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No. 247 January 2002

年頭のあいさつ
謹賀新年 理事長 小林俊一
特別企画
理研を展望する
 
―理研のあるべき姿―
SPOT NEWS
フラーレンを使った新しい耐熱感光性樹脂を開発
 ―特殊環境で使用できる有用な新材料―
人間の脳活動を世界で初めて高精度でイメージングすることに成功
 ―大脳皮質のコラム構造を頭の外から観察―
血流停滞による血栓形成のメカニズムを解明
 ―“エコノミークラス症候群”予防につながる新知見―
記念史料室から
映像で語る科学の世界
 ―理研科学映画の足跡―
TOPICS
第9回名古屋市・理化学研究所ジョイント講演会を開催
バイオ・ミメティックコントロール研究センター(名古屋)の一般公開
遠山文部科学大臣、理研横浜研究所を視察
GSC建物群、神奈川建築コンクールで奨励賞を受賞
原酒
太陽が北にある!
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年頭のあいさつ
小林俊一理事長
謹賀新年

理事長
小林俊一

理研ニュースの読者の方々に新年のご挨拶の場を借りて理研をとりまく昨今の状況や、理研が今後目指そうとしている方向などについて述べてみたいと思います。
 理研は、約1600名の研究者を抱える自然科学の総合的研究所です。総合の意味は、“扱う分野が物理、化学、生物、工学、医科学と自然科学全般におよぶ”ということと、“極めて基礎的な研究から実用に近い応用までを扱うという多次元の広さを持っている”ということです。また、活発な分野間交流が日常的に行われていますし、基礎と応用の協力も盛んです。さらにいうと、研究の体制においても、自由な発想による研究と、目的を定めたプロジェクト的研究を並立させていることも大きな特徴です。つまり、多次元的総合なのです。総合性に加えて、柔軟であることも理研の特性です。組織の改編や新しい形の研究体制を取り入れることに積極的に即応してきました。このような特性を持つ機関は理研のほかには存在せず、理研はそれを大いに誇りとしているのです。
 大学、国立研究所、大学共同利用研究所などの研究機関の中にあって、理研のアイデンティティーを浮き彫りにしているのはまさにこの特性なのです。ところが、ご存知のように、これらの研究機関は行政改革の荒波にもまれており、そこで議論されている好ましい改革の方向とは、この理研の姿であるように見えます。独立行政法人化とはこのような特性を付与、あるいは獲得することであるように見えるのです。これは、この特性を持つことが科学とそれを取り巻く環境の急激な進展に的確に対処し、21世紀の科学と社会に貢献していくために不可欠であるということを示しているのだと考えます。
 そうであるとすれば、理研にとって急務な課題は、座視して追いつかれるのを待つことなく、さらに一歩も二歩も前に出ることでしょう。それは方向転換ではなくこの特性のさらなる強化であるべきでしょう。そのためには何をするべきかを、今理研は真剣に模索しています。意志決定機構の迅速化や外部意見の導入、評価の強化とそれに基づいた迅速な措置、事務機構の整備等々、やるべきことは山のようにあります。理研内外の知恵を結集して事に当たっていく覚悟です。
 ところで、これまでの理研で不十分であったこととして広報活動があります。理研が何をしているかを納税者に理解していただく努力が不足していたことは明らかです。さらには、危機感を持って語られる若者の理科離れを改善するために、社会に飛び込んで科学のおもしろさを説くことは、理研のような機関にとって最も適した仕事であり、また義務ではないでしょうか。この方向の活動にもこれから大いに力を入れていきたいと考えています。
 2002年の激動をむしろ好機と見て、理研をより良い研究所にしていきたいと思っております。みなさまにとってよい年になりますようお祈りいたします。

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特別企画

理研を展望する

〜理研のあるべき姿〜

小川(司会):正月号の巻頭を、特別企画として理研の5人の方々の座談会を掲載することになりました。いままでの理研、これからの理研について、自由な議論、忌憚のない意見をお聞かせください。


