2012-06-12
信仰宗教
誰の基にも一年は頻繁に訪れる。
人、ひとりの中に
何度も何度も一年が訪れて
それは周りの誰もが一緒だという。
あれから一年が経った。
長いか短いかではなく、「違う」ものとして、それは存在している。
彼女は、ある男性と
共に生活をしている。
もう何年も。
毎日おなじ布団に入って同じご飯を食べる。
彼女は、そろそろ細胞までも似て来ていると思っている。
そしてそれは、買われて、飼われているようだと彼女は感じている。
そんな生活を続けることは、
精神上、容易いことではないと、彼女は言う。
彼は彼女を愛せない。
とりわけ、彼女の思う形では。
彼に彼女の想う形で、人を愛する能力が備わっていないから。
なぜ一緒にいるのか問うと、
仕方がないと彼女は言う。
「彼は努力して、彼なりに私に接してくれる。
私に嫌われたくなくて離したくなくて
他の誰にも触れさせたくなくて。」
だけど彼に
彼女が言って欲しい言葉を発する能力はない。
「触れて欲しい方法も、場所もタイミングも違ってる。」
「さみしいね。でもお互い想って一緒にいる。
ふたりとも、少しだけ努力してる。」
彼女はある時それらの想いを憎しみに変えた
彼女の小さな心によって受け止められる容量を
疾うに超えてしまっていたためだった。
愚かな彼女は、
その憎しみを、彼に一番効果的な方法で伝えた。
それは、彼を確実に苦しめ
怯えさせた。
そしてその行動は彼女のパッケージとしての価値を確実に下げた。
彼女は下がった価格で、
また彼に買われた。
今度はひどく安く買われた。
あれから一年
彼女を憎しみが支配した日から一年。
憎しみが、死んでいた彼女自身を生かして
一年。
彼女は考える。
一年前のことを。
だけど彼女は、彼の出張に付き合い
海外に移住している。
街も気候も何もかも違う世界で、
彼女は何も思い出すことが出来ない。
頭が働かないのだそうだ。
「季節がないと何も記憶が蘇らない。」
季節ってある種ストレス。
繊細を、生み出すもの。
季節のない人生は、気楽。
粗雑。暗愚。
「だけど今が良い。安くてがさつで。
一番良い。この国に、あの季節がなくてよかった。」
ずっと苦痛だった。
苦痛の理由を探し
それらを言い訳として、彼といる選択をしたから
一緒に過ごしてきた。
一年前
細胞を変えようとしたの。
すっかり彼の色に変貌してしまった私の細胞を
もとの姿に。
だけどそれは
私の愚かさの上には叶わなく、
たくさんの人を裏切っただけだった。
私はいつも、最後には希薄な情が露出する。
冷静さが足りない。
そういう、修行しなくちゃいけないこと、たくさんあるから
このまま、彼と居て、修行するの。
彼女には、このような
架空の『修行』を創る想像力と、謙虚さと、頭の悪さが備わってた。
「そもそも、全て架空のもとに出来上がった人生で
何を現実にするかは自由だよ。
信じるものは生まれながらに
システムの中で決められているんだから。」
彼女は、また言い訳を始める。
架空の自分を創り上げ
また自分が憎しみの塊に変わる日まで。自らそれらを自覚しながら
彼と『修行』に励むのだ。
2012-06-08
帳尻合わせが足りなくて
夢が叶うこととか
なんかすごく大きいことを成し遂げるよりも
もっともっと現実にいたい。
毎日の中で、嫌なことがあって
不安があって緊張があって
もどかしいこと、誤解されちゃったり
うまく行かないことがある毎日。
それが好き。いちばん。
そしてその毎日は過程じゃなく、結果。
一日一日がただ過ぎて行く、それこそが結果で
その先に何もなくていい。
でも条件があって
家族がいること。離れてても家族がいること
血がつながっていなくても家族と思える人がいること。
何かがすごくうまくいっていると不安だ。
いつも落とし穴が待ってる。
何かうまくいかぬことがあってほしいと願う。
仕事に慣れて来て
任されることが増えて
自分の判断だけが頼りのことも多くて
まざまざと突きつけられる
自分のだめなところを。
それは何も能力の問題ではなくて
ただただ人間性の話。
そしてそれはある種個性であったはずの部分。
社会ではミスを引き起こす原因となる。
社会って、没個性化。
全てを社会に捧げるのなら、それは自分を社会に売るようなものなんじゃないの。
賢くない私のような人間にとってはね。
だから
学生の頃、あの不毛な毎日に感じた
ひとつひとつの違和感をいつまでも持ち合わせていたい。
「人と人が、話をしているだけなのに、
どうしてそう何かのカテゴリーに人を押し込んで
傷つける必要があるのか?」
