ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
『過去』と『現在』



 IS学園。日本政府が創設した、IS操縦者育成を目的とする国立高等学校。

 その校舎の一室、生徒会室と書かれた部屋で、一人の生徒が“ある資料”を見ていた。


「織斑一夏くん……。それに、時入神楽くん……か」


 その資料を見ていた生徒は、当然女性だった。その少女が着ている制服、そのリボンの色は黄色であり、この学園の二年生である事を示している。

 ISは女性にしか扱えないのだから、このIS学園に男子生徒がいる筈はない。

 だが、その考えは昨日の入学式で覆された。二人の“男”が、この学園に入学したのである。


「入試会場にあったISを偶然起動させ、それを監督の教師に目撃された。そのまま政府へと連絡が行き、日本政府は二人を“保護”した……」


 資料に書かれた項目を声に出して音読する。その顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。


「んふふ。今年は面白くなりそうね~」


 生徒会室、その奥にある一つの席。それは“生徒会長”のみが座る事を許される、至高の場所。

 そこに座る少女は、やはり笑いながら手に持つ資料を捲っていく。


「ん?……ふ~ん」


 興味深い、というような声を出し、ある項目を目で追っていく。

 それは、今年入学した“男でISを使える人物”の一人、時入神楽のデータだった。


「中学での成績は上の上、運動神経も抜群。運動部の助っ人として何度か大会にも出場。全校生徒からの支持は相当なもので、生徒会長に圧倒的票数で当選――――」


 ハイスペックだった。頭脳明晰で運動神経も問題ない。生徒からだけでなく、教員からの支持も十分。

 しかし、少女の持つ資料には、まだ続きがあった。


「中学一年の頃、一部の生徒を一方的に拒絶。その後、その生徒たち数名が“彼”に暴行、怪我を負わせた。だがその事件が公になる事はなく、粛々と処理された」


 それは、通常の“資料”ではなかった。粛々と処理された事件すら載っているのだ。おそらく、中学から送られてくる資料とは別の物だろう。


「その後は特に問題なく、か」


 資料を机の上に放り投げ、少女はクスリと笑いながら椅子に座ったまま薄青の髪を揺らし、赤い瞳を天井に向ける


「いいね~、なんだか興味が出てきたよ………。ふふっ」


 暴行事件があったのなら、その後問題が起きない筈がない。この“時入神楽”という少年が、何か特別なアクションを起こしたのだろう。

 そしてそれは、その暴行を加えた生徒たちに“首輪”を付けるだけの効力があるものだった。

 資料にある時入神楽という少年の顔写真。その顔は優しそうな笑みを形作っていた。

 しかし、椅子に座っている少女の目にはしっかり映っていた。

 彼の瞳の奥、その深淵を。


「時入神楽くん。そして、織斑一夏くん。さぁ、これから一体どうなるかな?」


 このIS学園の生徒会長、そして、このIS学園で“最強”という称号を持つ少女“更識楯無さらしきたてなし”は、天井を見上げたまま、小さな笑いを零していた。





 朝七時。

 まだ学園内に生徒の姿はあまりない。いるとしても、それは部活の朝練組ぐらいだろう。そんな時間帯だ。


「ふふふ~ん」


 その学園の校舎内にある図書室、その受付席で本を読む一人の少女がいた。リボンの色から二年生と判断できるその少女は、図書委員の朝当番としてここにいる。

 IS学園の図書室、その蔵書量はかなりのものだろう。広い空間一杯に配置された本棚には、様々な国の書籍が所狭しと並んでいる。

 IS学園だけに、IS関係の技術書類も保管されている。当然、機密に関わるものはないようだが、それでも相当貴重なものも並べられているようだ。


「朝はいいな~。気持ちいいし、静かだし。やっぱり読書はこういう空間でしたいものよね~」


 金髪のショートカットに、少し青の入った瞳。少なくとも日本人ではないだろう。そんな図書委員の少女は、理想の読書タイムを満喫していた。


「そもそも、昨日が騒がし過ぎたのよ! まぁ確かに、男子二人が入学したとなれば分からなくもないけどさ……」


 昨日はこの学園の入学式だった訳だが、今年のそれは特別なものだった。ニュースで話題になった“男でISを起動できる”という二人が、二人揃ってこのIS学園に入学したのである。

 それを知った各学年、各クラスの女子たちは、その二人がいる一年一組の教室へと偵察兵を放ち、情報収集に勤しんだ。

 そのおかげか、昨日一日はまるでお祭り騒ぎのようだったのだ。落ち着いて本を読む事すらままならない。


「でも、さすがに今日は静かでしょ。毎日アレじゃあ、さすがにね~」


 この図書委員の少女も、一応男子二名に興味はある。偵察に赴いたクラスメイトから情報もしっかり仕入れている。そこは年頃の少女である。


「さて、続き続きっと」


 図書委員の少女は手に持っていた小説を読み出す。既に半分ほど読み終えており、今日中には読み終えたいと考えていた。じゃないと、以前買った本に手を出せないからだ。一冊読み終えたら新しい本へ、というのがこの少女のスタンスらしい。

 そして、少女の読書タイムが始まろうとした、その時。

 早朝の図書室に、まさかの異音が鳴り響いた。


 バターン!!


