(別冊宝島 特別編集宝島30 1994年12月号特集「朝鮮総聯の研究」)
朝鮮総聯の中枢を担う秘密エリート組織「学習組」。自らも「学習組」メンバーである総聯幹部職員が、このもっとも厚いベールに閉ざされた秘密組織の全貌を語る「歴史的」インタビュー!
在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)の中に、「学習組」と呼ばれるエリートたちの秘密組織がある。本国北朝鮮で、朝鮮労働党の党員でなければ軍や官僚組織の高級幹部になることができないのと同様に、朝鮮総聯においても、この「学習組」のメンバーでなければ、組織の高級幹部になることは絶対にできない。その意味でも、「学習組」こそが、文字どおり朝鮮総聯の中枢なのである。
ところが、この「学習組」については、これまでその存在が確認されてはいたものの、朝鮮総聯傘下の在日朝鮮人にさえ、組織や活動内容、構成メンバーの概要すら知らされてはいなかった。その「学習組」の組員が、「学習組」の組員としての立場で雑誌のインタビューに応じるなど、それが朝鮮総聯発行のメディアであっても、あり得るはずがなかった。
仮に朴氏としておくが、現在四十代の彼は、人生のほとんどを朝鮮総聯の活動に捧げてきた筋金入りの活動家で、十五年以上も前に「学習組」のメンバーになった。西日本の府県本部幹部要員として活躍する、朝鮮総聯の指導者の一人である。
知的な顔立ち、引き締まった体躯の朴氏は、活動家というより、学者のような雰囲気を漂わせている。いまだ夏の名残を残す蒸し捲い初秋の午後、待ち合わせたホテルの喫茶室に、淡いグレーのスーツを着た朴氏は定刻の五分前に現れた。朴氏のプライバシーを守るためこれまでの活動歴や現在の仕事については、一切触れられないが、それでもこれは、朝鮮総聯幹部であり、なおかつ「学習組」のメンバーでもある活動家がはじめて雑誌の取材に応じた、ある意味では歴史的なインタビューである。
宝島:朝鮮総聯のエリート秘密組織「学習組」についてはいろいろな噂ばかりが飛びかっていて、実際はどのような組織なのかまったくと言っていいほど知られていないのが現状です。
朴:どんな噂が流れてます?
宝島:北朝鮮で軍事教練を受けてきた最強の武装集団だとか(笑)、謀略工作のための秘密精鋭部隊だとか。
朴:なんやそれ。言いたい放題やね(苦笑)。私みたいなオッサンに、そんな根性いることできるわけないでしょ(笑)。
宝島:そのあたりの誤解を解きたいという目的もあって、無理を言ってインタビューをお頼いしたんですが、まずは、そもそも「学習組」とは何なのですか。
朴:「学習組」は、もともと総聯組織にあったものではありません。七〇年代の半ばくらいに、新たに組織されたものです。
宝島:というと、ちょうど金正日の登場、台頭と重なりあうような時期ですね。
朴:そうです。ちょっと歴史的な経緯を話しましょうか。まず一九六〇年代に「唯一思想体系」が確立する。これは金日成の教示だけが正しく、それに異存を差し挟むなど考えられない、つまり金日成の絶対的体制を構築することを至上課題としたものです。たとえば、その一例として、朝鮮学校ではそれまで祖国研究室といって、民族の歴史に登場する英雄、名将たちの徳を教えるための特別教室が、金日成ただ一人の徳を教える「金日成元帥革命歴史研究室」と名称変更を行う。そして当然のこと、その後「金日成元帥革命歴史研究室」は、金日成の指導体制を支持するうえで、大きな役割を果たすようになる。
