか?
どうしてこんな最低の下種な事ができるんだ!
「助けて、助けて、サイトさーーーーーーん!」
そのシエスタの悲鳴がサイトの限界だった。
天井裏を蹴破って、男がシエスタを組み敷いているベットの上に降り立つ。
そして、そのまま男の頭を蹴りつけた。
弾かれるように吹き飛んだ男は、床にバウンドして壁に叩きつけられた。
もちろん手加減はした。
思わず本気で蹴って、頭をスイカのように破裂させるところだったが、それはギリギリのところで思いとどまった。
簡単に殺してしまっては、もったいない。
こいつは絶望を味合わせてからなぶり殺しにしてやる。
怒りで真っ赤に染まったサイトの視界の中、クズがヨロヨロと立ち上がり、杖を構える。
それでいい。
貴族というこの下種が驕り高ぶる原因になった魔法の力をすべて貶めてから殺してやる。
サイトの中で、サイトの意志とブリミルにより封印されていたルーンの枷が一つ外れかかる。
それは虚無の第四のルーンによる精神防御。
どんな残酷な事だろうと鼻歌交じりで行えるようにするためのルーンによる精神操作だった。
幼いサイトにブリミルが施した苦肉の策である。
ヴァリヤーグとの戦いの中、殺すのに躊躇を覚え何度も危険を迎えたサイトを助けるためルーンに組み込まれた防御策だ。
非人道的なものだが、当時のサイトはこんなものでもなければ殺し合いの連鎖に狂っていただろう。
平和なときを過ごす事になるサイトには必要なかろうと封印されたルーンの力である。
その枷が外れようとしていた。
モットが杖を振るう。
花瓶に向かって振るわれたそれは、中の水を何十倍にも増やしながら波濤の魔法となってサイトに襲い掛かる。
サイトはそれを微動だにすることなく受けた。
「賊が!この波濤のモットの一撃を見たか!」
変態が得意がっている。
馬鹿が!
技と受けてやったのだ。
下種が寄る辺としている魔法の力を尽く否定してやるために!
サイトはデルフリンガーを振るう。
神速で振るわれたそれは衝撃波を伴って、水流を消し飛ばした。
唖然とする変態を冷たく見つめながら、一歩サイトは前に進む。
変態はそれを見て、次々と杖を振るう。
サイトに向かって次々と水の奔流が襲い掛かり、サイトをその中に飲み込もうと牙をむく。
それをデルフを使って次々と消し飛ばした。
サイトに当る直前で魔法のように消える自らの魔法に、変態は顔を真っ青に染めていく。
変態の目にはサイトが振るうデルフはあまりの神速のせいで見えず、ただ自身の魔法がわけもわからず無効化されているように思えただろう。
魔法と言う力で傲慢に生きている下種は、それを否定されれば自らの立つべき場所を失う。
それは足元にある大地を失い、奈落のそこに落ちるような衝撃だろう。
ようやく立ち上がったというのにふらついて尻餅をつき、涙ながらに杖を振るう変態は醜かった。
魔法なんていうブリミルの部族の血筋を引いたおかげでたまたま使える能力を、優れた証として平民を虐げる理由にしていたこいつにはそれを否定された挙句に惨たらしく死ぬのがふさわしい。
さぁ、その四肢バラバラに切り裂いてそっ首刈り取って荒野に野ざらしにしてくれる。
死ぬのは貴様だけじゃない、親類縁者貴様のような貴族を生んだすべてを壊して無に返してやる。
サイトがブリミルの部族を守ったのは断じてこんな下種を生み出すためではない。
サイトが守ったためにこんなやつらを大量に生み出したと言うのならサイトには責任を取る必要があった。
これはその始まりの狼煙だ。
精々惨たらしく凄惨に惨殺してやる。
サイトがデルフを軽く振るう。
剣は変態の頬を浅く切り裂いた。
変態の瞳に恐怖が宿る。
そうだそれでいい。
シエスタに与えた恐怖の何分の一かでも味わった後に死ぬがいい。
サイトは剣を振るい続ける。
浅く皮膚を切り裂き続けられた変態は容易く泡を吹いて気絶した。
サイトはそれを許さない。
腹を蹴りつけ無理矢理叩き起こす。
そして同じことを繰り返す。
今度はもう少し深く肉に食い込むように剣を振るう。
そうしながらサイトは薄く薄く笑った。
それは禍々しい笑みだった。
デルフがようやくサイトのその様子に気づく。
「相棒?まずい!ブリミルの封印が解けかけてる!おい姉さん、そこで見てないでサイトを止めろ!このままじゃ、サイトが完全に狂化する。完全に狂化しちゃ、サーシャがいないんじゃ元に戻す事ができねぇ。へたすりゃこの辺り一体、いやこの国が灰燼と化しちまう!」
シエスタに自身のマントを渡していたマチルダは、サイトの突然の変貌に呆然としていたがデルフの言に正気を取り戻した。
急いで杖を振るう。
形作られた土のゴーレムがサイトを止めるためにその拳を振るう。