「え?!」


 それは、図書室のドアが開けられた音だった。

 だが、その音に少女は困惑する。


(ちょっと! この図書室のドアって自動だよ?! 何今の「バターン」って!?)


 そう、この図書室のドアは自動だ。本来人感センサーが働き、人がドアの前に近づくだけで開くようになっている。なのに、今の音は明らかに人力で開けられた音だ。

 少女は焦りながら受付席から入り口のドアを見た。受付から入り口まではさほど遠くない。少女の目でも、そこに誰がいるのかは十分確認できた。


「………え?」


 入り口にいる人物を確認した少女は硬直した。確かに確認できたのだが、その人物があまりにも意外だったのだ。


「おおおおー! これ全部本ですか?! これ全部読んでいいのですか?! ふはははははは!!!」


 そこに居た人物、それは昨日この学園に入学した今一番話題の人物、男でISを使える人物こと“時入神楽”本人だった。ドアを手で開けたポーズのまま、目を輝かせながら図書室の蔵書量に発狂している。

 神楽は本が好きである。そう、三度の飯より好きなのである。


「おっと、図書室ではお静かに……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ」


 図書室でのマナーを守ろうとするが、未だ発狂気味である。俯いているため顔が判別し辛いが、かなり邪悪な笑みを浮かべていることだろう。

 数秒後、神楽はその邪念を振り払うかのように顔を左右に振る。その顔はいつもの顔に戻っていた。何とも切り換えが速い。


(……なんか、すごいの見た気がする)


 遠くの受付席からその様子を見ていた図書委員の少女は、呆けた顔で硬直していた。

 だが、その顔がいきなり驚きの表情を作り出した。


(え? なんでこっちに来るの?!)


 突然、神楽が受付に向かってきたのである。まさかの事態に混乱する少女だが、それに構う事なく神楽は足を動かし続ける。

 この図書委員の少女は、男に対する免疫が殆どない。小学校は共学だが、中学は女子校だったのだ。しかも“本が好き”という性格上、外に出るという事もあまりしていなかった。


「あの~、すみません。少々お聞きしたい事があるのですが……」


「ひ、ひゃい!! なんでしょうか?!?!」


 受付に着いた神楽は、そこで混乱し続けていた少女に声を掛けた。声を掛けられた少女は少女で、声が完璧に裏返っている。


「ISの技術書や教本などを探しているのですが、どの辺りにありますか?」


「あ、はい! 少々お待ち下さい!」


 裏返った声ではないが、それでも緊張はしているらしい。声の音量がいつもよりかなり大きくなっている。神楽も目の前の少女が動揺している事に気付いてはいるようだが、あまり深く突っ込まないようだ。

 受付席に備えられた端末で検索をかける少女は、チラリと神楽の方に目をやる。

 前に織斑一夏の写真を見た少女は、目の前にいる男子の制服が織斑一夏の物と異なるという事に気付いた。上着のデザインが違うのだ。彼はネクタイをしているため、襟の部分が女子の制服と類似している。裾も長くされており、全体的にコートのような形状だ。この学園の制服はカスタム自由という特殊な物だが、それは男性用にも適用されるらしい。


「……?」


「!!!」


 少女の視線に気付いた神楽は小首を傾げる。気付かれた少女は顔を赤らめて視線を逸らした。なんとも微笑ましい光景である。


「……! ありました。この受付からだと――――」


 顔を赤らめたまま、神楽に保管場所を説明する少女。先ほどに比べれば顔の赤らみも薄くなっているようだ。


「なるほど……。ありがとうございます」


「い、いえ……」


 説明を理解した神楽は、端末が示していた場所へと向かう。笑顔でお礼を言われた少女は少女で、手を軽く振って見送っていた。というか、その状態のまま再硬直していた。


「…………いい」


 何がだろうか。それは、顔を赤らめてうっすら笑みを浮かべているこの少女にしか分からない。





 入学二日目、その二時間目。

 神楽は教科書を読みながら、脳内で様々な事を考えていた。


(……やはり、相手が近接戦型の方がやりやすい。が、もし遠距離戦型だった場合、一番厄介だ。近接戦型ならこちらの射程内に勝手に入ってくる。攻撃を避けつつ、こちらの攻撃を当てればいい。でも遠距離戦型は射程外から攻撃してくる。当たり前だ、相手の獲物の方が射程距離は長いのだから……)


