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第八話です
第二章 一奏 ~決闘~
第八話 強い意志
「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」
 休み時間、早速俺たちのところにやってきたオルコットは、腰に手を当ててそう言った。どうでもいいけど、お前そのポーズ好きだな。どうでもいいけど。
「まあ? 一応勝負は見えてますけど? 流石にフェアではありませんものね」
「? なんで?」
「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……そして、現時点で専用機を持っていますの」
「へー」
「それはすごい」
「……馬鹿にしていますの?」
「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのかわからないが」
「ある程度予想できてたから、別にどうでもいいと思った」
「それを一般的に馬鹿にしていると言うでしょう!?」
 両手で机を叩くな。うるさいから。
「……こほん。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」
 実際は俺のも含めて468機――いや、俺のはISじゃないから違うか。でもアレも含めると468になるのかな。まあ、面倒くさいことになりそうなので言わないでおこう。
「そ、そうなのか……」
「そうですわ」
「人類って今六十億越えてたのか……」
「そこは重要ではないでしょう!?」
 人によってものの重要さは違うから、他人が口出すべきじゃないと思うけど、まあいいか。
「あなた! 本当に馬鹿にしていますの!?」
「いやそんなことはない」
「だったらなぜ棒読みなのかしら……?」
「なんでだろうな、箒」
 いきなり他人に振るなよ。話し聞いてなかったら何も答えられないぞ。案の定話を聞いてなかった篠ノ之は、一夏の問いに答えなかった。
「そういえばあなた、篠ノ之博士の妹なんですってね」
「妹というだけだ」
 篠ノ之のすごみ。なんかの技みたいな名前だが、効き目抜群のようだ。オルコットも怯んでる。どこかのヤクザか、お前は。
「ま、まあ。どちらにしてもこのクラスで代表にふさわしいのはわたくし、セシリア・オルコットであるということをお忘れなく」
 ばさっと髪を手で払って綺麗に回れ右、そのまま立ち去っていった。
「箒」
「……………」
「篠ノ之さん? 飯食いに行こうぜ」
 さっきの一件で妙に浮いている篠ノ之をフォローするために一夏が篠ノ之を誘う。
「他に誰か一緒に行かないか?」
 と、周りにも振ってみる。
「はいはいはいっ!」
「行くよー。ちょっと待ってー」
「お弁当持ってきてるけど行きます!」
 お、入れ食いじゃないか。しかも今朝一緒に朝食を食べたメンバーだ。もちろんのほほんさんもいる。
「……私は、いい」
「まあそう言うな。ほら、立て立て。行くぞ」
「お、おいっ。私は行かないと――う、腕を組むなっ!」
「なんだ歩きたくないのか? おんぶしてやろうか?」
「なっ……!」
 ボッと顔を赤くする篠ノ之。見ていて面白いな。
「は、離せっ!」
「学食についたらな」
「い、今離せ! ええいっ!」
 篠ノ之が一夏を投げ飛ばす。しかも、落下地点は――俺? っておい!
 俺はとっさに一夏を受け止める。本来だったら受け止められないだろうが、無意識のうちにISの部分展開していたので問題なく受け止める。
 うわ、危ねえ。ってかなんで俺に向かって投げたんだ? 助けもせずに傍観してたからか?
「今のって、ISの部分展開よね……」
「ってことは、あれが須藤君の専用機?」
「しかもあの状況でも一瞬で……」
 周りの女子がざわめき始めたが、そんなのには構わず部分展開を解除する。いつの間に癖のレベルを通り越して、条件反射のレベルでこんなことをしてしまうようになったんだ、俺は。
「さ、サンキュー、明宏」
「礼なんて要らないぞ。自分のみを守るためにやったことだからな」
 そう応えてやると、一夏は篠ノ之の方を向いて、感心したように口を開いた。
「しかし箒、腕あげたなぁ」
「ふ、ふん。お前が弱くなったのではないか? こんなもの剣術のおまけだ」
「え、えーっと~」
「私達やっぱり……」
「遠慮しておくね……」
 あーあ、せっかく集まった女子が退散していった。
「箒」
「な、名前で呼ぶなと――」
「飯食いに行くぞ」
「お、おいっ。いい加減に」
「黙ってついてこい」
「む……」
 一夏の強めな物言いに、篠ノ之も黙る。最初からこうすればよかったんだじゃないか?