しかし、その一瞬後には跡形もなく消滅した。
サイトはゴーレムのほうを見向きもしていない。
何をされたかもわからない、本当に瞬く間もない出来事だった。
「おいおい、どうしろっていうんだい?」
マチルダの力ではサイトの注意を引くこともできない。
これほど自身の魔法の力を心もとなくマチルダが感じた事は初めてのことだった。
無力感がマチルダを襲う。
マチルダとしても何とかサイトを正気に戻してやりたかった。
短い付き合いの二人だが、体を許してやるぐらいにはマチルダはサイトのことを気に入っている。
根が単純で一本気で偏見の目を持たない少年、後味が悪いなんて理由で貴族に反抗しようとする気概を持つ馬鹿な少年はマチルダにとってとても好ましい少年だった。
この少年ならマチルダの大切な妹を紹介してもいいと思うほどだ。
その少年が狂ったように笑みを浮かべながら貴族を惨殺しようとする様は恐怖を通り越して痛ましく見える。
これは少年自身が望んだことではないと思う。
インテリジェンスソードが言うとおり、何か理由があってのことだと思う。
なんとかしてやりたかった。
だが、そのための手段がマチルダにはないように思われた。
しかし、傍らの少女はそうは思わなかったらしい。
弾かれたように飛び出していく。
そして、少女は少年を止めるように、少年に抱きついた。
「サイトさん、私は無事ですもうやめてください!そんなサイトさん見たくないです!」
それだけで少年の動きが鈍る。
マチルダは苦笑した。
少女の非力さであの少年を抑えることなどできるわけがない。
ならばなぜ動きが鈍ったのか?
簡単だ、あの馬鹿な少年は狂いそうになりながらも大切なものを傷つける事を自身に許していない。
貴族の力を否定して、貴族を王族を憎んでいたマチルダもやはり自身の魔法の力を過信していたらしい。
魔法の力は絶対じゃない、そんな魔法の力より確かな力が少女にも自分にも使えるのかもしれなかった。
少女に続いてマチルダも少年の元に駆ける。
そして今にも剣を振り下ろそうとする少年を正面から抱きしめたやった。
「ほら、馬鹿なことやってないで正気に戻りな!似合わないよ、サイト」
それだけでサイトの動きが止まった。
なにやら微妙な顔をしながらも明らかに正気を取り戻した少年をマチルダは見た。
こんな単純なことで魔法には出来なかったことを可能にする事ができるのだから、魔法なんて力は本当は大したことがない力なのだろう。
本当の力というのは自身を省みずに飛び出した目の前の恋する乙女に宿っているような力なのかもしれない、そんなことを思うマチルダは馬鹿なことを考えたと再び苦笑するのだった。
サイト自身は二人の美女、美少女に抱きしめられながら微妙な感情をもてあましていた。
正直二人に抱きつかれているの気持ちいいし、うれしい。
だが、自身が正気を取り戻した理由を思うと正直微妙だった。
サイトが正気を取り戻したのは別にシエスタの懇願でもマチルダの言葉のおかげでもなかった。
ありていに言うと胸の感触である。
おっぱいである。
抱きつかれたせいでムニュという胸の感触がサイトに伝わった。
それのおかげでサイトは目の前で変態を切り刻むより、そちらに神経を集中する事に優先順位をおいてしまったのだ。
そして、その感触を感じるうちにある記憶がサイトの脳裏で再生された。
サイトがまだブリミルの使い魔として戦いに明け暮れていたころ、サイトをいつも正気に戻したのはサーシャの抱擁だった。
優しく柔らかく抱きしめてくれたサーシャ。
戦いの後、自身の行いに恐れ戦くサイトを癒してくれたのはいつもサーシャだった。
その豊満な胸にサイトを抱きしめ、ずっと傍にいてくれたのだ。
その思い出がサイトの脳裏に蘇る。
そして、最後にサーシャが怒った顔で「ダメよ、サイト!」とサイトを叱るイメージ再生されて一気にサイトは正気を取り戻したのだった。
危ないところだったとサイトは思う。
狂化したサイトはまさにバーサーカー、自身が味方だと判断したもの以外は尽く灰燼に帰すまで止まらない。
さっきまでの考えなら貴族王族を皆殺しにするまで止まらなかっただろう。
馬鹿な考えだ、貴族にだっていいやつはいる。
その逆に平民にだって悪いやつはいて、そんなのは人それぞれだ。
それを一概にひとくくりにしてしまうの愚かな事だ。
と、そんなことより自身が正気を取り戻した理由を思ってサイトはなんだか情けなく感じていた。
結局サイトはマザコンなのである。
マザコンが悪いとは言わない。
サイトは声を大にしてサーシャが好きだといえるぐらいマザコンであることを自覚している。
だが、自身の巨乳好きの源泉をたどると結局のところサーシャが巨乳だったところに行き着くのだと思うと、なにやら巨乳好きであることに対する自信が薄れてしまう。