 明日に控えたセシリア・オルコットとの試合。その試合の為に、予行練習を頭の中でやっているようだ。

(その遠距離戦型が鈍足なら、ラファールの速度で追いつけるなら被弾覚悟で近づけばいい。でも、相手のスピードが一枚上手だったら完全に嬲られる)


 今朝読んだISの技術書と教本。ある程度の知識は得ることが出来たが、その知識によって生み出された答えは、やはり喜ばしいものではなかった。

 セシリア・オルコット、彼女はイギリス代表候補生だ。資料を見た限り、彼女のような存在には“試験機”に近いISを与えられる事が多いらしい。つまり、相手が現行最新鋭である“第三世代IS”を所有している可能性が極めて高いのだ。

 世代が全てを決める訳ではないだろう。それらは操縦者次第で幾らでも覆る。だが覆すだけの“技量”を、神楽は有していない。


(……はぁ)


 頭を抱える。だが、こうした行為をしながらでも神楽は授業内容をしっかり理解していた。彼の特技のようなもので、複数の物事を効率よく処理出来るのだ。中学で生徒会長をしていた時は、かなり役立っていた。


「という訳で、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これは心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ――――」


 授業を行っているのは山田真那だった。教室の後ろには織斑千冬も控えているようだが、山田先生の授業に口出しする事は殆どない。山田先生の思考が暴走し、授業が脱線しそうになった時に咳払いをする程度だ。


「先生、それって大丈夫なんですか? なんか、体の中を弄られているみたいでちょっと怖いんですけども……」


 山田先生の説明を聞いていた生徒の一人が、手を挙げて質問した。その質問内容に同意したのか、何人かの生徒は頷き、山田先生へと目を向けている。

 山田先生は「う~ん」と首を傾げている。何かいい例えがないか考えているようだ。


「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。もちろん、自分に合ったサイズのものを選ばないと、型崩れしてしまいますが――――」


 そこまで言って、山田先生は固まった。目の前で説明を聞いていた“男”、織斑一夏の存在に気付いたのだろう。一夏を見た直後に山田先生は窓際最後尾の席へと目を向ける。当然そこに居るのも“男”である時入神楽、彼も乾いた笑いで山田先生の視線に答えていた。


「え、えっと、いや、その、お、織斑君や時入君はしていませんよね。わ、分からないですよね、この例え、あは、あははは……」


 山田先生の誤魔化し笑いが響く教室内。女子の殆どが腕組をする振りをして、自分の胸を隠していた。


(いや、分からなくもないんですけどね。一応、知識としては知っていますし……)


 そんな事を考えながら、女子の微妙な視線の対応に困る神楽。一夏もこの空気は落ち着かないようで、神楽の方へと視線を向けていた。神楽はその視線をスルーしているようだが。


「んんっ! 山田先生、授業の続きを」


「は、はいっ」


 その微妙な空気を破壊したのは、教室の後ろに待機していた織斑千冬だった。それに驚いた山田先生は教科書を落としそうになったが、なんとかそれを回避し、授業を再開する。


「そ、それともう一つ大事な事は、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話――つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします。それによって相互的に理解し、より性能を引き出せる事になる訳です。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」


 神楽はその説明を聞きつつ、前もって学習しておいた知識と照らし合わせた。


(ISの意識……ですか。様々な書物を漁りましたけど、こればかりはよく分かりませんでしたね。ISのコア、その存在そのものが完全な“ブラック・ボックス”なのですから、仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが……。これを開発した“篠ノ之束”という人は、本当にすごい)


 神楽は目だけを一夏と同じ最前列にいる一人の少女、篠ノ之箒へと向けた。


(篠ノ之箒……。彼女は篠ノ之博士の関係者なのでしょか?)


 頭に浮かんだ小さな疑問だが、今は必要のない知識だ。神楽はその考えを一時的に退かし、山田先生の授業を聞きつつ、脳内シミュレートを再開した。


「先生ー、それって彼氏彼女のような感じですかー?」


「そ、それは、その……どうでしょう。私には経験がないので分かりませんが……」


 一人の女子が投げかけた質問を聞き、赤面して俯く山田先生。この雰囲気はさながら“女子校”である。俯く山田先生を尻目に、クラスの女子たちは男女関係についての雑談を開始していた。


(……確か第三世代ISには、特殊な兵器が装備されているのでしたね。その場合の対処方法としては……)


 だが神楽はその会話を流しつつ、脳内演習を続けている。

 そんな中、授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。


「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」


 山田先生は顔を少し赤らめたまま、教科書をまとめて教室を出て行く。IS学園の休憩時間は十五分と少し長めではあるが、こうしてイチイチ職員室まで戻らなければならないというのは、少々面倒だ。