理研の特色

左から小川智也氏、小林俊一氏、吉田茂男氏、和田昭允氏、伊藤正男氏 小川:理研の特色は何なのか。理研はこの5、6年で非常に生命科学の比重が大きくなっています。伊藤先生は、理研で国際フロンティア研究プログラム※1から脳科学総合研究センター(BSI)までずっとやってこられましたが。
伊藤:昔の理研のイメージと少し違うかもしれないのですが、日本という国から見てこういう形の研究所はやはりあったほうがいい。個別の研究だけではなくて国として何か非常に象徴的な意味もあるし、実際、集中的な努力もそういう形で表現できます。日本では100校ぐらいの国立大の大学院があって、それが研究の中核になってきましたが、みんな横並びで、集中した努力を発揮する場所がありません。
小川:フロンティアからBSIを設立されるときに、基礎研究と応用研究という分類だけではなくて、いわゆる戦略的研究と言われました。そういう観点が国立大学はかなり弱いと。最近のゲノム科学はまさに戦略的な色彩が強いですね。 
和田:理研のあり方の今後を考えたときに、科学や技術はどうあるべきかを明確にしたうえで、その中での理研の価値と存在意義というものを議論していかない限り、十分な説得性はないと思っています。
 自然科学というものは最終的な絵を知らないジグソーパズルみたいなもので、物理学、化学、生物学、それぞれみんな自分のジグソーパズルを増やしている。それぞれの分野が持っているジグソーパズルがどんどん広がりつつあり、そして分野間の橋もできつつある。
 理研の特徴はいろいろな分野が持っているジグソーパズルが一つの机の上にあるということだと思います。一つの机の上にあるからつながります。IL※2などという非常に身の軽いコマもある。一方、大学にはジグソーパズルを全部、テーブルの上に乗せて皆で見ているという雰囲気はありません。それぞれのジグソーパズルを個別に強化しています。
小川:たしかに大学の場合は、部局を越えた、ジグソーパズルを俯瞰的に見ることは難しいのかもしれません。
和田:ILに感謝したいのは、後にゲノム科学総合研究センター(GSC)に異動する2人の主任研究員が、一つのまとまった大きなジグソーの取っ掛かりになったことです。あとは外からいろいろジグソーをつけて、今もっともらしい形になりつつあります。
小川:ILの代表として吉田議長、いかがですか。
吉田:改めて、理研の30年近い活動を見ていると、10年ごとに大変大きな変化のうねりがあります。しかし、もう一つズームアウトしてみると、基本的にはあまり変わっていないような気がします。科学としてこれからどういう方向のウエートが大きくなるかという予測をしながら、身軽なILの活動が、ある程度実践されてきていると思います。ただ、最近の世の中の動きが非常に速くて、IL研究室のライフスパンはだいたい平均15年ぐらいですが、その動きに対応できるのかという議論については、検討を加えていかなければいけないと思います。
小川:生命科学の比重ということがありますが、それとセンター群、IL、そのへんについて理事長のお立場からいかがですか。
小林:着任して3年、理事会の職務は新しいセンターを立ち上げるのがメインの仕事のような忙しさでした。ですから、長期戦略、あるいは大きな方針に沿ってどうあるべきかという議論をする時間と余裕がなかったのは非常に残念です。
 現在はバイオ、あるいはライフサイエンス偏重になっています。私は、生物、物理、化学、工学という4本の理研の柱、医科学を加えれば5本の柱のバランスがあってこそ初めてジグソーパズルが成立すると思っています。
 理研の特徴とは、カバーする分野も応用から基礎という軸のうえでも非常に広いことです。もう一つの広さは雇用形態、あるいは各研究組織の運営形態がとても違うものが混っている点です。
 大学の変革の方向は、どちらかというと理研に近い方向に行くでしょう。そうすると理研の優位性、あるいは特異性というものが失われるわけで、もう一歩、前に出るという努力をやらざるをえない。この1年はまさに正念場になるのではないかと思います。

伊藤正男・脳科学総合研究センター(BSI)所長


大きさと形

小林:センター側から見て、現在の理研は、適正規模を越えていますか、いませんか。
伊藤:やり方だと思います。実際にマネジメントが効くのは、センターとかILの大きさだと思いますが、例えば、子会社をいっぱい持っている大企業みたいに相当の自律性を持たせてうまく括っていれば、できないことはない。それがうまくできるかどうかの問題です。
和田:センター群がどんどんと出てくる、一方、ILがあります。この二つが理研を構成していると考えた場合の適正規模は何か。そのときに当然考えなければならないことは、センター間の相互関係がどうなるのか。これはインディペンデントだったらまったく意味がありません。
小林:私は就任してから、理事会は一貫してセンター間、あるいはセンターとILの間の共同研究を推奨してきました。理事長ファンド※3にしろ何にしろ、要するに横のつながりがなければ一緒にいる意味はありません。
伊藤:21世紀のサイエンスはどうなのかとか、それと相対的に理研は何をするのかという問題は、最初の大きな問題でしょう。物理、化学、工学、医学という分野の21世紀は、いろいろな共通目標に向けて統合されてくる時代だろうと思います。たとえばMIT(マサチューセッツ工科大学・米国)が情報、生命、材料という三つの大きなテーマを掲げているように、理研も何か大きなテーマを掲げるべきではないのか。それに向けてとにかくいろいろな分野を統合して、その力を集中していく時代がこれからの世紀でないかと思います。
小林:ILのほうは一応、生物、物理、化学、工学という仕分けになっていますけれども、大学の学部別の様な意味での壁はありません。少なくとも、大学と比べ壁はかなり低い。では本当に融合しているかというと、IL側にはまだまだ努力の余地があるという気がします。
吉田:理研の研究の特徴として、私がIL研究室に来て思ったのは、個人の研究と国のレベルの距離が大学に比べてここでは非常に短いことです。理研マインドという言葉が好きな人がいますが、そういう一つの運命共同体として事務の人たちとある共同戦線を組んで、自分の研究ドリームを国のレベルで議論してもらえるような活動がしやすい。こういう研究組織は、ほかにはないだろうと思います。
小川:先ほど和田先生からGSCの例で言われましたが、BSIのときもILから何人かの中核的なメンバーが異動しています。センター側からご覧になって、ILとして今後、どういうふうに変わってもらいたいか、何かございますか。
和田:私はある集団の適正規模をこう考えています。その集団の中で何かが起こったとき、多かれ少なかれその余波が及ぶ。たとえばILで非常に何か大きな発見があったときに、全部が全部でなくていいですが、センター側もそれを使おうではないか、あるいはブレーンが、「それはおもしろい」というかたちで、余波が広がる範囲が適正規模だと思います。
小林:適正規模を考えるときに、やはりロケーションの問題が非常に大事です。和光、播磨、筑波、横浜、仙台、名古屋。そういう蛸足体制が、一体感を損なう原因になっています。通信手段はいくらでもあるので、やり方しだいではもっと有機的結合が可能ではないか。そういうことも、ぜひこれから考えていきます。
和田:一方で、なにげない雑談程度の話を含め、ささいなことでずいぶんカバーできることもあります。 
小林:規模と同時に形態ですが、古い伝統のあるILがあって、周りにセンターがあるというかたちは、非常に良いのではないか。今度の独立行政法人改革の中で、この相似形のことをやっている所があります。理研は自然発生的にそうでしたが、この形態は非常にうまいかたちをしているのではないか。運営は大変だと思いますが。
小川智也・副理事長 小川:そのときも中心はやはりILというお考えですか。
小林:中心はやはり理事会であり、その下にもう少し研究戦略的なもの、あるいは経営戦略的なものを考える本社機構みたいなものがあって、その本社直属の子会社がILであり、もう少し距離を置いた子会社がセンターであるというのがいいのではないかと思います。
和田:ILは物理、化学等の分類はあまり強くしないで、中でいろいろなネット、連絡があり、真ん中にあって、センター群はその周辺にある。なぜ周辺にあるかというと、これは非常に専門化、特化されているためです。理研のこのネットワークのある部分につながるという意味でILを中心に置くのです。
吉田:ILの大半の共通認識だと思いますが、中央意識というものがあまりありません。中央というよりは、ILは双方向的なつながりが持てる、隣との連携が割合簡単にできる組織として、相互活動が比較的容易に展開できます。共同研究の仕掛け、立ち上げが非常に容易にできる組織として、IL研究室群がまとまりを持っていたいと思います。


