(本)河合香織「セックスボランティア」

2012/06/20
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少し古い本ですが、名作と名高いノンフィクションを手に取ってみました。これは確かに素晴らしい。


考えるヒントとなる言葉たち

・「(マスターベーションの介助にすいて)おおっぴらに語られていないだけで、身障者の介助の現場では多くの人がしていることですよ」

・食事や排泄、寝起き、移動など身の回りの介助を「ADL(Activities od Daily Living)」と呼び、旅行や買い物、化粧などのオシャレは「QOL」と呼ばれる。セックスもQOLに入れるべきだと思うが、現在の介助の現場ではほとんど触れられていない。

・障害者専門風俗店という存在。「身障者の自由を広げる試み」として評価する福祉関係者がいる一方、身障者団体は「障害者を食い物にした商売」と反発する。

・障害者の性を考える上で「ボランティア」ではなく、ビジネスで行った方が良いと考える人もいる。

・「やっぱり同じ人間なんです。障害のある人でも感情はある。本当はこうやって性をお金で買うことは悪いことなのかもしれない。でも、私には他に可能性がなかった。(中略)恋愛や性の機会がない人もいるんです。性の商品化とかなんとか、周りの人はいけないいけない、と言っているかもしれないけれど、少しでもその人が笑える可能性があるのなら、許されてもいいんじゃないかと思います(男性ホストを利用している女性障害者の言葉)」

・「でも、私は遊びでやっているわけではないし、もちろんお金のためにやっているわけでもありません。(中略)障害者は性の悦びを知ってはいけないのか。セクシュアリティを持っちゃいけないのでしょうか。性の介助は陰では施設の職員や医療関係者、家族などがきっとやっていることだと思います。それを表に出したいのです。私は批判されてもいい。多くの方が真剣に考えてくれることを願っています(セックスボランティアを行う佐藤さん)」

・「最初はセックスボランティアは意味があることだと思いましたが、今は疑問に感じます。女性は傷つきやすいものです。「セックスしたい人がいたら、相手しますよ。でも、好きになられても困る」ということで本当に大丈夫なのでしょうか」「女性はセックスの「ボランティア」という言葉だけで傷つくものです(過去にセックスボランティアを利用した障害者女性)」

・「知的障害者本人たちが自立して家庭を持ちたいというなら最大限支援したいと思っています。現状では、知的障害者は家族や施設の職員などに管理されることが当たり前になっていて、本人が社会経験を積む機会が少ないと思います。(中略)私たちにできるのは、支援を広げるだけ広げておくことです。その結果、例えばですが、複数の人とセックスしたり、シングルマザーになったり、女性に貢いだりすることもあるかもしれない。それでも、自分を酷く傷つけたり、他人に外を与えたりしない限り、色々な人生があってもいいんじゃないかと思うんです。彼らにだけ、手堅く生きなさいとは言えない。一度きりの人生、責任を負いながらも、自由に自分の生きたいと思った人生を実現してほしい(障害者向けのセクシュアリティ・ワークショップを行う林さん)」

・「障害者の性を語るためには、その周囲にいる人たちが自分の生を見つめることから始めないといけません。周囲の人の性に対する捉え方が、すべて障害者への支援に映し出されてしまうから。そして、この性の問題に関しては、答えがないということを謙虚に受け止め、悩みながら葛藤してほしいのです。ワークショップを行う目的が100あったら、当事者への教育は1か2のみなんです。残りの99、98は世間と知的障害者の周囲にいる支援者に向けて発信しているものなんです(障害者向けのセクシュアリティ・ワークショップを行う安積さん)」

・「子どもを作ることはおろか、セックスも禁止しているという現状が施設の中ではまだある」。知的障害者や知的障害者の性や結婚に対して、否定的なイメージを持っている日本人が多い。性の知識を与えると性の加害者になるのではないか、子どもを育てる能力がない、といった誤解や偏見がある。また、1948年に制定された優生思想にもとづく「優生保護法」も根深い(96年に改正)。知的障害者にも本人の同意なしで生殖機能を断つことができるという内容になっていた。


オランダの性サービス

・オランダにはセックスの相手を有料で派遣する団体「SAR」が存在している。20年以上活動している。

・オランダは性に寛容。「飾り窓」を代表するように、売春が合法。同性愛の結婚も認められている。刑務所で受刑者がパートナーと会ってセックスするための個室を利用可能。パートナーでなくても、売春婦を呼ぶこともできる。市役所がセックスするための助成金を支払う制度も。その背景には、キリスト教カルバン派の慈悲の心、労働党内閣による手厚い社会保障、ヒューマンな国民性がある。

・障害者のセックスを阻むのは「Bio(勃起不全などの生物学的問題)」「Psycho(障害を後ろめたく思うなど、心理的な要因)」「Social(人間関係。今まで対等な立場で会ったパートナーが介助者のような立場になってしまうと、セックスがうまくいかなくなる、など)」の3つの要因。

・3つの要因を解決できるのが「代理恋人療法」。定期的に療法の時間を持つ「代理恋人」によって、今後の恋愛をする上での指導にまで至ることができる。


あとがきより

・障害を持っていると不自由なことが多いことは事実だろう。しかし、それら障害から来る不自由さの壁を一枚一枚引きはがしていくと、障害者、健常者という境界はどんどん曖昧になっていくような思いにとらわれた。そして、最後に残ったものは、障害の有無とは関係ない、私たちひとりひとりにも通じる性の問題だったのではないだろうか。

・障害者の性に限らなくても、そもそも、それぞれの性体験とそれに裏打ちされた性に対する考え方は千差万別といっていいだろう。その差異は、埋めなければならないものではなく、想像力を働かせて、認めあっていくものだと思っている。


というわけで、非常に示唆に富む素晴らしいルポルタージュでした。ページを進めるたびに唸ってしまいます。

「障害者の性」について考えるプロセスは、他の社会問題について考える際にも関係するところが多く(どこまでを善意に頼るのか、お互いが合意していれば良いのか、仲介者の利益はどのように決めれば良いのか、など)、社会を考える上で知っておくべきテーマだと感じます。

特に興味深いのは「ボランティアではなくビジネスとして行った方が良い」という側面です。僕はこの問題の当事者でもなんでもありませんが、読後感としてはこの価値観に同意です。このテーマに限らず「お金を介在することのメリット/デメリット」は考慮すべきポイントです。


中古で1円から販売されているので、幅広くおすすめです。