「ISの空中制動、ですか。今の状況では有り難い……」


 様々な資料を見てある程度の知識を得ているとはいえ、所詮それは“文章”としてまとめられたものだ。実際に動かした事のある人の説明よりも、やはり鮮度は落ちてしまう。


「神楽~、助けてくれ~……」


 一夏がよろめきながら神楽の席へとやって来た。相変わらず、授業の内容についていけていないようだ。


「一夏……、織斑先生に再発行してもらったアレ、ちゃんと読みました?」


 “アレ”とは、電話帳三冊分の厚さを誇るIS学園入学前教材の事である。昨日のうちに千冬が一夏に渡している筈である。


「単語を覚えても、理屈が全然分からない……」


 単語だけでも膨大な量だが、その根本まで理解するにはやはり時間が掛かるのだろう。この学園に入学した女子の大半は、中学の段階でそういった知識を学んでいるらしい。


「ねえねえ、織斑くんに時入くんさあ!」


「はいはーい、質問しつもーん!」


「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」


 そんなグロッキーな一夏と、その一夏を見て溜息をついていた神楽の元に大勢の女子が殺到する。入学二日目という事もあって、神楽たちに話しかける決意が出来たらしい。


「いや、一度に訊かれても――――」


 一夏は困ったように呟く。神楽はそれを見て苦笑すると、おもむろに顔を横へと向ける。

 そこに、何かの整理券を配っている女子がいた。神楽と目が合ったその女子は、満面の笑みで親指を立てる。


「繁盛してますか?」


「ばっちり!!」


「それは良かった」


 入学二日目。神楽はこのクラスの女子たちの対応を会得していた。笑顔で女子の即答をスルーできる程に。

 そんなやり取りをしている中、一夏は女子たちの質問の波に飲まれていた。


「千冬お姉様って自宅ではどんな感じなの!?」


「え。案外だらしな――――」


 目を輝かせて質問してくる女子。その質問に答えようとする一夏だが、その瞬間、彼の後ろに一つの影が浮かび上がる。


 パァン!


 そんな音と共に。


「痛っ!!」


「休み時間は終わりだ。散れ」


 その影は、このクラスの女王にして担任である織斑千冬だった。その手に持つ出席簿から放たれる一撃は、脳細胞五千個を死に追いやる威力を持つとされている。


(一夏曰く、対喧しい奴用戦略兵器……でしたかねぇ)


 そんな核兵器を落とされた一夏は、その爆心地である頭を摩っている。その状況を見ていた女子たちは、顔色を変えて自分の席へと戻っていった。当然、先ほど商売をしていた女子もである。

 千冬はそれを見て一つ溜息をつく。


「全く……。このクラスは本当に喧しいな」


 そう呟くと、自分の近くで未だ頭を摩る自分の弟と、その隣で苦笑している弟のような存在に目を向けた。


「織斑、それと時入。お前たちのISだが準備まで時間が掛かる」


「へ?」


「は?」


 千冬の突然の一言に、一夏と神楽は気の抜けた声を漏らした。一夏は先ほど受けた一撃の痛みを忘れてしまっているらしく、今まで摩っていた手が止まっている。


「明日時入が使用する訓練機だが、それも明日だけだ。それ以降、お前たちの機体は用意できない。だから、少し待て。学園側で新たに専用機を用意するそうだ」


 教室内が一気に静まる。状況を理解していない一夏はただ硬直しているだけだが、千冬の言葉、その全てを理解した神楽は、専用機提供の理由を考え始めていた。

 そして、黙っていた女子たちのテンションが、一気に頂点へと達した。


「専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」


「つまりそれって政府からの支援が出てるって事で……」


「ああ~。いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」


 騒ぎ出す女子。一夏は女子たちの突然の反応に驚き、目を白黒させている。完璧に状況を理解していないようだ。


「織斑。教科書六ページ、音読しろ」


「え、えーと……」



――――現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS四百六十七機、その全てのコアは篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、未だ博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作る事を拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引する事はアラスカ条約第七項に抵触し、全ての状況下で禁止されています――――



「つまりそういう事だ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前たちの場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解できたか、織斑?」


「な、なんとなく……。あれ? 俺だけ?」


「君だけです」


 神楽は笑顔で言い放つ。説明の対象が自分一人だったという事に少なからずショックを受けた一夏は、自分と神楽の間にある壁を再認識して項垂れていた。


「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なのでしょうか……?」


 一人の女子が手を挙げ、千冬に向かって口を開く。

 今まで専用機の話で夢中になっていたクラスの女子たちだが、その質問が出た瞬間、殆どの視線が千冬へと向かう。


「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」


 その瞬間、再びテンション最高潮である。授業中にも関わらず、クラスの女子たちは箒の元へと群がり始めた。おそらく、先ほど一夏たちが受けた質問の波状攻撃を敢行するつもりだろう。


「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」


「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度ISの操縦教えてよっ」


 どうやらこのクラスの女子は、こうした情報を餌にして元気を得ているらしい。中にはメモ帳を取り出して箒の発言を待っている女子までいる始末だ。


(ああ……、これは何か不味いのでは?)


