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ゼロ年代の50冊

銃・病原菌・鉄―一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎(上・下) [著]ジャレド・ダイアモンド

[掲載]2010年4月4日

■人類史の根源に迫る大著

 ゼロ年代から次の新しい10年に入ったいま、この10年でどんな本が出ていたのか改めて記録しておきたいと、この間に出た本から50冊を識者アンケートで選びました。1位はジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』(草思社、倉骨彰訳、上下各1995円)です。

 1972年、進化生物学者のジャレド・ダイアモンド氏は、研究のために訪れたニューギニアで、現地の親しい政治家に聞かれた。「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」

 熱帯の海岸で投げかけられたこの問いを、著者は人類史的に根源的な疑問として受け止めた。なぜ南北アメリカの先住民やアフリカ大陸の人々らがヨーロッパ系やアジア系の人々を征服するというような、我々の知る歴史とは「逆」のことが起きなかったのだろう。一体なぜ、世界文明のありようは我々の知る結果と異なる方向に進まなかったのだろう――。

 そして25年後。著者は生物学、地理学、考古学、歴史学、言語学、人類学など超人的なまでに学際的な知見を投入、それらを壮大な時間軸の中に編み直すことで「答え」を導き出そうと試みた。それが本著である。

 97年にアメリカで刊行され、98年度のピュリツァー賞を受賞、世界的な話題の書となった。刊行間もない原書を読み、魅了された翻訳家の倉骨彰さんが草思社に紹介した。邦訳は2000年刊。途中、版元が経営危機にみまわれるアクシデントも乗り越え売れ続け、上下巻計22万部に達している。

 草思社の藤田博・取締役編集長は、息の長いベストセラーになった理由を、「著者は読み手を楽しませるすべを心得ています。専門用語をなるべく使わず各章ごとに読んでも十分楽しめる構成になっています」。

 ここ1年で再び売れ行きが活発化している。著名人が雑誌やブログで取り上げたことも一因だが、世界不況後の心理も要因だろう。藤田編集長はこう語る。「混迷する時代だからこそ、長い歴史の中から文明のいでたちを検証したい衝動があるのでしょう」(浜田奈美)

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 アンケートの回答から。

 総合研究大学院大学教授(宇宙物理学)の池内了氏「世界発展の不均等を、地政学、文明交流、人間の移動などを通し、著者の深い学識から人類学的考察をした名著」

 評論家の呉智英氏「人類史を大きく変えた三つのことを柱に社会や歴史を考察した大著」

 ITジャーナリストの佐々木俊尚氏「文化多様性の究極の姿」

 中央大学教授(政治学)の広岡守穂氏「文明を発達させたのは南北の交流ではなく東西の交流だったとか、免疫学の観点から文明の発達をとらえるとか、とにかく驚いた。本当の学際研究とはこういうことだと思った」

 資生堂名誉会長の福原義春氏「三つの主題から、文明の発展とそのもたらした災厄が、人類の歴史にどうかかわったかを鮮やかに記した名著」

 ジャーナリストの松本仁一氏「アフリカと中南米はなぜ文明化に立ち遅れたか。タブーにとらわれることなく、それを歴史的な事実で論証しようとしている」

 吉田文彦本社論説委員「異なる文明文化の背景に、自然界の多様性。わずかな差異が大きな創発的変化を生むとの立論。人類の未来への想像力が沸きたった」

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人類の発展の探究 魅惑的 著者のダイアモンド氏から

 国の豊かさと科学技術の格差は時を経るにつれて広がる。これが世界史の大まかなパターンだ。東アジアをみると、日本とシンガポールは裕福だがカンボジアとモンゴルは貧しい。アフリカや南米も同様だ。タンザニアの人々は南アフリカの人々と同様に、エクアドル人もアルゼンチン人と同じくらい懸命に働いているのに、だ。なぜか。

 人はこれをIQのせいにしがちだが、豊かさとIQが相関するという証拠はない。貧富の差を人種的な優劣として見るのは、間違っているだけでなく悲惨な偏見を育む処方箋(せん)となる。ことに日本とわが米国で顕著な問題だ。70年前、自らが人種的に優勢だという間違った認識のために、多くの国民が死ぬ過ちを犯した。

 かつて欧米はオリエントから、日本は中国から農業、金属、文字を獲得していた。世界の不平等の解明は、ここ数百年ではなく、紀元前3千年の歴史にまでさかのぼらなければなし得ないのだ。『銃・病原菌・鉄』は、近代へ至る人類の発展について書かれている。この本で冒頭の問いの答えを出しているわけではない。しかし、これを探究することが歴史と社会科学で最も魅惑的なプロジェクトだとは言えるだろう。日本の読者にも魅惑的だと思ってほしい。(小西樹里訳)

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 「ゼロ年代の50冊」とは?

 本の目利き151人が選んだ50冊のリストもご覧になれます。

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 「ゼロ年代の50冊」とは?

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◆ 感想募集 次回は『磁力と重力の発見』
 本の感想を募集します。投稿は書名をそえて400字以内で。住所、氏名、年齢、職業、電話番号を明記、〒104・8011朝日新聞文化グループ「ゼロ年代の50冊」へ。ファクス(03・5541・8611)やメール(dokusho@asahi.com)でも。ペンネーム可(本名もお書きください)。投稿者の中から抽選で毎月10人に千円の図書カードを進呈。
 今後の掲載予定は、25日山本義隆『磁力と重力の発見』(みすず書房)、5月2日萩原延壽『遠い崖』(朝日新聞出版)、9日小川洋子『博士の愛した数式』(新潮社)。いずれも締め切りは掲載予定日の4日前の水曜日です。

表紙画像

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

著者:ジャレド ダイアモンド

出版社:草思社   価格:¥ 1,995

表紙画像

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

著者:ジャレド ダイアモンド

出版社:草思社   価格:¥ 1,995

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