理研と大学

小林俊一・理事長 小川:先ほどのILのライフスパンが15年ということと、サイエンスの時代の流れを踏まえて、ILはこれからどういう方向を取られますか。
吉田:大学と違うのは、非常に強力なトップダウンのプロジェクト志向の研究機関があって、それとILの伝統である総合科学性と、そういう土壌を使って、センターとILのネットワークを作っていけば、これは自ずとそれが理研の特徴になっていくでしょう。
和田:あるものの存在意義を言う場合に、それがなくなったときに何が起こるかを考えるのが一つの考え方です。ILがなくなると何が起こるか。
小林:大学が独立法人化して、運営の仕方にしろ、こちらに近づいてくるときに、ILが消えることのインパクトはだんだん小さくなります。しかし、成果の質と量の両面において圧倒的に大学を凌駕しているかたちになっていれば、ILが消えることはまさに日本の損失になって大きなインパクトになります。
 ILが消えると、センターだけになり、ライフという一色のユニカルチャーな集団になってしまいます。バランスの問題で、マルチカルチャーを保っているのはまさにILの存在です。
和田:それと理研がずっと守ってきた一種の雰囲気があります。雰囲気というのは、若い人達がその中にいて大いに元気の出る環境です。少なくとも古い駒込の理研には、それを感じます。その雰囲気を失ったら、もうILの存在価値はありません。 
小林:理研が大学とどう付き合うかはものすごく大きな問題で、特に大学が変貌しようとしているときに、本当にチャンスだと思います。文部科学省と一つになったわけですから。去年の新春対談で歴代の理事長である宮島龍興先生、小田 稔先生、有馬朗人先生と話したときに、お三方とも口をそろえて「大学との連携を強化しろ」ということをおっしゃった。それは非常に説得力がありました。これから我々が知恵を働かさなければいけない一つの大きな問題は、大学との付き合い方だと思います。
伊藤:日本の理研という、今までの理研ではもうだめで、世界の理研、世界的スタンダードで見て体制も整い、立派な人材と研究資金があって、業績もどんどん出る。そういうことを目指そうと思うと、まだまだやることがいっぱいあります。しかし大学に比べると、そういうことができる一番大きなチャンスを持っている研究機関だと思います。
和田:先ほどILがなくなったときの話がでましたが、理研がなくなると困る人を理研が周りにたくさんつくらなくてはいけない。
吉田茂男・主任会議長(植物機能研究室主任研究員) 小川:理研を知ってもらうために研究所としての広報はいかがですか。
小林:理研は一般社会に対する知名度は決して高くありません。何百億という金を使っていて、この程度の知名度というのは、国のサポートを受ける意味においても、まずいのではないかという気がします。それから理研の存在を知らせるPR以外に、“もう少し科学啓蒙を理研が率先してやったらいいのではないか”、“そういうところまで理研が見れば、理研というのはもう少しよく見えて、かつ世の中のためにもなるのではないか”と考えます。
小川:それから、次の5年、10年に向かって広い意味での広報、生命倫理、研究倫理のようなサイエンスと社会との接点で、何らかの活動をしていくことも考えていいと思います。


みらい―国際化がキー―

小川:最後に理研の将来について、新春の座談会ですので10年ぐらい先を踏まえて、お話しください。
 マネジメントするわれわれも、研究者も、世界のトップテンの研究所になることを希望しています。どうすればそういうことが可能になってくるのでしょうか。
伊藤:私は国際化がうまくいくかどうかがキーだろうと思います。これはやさしいようでなかなかできない。BSIは進んでいるつもりですが、それでもフラストレーションの種はたくさんあります。本当に世界的にバリアがフリーに、大手の研究所と並んで人が自由に行き来できるかということになると、まだまだバリアがあるので、もう少し努力しないといけないと思います。
小林:何のバリアがいちばん大きいですか。言葉とか制度とか、あるいはコミュニケーションとか。子供の学校がないとか。
伊藤:事務局の国際化が問題です。契約とか、子供のこととか、その相談が事務局とまだまだうまくできません。外国の人は研究者同士ではツーカーですが、事務局とは非常に疎外感がある。
 それから、日本のシステムで自分たちの仕事が正当に評価されているかどうか。ちゃんと処遇に反映されるだろうかという点や、社会的な公正さみたいなところへの信頼が、まだまだ充分とはいいにくい。その辺がいちばんのキーで、ほかのことはわりにテクニカルな問題で、そう大きくないと思います。
小川:いまご指摘になった公正さということは、社会的な問題もあるけれども、たとえば研究室の中で公正さとなると、チームリーダーの責任が非常に重いとかいろいろな次元があります。事務的な部分の国際化は、実はRAC※4でも指摘されていました。
和田昭允・ゲノム科学総合研究センター(GSC)センター所長 和田:GSCでいいますと、国際化で国際的な偉い人が来なくてもいいから、とにかく若い人のキャリアパス(評価される経歴)になります。つまりGSCに行けば次に良い職がまた見つかるということで、その気配は少しずつ出ています。
 実際に、スイスのETH※5から若い人ですがNMR測定の高速化では世界的な専門家が来ることになっています。そうすると、「あの人がGSCに行くことになった」という情報が世界中を駆けまわります。来て満足して帰ればいいけれども。 
小川:そういう意味でGSCとしては、理研が将来的に国際的にベストテンになるというステップを踏んでいくときに、現在のアクティビティ、そのプラスアルファのところで予算要求していかないといけないなと。
和田:必要なのは、国際的にトップクラスの若い人達を優遇する予算です。とにかく「あいつはあそこに選ばれた」ということで、だんだん名前が高くなっていきます。もちろん理研は非常にすばらしい施設を持っていて働ける場所であるということが前提です。
吉田:あえてドリームということであれば、これだけいろいろなすぐれたキャリアパス的なものが整備された中で、やはり国際的に通用する最終的なパスの受け皿になれるような研究機関でありたいと思います。
小川:ILは実験的なことをずっとやってきましたので、蛮勇をふるっていろいろとやっていただけると。センターよりも、本当は当然ILのほうが実験的なことはやりやすいという存在意義もあります。
小林:外国人がたくさんいるのがすなわち国際化であるというのが最終目標ではないので、外国人でさえも来たくなるぐらいの魅力的なアウトプットがあるところだと。そうすると、あとはフィードバックがかかって、どんどん評価も上がるだろうと思います。
小川:お話は尽きないと思います。この短い時間に、いろいろとすばらしい意見をいただきました。それを踏まえて、5年、10年を考えて、建設的な方向にいきたいと思います。お忙しいところありがとうございました。