男が巨乳を求めるのは母性を求める事に理由があるのだとサイトはどこからか聞いて知っていたが、改めてそれを突きつけられるとどうにも微妙な思いを持ってしまうサイトだった。
しかし、後にサイトは神の乳と出会うことになる。
その時サイトは雷のような天啓とともに閃くのである。
母性とかそんなの関係ない「大きいという事はいいことなのだ!」と。
だが、取り合えず今は「なんだかな~」と自身に対して微妙な感情を抱くサイトだった。
そして今、サイトは王城の王女の寝室に忍び込んでいる。
サイトの身体能力を生かせば王城に忍び込む事も容易かった。
しかし、そのサイトの顔は心底嫌そうだった。
その理由は彼の手の先にある男にあった。
変態である。
もともとモットは変態なのだが、今は輪をかけて変態だ。
なぜか亀甲縛りをされている変態がそこにいた。
そして、サイトはその男を縛った縄を持っている。
何この罰ゲームとサイトは心底嫌そうにはき捨てた。
素っ裸で男を連れて王城に侵入するだけでも、それを見られたらサイトの人生が崩壊してしまうというのに、ましてや亀甲縛りの男を連れて侵入しているのを見られたらサイトの精神が崩壊してしまう。
あまつさえ何のプレイだ? と聞かれようものなら全力で投身自殺を図ってしまいそうだった。
変態に亀甲縛りを施したのはマチルダだった。
何ゆえそんなことをするのか? とたずねたサイトだったが、マチルダは念には念を入れてと答えた。
どうしてそんな技術を持っているのか? と尋ねたサイトに帰ってきたのはマチルダのいい笑顔だった。
ブルブルブルとサイトは首を振る。
うかつな事を聞くものではない。
タラーっとマチルダのいい笑顔を思い出して冷や汗を流したサイトだったが、さっさと仕事を終わらせて帰ろうと先を急いだ。
亀甲縛りにしたその縄を天井のシャンデリアにくくりつけて、モットを宙吊りにする。
成仏してくれモット。
そう思いながら手を合わせる。
そして、部屋から出ようとしたサイトだったが、どうせなら王女様の顔を拝んでやろうかとベットに近寄った。
ブリミルの直系の王女だというのだから、ルイズとそっくりの貧乳なのかとも思ったがベットの中でスヤスヤと眠る少女はとても美しく、シーツを押し上げるその胸はかなりの巨乳であることを予想させた。
サイト好みの直球の美少女である。
これはと思わずその顔に顔を寄せてしまったサイトだったが、これじゃあそこの亀甲縛りの変態と同じじゃないかと自嘲して顔を離した。
その時、どうしてかスヤスヤと眠っていた王女の目が開いた。
思わず見詰め合ってしまうサイトと王女。
これは不味いんじゃないかとサイトが身を翻すのと王女が正気づいて悲鳴を上げるのはほとんど同時だった。
サイトは王女の寝室のバルコニーから弾丸のように飛び出して蚤のように跳ねながらトリステインの町に消えた。
その夜、トリステインの王城は火を吹くような騒ぎで夜を通して篝火がたかれ、王女の部屋に侵入した賊を捕らえようとトリステインは警邏の衛士が走り回った。
しかし、その時サイトはすでに全速力でマチルダとシエスタが待つ王城と魔法学院との中間距離にある場所に到達しており、サイトが捕まる事はなかった。
そして、魔法学院へと二人を担いで5分ほどで踏破し、マチルダの部屋へ三人でなだれ込んで眠りに付いたのだ。
そして、翌日、学院どころかトリステイン中に響き渡った知らせを聞いてサイトは呆然と膝をついた。
モットが変態として家名取り潰しになり捕らえられたと言うのはいい。
だが、そのモットのSMのご主人様としてサイトが指名手配されたのは予定外どころの話ではなかった。
王女の寝所に忍び込みSMプレイを行った変態の相方と、サイトは思われているのである。
王女自身はサイトの顔をよく覚えていなかったらしく、男であることしかその姿なりは伝わっていないのだが、その正体は紛れもなくサイトであった。
王女がサイトの顔を覚えていないのは僥倖だった。
もし覚えていて似顔絵でも描かれて指名手配されたらサイトは手首を切って死んだだろう。
苦虫を噛み潰したような顔をするサイトの後ろではマチルダが声を出して大笑いし、シエスタが気の毒そうな顔をしながらも時折口元を手で隠している。
不幸である、悲劇である。
そしてこの後、失意の中、ご主人様の元に帰ったサイトは怒り狂ったご主人様に追い討ちのお仕置きをされるのだった。
でもまぁ、それについてはいつものことだったりするのである。
「なおさら不幸だーーーー!ぎゃーーーーーーー」
サイトの悲鳴が学院中に木霊した。
テーマ : 自作小説(二次創作)
ジャンル : 小説・文学