丹羽宇一郎インタビュー いま、働くことの意味は何か
2004年までの6年間、伊藤忠商事社長として、約4000億円に上る不良資産の一括処理に成功し、その翌年に同社史上最高益を計上するなど、その辣腕ぶりが各界から激賞された丹羽宇一郎現同社会長。今後は人材育成への熱意を語る彼の話から見えてくる、普遍的な「働くことの意味」とは――。
丹羽宇一郎プロフィール
1939年名古屋市生まれ。名古屋大学法学部卒。60年安保の学生運動では自治会委員長を勤める。大学卒業後伊藤忠商事に入社、一貫して食料畑を進む。1998年、同社代表取締役社長に就任。トップとなった後も電車通勤を貫き、給料を返上して経営再建に乗り出すなどその人格の清廉さでも話題に。2000年度決算では同社史上最高益を計上し世間を驚かせた。2001年、経済広報センター主催の優秀経営者賞を日産のゴーン社長と共に受賞。2004年代表取締役会長就任。いま最も注目されている経営者である。

人間は誉められたい生き物

『人は仕事で磨かれる』(文藝春秋社)
――『人は仕事で磨かれる』(文藝春秋社)、大変面白く読みました。このタイミングで本を書かれたきっかけは何だったんでしょうか?

2年ぐらい前から「本を出しませんか」というお申し出は複数の出版社から来ていたんです。まだ現役だしそんな暇はないとお断りしていたんですが、2004年に始めた青山フォーラムという塾をやっているうちに、ちょっと考えが変わりまして。

――うちの社員も行かせていただいた塾ですね。

青山フォーラムをはじめた目的は、以前経営者の卵を育てようと「経営塾」というのを行ったのですが、伊藤忠商事における過去の失敗例とか方法論みたいになってしまって、あまり勉強にならないんだよね(笑)。失敗の教訓なんて本人じゃないと学習効果はないんですよ。他人の話を聞いても小説を読んでいるようなもので勉強にはならない。私自身、特別頭が悪いわけでもないけど、伊藤忠商事の入社時期の社長の話なんか一つも覚えていないね(笑)。

――そうですか(笑)。

では何を伝えるべきかと考えた時に、「仕事と人生」というテーマがやはり一番大事じゃないか、と思った。でも私だけが語ったところで一人の人間の経験でしかない。そこで一応サラリーマンとして功なり名を遂げた人をお呼びして、どう生きてきたか、失敗や笑い話も含めて「仕事と人生」について話してもらうことにしたんです。これが意外と好評で、それなら前から頼まれていることもあるし私の人生を一回振り返って書いてみるか、と。

――仕事の意味を考えるのは大変重要だと思います。今の若い人たちは結構考えていると思うんです。なぜ働かなければならないのか、と。

人間というのは、褒められたい、人に喜んでもらいたいという思いが非常に強い生き物なんです。小学生の時は試験で良い点を取ると親に褒めてもらえる。おだてられれば木に登る。親や周りの人が子どもの教育とか学校に関心がない家の子はあまり出来が良くない。なぜかというと、誰も喜んでくれないからですね。
仕事も一緒です。両親、あるいは家族、同僚、恋人、みんなを喜ばせたい。褒めてほしい。「あなた、すごいわね」って恋人に褒められたら、また木に登る。そうやって人間は成長していくわけです。
だから大人になって仕事をせずに、一体どうやって人間として成長していくか、というと非常に難しい。仕事じゃなくてもいいんですが、人に感動を与え自分も感動する経験があって初めて、自分を高めたいという気持ちになってくるわけです。

――確かにそうですね。

つらい仕事を成し遂げると自信になるし弱い人の立場に立てるようにもなる。大した苦労もせずに良い結果だけ出すと人間は傲慢不遜になってしまう。苦労が人間を高めていくんです。だから伊藤忠商事でも、儲からない部署で苦労している社員に私は「君、よかったね。これを乗り越えたら、人の弱みとか苦しい時の自分の人生の処し方というのが分かるんだから、会社から給料をもらうんじゃなくて、会社に金を払ってくれよ」と言っている(笑)。辛い仕事を通して自分が成長していく、それが仕事の見えざる報酬というものなんです。見える報酬よりも見えざる報酬を人間というのは基本的に求めるべきものなんです。

――そちらのほうが大事だと。

仕事に対する考え方はそうあるべきです。課長になりたいから課長を狙って仕事をする、なんていうのは永遠に捕まらない青い鳥を追うようなもの。そんな俗な考えを持って仕事をしてはいけない。一生懸命仕事をする。それで周囲の人が喜び、そして自分も成長する。それを繰り返しているうちに、課長になったり、部長になったりするんでしょうね。

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