※1国際フロンティア:
研究プログラム
1986年〜1999年にかけて生体ホメオスタシス研究、フロンティア・マテリアル研究を行った。1988年からスタートした脳・神経科学研究が1998年、脳科学総合研究センターへと移行。
※2IL主任研究員が主催する研究室。主任研究員の意志で研究内容を選択できる。終身雇用。和光本所を中心とした生物、物理、化学、工学など多分野にわたる50研究室と5基盤研究部。
※3理事長ファンド:提案者個人の新たな発想に基づく最先端分野の萌芽的課題、または緊急に対応・推進する必要性が認められる課題に対して推奨研究費を提供している。
※4RAC:Riken Advisory Council。2ないし3年ごとに、理事会議の運営方針と含めて理研の活動全般をレビューし、理事長に対して助言、提言を行っている。アドバイザーは物理学、化学、工学、生物科学、医科学分野における国内外の学識経験者15名。
※5ETH:スイス連邦科学技術研究所


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SPOT NEWS

フラーレンを使った
新しい耐熱感光性樹脂を開発

特殊環境で使用できる有用な新材料
(2001年10月11日、文部科学省においてプレスリリース)

当研究所は、フラーレンを触媒として用いることで高い耐熱性を持った新しい感光性樹脂を開発した。理研ナノ物質工学研究室の田島右副研究員らによる研究成果。新しく開発した樹脂は、光照射によって硬化するネガ型の感光性を持つとともに300度以上の高温にも耐えることができ、従来の耐熱感光性樹脂のような露光工程後の高温処理を必要としないのが大きな特徴である。これは、フラーレンの光増感能による硬化機構(POP機構)を、熱安定性に優れるポリイミド樹脂に適用することで実現した。本樹脂は、次世代の高密度半導体素子製造に不可欠な層間絶縁膜などを作製するのに適しているほか、耐放射線性にも優れているため、航空宇宙材料や原子力周辺材料など、さまざまな応用分野での活躍が期待できる。


フラーレンは、カーボンやダイヤモンドに次ぐ第3の炭素同位体として注目されている物質で、1985年に米英の科学者によって初めて発見された。フラーレンの特徴として、π電子共役系の球状分子であることから、高い安定性や光に対する相互作用がある。さらに、“有機溶媒に可溶”、“高い電子親和力”、“エネルギー準位の縮退”、“低いイオン化ポテンシャル”、“高い酸素増感能”などの特徴も併せもっており、ナノテクノロジーの観点からも注目されている。一方、感光性を持った耐熱性樹脂(耐熱感光性樹脂)は、軽薄短小化の進む半導体パッケージ材料などに必要不可欠。従来の感光性樹脂は、導入する感光基の耐熱性が不十分なため、感光プロセスの後に、高温処理による感光基の除去が必要だった。このような方法では、高温処理によって他の構成部品に不要な熱履歴を与えてしまうほか、パッケージ材料から発生する揮発成分により汚染を引き起こすなどのさまざまな問題が生じてしまう。


今回、開発に成功した耐熱感光性樹脂は、光酸化誘起重縮合(Photo-Oxidation Induced Poly-Condensation:POP)機構をポリイミド樹脂に適応したもの。POP機構とは、フラーレンを増感剤として、光照射下で励起した一重項酸素(1O2)を多量に発生させ、それによってフラン誘導体を酸化重縮合する。また、本研究で用いたポリイミド樹脂は、ポリイミドにPOP機構による酸化縮重合をうながすフラン基を導入するとともに、耐熱性を維持しながらガラス転移点を下げることで、溶解性を高めた。さらに、感度を向上させるために、フラーレンとの光相互作用を考慮した分子設計もなされている。このポリイミドとフラーレンを組み合わせた樹脂は、高温処理を行わない条件で5%重量減少温度が約370℃に達しており、従来の感光性ポリイミド樹脂に較べ、2倍近い温度でも安定である。


