「幼なじみ=三角関係?」
「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」
そうですか、セシリアさん……。
休み時間、早速僕らの席にやってきたセシリアは、腰に手を当ててそう言った。やっぱり苦手だ、こういう人。
一夏も相手にするのに疲れているみたいだ。
「まあ? 一応勝負は見えていますけど? さすがにフェアではありませんものね」
「? なんで?」
人を見下したセシリアの発言に、一夏が反応した。
「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし――」
「あ、そっか。オルコットさんはもうイギリスの代表候補生だから、もう専用機を持っていてもおかしくないな」
「ああ、なるほど」
「……あなたねぇ……」
あ、しまった。自分から言いたかったのか。
「じゃあ、すげーんだな。どうすげーのかはわからないが」
「馬鹿にしていますの!?」
ババン! うわっ。両手で机を叩かれた。あ、一夏のノートが落ちた。
「……こほん。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」
「そ、そうなのか……」
「そうですわ」
「人類って今六十億超えてたのか……」
「そこは重要ではないでしょう!?」
ババン! あ、今度は教科書が落ちた。セシリアさん、ツッコミはもう少し加減をしないと。
「あなた方! 本当に馬鹿にしていますの!?」
ちょっと待って。なんで僕まで。
「いやそんなことはない」
「なんで棒読みなのさ……」
さすがにツッコミを入れた。
これ以上机を叩かれたら僕の筆入れまで落ちそうだ。
「なんでだろうな、箒」
ギンッ! という音付きで視線が飛んできた。この間0.8秒。『私に振るな!』と無言で告げている。新記録かな。
「そういえばあなた、篠ノ之博士の妹なんですってね」
セシリアの矛先が箒に向き、鋭い視線で応戦する。
「妹というだけだ」
怖っ。セシリアが「う……」て怯んでいるほどだ。こら、やめなさい。
「ま、まあ。どちらにしてもこのクラスで代表にふさわしいのはわたくし、セシリア・オルコットであるということをお忘れなく」
ぱさっ髪を手で払ってきれいに回れ右、やっと立ち去ってくれた。やっぱり、ああいう人は苦手だ。
それを見計らって、一夏が席から立った。
「箒」
「………………」
「篠ノ之さん、飯食いに行こうぜ」
「他に誰か一緒に行かないかな?」
僕も席を立つと、適当に振ってみた。
ちょっと恥ずかしいけど、幼なじみのためだ。
「はいはいはいっ!」
「行くよー。ちょっと待ってー」
「お弁当作ってきてるけど行きます!」
おお、見事に食いついた。やっぱり一夏をエサにすると大漁だな。箒には悪いけど。
「……私は、いい」
「まあまあ、そう言わずに。一夏、そっちお願い」
「おう。ほら、立て立て。行くぞ」
「お、おいっ。私は行かないと――う、腕を組むなっ!」
僕は箒の左腕を、一夏は右腕と無理やり組んで席から引き剥がした。
ふふん。箒が拒否することは予想していたから、対策は万全だ。前の休み時間に一夏とたてていたからな。箒はこうやって強引に動かせば正解だ。
「歩きたくないの? じゃあ、僕がおんぶしてあげようか?」
「なっ……!」
ボッと顔を赤くする箒。よし、ここまでやればイヤでもついてくるだろう。
「は、離せっ!」
「学食についたらな」
「い、今離せ! ええいっ――」
次の瞬間、一夏の体が浮いた。しかしそれは一瞬で、その体は腰を軸にきれいに回転を始めるが、一夏は重力と力の流れに従って背中から床の上に投げ飛ばされた。
箒の視線が、今度は僕に向いた。
あ、ヤバい。と思ったのは、強烈な足払いを受けたのと同時だった。結果、僕も背中を床に思いっきり打ちつけた。
「「………………」」
ああ、めちゃくちゃ痛い。遅れて、蹴られた脚と背中に激痛が走った。周囲の女子は、ぽかんとそれを眺めている。
「腕上げたなぁ」
「うん。全く見えなかった」
「ふ、ふん。お前たちが弱くなったのではないか? こんなものは剣術のおまけだ」
それはそうと、集まってくれた女子はそれを見てドン引きしてますが。
「え、えーと……」
「私たちやっぱり……」
「え、遠慮しておくね……」
あー。女子が蜘蛛の子を散らすように退散していっちゃった。せっかく恥ずかしいの我慢して頑張ったのに。
一夏は床から起きあがると、服についたほこりを払う。
「箒」
「な、名前で呼ぶなと――」
「飯食いに行くぞ」
がしっ。箒の手を強引に掴んだ。
「お、おいっ。いい加減に――」
「ほら、桐斗も早く立てよ。行こうぜ」
まったく。すごいよ、一夏は。
「あはは。ごめん、一夏……」
「へ?」
「脚痛すぎて立てない」
「えぇっ!?」
僕の言葉に動揺した箒だが、はっとすると「私は悪くないぞ」といいたげにそっぽを向いた。
いやあ、ホントに見事だったよ。あの蹴りは。
僕は苦笑をこぼし、上体だけを起こす。
「学食はふたりで行ってきて。僕は休んどくから、購買でパンでも買ってきてくれるか?」
「あー……わかった。ひどいようなら保健室に行けよ?」
