黒服とポニテ侍の領土戦(前篇)
第48話 月夜の決意者
ローウェン機構 バー『レインフォール』
このギルドにはバーがある。一日の仕事を終えたプレイヤー達が集まる憩いの場で渋いマスターがいることもこの店を盛り上げるのに一役買っているという。そんな中二人がカウンター席に座る。ギルドマスターであるローウェンはここによく来ているためそれほど珍しくはないようだが彼が客を連れて呑みに来ているとなると、周囲のプレイヤーは相手が誰なのかと想像をめぐらせる。
「ようこそいらっしゃいました。何になさりますか?」
「俺は……ギムレットを頼む」
「私もいつもので頼もうか」
「かしこまりました」
マスターが振り返ってドリンクの準備をし始めるとニルヴァーナは早速ローウェンに本題を切り出した。
「前にあんたが発表した論文があったな。タイトルは……」
「『BWO内における魔力の結合分断武器について』君が知っていたとは驚きだね」
「面白そうな話題だったんでな。細かいところまではよく分からなかったが」
マスターが二人の前にカクテルを持ってきた。それに口を付けながらニルヴァーナは話す。
「あれ以降めっきりその話を聞かなくなったんだが、まさか封じられたのか?」
「当たらずとも遠からず……と言ったところだね。後衛職やウィッチ・ウィザードを多く抱えるギルド『ナハト・レーヴェン』の連中の受けがよくなかったようでね。猛烈な反対にあって論は封じられたんだよ」
「なるほどね。……なら、ローウェン。その兵器実現させてみないか?」
ニルヴァーナがいよいよ話を核心へと進めた。
「……本気かい。あの理論を実証してくれるのは嬉しいんだが、武器はどうするのかな?」
「それに関してはこれを使って貰いたい」
ニルヴァーナが背中の鞘からティアドロップスを抜いた。それをローウェンに渡す。
「武装ランクはEX、それに素材にはSランクやEXランクの武器を製造する素材を使っていると
は……随分な剣だなこれは」
ティアドロップスを眺めながらローウェンはそんな感想を下した。EXランクの武器を剣の素材にするとはさしもの彼でも予想できなかったことだ。
「どうだ、出来そうか?」
「ここまで優秀な武器なら大丈夫そうだ。引き受けよう」
「助かる。代金は……どのくらいだ?」
「そうだね、理論の実証と戦闘能力の付与。八万Vでどうかね」
「交渉成立だ。どのくらい掛かる」
「すぐにでも作業に入れば三日後には出来る」
「なら頼む」
そう言ってニルヴァーナが席を立った。カウンターにはカクテル代が置かれている。そして彼の隣には鞘に収められたティアドロップスがあった。
「助かるよ」
「お互い様だろ?」
ニルヴァーナがカクテルの追加を頼みながらローウェンにそう言った。ローウェンもそれに続いてカクテルの追加を頼む。
「それと最近ある情報が確認された」
「なんだ?」
「一つめは遂に幻想級武器を持ったプレイヤーが出たらしい」
「いよいよ出てきたか……」
ローウェンがいった幻想級武器とはBWO武器ランクの中で最上級に位置するカテゴリーだ。BWOの武器ランクはD・C・B・A・Sとランクが上がっていく、ちなみに焔が使う槍、星月夜はSランク武器だったりする。
そしてその上にはニルヴァーナが使うティアドロップスやセイレンが使うユキアネサ、ハルナが使うベルヴェルグやナーシサスが使う黒姫、アイリスが使用しているトータルエクリプスなどの武器はEXランクと呼ばれている。そしてその上にあるのが伝説級武器。エクスカリバーやグングニル、白霞の使う蜻蛉切がこれに当たる。
BWOが開始されて以降その存在そのものがデマだと言われてきていたのがこの幻想級武器だ。伝説武器すら凌駕するスペックを持ち、運営側が認めた公認チートの武器。幻想級武器を手にした者はそれこそ一騎当千の怪物へとその姿を変えるという。
「……そう言えば“一つ”ってことはまだ何かあるのか?」
「もう一つはそうだね……烙印持ちの存在が確認できたよ。これは実際にスクリーンショットが出ている」
ローウェンがウィンドウを操作してニルヴァーナにある画像を見せた。それは何の変哲もない初心者プレイヤーの姿だが、戦闘中の写真では額に複雑怪奇な紋章が浮かび上がり赤く輝いている。
「だが、烙印に関してはBWO神話の中の話じゃなかったか?」
「だが今は神話で終わっていない……そう言うことだよ」
ニルヴァーナがいった神話とは通称BWO神話と呼ばれる、この世界観の設定のような物で大陸各地にその当時の名残が残っている。神話そのものは独自の言語で書かれているためプレイヤー達は読むことが出来ないが、稀に発生するクエストでNPCをその地点に連れて行けばその文字を解読するNPCがいる。
この神話の中に『シルシ』を持ち、大陸を戦乱に導いた者と大陸の戦乱を収めた者に関する記述がある。それが今回の『烙印』に関する話だ。曰く、烙印を持った者は剣の一振りで万の敵を倒し、一声叫ぶだけで万の人々が跪いた。
そして大陸の戦乱を終わらせた英雄も烙印持ちだったという。その英雄に関する記述には、歩く度に草花が芽吹き、歌う度に枯れて痩せ細った森が元に戻り、疫病で苦しむ人々を救ったと言われている。