 一夏とその様子を見ていた神楽は、箒の顔色が変わっていくのを見逃さなかった。机においている手も、先ほどから握り締められている。


「あの人は関係ない!」


 数秒後、神楽が予想していた通りの事態が起きた。箒の大きな声が、教室の中を一瞬にして支配したのだ。箒を取り囲んでいた女子全員が呆然とその場で固まり、神楽の隣にいる一夏も硬直している。


「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるような事は何もない」


 視線を少しだけクラスの女子たちに向け、謝罪の言葉を述べる。だが、その行動が終われば視線は窓の外へと移ってしまった。彼女の席は窓際最前列、顔を左に向ければ、その先には誰もいない。


「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」


「は、はいっ!」


 箒の態度が気になる山田先生ではあるが、気持ちを切り替えて授業を始める。


(あ、いたんですね、山田先生)


 そんな失礼な事を思った神楽も自分の席へと戻り、自分の教科書を広げ始めた。





 いつの間にか、昼休みになっていた。

 神楽は頭の片隅で明日の試合に向けて脳内演習を繰り返していた。授業中もひたすら。

 数分前、その試合の相手であるセシリア・オルコットが神楽の元を訪れて、いつもの偉いぞオーラ全開スタイルで一言告げていった。


「明日は手加減して差し上げますわ!」


 その一言は教室内を駆け巡った。クラスの女子たちは「当然か」と納得してしまっていたようだが、一夏の反応は違った。いつもより険しい顔でセシリアに近づき、何かを言おうとした。

 だが、それを神楽は止めた。そしてセシリアに一言、こう告げたのだ。


「ありがとうございます」


 その一言にセシリアは驚き、そして一夏も驚いていた。だが神楽本人はいつもの笑顔を崩しておらず、また読書へと戻ってしまった。

 セシリアは何か言いたそうだったが、言葉がうまく見つからなかったのか、少し不機嫌そうに教室を出て行った。一夏も神楽に声を掛けようとしたが、それを察知した神楽に笑顔を向けられ、苦笑して何処かへ行ってしまった。

 そんな数分前の一幕。

 神楽は脳内演習と教科書にあるIS基本動作、基本技術の照らし合わせが一段落すると、教科書を机の中へと収め、席に座ったまま背伸びをする。朝からひたすら本を読んでいた為、体の節々が音を鳴らしていた。


「箒」


「…………」


「篠ノ之さん、飯食いに行こうぜ」


 一夏の声に反応し、神楽は自分のいる列、その最前席へと目を向けた。そこには先ほどクラスメイトたちの質問に怒鳴ってしまった篠ノ之箒と、そんな箒に話しかける一夏の姿があった。

 このクラスの中で、箒は少し浮いた存在になっていた。先ほど怒鳴ってしまったのも効いているのだろうが、それ以前に、彼女はクラスメイトの誰かが声を掛けても、最低限の返事しかしないのだ。