それと同じように、分段は金正日の台頭で、彼の後継体制を確固たるものとするために、金日成の思想は金正日によってのみ具現されるという「唯一指導体制」なるものが押し出されてきます。だから、まず総聯を理解するためには「唯一思想体系」と「唯一指導体制」の二つがあるんだということを知ってほしい。
手っとり早く言うと、金正日の台頭のによって、彼の言葉も金日成の言葉と同等に神聖なものとして扱わなければならなくなった。つまり、けったいな二本立てが始まってしもうたわけです(笑)。「学習組」は、金正日の「唯一指導体制」を確立するために発足されたものであることは間違いありません。
宝島:なるほど、金正日の唱える「チュチェ(主体)思想」を学習するから「学習組」なんですね。
朴:そういうことです。それともう一つ、金正日の指示に従うために、総聯の中に党組織のようなものが必要になったということがある。もともと総聯というのは、党じゃないわけ、大衆団体なわけ。しかし、もっともっと総聯をチュチェ思想で固めていかなあかん、それには党組織的なものが必要やと。その意味では、「学習組」は、大衆団体の中にある党と言えます。
宝島:現在、総聯の中に何人ぐらいの「学習組」のメンバーがいるんですか。
朴:誰が「学習組」かは一切公表されんから、今、全国で何人の組員がおるのか僕も知らんけど、まあ、わかりやすいところで朝鮮学校を例に出してみると、四十人の先生がいるとして、「学習組」は三〇%くらい、十二、三人と違うかな。校長、副校長、教務主任、学年主任、こういう幹部は、まず間違いなく「学習組」です。
宝島:どういう人が「学習組」のメンバーになれるのですか。
朴:明文化された規約や規定はないんですよ。少なくとも、「学習組」で十五年以上やってきた僕も見たことない。まあ、基準があるとしたら、忠誠心やね。
宝島:忠誠心、ですか。
朴:そう。金日成に対して、お前はどんだけの忠誠心を持ってんのか。あのね、これは後でも話すけど、日本の人から見とったら、朝鮮総聯って何やわかりづらいでしょ。日本の常識では考えられんこと言うたりやったりするやないですか。
宝島:ええ、確かにそえてすね。
朴:それもね、キーワードは忠誠心。「学習組」は、総聯組織の中で金日成に対する忠誠心をもっとも評価された連中が選抜されているんです。
宝島:「学習組」が戦闘部隊でも秘密精鋭部隊でもないとしたら、日常的にはどういう活動を行なっているのですか。
朴:組員になるとね、週に一回、学習会がある。総聯の人間だったら年がら年中、やれ学習会だ討論会だ、と忙しいわけですけど、それに「学習組」組員としての学習会がさらに加わる。
宝島:その学習会では、どんなことをするんですか。
朴:これは八○年代の話やけど、朝鮮労働党の機関誌に『勤労者』いうのがあって、その中に無署名の原稿が載ってるんです。ところが、誰が書いたかわからない、著者不明の原稿の回りを花柄の罫で飾ってある。要するにね、これは金正日が書いた論文を意味するんです。で、学習会では金正日の論文や、その他の論文を読んで、その週は終わる。
宝島:金正日文献を学習するわけですね。
朴:そうです。そういう学習以外の活動は、「学習組」としてはほとんどしないね。
宝島:それからどうなるんですか。
朴:その次の週は、その原稿を学んでの討論会。あとは生活総括というのがあるな。
宝島:それは何なんですか。
