今回は統一教会の真実からかんご氏の発言を見る事にする。
かんご氏語録第二弾!!
親派というのを説明しておくと、81年、私は伝道されて統一教会に行ったが、教会員となる事を拒否したのでした。当時すぐ献身のまっ最中でしたから、40デイに参加した後、私も勧められましたが、断わりました。
霊感商法問題とは?
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-date-20110513.html
教会長達が驚いたのも無理は無かったでしょう。
クリスチャンでありながら、ヨギ(ヨガ行者)であり『易経』や『黄帝内経』などの東洋哲学、思想を吸収して来た私は『統一原理』に相性が良く、それまでも私の感想は極めて好意的なものでした。
とりわけ『易』の根本が創造の秩序であるという点は深く共鳴し、原理では説明されていない側面まで説明してあげたりしていました。世界を展開する5行と12経です。
霊感商法問題とは?
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統一教会への入教を拒否した私は、しかし勝共活動や純潔運動には共鳴していました。
ゆえにこれらの運動を通して統一教会と薄いつながりを持っていました。
霊感商法問題とは?
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文師には公式な妻が少なくとも2人はいたようですし、公式に結婚しなかった妻も一人いたらしい。
もし彼らの「万物復帰」と言う教義を抜きにしても、
その功績と徳ある人に捧げる金が無意味である訳がないと私は思いますが・・・。
そこで私はキリスト教の名誉のために反論したのである。私は幼少時代からキリストを愛している人間だからだ。
いいかげんにしろ、甘えん坊
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-15.html
だいたい私は教会員では無いから統一の伝道をした事はない。
いいかげんにしろ、甘えん坊
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「民族のルーツ・・・」を読みなさい。例え体質的に受け入れられなくても、何度も読めば、その言葉が次第に染み込んで行く。
あれは、日本民族に相対する多くの魔を退ける力を持っている。そして日本という国と民族を神様の元に連れ帰るために啓示的に書かれており、今日まで日本を導いて来た『法華経』よりも一段高いところに在るのである。
いいかげんにしろ、甘えん坊
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神易さんは統一教会員だろうが、私は教会員ではない。
つまり、文鮮明師を中心とする摂理━に直接的には、関わっていない。
いいかげんにしろ、甘えん坊
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-15.html
私が歩く道は、「日本民族復帰路程」と言う摂理なのである。
この摂理は”特殊な罪”の支配下にある日本民族にその罪を清算させるために為されているのである。
そして私に対して神様が示された勝利表示路程とは、日蓮上人の路程なのである。
末法の世に現れた日蓮が、”しゃくふく”をしたように、正しい事を大声で叫び、
間違いを批判する事が私の勝利の道なのである。
いいかげんにしろ、甘えん坊
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-15.html
かんごさん。やはり、あなたは預言者的な方なのですか?
あなたの歩まれている道とは、やはり、「日本民族復帰路程」という摂理なのですか?
ここで、そのあなたの摂理に貢献すること、あるいはあなたに助力することとは、
『民族のルーツ…』を読んで受け入れて、つまり、日本民族の罪が何かを受け入れて、
「天皇改宗の条件」を祈祷条件で立てること、なのですか。
改宗するのは現皇太子の徳仁親王。
祈りの最後に、彼の改宗を祈る・・と言う風に条件を立てることで、よいのですね?
ここにおける「受け入れる」とは、どういう状態のことを指しますか?
『民族のルーツ…』の内容を真実として受け入れて、認める、ということですか?
かんごさん、あなたを預言者的な方として受け入れて、認める、ということですか?
全てを受け入れていないと、祈祷条件は無駄になりますか?
それだけで日本統一教会内部の霊的雰囲気は劇的に変わる、ともあります。
この祈祷条件は、統一教会員がまず先に行うべきものですか?
いずれは日本民族全体が劇的に変わる必要があるのですよね。
この祈祷条件は、正規の現役統一教会員でなければ無駄になるものですか?
いきなり質問をして申し訳ありません。もし気が向いたら、コメントください。
わたしのような者が声を発して、霊界の流れに悪影響を与えるかもしれないのがこわいのですが、お許しください。
2011-09-24(23:21) : 岐路に立つ者 URL : 編集
Re: 特に意味はないので、単なる独り言として聞いてください。
> ただ、あなたが自分の志として「「開かずの門」を開けるのだ」と言う志を立てれば良いのです。
そのような志を持つ人は、神様の御意に生きているのです。
2011-09-25(02:37) : くろだかんご
いいかげんにしろ、甘えん坊
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-15.html
初めてコメントします。
>霊的世界の存在を信じるか?否か?