 無愛想。この言葉が、篠ノ之箒という人物を表す最適なものになってしまっているようである。


「他に誰か一緒に行かない?」


「はいはいはいっ!」


「行くよー。ちょっと待ってー」


「お弁当作ってきてるけど行きます!」


 だが、そんな存在である箒も、一夏とセットならある程度は受け入れられているらしい。三人の女子が一夏の声に反応し、手を挙げている。

 が、箒の顔は険しいままだった。一夏の方へ一度視線を送るが、それもすぐに逸らす。


「……私は、いい」


 箒はそう告げると、窓の外へと顔を向けてしまう。


「まあそう言うな。ほら、立て立て。行くぞ」


「お、おいっ。私は行かないと――――う、腕を組むなっ!」


 そんな箒を前にしても、一夏は動じなかった。箒の腕を無理やり掴み、そのままその腕と自分の腕を組む。完全に逃がす気がないようだ。

 箒はそんな一夏の行動に顔を赤くする。他の女子から見れば、それはかなり羨ましい光景だろう。一夏本人は全く気付いていないようだが。


「なんだよ歩きたくないのか? おんぶしてやろうか?」


「な……!」


 一夏の爆弾発言に、箒の顔は更に赤くなる。

 困惑して動きが止まった箒。それをチャンスと見た一夏は、組んでいた腕を力強く引き寄せる。このまま学生食堂まで連行するつもりなのだろう。


「は、離せっ!」


「学食に着いたらな」


「い、今離せ! ええいっ――――」


 席を立たされた箒は、自分の言っているをスルーする一夏に対して実力行使に出た。

 組まれていた腕に力を入れ、もう片方の腕で一夏の腕に力を加える。一夏は痛みで一瞬表情が曇るが、その瞬間で一夏は教室の冷たい床の上に投げ飛ばされる。


「ほう……――。合気道の一種でしょうか?」


 それを見ていた神楽は、投げ飛ばした箒を見て、感嘆の声をあげた。


「痛ってぇ……。腕上げたなぁ」


「ふ、ふん。お前が弱くなったのではないか? こんなものは剣術のおまけだ」


 床の上で背中を摩りながら箒に目をやる一夏。その顔は笑っているが、結構痛いらしい。その目尻には、うっすらと涙が溜っている。

 箒は内心、やりすぎたという感情はあるようだ。投げ飛ばした瞬間には「やってしまった」という顔をしていた。だが、どうも素直になれない。


「え、えーと……」


「私たちやっぱり……」


「え、遠慮しておくね……」


 昼食に同行する予定だった女子三名は、箒の方をチラチラと見ながら後ずさっていく。“無愛想”だけでなく“凶暴”というタグも追加されてしまった。


 一夏はそれを見て肩を落とす。一夏は箒の為にクラスメイトを食事に誘ったのだろう。箒を受け入れてもらう為に。

 制服に付いた埃を落としながら立ち上がると、箒を睨む。箒はそれを見て「私は悪くないぞ」と言いたげな顔でそっぽを向いた。


「箒」


「な、名前で呼ぶなと――――」


「飯食いに行くぞ」


 険しい表情のまま、一夏は箒の手を掴む。

 箒は再び顔を赤くするが、まだ抵抗していた。手を掴まれている事もかなり恥ずかしいのか、振り解こうと必死だ。

 だが、一夏はそんな箒の気持ちはいざ知らず、教室を出ようとドアへ向かう。


「お、おいっ。いい加減に――――」


「黙ってついてこい」


「む……」


 一夏の迫力に負けたのか、箒は観念した様子で引っ張られていく。顔は赤いままだが。

 そんな中、一夏は何かに気付いたような仕草をして、もう一度教室内へと目を向けた。


「神楽ー! 飯行こうぜ!」


「私ならここにいますよ?」


「うわっ!」


 どうやら神楽の事を誘おうとしたらしい。神楽の席は、今一夏たちがいる位置からかなり遠い。一夏はそれを踏まえて声を大きくしたようだ。

 その神楽本人は既に教室を出て、廊下で待機していたようだが。ついでに――――


「ていうか、その周りの人たち、誰だ?」


「はっはっはっはっは――――誰でしょうね?」


 男子という餌に群がっていた、他のクラスの女子たちも一緒だった。





 学食に着いた一夏、箒、神楽の三人は、食券を手にカウンターに並んでいた。既に多くの学生で賑わっており、座れる場所があるかも分からない。


「箒、何でもいいよな。何でも食うよなお前」


「ひ、人を犬猫のように言うな。私にも好みがある」


「ふーん。あ、日替わり二枚買ったからこれでいいよな。鯖の塩焼き定食だってよ」


「話を聞いているのか、お前は!」


「聞いてねえよ。俺がさっきまでどんだけ穏和に接してやってると思ってんだ馬鹿。台無しにしやがって。お前、友達できなかったらどうすんだよ。高校生活暗いとつまんないだろ」