朴:あのね、同じ「総括」という単語でも、日本語と朝鮮語では多少意味が違うんですよ。朝鮮語で「総括」は「チョンガル」と発音しますが、あくまで事業・活動に対する総括を意味して、主に自己・相互批判をするときに用いられる言葉なんです。早い話が「生活総括」の会は、もう個人の生活をほじくりまわすようなモンでね、その人の先週一週間の生活はどうやった、と聞く。だけど、欠点のない人間がおらんのが当たり前でね。とりわけ、首領の教示を具現化するための総聯の方針や決定を、どれだけ自分の活動で実行できたかと考えると、足りないことだらけ。それに、ここで「自分は完壁にこなしました」と言おうものなら、取り返しのつかないことになる。「同志、完壁とはどういうことだ?」後は想像してみてください。そこでとりあえず、まあ、やることはやったけど、まだまだ足りませんという自己批判をひねり出す。
宝島:具体的には、どういうことが行なわれるんですか。
朴:例えばこういうふうに言うわけです。「自分は先週、偉大な首領様金日成主席の学習を怠りました。それは主席に対する忠誠心が口だけだった証拠で、これからはもっと忠誠心を高めなければいけないと思う。反省しています」。で、次の週には「勉強はしたけれど、それを自分の血肉にできなかった。より努力します」となる。あの雰囲気の中では、自分の欠点を無理矢理探してでも言わなあかんようになるね。
宝島:伺っていると、「総括」と言いながら、何か成果を確認するのではなく、むしろ相手の欠点を探していく会のような印象を受けますが。
朴:そう決めつけなくてもいいけど、何もしなかった場合は自己批判を言わざる得なくなる、ということ。ただ、相互批判言うてね、お互い同士が金日成に対してどうだったか、批判しなければならない。たとえば、金日成の教示を具現するために頑張らねばならないところ、あなたは力が及ばなかったとか、金日成の教示に照らし合わせると、あなたの生活には反省点が多いとか。まあ、伸のええ友達同上やったらいいよ、なんやかんや言える。けれど相手によっては、いろいろと言い出したら、本当のケンカになる場合だってある。
宝島:「学習組」のメンバーになると、特別の経費のようなものはかかるんですか。
朴:今の話の八○年代当時で、組費が月に三百円やったかな、上納金が。
宝島:それは安いですね。
朴:安い。でも貰うとる給料がもともと安いから(笑)
宝島:「学習組」のメンバーは、在日朝鮮人では唯一、朝鮮労働党の党員になれるという資料を読んだことがありますが。
朴:そういう触れ込みになってるけどね、実際はそうじゃない。ただ、「学習組」じゃないと、北朝鮮に行くんでも扱いが全然違うという事実はあるけどね。
宝島:どういうことですか。
朴:在日が北朝鮮に行く時にね、大まかに分けて祝賀団、代表団、訪問団の三種類がある。最初の祝賀団、これは最高級、VIPです。
この祝賀団には、「学習組」じゃないと絶対に入れない。次は代表団、まあまあいい方。自費も出すけど、基本的には国家費用で賄われることになっている。最後は訪問団。これはもう全額自費で、行動から何から完全に仕切られる。
宝島:そういう意味では、「学習組」こそが総聯組織のエリート集団だと言えるわけですね。
朴:そういうことです。朝鮮総聯では、「学習組」に選抜されること自体が非常に名誉なことやからね。
宝島:「学習組」が金正日文献の学習のためのエリート集団だとすると、公安の文書なんかに出てくる、「武闘の準備もできている秘密組織が朝鮮総聯の中にある」というのはデタラメなんですか。
朴:いや、「学習組」もあくまで秘密組織ですよ。自分が組員ということは誰にも口外できませんからね。だから中には夫婦で組員というケースもあるけど、そうなると悲惨、おかしな話になってしまう。会合で同席しても、その話題や内容は家庭に入ったら一切触れられない。何せ絶対タブーなんだから。
それと、もう一つ。朝高(朝鮮高級学校)と大学(小平市にある朝鮮大学校)の中にも、ちょっと秘密めいた組織があるんです。それは、「モムタンリョン」といって、空手の練習をする部隊。