 学食到着。すげえ混んでるが、俺たちが昼食をとるくらいはできそうだ。
「箒、何でもいいよな。何でも食うよなお前」
「ひ、人を犬猫のように言うな。私にも好みがある」
「ふーん。明宏はどうする?」
「俺こそ何でもいい。ここの飯は何でもうまそうだしな」
「了解。あ、日替わり三枚買ったからこれでいいよな。鯖の塩焼き定食だってよ」
「お、いいな。鯖の塩焼き」
 鯖の塩焼きか。うまそうだな。これは期待できるぞ。ここの料理は大体おいしいだろうけど。いつかはこの学食のメニュー全部制覇してみたいよな。三年間のうちに挑戦してみるか。
「話を聞いているのか、お前は!」
「聞いてねえよ。俺がさっきまでどんだけ穏和に接してやってると思ってたんだ馬鹿」
「わ、私は別に……頼んだ覚えはない!」
「俺も頼まれた覚えがねえよ。おばちゃん、日替わり三つで」
「あ、一つ量少なめでお願いします」
「あいよ」
 一夏が頼んだあとに俺が付け足す。恰幅のいい学食のおばさんは笑顔で了承してくれた。いい人だな。
「いいか? 頼まれたからって俺はこんなこと、普通はしないぞ? 箒だからしてるんだ」
「な、なんだそれは……」
「なんだもなにもあるか。おばさんたちには世話になったし、幼なじみで同門なんだ。これくらいいいだろ」
「………………」
 むすっとして視線だけ天井に逃す篠ノ之。でも、その顔は少し嬉しそうに見えた。
「そ、その……ありが――」
「はい、日替わりお待ち」
「ありがとう、おばちゃん。おお、うまそうだ」
「うまそうじゃないよ、うまいんだよ」
「あれ? 俺の分は?」
 学食のおばさんが出したのは鯖の塩焼き定食(並盛り)が二つだけ。俺が頼んだ定食がない。
「ああ、少なめのだね。はいよ」
「お、ありがとうございます」
「しかし、男のくせに少なめなんて変な子だねえ」
「体質なんで」
「はっはっは、そうかいそうかい」
 そう言って学食のおばさんはにかっと笑った。うん、やっぱりいい人だな。
「箒、テーブルどっか空いてないか?」
「………………」
「箒?」
「……向こうが空いている」
 さっきよりも更に不機嫌そうに自分の分の定食を手に歩き出す。なんで?
 とりあえずテーブルについて、定食を食べ始める。やっぱりうまいな、ここの飯は。こんな体質じゃなければ特盛りでも飽きずに食べきれるだろうな。
「そういやさあ」
「……なんだ」
「どっちでもいいから、ISのこと教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負で何もできずに負けそうだ」
「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」
 篠ノ之の言うとおり、それならなんで勝負受けたんだ。まあ、俺も勝負受けたからあんまり強く言えないけど。
「それをなんとか、頼むっ」
「………………」
 無視しやがった。黙々とほうれん草のおひたしを食べている。無言で食べてしまうほど美味しいのか? あ、確かにおひたしもおいしい。
「……しょうがない。明宏、たの――」
「ねえ。君達が噂のコでしょ?」
 いきなり三年生から声をかけられた。赤いリボンでわかった。癖毛なのかやや外側に跳ねた髪で人なつっこそうな顔立ちをしてる。
「はあ、たぶん」
「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」
「はい、一夏――コイツが」
「君も、でしょ」
「一応ですけどね」
 なんだ? 噂ってそんなことまで広まってるの? 一日しか経ってないのに三年生まで知れ渡っているとは。女子の情報力を甘く見すぎていたか。
「でも君、素人だよね? IS稼働時間いくつくらい?」
「いくつって……二十分くらいだと思いますけど」
「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ? だったら軽く三百時間はやってるわよ?」
 三百時間か。結構やってんだな、あいつ。ISは操縦時間に比例して強くなっていくようなものだから、三百時間もやっているとなると結構な実力なのかもな。
「でさ、私が教えてあげよっか? ISについて。そっちの彼も、専用機持ちらしいけど、教えてあげる」