「わ、私は別に……頼んだ覚えはない!」


「俺も頼まれた覚えがねえよ」


 先ほどから、一夏と箒はこんな感じである。教室での一件から、一夏はかなり機嫌が悪い。箒も箒で、素直になれていないようだった。


「一夏、早く注文しないと……。ついでに私の日替わりもお願いします」


「おう――。おばちゃん、日替わり三つで。食券ここでいいんですよね?」


 そんな二人を後ろから観察しているのは神楽だ。一夏と箒の会話を聞いて、常に笑っている。何が面白いのか分からないが、この表情が彼のデフォルトのようだ。

 箒の顔は未だ赤い。それもその筈、一夏の左手が箒の手を未だに掴んでいるのだ。逃亡阻止の為だろうが、これは箒にとってかなり恥ずかしい。


「いいか? 頼まれたからって俺はこんな事、普通しないぞ? 箒だからしてるんだぞ」


「な、なんだそれは……」


「なんだもなにもあるか。おばさんたちには世話になったし、幼なじみで同門なんだ。これくらいのお節介はやらせろ」


「………………」


 一夏と箒。うまくかみ合っていないように見える二人だが、これはこれでバランスが取れているのだろう。それが神楽の見解だった。

 その時、箒が目を一夏に向ける。決心がついたのか、何か告げようと口を開く。


「そ、その……ありが――――」


「はい、日替わり三つお待ち」


「ありがとう、おばちゃん。おお、美味そうだ」


「美味そうじゃないよ、美味いんだよ」


 タイミングが悪かった。

 箒は一夏に礼を言おうとしたようだが、それは鯖の塩焼き定食によって阻まれた。


「……篠ノ之さん、そんなに塩焼き定食を睨まなくても――――」


「…………」


「箒、テーブルどっか空いてるか?」


「……向こうが空いている」


 箒は一夏に握られていた手を振り解くと、定食を受け取り、不機嫌そうな顔を隠そうともせずにズカズカと空いているテーブルへと歩いて行く。

 それを見て、一夏と神楽は肩を竦める。


「面白い人ですね、彼女」


「……いや、面白くはないだろ」


 そんな会話をしながら、一夏と神楽は箒の後を追う。テーブルに向かう途中、学食にいる女子のほぼ全員が彼らに目を向けていた。一夏はまだ慣れないようで、極力周りに目を向けないようにしている。神楽は定食を右手に持ちつつ、ポケットから取り出した本を読んでいた。歩きながらの読書は神楽の日課であり、障害物にぶつかるという事は殆どない。

 少し歩くと、既に箒はテーブルに着いていた。その右隣に一夏が座り、左隣に神楽が座る。


「………じゅる」


 そんな音がしたのを、神楽は聞き逃さない。音がした方向を見ると、女子が涎を垂らしながらこちらを見ていた。よく見ると、他にも同じ状態の生徒が見受けられた。


「羨ましい……」


 この学園に二人しかいない男子を、箒は一人で独占しているのだ。そう思う女子もいるだろう。箒にそんな感情はないようだが。


「そういやさあ」


「……なんだ」


 会話を切り出したのは一夏だった。鯖の身をほぐしながら箒に声を掛ける。

 対する箒は味噌汁を飲みながら返事をする。まだ不機嫌そうだが、それでもまだいい方だろう。こうして一夏の声に反応しているのだから。


「ISの事、教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」


「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」


「それをなんとか、頼むっ」


 箒の冷たい言葉に負けず、一夏は箒に手を合わせて懇願する。が、箒はそれを無視して、ほうれん草のお浸しを啄んでいた。


「いや~、私なんて明日ですよ? そもそも私は何もしていないのに、いつの間にかオルコットさんと試合をする事になってましたしね~」


「……神楽、お前もしかして怒って――――」


「自分で考えなさい」


「――――すまん。すみません。ごめんなさい」


 神楽はいつもの笑顔で鯖を食していた。時折「あ、美味しい」と言っているが、その身から滲み出ているオーラは明らかに黒い。それも空間が歪むほどに。

 一夏はそれを見て、冷や汗をかきながら平謝り。神楽を怒らせるとどうなるか、それを知っているからこその対応だった。


「ねえ。噂の男子って、君たちでしょ?」


 神楽のオーラにビクビクしている一夏に、突然話しかけてくる女子がいた。制服のリボン、その色は赤。つまり三年生を表す。くせ毛なのか、少し外側に跳ねている髪が特徴だ。三年だけあって、雰囲気は大人びている。


「あ、多分そうだと思います」


 神楽が箸を止めて対応する。それを見た三年の女子は笑顔になり、神楽の隣に座る。


「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」


「ええ、本当です」


 会話中、神楽は黒い視線を一夏に向ける。その視線を感じ取った一夏は「ビクッ」と肩を震わせていた。

 その行動に若干疑問を抱く先輩だが、気に留める事なく話を続けた。


「でも君たち、素人だよね? IS稼働時間いくつくらい?」


「そうですね……二十分程度ではないかと」


「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものを言うの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ? だったら軽く三百時間はやってるわよ」


 稼働時間云々と言われて理解できるのは、箒と神楽だけだろう。一夏は理解できておらず、引き攣った笑みを浮かべている。


「でさ、私が教えてあげよっか? ISについて」


 先輩は神楽に顔を寄せて提案してきた。神楽は少し唸りながら考え始める。だが、一夏は余り考えずに反応した。


「はい、是非――――」


「結構です。私が教える事になっていますので」


 そんな一夏の言葉を、箒が断ち切る。手にある箸は鯖を解体しているが、その迫力は相当なものだ。


「あなたも一年でしょ? 私の方がうまく教えられると思うなぁ」


 先輩の目が箒へと向く。そして箒のリボンの色を見て、余裕の笑みを浮かべていた。


「……私は、篠ノ之束の妹ですから」


「篠ノ之って――――ええ!?」


 だが、箒が躊躇いながら口にした言葉、それを聞いた瞬間、先輩の余裕は消えた。篠ノ之束の名前は、それだけの威力を誇る。しかもその血縁者ともなればその威力は数倍になる。