宝島:「学習組」とは別に実戦部隊がある、ということですか。
朴:いや、実戦部隊というと語弊があるから、そこは正確に言いますが……、一応の名目は、モムタンリョン、つまり心身の鍛練のためということでつくられている。新宿区の落合に「拳道研究院」という場所がある。そこに二十人くらいの専従がおって、彼らは朝大と全国の朝鮮高級学校などに、空手を教えに、つまり「モムタンリョン」させに行っている。これはね、朝鮮総聯組織局の第三部が担当しているんだけど、組織の人間でも、存在を知っているのは半々くらいと違うかな。朝高出身の子でも大学まで行ってないと知らないかも知れない。
宝島:どうやって子供たちを指導するのですか。
朴:練習は正規の授業の後に行われる。朝高には、まあ、生徒会みたいなもので、朝高委員会というものがある。大学やったら朝大委員会。各クラブの主将なんかは、なんらかの形で朝高委員会の要職についている。その子らを網羅して教えるわけです。
宝島:戦闘力は強いんですか。
朴:強いね。極真会館といい勝負するんちゃうかな。子供たちは純粋でしょう。そこに思想からめて、総聯幹部を守るためや、金日成元帥様を守るためや言うたら、超人的なパワーを発揮する。チュチェ思想とからめるから、それこそ、割れるはずのないレンガが割れる。
宝島:彼らが実際の「戦闘」に起用されたというケースはあるんですか。
朴:どうやろね。僕の印象としてはないと思うね。あのね、拳道研究院の専従はじめ、そういう人たちの任務というと、一つは幹部のボディガード。韓徳銖(朝鮮総聯議長)の豪邸には、常時五-六人のボディガードが寝泊まりしていますよ。そういえば、三十年ほど前の話だけど、韓徳銖の車がダンプに邪魔されて踏切で立ち往生したことがあって、その時、拳道研究院所属のボディガードがダンプの運転席に行ってね、いきなり窓を叩き割って、運転手の肩の関節をはずした、ということがあった、それも全部片手で。それである時、誰かがそのボディガードに聞いたらしい。相手が力もってたらどうします、と。そしたら、刀が三〇センチ動く前に相手が死んでるって。ピストルやったらどうてすか、言うたら、相手が引き金引いた瞬間に自分と相手が死んでるって。
宝島:今年の四月、大阪で、市民運動団体の集会を朝鮮総聯が襲撃して、とうとう警察の捜査が入ったという事件がありましたね。たとえば、あの事件などにはその実戦部隊は関与しているんでしょうか(一九九四年四月十五日、「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク(RENK)」が主催した集会を、朝鮮総聯が暴力的に阻止。集会もデモも大混乱になり、怪我人も出たため、大阪府警が強制捜査に乗り出し、刑事事件として立件される。九月二十八日、大阪地検より、起訴されていた朝鮮総聯のメンバー一人に罰金三十万円の処分が出され、罰金は即日納付された。他に、未成年者一名が同日付けで家裁送致となっている)。
朴:それは、まずないと思う。むしろ、総聯が何であそこまでやったんかな、と不思議に思ったくらい。たぶんね、在日同胞の動向の監視は組織部の仕事だから、組織部が組織防衛のためにやったんやろうねえ。まあ、前代未聞の事件やったと思う。
宝島:実戦部隊は関係ない、と。
朴:ええ。かばうつもりはないが、そう思いますよ。
宝島:これも聞いた話なんですが、韓国で、軍事独裁政権の横暴が最もひどかったころ、ソウルに留学していた在日コリアンの人々が何人も、北のスパイとして捕まりましたよね。あの中には、総聯が極秘に送りこんだ人もかなりいた、とのことなんですが。