新しい耐感光性樹脂は、絶縁層を幾層にも重ね、高密度に半導体素子を製造するチップ・サイズ・パッケージ(CSP)などには必要不可欠なキーテクノロジーである。今までの層間絶縁膜の製造法では、耐熱性を持たせるために絶縁層を設けるたびに高温処理が必要となり、熱に弱い半導体素子への悪影響が懸念されていた。本樹脂は、高温処理せずに高い耐熱性を持ち、容易に積層化することが可能であることから、電子機器のダウンサイジング化に大きく貢献するものと期待される。また、フラン基やフラーレンの効果で、耐熱性だけでなく耐放射線性も優れていると考えられる。このことは、半導体素子製造以外にも航空宇宙材料や原子力周辺材料など、さまざまな応用分野での活躍が期待できることを意味している。特に、高い線量の宇宙線にさらされる衛星搭載用などの電子機器や、原子力発電所周辺機器では金属やセラミックに代わり、高レベル放射線に耐え、加工しやすい有機材料が強く望まれており、そのような特殊環境において有望な材料となる。


本研究成果は、応用物理学会の英文論文誌『JJAP(Japanese Journal of Applied Physics)』(10月15日発行)に発表された。

新しい耐熱感光樹脂を用いた加工例



文責:広報室
監修:ナノ物質工学研究室
研究員 田島右副

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SPOT NEWS

人間の脳活動を世界で初めて
高精度でイメージングすることに成功

大脳皮質のコラム構造を頭の外から観察
(2001年10月25日、文部科学省においてプレスリリース)

当研究所は、科学技術振興事業団(JST)と共同で、人間の脳活動を頭の外から0.5ミリの空間精度でイメージングする画期的技術の開発に成功した。理研脳科学総合研究センター(BSI)認知機能表現研究チームの田中啓治チームリーダーと、JSTのKang Cheng、Allen Waggoner両研究員による研究成果。研究グループでは、4テスラの磁気共鳴画像装置を用いて、従来技術の10倍高い精度(0.5ミリ)で人間の脳の神経活動を記録する技術を開発し、第一次視覚野に存在する眼優位性コラムをイメージングすることに成功した。本技術をさらに発展させることにより、知能や思考といった人間の高次脳機能のメカニズムを解明することができ、老人性痴呆(ちほう)や精神疾患の新しい治療法の開発につながることが期待される。


実験動物による実験結果が集まり、人間の脳の神経活動を頭の外から記録する“非侵襲計測法”が開発されたことから、人間の高次脳機能の解明に対する期待が高まっている。しかし、従来の非侵襲計測法の空間精度は5ミリ程度であり、この精度ではいろいろな精神活動に際して神経活動が高まる脳の部位を決めることはできるものの、それぞれの脳の部位がどうやってその機能を遂行しているかは調べることができない。研究チームでは、似た性質を持った神経細胞が大脳皮質の0.5ミリほどの局所領域に固まって存在すること(コラム構造)に注目し、磁気共鳴画像装置を用いて0.5ミリの空間精度で人の脳の神経活動を記録する「機能的磁気共鳴イメージング法」の開発を行ってきた。


脳内では、神経細胞の活動が局所的に高まると反射によって局所的に血流量が増え、毛細血管中の還元ヘモグロビンの量が減少する。還元ヘモグロビン量の減少は、水分子に含まれる水素原子核の磁気共鳴信号の減衰を遅らせ、磁気共鳴信号を増加させる。このように局所血流量の増加を通じて、神経細胞の活動を探るのが「機能的磁気共鳴イメージング法」である。本イメージング法による極限空間精度は、毛細血管の間隔(50ミクロン程度)で決まるが、実際には測定の信号雑音比が悪く、これまでは5ミリ程度の空間精度しか実現できていなかった。そこで、信号雑音比を向上させるために4テスラの超伝導磁石を用い、長時間安定した画像を得るため特別設計した傾斜磁場コイルや小型受信用コイルを組み合わせ最適化した。


研究チームでは、新しいシステムを用いて第一次視覚野の眼優位性コラムを観察した。人間の第一次視覚野は、大脳半球後頭葉の内側面で前後に伸びる鳥矩溝(ちょうくこう)と呼ばれる溝に沿って広がっている。鳥矩溝の上下の壁に広がる大脳皮質の部分は比較的平らであることから、イメージングするスライス面を、鳥矩溝の上壁または下壁のなるべく広い範囲で大脳皮質と完全に重複するように調節し空間精度を上げた。視覚刺激は、白黒のチェッカーボードのようなパターンを1秒間に8回白黒反転させ、光ファイバーの束を通して片方ずつの目の網膜に投影した。実験の結果、左目刺激の間の機能的イメージと右目刺激の間の機能的イメージを比較することによりストライプ状のパターンが得られた(図)。このパターンは、サルの眼優位性コラムと同じであるがコラムの幅は約2倍あり、人間の眼優位性コラムではひとつのコラムの中でより複雑な情報処理が行われているために大きくなっている可能性がある。


人間の大脳からコラムの中にある神経細胞集団の活動を高い精度で、まったく非侵襲に計測する方法の開発に成功したことにより、一つ一つのコラムを活動させる刺激や状況を特定することが可能になった。さらに、細胞レベルでの情報表現や、隣り合ったコラムが表現する情報を比較することでコラム間の相互作用で行われる情報処理の内容を推定することができるようになった。これにより人間の高次脳機能メカニズムの研究が飛躍的に加速し、老人性痴呆のメカニズム解明などに重要な突破口を開く可能性がある。本研究成果は、米国の科学雑誌『Neuron』(10月25日号)で発表された。