「仮に信じるとして……確か烙印だけで数十種類はなかったか?」
「よく知ってるね、今回どの神の烙印を持ったプレイヤーが生まれたのか……現在大陸のあちこちで検証が行われているそうだよ。結果はもうすぐ出るらしい」
「……やばい神さまの烙印を持った奴が出た場合はどーするんだ」
「それに関しても現在検討中だね、どっちにしろ見つかり次第……と言うことになるだろう」
「さて、俺はそろそろお暇する。武器の方は頼んだぞ」
「三日後にもう一度尋ねてくるように、いいね」
「おう」
そう言ってニルヴァーナがバーの外へと消えていった。ローウェンもカクテルを飲み終えると早速作業に入るべくティアドロップスを持ってバーを後にした。
ローリントフェルデ 20:11
この街に滞在してから二日目の夜のこと。単独訓練を終え、ニルヴァーナが街に戻ってきた。ここ最近経験値を稼いでいなかったので経験値稼ぎが出来るスポットで徹底的にモンスターを狩り尽くした。お陰でレベルは84まであと少しというところまで来ている。
コートを揺らしながらニルヴァーナは街の小高い丘の上にある展望台へと上った。展望台からは街が一望できる。眼下に広がる明かりの街とその向こうに広がる荒野を眺めていると不意に声を掛けられた。後ろを振り返るとそこには茶色の癖毛が特徴的な青年がいた。キャラクターの年齢的にはニルヴァーナよりも少し下だ。甲冑を着て両方の腰に打刀を佩いている。
「お久しぶりです、ニルヴァーナ先輩。服変えてたんで本当に先輩かと疑っちゃいましたよ」
「なに、イメチェンって奴だ。お前の方こそ久しぶりだな、零一」
ニルヴァーナが後ろにいる青年、零一に声を掛けた。
「いつもいる親衛隊の皆さんはどこに行った?」
「彼女たちならこの下で待ってます。今さっき狩りから帰ってきたところなんですよ」
そう言って零一が笑った。この青年、ネットの中とはいえ異様にモテる。親衛隊と称する女性プレイヤー達が常に彼の周囲を守っているためある意味では究極のモテ男体質だ。もっとも思い当たるようなフシはあるのでニルヴァーナもあえて言わなかった。
「……こうして会うのは旅団以来ですね」
「そうだな……あれから結構経つか……」
ニルヴァーナが夜空を見ながらそう零した。この零一もかつて、ニルヴァーナが所属していたギルド『暁の大隊』のメンバーだった。碧衣の旅団壊滅作戦にも参加しているプレイヤーでその当時からニルヴァーナを先輩と呼んでいた。
あのとき、ギルドマスターでもあったトーヴァートが消息を絶ち、それに呼応して複数のプレイヤーがBWOから離れた、事情はあるしそれに干渉することもなかった彼らはそれを機に解散、ソロプレイヤーとして戦う道を選んだ者や生産職へと姿を変えた者もいた。
あのギルドの影響を一番受けたのがこの零一だったようにニルヴァーナは思う。彼はギルドが解散して以降、独自のギルドを立ち上げ、今ではBWO有数のギルドへと発展した。ニルヴァーナやその他の元メンバー達も誘われたがニルヴァーナ本人はその誘いを断った。恐らくあの当時はまだ黒猫騎士団を喪ったことに踏ん切りが付いていなかったのだろうと思う。
「先輩の活躍はこっちでも有名ですよ。第一回領土戦やデル・ファレリア事件に関しても先輩のお陰って話じゃないですか」
「俺は何もしてない、ただ目の前に敵がいて戦っていただけさ。ただ、それだけなんだがな」
そう言って自嘲気味に笑うニルヴァーナ。本当にいろいろなことがあったと思う。
「僕は先輩に嫌われてるのかと思っていましたからね」
「どうしてだ?」
そこで零一が顔を赤くする。
「その……ハーレム体質だから……」
そんなふうに肝心なところで弱気になるからお前に惹かれる女子は減らないんだ。と言う言葉を消して、ニルヴァーナは別の言葉を口にする。
「別に、ハーレム体質云々でお前を嫌ったりするほど俺は小さくはないんだがなあ……」
そう言って苦笑するとそれに併せて零一も笑った。月夜に二人の笑い声が木霊する。
「……それと、改めてなんですが先輩も僕達のギルドに加わりませんか?先輩ほどの実力者ならこっちのメンバーも納得するでしょうし……」
彼が最後まで言い切る前にニルヴァーナは首を振った。残念そうに月を見上げる零一。
「やっぱり、嫌ってます?」
「ああ……そうか、言葉が足りなかったな」
そう言ってニルヴァーナが月を見上げながら言う。
「俺は、今まで逃げていただけだったのさ。過去からも現在からもそんなしがらみが無い関係を作ろうとしていた。だから俺は今まで一人だったんだ。でもな、俺達は結局どうあってでもしがらみは無くならないし、どこまで行ってもこの世界では人と繋がり続ける。だから決めたんだよ、少なくとも雨風を凌げるくらいの居場所は作ろうって思ってな。だから、済まん、零一」
最後は零一に向かって頭を下げる。
「いえいえ……でも、ギルド嫌いな先輩がここまで変わるとは……僕も予想外です。それじゃ、ギルドの名前が決まったらまた僕に教えてください」
そう言って零一が階段を下り始めた。周囲に人がいなくなってもニルヴァーナはただ月を見上げていた。
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