朴:いてますね。これはもう、辛い話ですよ。総聯の中には朝青(在日本朝鮮青年同盟)の組織の一環として「日本高校在学朝鮮人学生会」、略称して「学生会」というのがあるんです。この学生会の大切な活動の一つは、それまで祖国や総聯組織に縁がなかった若者を探して、教養事業……「キョヤンサオブ」ていう言うんやけど、つまりオルグするわけです。そうやって、在日の中での総聯の隊列を増やしていく、そういう任務がある。
ところが、学生会の専従たちが有望そうな若者を見つけてキョヤン(オルグ)すると、組織の上の方から「最近どうや、いい子入ったか」と聞かれることがある。「ええ、これこれこういう子が来てます」と答えると、「その子のプロフィール見せてみい」となって、しばらくすると、「もう、あいつは会に誘わんでもええ、お前ら学生会は一切接触するな」と言ってくる。
なんでやろ、民族心に目覚めた、将来有望そうな子やったのに。学生会の方ではそう思ってる。ところが、しばらくたってみると、ニュースで、そいつが韓国で捕まった……。
宝島:うーん。
朴:総聯の中に、そういう仕事を担当する部署があるんです。一本釣りするわけ。どういう子を選ぶか言うたら、外国人登録証の国籍が韓国になっている子、ソウルに行っても何の違和感もない子、そういうのを一本釣りして、ソウル大とかに送りこんで、金日成の偉大性や社会主義の優越性などを宣伝させる。
捕まって、残虐な拷問されて、死んでいった若者が何人いたか……。僕が今日、このインタビューに答える気になったのは、怒りがもう限界に来ているからという理由もあるんですよ。何の罪もない若者たちに凄惨な死を遂げさせて、自分だけはノホホンとしている張本人たちがまだおるんやからね、総聯の中に。
宝島:ただ、私も、何人かの朝鮮総聯の人と話をしたことがあるんですが、その印象は、とにかく真面目で、献身的で……。
朴:それはほんま、そうですよ。とくに現場はね。高級幹部になると少し違ってくるけど、まあそれも後で話します。いちばん典型的なのは、民族学校の先生たちね。給料むちゃくちゃ安くても頑張ってる。こんなこと、民団系の同胞にやれと言っても、絶対にできないですよ。
宝島:しかし、なんでそんなに頑張れるんでしょうか。日本にいたら、当然、北朝鮮の現実も情報として入ってくるし、とくに幹部クラスの人だったら、何回も日本と北朝鮮を行き来しているわけだから、現状を知らないはずはないですよね。なのに、北朝鮮があたかもドリームランドであるかのように言い続けている、それが不思議でならないんですが。
朴:だから、それがさっき言った「忠誠心」ですよ。愛国心とは違うよ。忠誠心、自己陶酔の世界よ、一種の麻薬とも言える。
宝島:国、民族に対する忠誠心ですか?
朴:違う。金日成に対する忠誠心。
宝島:すると今は、金正日に対する忠誠心になるわけですか。
朴:総聯のことをよく知らない人がなかなか理解できないところは、ここだと思う。安い給料で着たい服も買わず、遊びにも行かないで専従活動をする原動力は、「金日成に喜びを与えたい」もうこれにつきるんです。具体的に言うと「偉大な首領金日成元帥に喜びと満足を捧げられることが、我々にとって最も大きな喜びである」。こうしたスローガンと言葉は、総聯組織内では、もう日常的に飛び交ってますよ。だから金正日なんて、金日成がええと言うたからええに決まっとるという感覚ですね。根本は金日成です。彼が死んで威光が消えるかと言ったら、絶対消えない。
もっとはっきり言わせてもらうと、今の総聯は、金日成を慕って金正日を喜ばすためだけにあるキップムジョ(喜び組……金正日の夜の相手をするために特別に選抜された女性たち)と同じ。総聯自体がキップムジョなんです。ひたすら言うことを聞いて、せっせとカネ送って…。総連の人間にとっていちばん嬉しいことは、給料が二倍になることよりも、金正日への忠誠心を認められること。そのためにやってる。宗教より怖ろしいよ。
