今年初め、ソウル家庭裁判所で行われた離婚訴訟で、15歳の少女が調停担当官に打ち明けた。「母は私に裁判所で『お父さんと暮らしたい』と言いなさいと言い、父は『お母さんと暮らす』と言わせようとしています。いっそ児童保護施設に行きたいです」。少女の父親は中堅企業に勤務し、母親は塾の講師をしている。夫婦は互いに娘と暮らしたいと主張し争うどころか、養育権を押しつけようと、娘をそそのかすのに忙しかった。
ソウル中央地裁2階のロビーで5歳の男の子が泣いていた。30代前半の両親は家裁で離婚訴訟に臨んでいた。夫婦は仲が悪く別居中で、夫が5歳の息子を、妻が2歳の娘をそれぞれ育てていた。しかし、新たな職を得た妻は、夫が養育費として提示した数千万ウォン(数百万円)は諦める代わりに、娘も連れていってほしいと申し出た。一方の夫も、妻に息子の面倒まで任せようと引き下がらなかった。この日の調停はうまくいかず、夫婦は息子を裁判所に置いたまま帰ってしまった。
最近、若い夫婦の子どもに対する愛情が、以前とは違うという事実が如実に表れる場所が離婚裁判だ。以前は、経済的に厳しくても子どもだけは手放したくないと、養育権をめぐって激しく争う夫婦が多かった。自分よりも子どもの未来を大切に思うからこそだ。養育権を取られた母親が自殺するケースもあった。しかし今は、余裕のある暮らしをしているにも関わらず、子どもを卓球の球のように互いの家の前に連れて行き置いてくるといった光景も見られる。子どもよりも自分の人生を重視する傾向に価値観が変わってきているのだ。
子育てを負担に思う親が増えると、児童の虐待もさらに増えるようになる。児童虐待をめぐり全国の児童保護機関に寄せられた通報は、10年前は4000件だったが、昨年は1万件を超えた。虐待がひどく保護措置を受けた6000件の加害者のうち、83%が実の親で、44%が母子家庭・父子家庭の親だった。特に3歳以下の乳幼児虐待は、2年間で倍に増えた。20-30代の若い夫婦が加害者の70%を、女性(妻)が67%を占めた。共働き夫婦が増加する中で育児を負担に感じ、早い時期から他人に預けるため、感情の絆が緩んでしまうからだという。
ソホクレスは古代ギリシャの悲劇「エレクトラ」で「子どもは全ての母親を人生の真ん中に捉え縛り付ける錨(いかり)だ」とした。母親の生き甲斐は子どもということだ。韓国では、子どもに先立たれる苦痛を、この上ない悲しみを意味する「慘せき」、光を失い天地が真っ暗になる「喪明」と表現する。詩人の金顕承(キム・ヒョンスン)は、子どもを「自分が最後に覚えているもの」と語った。また、がんを患った母親が、出産のため治療を諦めたケースもある。出産後すぐにこの世を去っても、母親になった幸せの方が勝っていた。世の中がいくら世知辛いと言っても、母性や父性に対する信頼まで捨てることはできない。