 お、一夏の表情がすげえ明るくなった。救いの女神を前にしたような感じ。
「はい、ぜ――」
「結構です。私が教えることになっていますので」
 いきなり黙っていた篠ノ之が一夏の言葉を遮る。おい、さっきは無視してたんじゃないか。
「あなたも一年でしょ? 私の方がうまく教えられると思うなぁ」
「……私は、篠ノ之束の妹ですから」
 言いたくなさそうに、それでもこれだけは譲れないという感じで篠ノ之が言う。
「篠ノ之って――ええ!?」
 そりゃあ、ISを作った人の妹が目の前にいれば誰でも驚くわな。
「ですので、結構です」
「そ、そう。それなら仕方ないわね……」
 さすがは世界的な天才――の妹。その名前を出しただけで親切な先輩は軽く引いた感じで行ってしまった。
「なんだ?」
「なんだって……いや、教えてくれるのか?」
「そう言っている」
 最初からそう言ってくれればスムーズだったのにな。しかし、さっきの授業のときは博士のことすごく毛嫌いしてるようだったのに、なんでいきなり? ああ、一夏と一緒にいたいからか。
「俺はともかく一夏を鍛えまくってやってくれ。一夏が勝てばそれで終わりなんだから」
「あ、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか」
「今日の放課後」
「ん?」
「剣道場に来い。一度、腕がなまってないか見てやる」
「……わかったよ」
 腕がなまってないか、って、ISの特訓じゃないの?

「どういうことだ」
「いや、どういうことって言われても……」
 時間は放課後。場所は剣道場。今もまたギャラリーは満載で、一夏は篠ノ之に怒られていた。俺? 篠ノ之に審判をやらされている。
 手合わせを開始して十分。一夏の一本負け。篠ノ之強いなあ。かなりの実力者だな、これは。
「どうしてここまで弱くなっている!?」
「受験勉強をしてたから、かな?」
「……中学では何部に所属していた」
「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」
 なんの自慢にもならないな、それ。まず帰宅部って皆勤賞なんてあるのか?
「――なおす」
「はい?」
「鍛えなおす! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古をつけてやる!」
「え。それはちょっと長いような――ていうかISのことをだな」
「だから、それ以前の問題だと言っている!」
 うわあ。すげえ怒ってる。これは何を言っても聞きそうにないな。
「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくないのか、一夏!」
「そりゃ、まあ……格好悪いとは思うけど」
 そこで別に、とか言ってたら締めてやるところだ。男の風上にも置けないやつは俺が処刑してやる。
「格好? 格好を気にすることができる立場か! それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれてるのが楽しいのか?」
「楽しいわけあるか! 珍獣扱いじゃねえか! その上、女子と同室までさせられてるんだぞ! 何が悲しくてこんな――」
「わ、私と暮らすのが不服だというのかっ!」
 間一髪、振り下ろされた竹刀を受け止める。まあ、最後のはともかく俺も同感だ。あの雰囲気は本当にキツい。いっそ話しかけてくれたらいくらでも対処できて楽なのに、一定の距離をとって視線を浴びさせられるから対処のしようがない。
「お、落ち着け箒。頼むから。今度なんかおごるから」
「……ふん、軟弱者め」
 篠ノ之はそれだけ言うと、足早に更衣室の方へ行ってしまった。
「織斑くんてさあ」
「結構弱い?」
「ISほんとに動かせるのかなー」
「……トレーニング、再開するか」
「出来る限り手伝ってやる。頑張れ」
「おう」
 そう返事をした一夏の目は真っ直ぐな目をしていた。これなら、大丈夫だ。不意にそんなことを感じさせる強い意志が、こいつの目にはあった。


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