宝島:しかし、なぜそんなに金日成、金正日親子に心酔できるんですか。
朴:一言で言えば、こういうことです。「親やないかい。祖国やないかい」。あなた、どんなにムチャされても、親をよう殴りますか?それと一緒。何のかんの言うても、建国の父ですよ。祖国があったからこそ今の自分がある、そのありがたさはあると思う。子供が親を告発できますか?祖国でみんな苦しい生活していても、統一までの辛抱やと我慢してきてるわけ。そら総聯の場合も同じやと思う。
宝島:その我慢は、いつまで続くでのしょうか。
朴:いや、もうブッツン来てるころでしょ。総聯内部のプッツンぶりを示すエピソードはいくつもありますよ。
宝島:総聯や北朝鮮本国に対する我慢が限界まできたとすると、直接の原因は何なんでしょうか。
朴:一言で言ったら、帰国事業がらみの問題が、今になって次第に表面化してきているんですね。帰国事業は御存知ですか。
宝島:ええ。一九五九年から現在までに、約十万人の在日朝鮮人と日本人配偶著を北朝鮮に永住帰国させた、という事業ですね。
朴:その帰国事業のために、例えばこんな問題が起こってくる。これは、たまたま僕が聞いたケースだけど、同様のことが今、日本のあちこちで起きてると思う。関西のとある街に住んでいた、そこそこ裕福な在日の男性が、六〇年代の初めに帰国した。彼が帰国すると言い出した時、家族は猛反対。そしたら「みんな、何を言いますんや。地上の楽園が待ってます。おカネも何もいりません」と彼は帰国してしまった。それが、何が地上の楽園や。彼が帰国してから、家族が仕送りした金、トータルで一千万円越してるという話ですよ。でも、この程度の話は、帰国者を持つ家族ではザラにあること。ビックリするのはその次。
彼が帰国する時に、当時住んでいた家と土地を総聯の地元の支部に寄付したらしいけど、登記なんかはそのままにしといたんでしょうね。そうしたら最近、波が手紙で「土地を返してくれ」と言ってきた。当時の関係者なんて、ほとんど死んでわからへんわ。それで家族は、「そんなんでけへん」と返事した。すると次の手紙で、「トンセン(第)、俺は長男や。アポジ(父さん)の土地を売ったら三億になるぞうやないか。俺には一億貰う権利がある、一億円送ってくれ」。できるかい、そんなこと(笑)。
そうしたら、総聯はどうしたか。聞いたら、笑うよ。東京の総聯のお偉いさんが、ボディガード連れて、その土地まで来よったんやて。何を持って来たと思う?印鑑証明ですよ、北朝鮮にいる人間の!それと、ハングルで書かれた委任状。もう無茶苦茶。僕も総聯で長いことやってきたけど、この話を聞いた時、心の中の幻滅にカタついたと思うたわ。
宝島:確かに帰国事業については、現在、北朝鮮に人質を送っただけだった、と厳しく批判されていますね。
朴:こういう話もあるんです。関西の大きな県地方本部の副奢員長していた人がいた。やり手でね、朝大の0Bなんだけど、初期の朝大ではピカイチの存在だった。ところがその人が、まあこんなこと言ったらその県の人に失礼だけど、地方の小さな県の本部委員長に移動させられてしまった。名目は副委員長から委員長だけど、実質は左遷ですよ。総聯にとっては、福岡、広島、京都、大阪、東京、千葉、埼玉、仙台、札幌などが人口も多いので第一級県本部と言えると思う。で、なんでこの人が左遷されたかいうと、お前の息子を帰国させえという指示に従わなかったからだという噂です。
宝島:総聯の幹部になると、人質を出さなければならないんですか?
