山形の天然ガス 羽前長崎編

2004年7月初旬、JR左沢線羽前長崎駅前です。日曜日ということで駅は普段以上に閑散としていました。ここは「農業倉庫」の撮影のため半年前に訪れました。その倉庫は撮影直後に取り壊され、広大な空き地になっています。その時に、駅前の小川の橋の袂に見覚えのある「ドラムカンからホースが出ているやつ」を発見したのでした。今年は夏が早く、ガスを使っているかわかりませんが、お話を伺ってみました。


件の小川の袂の赤錆びたドラムカンを観察していると、たまたま中からご婦人が出てきた。コセキ氏のお宅。ガスは今でも普通に使っているとのこと。しかし出てくるガスは勢いが弱いので、炒めものなど火力を使うものには向かない。コトコト煮込むような料理にはとても具合がいいとの話。なるほど。ガスが自由に使えるのはいいが、やはり「カナケ」取りが大変とのこと。ここらへんはかなり頻繁にやらないとダメらしい。その「カナケ(たぶん金気だろう)」を管からこそぎ落とす道具が脇にあった。要は竹を割ったやつを長くつなぎ合わせた先に金具をつけたものである。ミニ鬼の金棒といったボチボチのついた金具である。長さは・・長い。家の脇に寝かせてあるが、川沿いに伸びて奥の家の敷地に消えて向こうの先が見えない。これでつつくのは冬場とかは面倒そうだ。向かい側のアキバ氏宅を紹介していただいた。


アキバ氏宅の井戸は、自宅から100m程離れた畑中にあり、そこからパイプで送っている。利用しているコンプレッサーは知人の歯医者さんから貰ったものだ。この井戸は地元のガス井戸掘りの名人、「TR氏」に掘ってもらったブランド品ともいえる名井である(そうか?)。昭和52年に初めてガス井を掘った。始めは調子が良かったが、深度が浅かったせいかすぐにガスが出なくなったので、昭和55年暮れに現在の場所に掘り直した。

ところが事件が発生した。完成して使う矢先の12月28日にガス井が突如暴噴したのだ。油田のように大地の圧力を抑える「クリスマスツリー」などはもちろんない。ガスと水と砂が混じりあって約30mの高さに噴き上げ、このことは地元の山形新聞にも掲載された。何しろ火気厳禁だというので、警防団が徹夜で監視にあたったのだという。10日ぐらいすると勢いが収まってきたので、皆で力づくでドラムカンを被せて抑え込んだ。危ない感じもあったが、何しろ寒く、早くガスが欲しかったので。それ以来使っていたのだが、一昨年、なんと20年ぶりに突如暴噴して驚いたとのこと。これには井戸掘り名人「TR氏」もびっくり。ガス井戸は掘ってしばらく使えばガスが減少して最後には出なくなる。そしたら別の場所に新しく井戸を掘るのが常識。20年以上出続けていることは素晴らしいとしても、また暴噴するとは聞いたことがない。とんだ暴れ井戸だ。直後は自噴するガスの勢いがまだ強く、被せたドラムカンの天板を叩く音が一ヶ月近く響き、近所に大変迷惑かけた。

出てくるガスの力は弱いので、市販のガス器具はそのままでは使えない。そこでガス器具の穴を大きくする。しかし、大きくし過ぎると不完全燃焼を起こしてしまう。使い方にもコツがある。火を使っていて、井戸の圧力が下がったりすると、火がパイプ内を逆流することもある。圧を上げるための銀色に光るガスチャンバーも、ガス井戸本体も何度も爆発した。ガス爆発しても離れているので直接は感じない。ガスが出なくなったので見に行くと、被せてあるドラムカンが井戸の脇に、まるで外して置いたようになっていることもある。

ガスは細かい砂の層から出る。掘った後、ヤグラを組んで6センチ径の一本4mのビニールパイプを継ぎ足して打ち込んでいく。こちらの現在のは約130m深さがあるが、どの深さの層からガスが出ているかは不明。「サンゲンヤ」でもガス井を掘った。浅かったからか同じ層だったのか、すぐ出なくなった。提灯をつけていったら引火したこともあった。そのような事故があるとそれ以来使わなくなる家も増える。しかし、家を新築してもガスは使い続けている家も多い。近所のイシザワ氏宅の井戸も名ガス井だったが、仙台に越してしまい家も井戸も取り壊して跡は住宅地になっている。

空気に触れる事でカナケはすぐつく。ここは出てくるガス量が多いので、その一部をコンプレッサーの吸気につないで井戸の中に戻している。これでカナケがつかなくなる。1〜2年掃除しなくてもきれい。ただ、ガス自体が弱くなる欠点あり。要は空気に触れることで水溶性のガスに含まれる鉄分などが酸化して凝固してカナケになるようだ。だから水中ポンプで直接汲み上げてもカナケはつかない。マツダ商店はポンプ使用だそうだ。メンテナンスフリーになってから、奥さんに気兼ねなくガスが使えるようになった。それまで一週間に一度はカナケを取る必要があった。ご主人は配管など工夫して作るのは好きだが、カナケ取りは奥さんの仕事だったのだ。





ガスには水分が多い。冬期、パイプ内に氷がつく。起動してガスが通るとパイプ内側の氷が剥がれ落ちる。パイプが細いと、その氷がパイプの曲がった所に詰まるのでガス管を叩いて通してやる。加湿器はいらない。家全体が暖かい。井戸水を消雪に使う。しかし、水にカナケがあるので地面に赤く色がついてしまうのが難点。電気代は冬で月に5000円程度かかる。しかしそれで、煮炊きから、暖房、風呂まで全て賄えるので助かる。

ここ中山町の大塩や小塩の地名は昔、岩塩が出たことに由来する。中山町温泉「ゆらら」は最初、中山町の火葬場から100m程山側に掘削したが温い湯しか出なかったので断念した。2年程して、某業者が今の場所に掘削した。「必ず出る。出なかったら金はいらない。」とまで言うので掘らせた。掘ってみたら言葉通り出たので金を払った。しかし1000m以上掘った。薄茶の湯である。

家でお茶をご馳走になり話を聞いていると、汽笛が聞こえた。左沢線の記念行事で7月1日〜4日運転のSLがやってくるのだ。C11型蒸気機関車に旧型客車3両である。せっかくなので駅に見に行くことにする。すると、さっきまで人けの無かった駅が、人出で大変な騒ぎになっているので驚いた。線路上にまで立ち入った観客をどかしながらゆっくり走り去る蒸気機関車を見送った。





以上の「ガスが凍る」話を聞いた元石油公団のHI氏は「ガスの水分が凍るのではなく、ガス管の中でハイドレートが形成されているのではないか」と推察された。ガスのシャーベットであるメタンハイドレートは、次世代のエネルギー資源として注目されているが、採取方法はおろか存在する場所の特定も、まだまだ調査中の段階である。そんな複雑な事は露知らず、長年の経験でガスを利用しているのは面白い。次回は「井戸掘りの名人」に話を伺いたいと思っている。