「ああ。了解」
苦笑しながら言う僕を、一夏は少し名残惜しそうな顔で見ていた。
箒は、さっきからちらちらとこちらに視線を移していた。
「大丈夫だってば。大したことないよ。だからいっておいで」
箒の表情が、少しばつが悪そうなそれになる。
次にはあ、とため息をついたのは、一夏だった。
「ああ……ほら、行くぞ箒」
「あ、ちょっと、待てっ……!」
「待たん」
床に腰をついたままひらひらと手を振って、その背中を見送る。
ふたりは廊下に出て、その姿は見えなくなった。
さっきまでの後ろ姿は、あの頃と変わっていない。毎日が楽しくて、苦しいことなんて塗りつぶしてしまえる、懐かしい日々。
今の僕は、あの頃からどれだけ変わったんだろうか。
少なくとも、僕は変わった。何が変わったのかはわからないが、確実に変わったんだ。
そして、箒も変わってしまった。時折見せる表情は、昔のままなのに、それを隠しているみたいだ。
でも、一夏は変わっていない。なにも隠さず、何にも屈さず、なによりも強い。大人らしくなったものの、子どもの頃に見てきた織斑一夏は三年経ってもそのままだった。
(ホント、一夏はすごいな)
「こ、篭手川くん。大丈夫?」
見れば、傍観していた女子が僕に駆け寄ってきていた。心配そうなその顔には、わずかに箒への非難を感じた。
「ああ、大丈夫。ちょっと出てくるから、一夏たちに訊かれたらそう伝えてくれるかな?」
「う、うん。いいけど、脚……」
「大丈夫だって」
女子の言葉を制して僕は立ち上がった。あっさりと。
「え……」
「それじゃ、よろしく」
ぽかんとする女子をおいて、僕は廊下へ出た。さて、箒がちゃんと一夏に甘えられているか心配だけど、屋上で時間を潰しとくかな。駆け足で、僕は屋上へ向かった。
◇
「どういうことだ」
「いや、どういうことって言われても……」
「僕は、なんとも……」
時間は放課後、場所は剣道場。そこで、俺と桐斗は箒に怒られていた。
昼食のとき、箒にISのことを教えてくれ、と頼んだら剣道場に来いと言われた。腕がなまってないか見てやる、ということらしい。
せっかくなので桐斗も一緒に、と思って連れてきたとき箒は複雑そうな顔をしていた。
とにかく、俺と桐斗は箒と手合わせをしたが、結果は惨敗。俺は開始十分で一本負けし、桐斗は五分で一本負け。面具を外した箒の目尻はつり上がっている。
「どうしてここまで弱くなっている!?」
「受験勉強してたから、かな?」
「……バイトばかりやってました」
「……中学では何部に所属していた」
「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」
「右に同じく……」
桐斗、やっぱりお前も俺と同じくバイト仲間だったんだな。
「――なおす」
「「はい?」」
「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」
「え。それはちょっと長いような――ていううかISのことをだな」
「だから、それ以前の問題だと言っている!」
「あの、そもそも僕は剣道素人なんだけど」
「昔は私や一夏のまねをして手合わせ程度はしていただろう! あのときのカンを取り戻せ!」
うわあ。すげえ怒ってる。桐斗に無茶ぶりまでしやがった。
「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、特に桐斗!」
「僕かよ!? だから僕はド素人だって――」
「そういうことではない! 男として、悔しくはないのかと訊いているのだ!」
いや、お前全国大会で優勝とかしてるじゃん。力の差とか歴然としてるだろ。
「そりゃあ……確かに格好悪いとは思うけどさ」
「格好? 格好を気にすることができる立場か! それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」
おいおい箒。それはちょっと言い過ぎだろ。いくら温厚な桐斗でもさすがに怒るぞ?
予想通り、桐斗はむっとした表情になった。
「そんなわけないだろ! こちとら痛い目にあってばかりじゃんか! 昨日なんて、気絶するほどの頭突きを――あ」
そこまで言って、桐斗の動きが止まった。続いて一瞬で顔が赤くなり、目だけが動く。その視線は、箒の体をなぞるように見ているようだった。
それに気づいた箒の顔も、何故かボッと爆発したように真っ赤になる。
「う、うああああああああああああああッ!」
バシーン! 間一髪、振り下ろされた竹刀を、桐斗は竹刀で受け止めていた。しかし、とっさの反応で握ったからか、桐斗は竹刀を逆手に持っていた。
うわ、待て馬鹿。今防具外してるんだぞ、死んじまうって!
「ご、ごめん箒! 今のはその、男として当然の反応といいますか、えっと……」
「わ、忘れろ! 忘れろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ひいぃっ!?」
会話の内容はさっぱり見えないが、桐斗は逆手一文字のまま箒のむちゃくちゃな攻撃をなんとかさばいていた。
あれ? なんか、正しい構えより上手くやれてね?