朴:出す。
宝島:そういう指令が本国からあるんですか。
朴:いや、言わずもがなの世界。ただね、最高級幹部クラスになると、またいろいろあるんですよ。例えば新宿・落合にある韓徳銖議長の家。あそこだけはね、一年中、永住帰国したはずの親族の誰かがおるよ。自由に行き来してる。庶民の帰国者や日本人配偶者はどんなに日本に帰って来たくても夢の夢やのに。あの韓徳銖のオッサンだけはほんまにずるい、許されへん。
宝島:現状の朝鮮総聯の問題点は、帰国者問題と切り離せない部分があるんですね。
朴:帰国者数が激減した時期は、金正日が台頭して来た七四年頃と絶対に符号するはずですよ。調べてごらん(帰国事業は、六〇年の四万九千三十六人をピークに、以降、年ごとに人数が減ってゆく。それでも、六八年から三年間の中断をはさんで、千人台の人数が毎年、帰国船に乗っていった。ところが、七三年は七百四人、七四年になると四百七十九人。八四年の三十人を最後に、「帰国船に乗っての集団帰国」は行われていない。帰国者数には、確かに朴氏の指摘どおりの変化が見られる)。
帰国者はみんな、総聯に対して恨み骨髄ですよ。地上の楽園や言うて連れて来られて、辛い、苦しい思いさせられて。僕が向こうで会ったある帰国者が言ってました。「もし生きて日本に帰れたら、総聯の幹部を絶対に許さない。全貴殺してやる」と。たまたま僕とはフランクな関係だったから本音をブチまけてくれたんだけど、もう何も言われへんかったね。もし僕が帰国者でも同じ、地獄の底まで韓徳銖や、当時帰国を勧めた総聯の幹部連中を追いかける。
宝島:帰国者の中で、収容所送りになった人や処刑された人も少なくないと言われていますが。
朴:北では帰国者が嫌がられてる、差別されてるというのは本当です。東北大学関係者の「マグジャビ(手当たり次第)事件」知りません?東北大の学生や教師、インテリ層が帰国したんだけども、そうしたら、それだけで疑われてしまった。なんでこんなとこにそんなインテリが帰国してくるんや、おかしいやないか、スパイに決まっとる、というわけです。で、帰国者のインテリはのきなみ殺された、もうスターリン以上。
宝島:朝鮮総聯の幹部は、帰国者のそういった事情を知らないわけではないのでしょう?
朴:でもね、もし向こうの体制がどうにかなったとしても、自分たちは殺されてしまうのではないか、少なくとも袋叩き、人民裁判などの報復が待っているのではないか、なんて、総聯の多くの人間は深刻に考えていないと思う。だけど、思ってほしいんです、私は。だから、今日の今でも、社会主義の優越性がどうだとか、本国の民衆は飢えてるというが、自分が先月帰国してみたらそんなの全部嘘だった、なんて言ってる無責任な幹部には、何らかの報復があってしかるべきだと私は思う。
宝島:そういうことも含めて、今、総聯の活動家の人たちは何を考えているんでしょう。今、総聯の活動家であることに、何か金銭的なメリットでもあるんですか。
朴:そんなもの、まったくない。総聯のイルクン(活動家)で実入りがあるやろ言われたら、いちばん腹立つやろね。これは断言してもいい。実入りなんか一切ない。現場も、都道府県本部の幹部連中も、みんな貧乏ですよ。だから誤解せんといてほしいのは、金儲けしたくて総聯の専従になる人は一人もいないということ。むしろ、貧しいことに誇りがあるくらいです。そして僕に言わせれば、貧しくて、純粋で、誇りがあるからこそ、金縛りから抜け出せない。
宝島:金縛り、と言いますと?
朴:たとえて言うなら、こういうことです。
一九八八年のソウルオリンピックの時、北もそれに対抗して「平壌青年学生平和祭」を開催した。その時に、帰国者たちに命じて、日本にいる家族に「カネ送れ」って手紙書かせた。そりゃ、文面には国の命令で書かされてるとは記していませんよ。そんなこと書いたら収容所行きですから。でも、内容でわかる。いっせいに届いてることからもわかる。祖国の実情は、総聯の人間こそわかって当たり前なんです。
だけどね、総聯のイルクンにしてみたら、それこそ、うまいモン食わんと、遊びの一つもせんと熱心に活動してきて、今さらそのすべてを否定できない。自分の人生の全否定になってしまうわけだから。これは自分も含めてやけど、いちばん辛く、恐ろしいことです。だから彼らは、まあ、私もその一人やけど、忠誠心という自己陶酔の世界に住み続けるしかない。朝鮮語て言うたら「タンチャム」甘い夢。総聯の人間はこのタンチャムを見ていたいし、また見続けなければ仕方がないところまで追い詰められている。それが金縛りだと言うんです。