人間の脳の後部にある「第一次視覚野」の活動の様子。青い部分が右目から、黄色い部分が左目からの情報に反応する細胞群(眼優位性コラム)。


眼優位性コラム 第一次視覚野において、主に左目から入力を受ける細胞が集まって左目コラムをなし、主に右目から入力を受ける細胞が 集まって右目コラムをなす構造を眼優位性コラムと呼ぶ。ほかのコラム構造と違って、ひとつひとつのコラムが大脳皮質表面の ひとつの方向に伸びたスラブ状の領域を構成し、全体を脳の表面の上から眺めると、左目コラムと右目コラムが交互に繰り返す ストライプを構成しているようにみえる。



文責:広報室
監修:脳科学総合研究センター
 認知機能表現研究チーム
 チームリーダー 田中啓治

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SPOT NEWS

血流停滞による血栓形成の
メカニズムを解明

“エコノミークラス症候群”予防につながる新知見
(2001年10月30日、文部科学省においてプレスリリース)

当研究所は、血液の流れが停滞することによって血栓が形成されるメカニズムを世界で初めて明らかにした。理研超分子科学研究室の貝原 真副主任研究員、岩田宏紀研究協力員(情報基盤研究部)らによる研究成果。研究グループでは、人工血管モデル中での血液凝固過程の解析および生化学的研究から、血液の流れが遅くなると血栓ができやすいことを科学的に証明した。さらに、血液を凝固させる原因タンパク質が赤血球膜に存在する「エラスターゼ」であり、血液凝固第IX因子を活性化することを突き止めた。血栓形成の引き金となる物質(トリガー物質)と考えられる「エラスターゼ」の第IX因子を活性化させる能力を調べることによって、“エコノミークラス症候群”の事前の診断・予防につながると期待される。


血液は、通常生体内を循環するときには凝固したり、血栓を形成したりしないが、血液の流れが停滞すると凝固が起こりやすくなる。血流停滞による血栓形成によって引き起こされる疾患として最近注目されているのが“エコノミークラス症候群”である。この疾患は、航空機内での長期座位や、脱水による血液粘度の上昇にともない下肢静脈に血栓が生じ、血栓が心臓を経由して肺の動脈を閉塞(へいそく)することで意識不明となり、最悪の場合には死にいたる。しかしながら、血液の流動が停滞することによって血栓が形成されるメカニズムは、明らかになっていなかった。


研究チームでは、人工血管の研究を通して、血液凝固過程の粘性や弾性を感度良く計測する装置(レオメーター)を開発した。本装置を用いて、“血栓形成には血液中のどのような成分が関与しているか”、“血液の凝固を引き起こすトリガーが何であるか”をレオロジー的および生化学的に調べ、以下のことが明らかになった。

1.血液凝固に関わる有形成分は赤血球
人工血管モデルとレオメーターを組み合わせた血流停滞をシミュレーションする計測系を用いて、全血液および赤血球、白血球、血小板それぞれの有形成分を分離して血栓が生じる時間を比較したところ、血液凝固に関与する有形成分は、赤血球であることがわかった。
2.血栓形成には赤血球による第IX因子活性化が重要
凝固因子が一つ欠乏する血しょうに、赤血球のみを混ぜ入れた試料の凝固を測定したところ、内因系における第IX、第X因子が無い場合には、血流が停滞しても凝固が起こらなかった。さらに、赤血球によって第IX因子のみが活性化することが発見された。
3.第IX因子を活性化させる酵素は「エラスターゼ」
第IX因子を活性化させる原因酵素を赤血球膜から抽出し、得られた酵素のN-末端アミノ酸配列を解析したところ、原因酵素が「エラスターゼ」であることを突き止めた。さらに「エラスターゼ」が赤血球膜にあることを確認した。
4.血流停滞および脱水は第IX因子の活性化を促進
人工血管とレオメーターを組み合わせた計測系により、血液の流れが速いときには赤血球による第IX因子の活性化が起こらず、血流が停滞すると活性化が起こることがわかった。また、脱水などによる赤血球数の増加は、第IX因子の活性化を促進することが明らかになった。
5.従来知られている内因系反応とは別のメカニズムで血栓形成
第IX因子が内因系反応で活性化される際に第XI因子によって切断される部位と、「エラスターゼ」によって切断される部位とではわずかに異なっており、血流停滞による血栓形成が、従来知られている内因系反応のトリガー機構とは異なった系で引き起こされていると考えられる。

フィブリン(血液凝固第I因子)と赤血球を主体とする血栓(血液凝固)。主に静脈のような血流停滞域で起こる。


今回得られた研究成果から、「エラスターゼ」の赤血球膜上での第IX因子を活性化する能力を調べることで、“エコノミークラス症候群”や、長期臥床や膝関節・股関節などの手術時における血流停滞によって引き起こされる血栓形成の診断・予防につながると考えられる。今後は、血流停滞によってなぜ「エラスターゼ」が第IX因子を活性化させるのか、その分子機構を調べることが重要である。また、赤血球膜上で「エラスターゼ」に特異的に作用する阻害剤や抗体を作ることによって血流停滞による血栓形成の予防薬の開発が期待できる。本研究は、岡山県産業振興財団からの委託研究の一環として行われた。


血液凝固因子 血液凝固に関与する因子で血しょう中に存在し、 第IからXIII(第VI因子は欠番)まで国際血液凝固因子 名称委員会で1954年に命名された。
また、血液凝固反応には、外因系反応と内因系反応とがあり、 外因系反応は、血管壁が損傷したときに引き起こされる 反応で、生体内での凝固は主にこの反応によって 引き起こされると考えられている。
内因系反応は、負電荷を有するものに接することによって 一つの凝固因子(第XII因子)が活性化することで 引き起こるが、生体内での内因系反応の重要性については よくわかっていなかった。