「い、一夏! 見てないで助け――」
「うあぁッ!!」
あ。これは当たるな。
バチーン! 箒の横なぎに振るわれた竹刀が、きれいに顔面に入った。
篭手川桐斗。IS学園での通算三回目のノックアウト。
桐斗、よそ見は禁物だぜ?
「はーっ、はーっ、はーっ!」
興奮のしすぎで肩で息をしている箒に、俺は近づくことをはばかられた。俺だって命は惜しい。
「織斑くんと篭手川くんてさあ」
「結構弱い?」
「ISほんとに動かせるのかなー」
ひそひそと聞こえるギャラリーの落胆した声。
こんな有り様じゃ、何かに勝つなんて――それどころか、誰かを守るなんてできるはずもない。
久々に味わう、底辺の気持ちだった。
「…………トレーニング、再開するか」
底辺なら、最底辺なら、あとはあがるだけしかない。これ以上は落ちようがない。
――よし。やろう。
ただし、今の箒は怖いから素振りからだ!
◇
(またやってしまった……)
剣道場の更衣室で着替えをしながら、箒はさっきから同じことを考えていた。
六年ぶりに再会した二人の幼なじみ。変わっていない子どもの部分と変わった大人の部分。ふたりのその成長は、箒の鼓動を高鳴らせるものだった。
(い、いや。あれくらいがちょうどいいのだ。大体、たるんでいる。一夏は明らかに一年は剣を握っていないし、桐斗には雑念が多すぎる)
桐斗の雑念。つまり、昨日の事件だ。
「~~~ッ!」
今思い出しても死ぬほど恥ずかしい。ふたりにあんな姿を見られたうえに、桐斗とあんな事態になるとは。何故、よりによってあんなときに、着替えを鞄から出し忘れていたのだろうか。箒は自分のうっかりを呪った。
(どこか変に思われたりしなかっただろうか……?)
視線を下げ、自分の体を確認してみる。当然だが、六年前とは全然違う。だからこそ少し不安になる部分もあるのだ。
同時に、ふたりの姿が思い出された。
(ま、まあ、それは、その、なんだ。格好は……うむ、わ、悪くないと思うぞ)
これも当然だが、ふたりも六年前より大人びている。ただ生意気なだけだった瞳はわずかだが大人の男を感じさせるものに変わっていたし、少女のようだった少年の雰囲気も若干だが好青年に近いそれをはらんでいた。
(それにしても――)
頭に巻いた手拭いをほどき、髪に触れる。それは後ろでくくってもまだ腰に届くほど長い。
(よく私だとわかったものだ)
六年。それも九歳からの六年である。彼らと同じく自分も成長しているというのに、かつての幼なじみたちは名前を聞く前からわかっているようだった。
「ふふっ」
それが、妙に嬉しい。
一夏の名前をニュースで見た時に、写真も一緒に公開された。正直、名前がなかったら気づかなかったほど男らしい顔立ちになっていた――正直に言えば、『格好いい』とさえ思った。
桐斗に気がついたのは、一夏の呟きが耳の届いたからだ。本人に自覚はないだろうが、桐斗が初めて教室に現れたあのとき、一夏はその名前を呟いていたのだ。
そうすると、あの女顔の少年の面影が確かに残っていた。実際、今も女顔である。その桐斗の姿にも、胸が高鳴ってしまったほどだ。
そのふたりが、一目見ただけで自分に気づいた。気づいてくれた。
(髪型を変えなかった甲斐があったというものだ)
嬉しくなって、ポニーテールの毛先を弄ぶ。箒も十五の春を迎えた少女である。色を知るとしても、なんら不自然な点はない。
「………………はっ!?」
ふと、浮かんだとある疑問で我に返る。「ほぅ……」っと恋のため息をつく自分に軽く引くのは後回しだ。
(わ、私は……どちらに会えたから嬉しいのだ……?)
織斑一夏に篭手川桐斗。ふたりとの再会は確かに嬉しい。しかし、この甘酸っぱい感情はどちらに対してのものなのだろうか。
これは、大問題だ。ピンク色感情の測定器があったら今すぐ手に入れて測定したいほどに。
(い、いや。そんなはずはない! 私はそんな節操のない女では……!)
ない、と言い切れないのがこわかった。
箒は慌てて頬をパチリと叩き、頭を切り替えさせた。
(と、とにかく! 明日から放課後は特訓だ。せめて人並み程度に使えるようになってもらわなくては困る)
どう困るのか、どこくらいが『人並み程度』なのかは自分でもあまり整理がついていないようだったが、箒は腕組みしてうんうんと頷いた。
(それに――)
それに、放課後にふたりを独占できる口実が出来た。
「いや! そ、そのようなことは考えてはいないぞ!」
純粋に同門と級友の不出来を嘆いているだけなのだから、不埒なことも下心もないし、ましてや不節操でもない。そして同門と級友ゆえに面倒を見てやる。おかしなところなどどこにもない!
「故に正当だ!」
だだっ広い更衣室で一人、握り拳を作って声を荒げる箒だった。
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