宝島:ジレンマに陥っているんですね。
朴:総聯は入りやすいけど、辞める時のしんどさは口では言い表せないですよ。自分の回りで何人も見てますから。辞めるときの氷のような視線と「革命事業を放棄した卑怯者」というレッテル貼り。総連には会社を辞めるとき出すような辞表などありません。「辞めろ」はあるが、「辞める」はないんです。だから本気で辞めるつもりなら、本人が組織に対して一方的に連絡を絶つしかない。どうしたんだ、と向こうが会いに来ても、黙って話を聞くだけか、会わないか、どっちかです。もちろん、退職金なんて、ありませんよ。それでも辞めるときは悩むんです。自分はいったい何だったんだと。
話は少しそれるかもしれないけど、子供たちが朝鮮学校を辞めるときだって大変ですよ。最初に断っておきますが、私は民族教育を否定しません。むしろ日本で在日が風化しないのも朝鮮学校の存在が大きいからだと思っています。だけど朝校から日本の学校へ進む、転校するなんて言ったら、どうなると思います?地獄の毎日ですよ。毎日、総聯の支部から、分会から、女性同盟から、学校の先生、同級生、挙げ句の果てに父兄が朝鮮学校の卒業生だったら、当時の担任や教師までも動員して阻止しようとする。そして「お前は民族教育を裏切るのか、民族教育を受けてきた値打ちもない馬鹿者」呼ばわりされたりもする。そんな話は嘘だ、朝鮮学校の入退学は自由だという人がいるなら、私はいつでもその人の話が聞きたい。
朝鮮学校の学生が辞めるのにもこんな調子ですから、総聯のイルクンを辞めるときの苦しさといったら、その比ではない。なぜって、それは自分が信じてきた「革命」の放棄を意味するわけだから。そして、それは自分の信念すべてを否定することと等しい。
宝島:……
朴:けれど、その一方で、やっぱり矛盾してるんやね。北朝鮮に帰ってやるしかないようなことをいくら学習でやったって、事務所を一歩出れば、日本の現実がある。会議や学習会では社会主義、終わったらみんなでカラオケスナックに行く(笑)。貧乏と言っても、日本ではそのくらいできるからね。
だから昼は社会主義、夜は資本主義。この言葉は、そっくり今の総聯に当てはまると思う。
宝島:朴さんが朝鮮総聯を許せなくなったのも、そういう所なんですか。
朴:一言で言えば、嘘だからよ、みんな。学校の教育から何から全部嘘だからです。
宝島:今、金日成に対しては、どういうお気持ちですか。
朴:そら、複雑なものはあるよ。父だという気持ちはある。ただ、晩年はボケたんと違うんかな、状況が見えてなかった。でも、私は八対二で彼の業績は肯定してる。
宝島:やはり、建国の父ですか。
朴:そうやね。
宝島:金正日に対してはいかがですか。
朴:興味ないです。可哀相やな、あれも。案山子ですよ。金日成の子供として生まれてしまったために。
宝島:朝鮮総聯は今後、どうなってゆくと思われますか。
朴:金縛りが解けない限り、変われへんでしょう。そして、金縛りを解く方法は、ひとつしかない。声を出すこと。
宝島:総聯を批判せよ、ということですか。
朴:そんなことやない。真剣に声出せ、声帯をふるわせてみなさい、ということ。いや、声が出ないから金縛りじゃないかと言う人がおるかもしれないけど、気持ちを落ち着けて声帯をふるわせれば、必ず金縛りから逃れられるもの。そのかわり、いやがおうにも眠りからは覚めますよ。総聯は、眠りから覚めたくないから、金縛りから逃げられないんです。
総聯の人間は夢を見とる。いや、夢を見たい。自己陶酔という夢を。しかし、この夢はすべて嘘やから苦しい。しかし、それがわかっていても、人間はみんな夢から覚めたくないという本能があると思う。
宝島:金縛りを解く声を出すために、このインタビューにも応じていただけたということですか。
朴:そうかも知れない。とにかく今、総聯に必要なのは、夢から覚めること。苦しい金縛りの夢から覚めたらいいんです。
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