誰となんの話をしているのかを
ちゃんと見極めて、自然に話すことができるということ。
話ができるということ。
それが、毎日きちんと、普通に、行われる人生を生きたい。
冷静に成長したいな。
社会のからくりと、大人たちの陰謀に
しっかり組み込まれながら、死んでいくまで。
2012-04-23
同化している
一連の風の中にいるようなものだということ。
それが週末ケップに行って一番感じたこと。
目の前を何匹ものニワトリが横切る。
そのニワトリを見ながら、チキンを食べる。
残った骨を人間に寄り添う犬が食べる。
トイレなんて無いような物。
すぐそこに海がある。
風が強く吹いていて、ハンモックでうたた寝をする。
命ってきっとこういうものなんだと実感。
食事を、私たちはまるで高貴なもののように扱いたい。
だけどそれは一番排泄に近い、ニワトリに近い。
牛の丸焼きを見た女優が「気持ち悪いやめて」と甲高い声で騒いでいるところをTVでみたけど、きっとそういうこと。ブタがいた教室を観て何日か豚肉が食べられなかった人も、そういうこと。
いつか誰かが言ってた。「そこには人が死んでいて、それを動物が食べていて、その動物を人間が食べる。」テレビでもみたことあったし、たぶん擬似体験もしたことある。こういうこと考えたりこういう感覚になっったり。でも過ごしてると忘れちゃう。色んなこと逃すね、感覚を失う。私の中の鶏肉は、ニワトリではなくマルエツに行けば置いてある、あの真っ白いパックだから。
だけど私たちは、まるで別の高貴なもののように錯覚したい。
食事中にトイレのトークはNGだし、鶏肉売り場にニワトリの頭などない。
なんでも分けるのよね。
混ぜない。あれもこれも別々。
それが人間の知恵であったり、文明であったり、素晴らしいものなんだったら否定する必要はないけど、「否定しないこと」と「知らない」ことは別物。
全ての食べ物が、こんなたくさんの「命」であることを知った上で、あのキレイな水洗トイレを使いたい。うんこを食べて、うんこをしてんだ。
そういうことだ。風が吹くのも、海があるのもきっと、そういうことなんだなーーーーーハンモック最高だな。と思いながら、良い夢をみた、ウサギ島という名前の島で。
そんな週末明けましたら、晴れて正社員。
がんばるよん。
2012-04-18
差別していこう
学生さいごに、いろんな人に会った。
そのときのことを書いておこう。もうすでに忘れかけてるから、ウソも混ざるかもしれないけど。
自分を形成してくれた人たち、いまの自分に決して満足していないから「してくれた」というのはおこがましいか。では、自分を形成してきた人たち。
特に同世代の。
なんかさ、普段世代の違う人とばかり居ると、同世代への愛が深まるんだ。スピッツの、群青って曲があるんだけど、そんな気持ちになった。そんな気持ちになることは、人生においてとても幸せなこと。
毎日、重なっていくでしょ。
年齢を重ねれば、毎日が重なる。
聞いた台詞を何度も聞かなくちゃいけないし、同じ壁に何度もぶつかる。
癖にも気付くし、諦めもつく。
重なる、重なる。
そうすると、どうしたって許すしかなくなることがある。
その方がたのしいし、楽だし、ニコニコしてられる、それに成長だと思う。許す、許容だからね。
だけど、どうだろうそればっかりになるのは。
私は何歳なのか、どんどんわからなくなってしまっていたんだよ。
『何歳でも関係ない!』
なんて、でっかい人間になってしまおうとしていた。している。
『なんでもいいじゃん、人生ってそんなものだよ。しのごの言わずがんばろう。』
って、そんな感じになってってさぁ。
でもさ、そういうのに同調するしかないような気になっちゃうんだよね。自分を保つ方法がね。
本当はそういうの、クソクラエだって。うるせーよって、喋りたいときに喋りたいことを、朝まで喋ってるみんなと会っておもった、しあわせだったぁ。
言えないときがほとんどだよ、話せない事ばっかり、もちろんそんなのしょうがない。
でも、あの時間がじぶんのキラキラの方向であることをわすれない。
こういう人たちと過ごしてた時間が、じぶんの人生に一時でもあったんだっていう事実が、今後何事からも助けてくれるんだとおもう。無意識に。気付かずとも。
これから先出会う人とも、少しでもそんな時間を過ごせたらいいです。
『あぁ、この人と居たんだ私』って、あとで会ったときに思えるような時間。
なんか私倒置法ばっかで気持ち悪いな、
もうちょっとまともな文章書きたい。でも本音を書きたい。
まともな文章で本音を書けるようになろう。よし目標できた。