文責:広報室
監修:超分子科学研究室
 副主任研究員 貝原 真

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記念史料室から

映像で語る科学の世界
理研科学映画の足跡

写真1:「理研科学映画株式会社」設立関係書類

皇紀2600年(1940年)奉祝芸能祭文化映画コンクールで一本の科学映画が首席に輝いた。その映画の名は「或る日の干潟」。ムツゴロウやガン、そしてハヤブサなど干潟で営まれる動物たちの生態が、理研で開発された新しい技術によって克明にとらえられており、撮影機材が飛躍的に進化した今日においても、決して見劣りしない秀作だ。この映画を撮影したのが、理研産業団の一つ「理研科学映画株式会社」だった。わが国の科学映像の黎明(れいめい)期を築いた理研科学映画の足跡を記念史料室に残されている史料からひもときたい(敬称略)。


理研科学映画は1938年(昭和13年)4月、大河内研究室の渡辺俊平によって開発された独自の録音方式「多面積型記録方式」と、「自動現像方式」を実用化する目的で設立された。当時の映画界は、無声映画からフィルム端にあるサウンド・トラックに音声を記録し、映像と同期させて映写する“トーキー”へと移行、その録音形式にはウェスタン・エレクトリック社(米国)による濃淡型と、RCA社(同)によるエリア型とがあった。渡辺が考案した「多面積型記録方式」とは、エリア型を改良し、13本の線を使って録音するものであり、当時としては高音質で収録できる新しい技術として注目されていた。この方式は“理研トーキー方式”と名付けられる。


理研科学映画の専務を務めることにもなる渡辺は、もともと大河内研究室で陰極線オシログラフの開発に取り組んでいた。この研究を通してX線を用いた新しい録音法を考えつき、理論的な実験から音質の高さは間違いないと考える。この報告を受けた大河内は「ならば一つ良い音を録音して聞かせてみよ」と指示。すぐさま、新方式による録音装置を完成させたが、音質は従来機と何ら変わらなかった。「良い音を出して聞かせましょう」と見栄を切った渡辺は、フィルムの性質やその現像法、マイク、増幅器、カメラ、再生装置まで映画の質を左右するすべての要素を洗いざらい見直し、音質の向上に努めた。その結果として生まれたのが“理研トーキー方式”だった。


理研科学映画は、新技術の普及・開発とともに、社名の通り“科学映画”の制作といった側面も併せ持っていた。設立当初は、海老原敬吉(主任研究員)の指導を受け、「機械工作シリーズ〔旋盤編・フライス盤編〕」など工場や学校などの教材用映画を制作していた。その一方で大河内と渡辺は、「これからの科学思想の普及には科学に興味を持った人を社会から求めて行うべきである」とし、一般から募集した新人を養成しながら科学映画の制作に乗り出す準備を進める。そんな中、映画づくりは素人ながら、自然現象に対する鋭い洞察力をもった一人の鳥類研究家、下村兼史(かねし)が理研科学映画の扉をたたいた。


写真2:「或る日の干潟」から 野外での鳥たちの生態を探る必要性を感じていた下村は、その手段として映像による記録が最も有効な手段の一つであると考える。下村の当初の記録手段は写真機であったが、一瞬をとらえる写真機ではおのずと限界があった。写真機からカメラに持ち替えた下村は、北九州周辺や有明海に棲息(せいそく)する鳥たちの生態を、干潟の中に撮影小屋を設けて根気強く撮影する。その撮影記録を映画化したものが「水鳥の生活(1939年完成)」であり、「或る日の干潟(1940年完成)」であった。その映像の素晴らしさは、今日においても20世紀を代表する文化映画として、その名をとどめていることから疑いをはさむ余地はない。


理研科学映画はその後も、「子供の科学」シリーズとして、「食蟲(しょくちゅう)植物」、「ケーブルカー」、「炭素瓦斯(がす)」などを制作。また、大島三原山の地質学的構成の解明を紹介した「火山」は、当時としては最大級の望遠レンズなどを駆使して撮影された。これらの力作により、戦前における“科学映画”の普及に大いに貢献したと考えられる。しかし、戦況が悪化する中、映画界は政府による管理が強化され、映画の検閲などが始まった。理研科学映画も、陸海軍からの委託作品の制作が事業の大半を占めるようになる。


同社は戦後、連合国軍総司令部(GHQ)による財閥解体により理研から離れ、1946年(昭和21年)に「理研映画」と名を変え、ニュース映画「理研文化ニュース」の制作に活路を見いだす。さらに1952年(昭和27年)には「新理研映画」と名を変えたが、ニュース映画や文化映画の衰退などにより、多くの優秀な人材を映画界に輩出し、その使命を終えた。


本稿をまとめるにあたり、小山誠治氏、阿部 彰氏、矢島 仁氏より貴重な証言、資料をいただきました。感謝申し上げます。また、理研科学映画(理研映画)に関する資料等お持ちの方は広報室までご連絡いただければ幸いです。



執筆・文責:嶋田庸嗣(広報室)

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TOPICS



第9回名古屋市・理化学研究所
ジョイント講演会を開催



Photo バイオ・ミメティックコントロール研究センター(BMC)は10月24日、第9回名古屋市・理化学研究所ジョイント講演会を名古屋市工業研究所(名古屋市・熱田区)で開催しました。  本講演会は理化学研究所と名古屋地域の産業界、研究者との交流と連携の輪を広げ、理研の成果を広く公開することを目的として毎年開かれています。  BMCにおけるプロジェクトの節目を迎えた今回は、第I期(平成5年10月〜平成13年9月)を総括した研究成果について佐田登志夫・第I期BMCセンター長及び細江繁幸チームリーダー(制御系理論研究チーム)、木内一壽チームリーダー(運動遺伝子研究チーム)、川口泰雄チームリーダー(運動回路網研究チーム)、大西 昇チームリーダー(生体ミメティックセンサー研究チーム)が講演。また、今年10月よりスタートした第II期研究について細江繁幸BMCセンター長が講演し、約150名の来聴者が熱心に耳を傾けていました。