これは、誰かの引用文なら仕方ありませんが、正確には、
「霊的世界は存在するか?否か?」
ということになると思います。
神様や霊界は存在しますので「信じる」という言葉はなじめません。
神様は視覚的ではなく生理的に知覚できます。
未だ(1)ですので続編でご回答されるのかも知れませんが。
私には専門外ですが、今回記事で引用されたエクソシストの話や、
多少心理学的な考察も入れた記事を書いています。
元々コメントへの回答であり、その観点で書いていますので、
読みにくいかも知れませんが・・・
良心の声と良心の呵責の分岐点
http://ameblo.jp/gildong/entry-10992783646.html
2011-09-25(12:13) : gildong URL : 編集
Re: No title
gildong さん
あなたのコメントにも、またあなたのブログの記事にも、少しも神様を感じない。
ゆきっちさんがどこかで述べていたが、「感じるのは悪霊の働きだけ」である。
その感覚は正しい。
2011-09-26(15:09) : くろだかんご
いいかげんにしろ、甘えん坊
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-15.html
20才から32才までの12年間、私は真理探究の旅をしていた。それは、今思い返せば神様との対話の日々だった。
私は何もかも全て神様に尋ね求めた。
例えば、フロイドの本を読んで疑問を持つと、「神様、これはどう思いますか?」と尋ねた。翌日ユングの本にその答えを見つけるとか。
神様は答えたもう
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-29.html
何十年も経ってから、答えを得る事もある。
それは「原理流」に言えば「蕩減がある」という事なのだろう。
神様は答えたもう
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-29.html
22才の時ですが、東京の新宿区、落合に高良更正院と言う医院がありました。
そこは、森田療法を教えるとこなのですが、そこの高良院長と会った時、彼はこう言っておりました。
「不調和がある時、不調和を感じる時、その不調和を調和させる事が仕事なのです。
例えば、道に空き缶が落ちていれば、そこに不調和があるので、空き缶を拾ってゴミ箱に捨てるのが、仕事になるのです。」
トイレ掃除は楽しい
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-34.html
そうしている内に隣に住んでいる人が話しかけて来ました。
そして友達になりました。
彼は創価学会員でした。それから、トイレ掃除をする係りの人が来るようになったので、トイレ掃除は終わったのですが、それはちょうど40日目でした。
トイレ掃除は楽しい
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-34.html
その創価学会の人とはいろんな事を話しましたが、ちゃんと『民族のルーツを探す旅』を読んでいます。そして好意的な感想を聞きました。
『民族のルーツを探す旅』は日蓮宗徒に働きかけるために啓示されたものでもあるからです。
トイレ掃除は楽しい
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-34.html
以上統一教会の真実より引用。
これから推測すると22歳で『民族のルーツを探す旅』が出来上がっていることになる。しかし他の記事では「20才から32才までの12年間、私は真理探究の旅をしていた。」と 22歳ではまだ『民族のルーツを探す旅』は出来上がっていないのではないかと言う疑問が残る。
自分の過去を書いているのに疑問が残るのだ。何とも不思議なものだ。
もしかして妄想も加味されて書いているのだろうか。と勘繰ってしまうのは小生だけだろうか。
と思う方はクリッククリック。(笑)
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かんご教教えその2
記事はユッタモンガチ。
本当の事等誰も分かりゃしない。なので先に記事にした者が勝つのである。
その後反論などあればイチャモンというくくりで片付ければよい。
かんご氏は統一教会の教えに無い『侵入経路を塞いだ』なんて勝手に作り出した言葉を恥ずかしくも無く平気で記事にする。非常に違和感があるのだが。
統一教会信者で無いから何とでも言えるのだろう。
いいね〜。統一信者でない人は。統一信者に説教して『毎回記事楽しみにしてます。』と持ち上げられて嬉しくてしょうがないのだろう。(笑)
小生は違和感ありすぎて吐き気を催すのだが。実際読んでいて気分が悪くなったことがあったことも付け加えておく。
【かんご氏研究の最新記事】
ギョエー、そんなに価値が有るのに何処も出版してくれないとは、驚きです。
吐きはしませんが、噴飯してしまいました。ぷっ
じゃあ、創価学会員に「だけ」働きかければいいんじゃないか??
統一信者でもないのに、組織と信者に干渉して、本来は学会員向けに書いた『民族のルーツを探す旅』=(天皇改宗と神道と神社の破壊)をなんで、統一信者に無理やり押し付けるの?
かんご氏的に言えば統一信者は「世界の中心摂理担当(中心人物)」であって、かんご氏は「日本」だから、文教祖的に言えば傍系の摂理なんですよね(笑)
コメント有難うございます。
>「民族のルーツ」は、法華経より価値があるのですね。
左様でございます。
かんご氏自身が直接述べているのでございます。
ただ問いたい。聖書とどちらが価値のあるのか。原理とどちらが価値のあるのか。
聞いてみたい思うのでございます。まっ!答えないでしょうけどね。
自分だけの思い込みでしょう。
あっ!お弟子さんたちも真に受けていらっしゃいますので価値のある思想と思い込んでいるのでしょう。
民族のルーツを探す旅と言いつつ既に結果ありきじゃんみたいな感じでしょう。
コメント有難うございます。
そうなんですよね。
>じゃあ、創価学会員に「だけ」働きかければいいんじゃないか??
統一信者でもないのに、組織と信者に干渉して、本来は学会員向けに書いた『民族のルーツを探す旅』=(天皇改宗と神道と神社の破壊)をなんで、統一信者に無理やり押し付けるの?
ここが最大のナゾなんですけど。だんだん推理していくことによって明らかになっていくと思います。
かんご氏の根本には「恨の構造」があると思われます。
徐々に解き明かして行きたいと思っております。ご期待下さい。