「ですので、結構です」


 箒はそう言うと食事を再開し、先輩はしぶしぶ立ち去っていった。

 それを見た一夏は、少し驚いた表情で箒へと目を向ける。それに気付いた箒は箸を止め、一夏を睨む。


「なんだ?」


「なんだって……いや、教えてくれるのか?」


「そう言っている」


 それを聞いた一夏は、少し嬉しそうな顔をした。問題の一つが解決したからだろう。後は訓練あるのみである。


「今日の放課後」


「ん?」


「剣道場に来い。一度、腕が鈍ってないか見てやる」


「いや、俺はISの事を――――」


「見てやる」


「……わかったよ」


 一夏の表情が一瞬で曇る。ISの訓練に入る前に、かなり面倒な壁があるようだ。


「そちらの話は終わったようですね」


 だが何故だろう。一夏よりも危険な状況に追い込まれている神楽は、いつもの笑顔をキープしていた。彼の試合は、もう明日だと言うのに。


「ていうか、お前は大丈夫なのか? 試合、明日なんだろ」


 一夏はその疑問を解消すべく、神楽に質問を投げかけた。

 だが、神楽の回答は、一夏の想像しているものとは違った。


「私は、勝つ気なんてありません」


「は?」


 そう、彼はもう諦めているのだ。


「当然、何もせずに負ける気はありませんよ。ただ、勝つ気はありません。先に得ておいた知識、それを実践し検証する為の試合。その程度と考えてください」


 そこまで言うと、神楽は食事を再開した。笑顔のまま。

 呆然とする一夏。だが、一夏と神楽に挟まれる形で座っている箒の表情は、みるみる険しくなっていく。


「まぁ、勉強すれば勝てるかもと入学初日は思いましたけどね。知識を得ていくにつれ、勝つ自信なんてなくなりました。先ほど先輩が仰ったように、あちらは既にベテラン、こちらはドが三つ付くような素人。勝てる訳が――――」


「ふざけるなっ!!」


 箒が突然、席を立ち怒鳴る。一夏は箒の行動に驚くが、それは神楽も同じようだ。食事の手が止まり、見開いた目が箒を見ている。


「勝つ気がないだと? 勝てる訳がないだと? 何をふざけた事を言っている!!」


 神楽の襟首を掴み、自分の顔に引き寄せる。神楽はフリーズ状態から既に脱しており、いつもの笑顔に戻っていた。


「ふざけてませんよ。これが真実であり事実です。覆しようがありません」


「何か出来るだろう! お前は頭が良いのだろう!!」


「頭が良いだけで、IS戦闘は強くなれない。それは貴女も知っている筈ですよ。篠ノ之束博士の妹さん?」


「お前はっ!」


 神楽の言っている事は全て本当の事だ。ISは頭が良いだけで上手く扱える訳ではない。そして、身体能力が高いからといって、ISで速く動ける訳ではない。それは、この学園で学ぶ事以前の問題だ。

 神楽は相変わらず笑顔だった。

 どんな事もすぐに受け入れ、それに抗おうともしない。

 力があっても、何もしようとず、ただ諦観しているだけ。


「お前は昔からそうだ!! 出来るクセにやろうともせず、ただ周りに合わせているだけだっ!!」


 その言葉を聞いた神楽の表情が、突如変貌した。

 今までの笑顔から、何もない表情へと変わったのだ。

 そして箒は気付く。自分が“神楽の昔”を語ってしまったという事に。


「……一つだけ確認します。私と貴女は、この学園で初めて会った――――それに間違いありませんか?」


「っ!」


 その声は、ただ冷たかった。今までの暖かな声とは正反対の、そんな声。


「間違いありませんか? 篠ノ之箒」


「ま、間違いな――――」


「違いますね……。知っているでしょう? 私の前で“嘘はつけない”という事を――――」


 襟首を掴んでいた箒の手を神楽が振り解く。乱れた服装を整え始める神楽を見て、一夏は昔の神楽を思い出す。


(駄目だ……。これじゃあ、中学の時と同じじゃないか!!)


 数年前の神楽を思い出し、それを振り払おうと頭を振る一夏。

 そんな一夏を見て神楽は溜息を一つ。そして、箒へとその赤い瞳を向けた。


「知っていますよね? “時入神楽”を」


「わ、私は――」


「知っていますよね? 私の“能力”を」


「私は、ただ――」


「知っていますよね? 私の“過去”を」


「か、過去……」


「知っていますよね? あの“事故”の事を」


 神楽が無表情で続けている。箒もその豹変に驚いたのか、言葉が続かない。箒の隣にいる一夏の顔にも、緊張と発汗が見られた。

 そんな二人に構う事なく、神楽は口を動かし続けた。


「知っていますよね? 私が――――」


 周りにいた筈の女子たちは、いつの間にか消えていた。それを確認して、神楽は告げた。


「――――過去の“記憶”を、失っているという事を……」


 神楽はただ、淡々と語っていた。

 それは、過去の自分を知る者への配慮ではなく――――


 ただの、警告だった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。