バイオ・ミメティックコントロール研究
センター(名古屋)の一般公開



Photo 11月11日、バイオ・ミメティックコントロール研究センター(BMC)を一般公開しました。今回の公開は、名古屋市主催による「なごや・サイエンス・ひろば」(発見と交流のなごや科学技術推進月間)事業との共催でした。  BMCは本年10月に第II期がスタートばかりです。今回の公開はパネル展示中心に研究内容を紹介したほか、理化学研究所各所の研究内容をビデオ上映しまた。センター近郊地域を中心に約400名の来場者があり、科学技術の現在、また今後の進展に対する関心を深めてもらう絶好の機会となりました。






遠山文部科学大臣、
理研横浜研究所を視察



Photo 遠山敦子文部科学大臣は11月7日、理研横浜研究所を視察しました。研究施設の見学に先立ち、小川智也所長、和田昭允ゲノム科学総合研究センター所長がそれぞれ横浜研究所、ゲノム科学総合研究センター(GSC)の概要を説明。その後、榊 佳之プロジェクトディレクター、林崎良英プロジェクトディレクター、横山茂之プロジェクトディレクターによる各プロジェクトの概要説明と各施設の見学を行いました。懇談の際には、基礎研究・基盤技術の重要性や諸外国との国際競争に関する意見交換が行われました。






GSC建物群、神奈川建築コンクールで奨励賞を受賞



Photo ゲノム科学研究の拠点として神奈川県横浜市鶴見区に整備された理研横浜研究所のゲノム科学総合研究センター(GSC)の建物群が、「神奈川建築コンクール(神奈川県、同県内12市主催)」の一般建築部門で奨励賞を受賞しました。同コンクールは、環境と調和し、美的センスにあふれた機能的な神奈川県内の建築物を表彰することで、建築物の質の向上とまちづくりに役立てることを目的に開催され、今回で46回目となります。




原酒
太陽が北にある!

Photo 幾年か前、私はスウェーデンのルンド大学の材料物理学部に招聘(しょうへい)して頂いて、そこで1年間研究生活をする機会を得ました。日本にも手を離せない仕事を抱えていたので、実際の所は2週間ごとに行ったり来たりの研究生活でしたが、ルンド大学材料物理学部への日本人招聘は私が初めてだったということもあって、いろいろな所に呼んでもらいました。ダンスパーティ、スウェーデンの結婚式、クリスマス、あるいは聖ルシア祭、イースター、等々。これは日本人の反応を観察され楽しまれていたのかもしれません。
 以上は前置きで話はこれからです。上記の間に私は真夏のスウェーデンで北極限界の北の町アビスコを訪れて白夜を見る機会を得ることができました。1日中太陽が沈まないことを楽しみに行ったわけですが、実はそのこと自体はそれほど感動的では無く私にとってショックだったのは、白夜の夜、太陽が北にあることでした。太陽は東から昇り南に行って西に沈むのが当然と思っている私にとっては、その経験は強烈で1時間ぐらい太陽を見続けていました。
 また、最近ニュージーランドに行く機会がありました。またまた太陽が北にいたのです。それは太陽が東から上がって北に昇りそして西に沈んだのです。私の常識から外れたその動きは瞬間のとまどいを私に与えました。考えて見れば当然のことなのですが、自分の環境の中で自然に培われている常識というものが、世界が変わればいとも簡単に常識でないことを思い知らされました。これはおまけですが、ニュージーランドで売っている世界地図は南極が上にあり、日本の北海道は日本の中で一番下に書かれていて彼らにとってはそれが常識であったのです。
 我々が科学するとき大きな妨げとなるのがいわゆる常識です。後で考えるとその常識と思っているものにがんじがらめにいつのまにかなっていて、そこから抜け出せずに現象がなかなか理解出来なかったり説明出来なかったり、あるいは他人との激しい口論になることがよくあります。それは自分の常識を絶対視していることから来る場合が得てしてあります。
 理研の場合いろいろな分野の方がおられ、ある時は無理矢理にその分野の話を聞かされます。すると自分の思っていた常識が実はその分野では全くそうでないことを知らされて、目から鱗(うろこ)が落ちる思いをさせられることが時々あります。先日こんなこともありました。それはある会に行く途中のバスの中でY主任との会話の中でした。“DNAの塩基が自由に並べられその2重螺旋(らせん)も3差路にしたりいろいろでき、それを手に入れることもできる”という話でした。これは私には大変感動深いものでした。ちょうどその時DNA鎖の電気伝導についてデバイスの立場からの検討を加えていた私には、DNAのあの長い複雑な構造しか頭に無く、電気は流せてもデバイス化は難しいかと考えていた矢先でしたので、そのお話はデバイスへの応用可能性を示唆するものでした。分子1本鎖の3差路はエレクトロニクスの回路そのものなのですから。そして塩基の制御は伝導度の制御そのものです。
 DNAチップが、エレクトロニクス微細加工の得意な日本でなく米国で容易に発明されたのはどこに原因があるのかと時々考えます。エレクトロニクスの微細加工技術と生物学の2つの別の世界の常識が、いとも簡単にうまく融合しているのです。
 違う世界にふれることによって、自分の思っている常識がある境界条件では常識でないことを我々は真摯(しんし)に受け止め、他の分野の常識を心をとぎすまして聞いたとき、そこに新しい創造の世界が生まれるのではないかと確信しています。それは必ずしも共同研究の形態をとらなくても他の分野の常識を取り込むことによって、自分の分野の常識を覆すことができるのだと思います。自らが意識してそれを行わなければ新たなブレークスルーは生まれないのでしょう。理研の制度は今までそれを保障し発展させてきました。これからもそれをより保障し発展させるものでなくてはならない気がします。


半導体工学研究室
招聘主任研究員●青柳克信


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