黒田かんご氏なる人物がいかなる人物かを知るにはその書いた物を見る事によって分かるのである。
原理講論にも神の見えない性稟は被造物を見て分かると書いてあるようにかんご氏の見えない性格はブログ統一教会の真実。ブログかんごのブログ。掲示板ルーツを探す旅BBS。HP民族のルーツを探す旅。を読んでいくことによってかんご氏像が浮き上がっていくのである。
そこで今回から数回にわたってかんご氏のブログよりかんご氏の記事を抜粋し「かんご氏語録」なるものを作成する試みを行った。
以下引用する。
かんご氏語録第一弾。
子供の頃の話です。
小松左京の『戦争はなかった』と言うSFを読んでいると「理由もなく、上級生や教師に殴られ・・・」「殴られっぱなしの少年期をすごし・・・」と書いてありました。
野坂昭如の本にも「上級生」「教師」「将校」などに殴られ続けた・・と書かれていた。
それで私は父親に聞きました。
「どうして戦前は理由もなく子供を殴っていたの?」
父親はうつむいて何も言いませんでした。
彼は昨日まで「天皇バンザイ」と叫びながら子供を殴っていた教師達が、敗戦後、ニコやかに「民主主義バンザイ」と叫ぶその姿に痛く傷ついていました。
大日本帝国の暗い影
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/2281129.html
私の生まれた家はとても病気や怪我が多い家で、父も母もいっぱい病や怪我を体験しています。決定打はやはり父の半身不随でした。仕事中荷物を運んでいて、2階から落ち、後頭部を強打。以来ピクリとも身体を動かせない状態で、寝たきり中年となりました。医師が回復は無理だと、難しい顔をしておりました。
結論から言うならば、かなり回復して車を運転できるくらいにはなりました。
そのキッカケを作ったのは、もちろん私です。・・・と言ってもただのバカがきの功名でしたが・・・
バカ特有の自己中な思考法に基づき、寝たきりの父にこれ幸いとばかりに、「マージャンを教えてくれ」と私はたのんだのです。
こうして、父と兄、私、近所にすむ私の友人の4人で奇妙な家庭マージャンが始まりました。
私の中1の夏休みは家庭マージャンで終わりました。けれども夏休みが終わる頃には、父は震えながらも、自分でパイを触れるようにまで回復していました。
それから休みと言えば家庭マージャンです。
そうやって私が高校に進学する頃には父は自分で歩ける位にはなったし、後には車の運転も可能になりました。
たぶん奇跡
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/2311618.html
小学校5年生の時、初めて一人旅をしました。
桂浜に行こうとしたのです。
両親の反対を押し切り、お年玉を握りしめて、えいやっと電車に乗り、船に乗って高知に到着。竜馬の像の下にしゃがんで一日を過ごし、一泊して帰りました。
ねしょんべんに霊験あらたか
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/2315990.html
医師が「この子は大人になる頃には白痴になるかもしれない」と述べた鼻の病で、もの心ついた時には、「第4期」と言う重症だった。
青いを通り越して、ドス黒い鼻汁が出ていた。
カッコ悪い病気だ。
どうせならもうちょっとね・・・
それで元来バカ陽気な私も、思春期にはめげてしまい暗い詩をたくさん書いている。
なぜ人は病むのか?と言う疑問
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/2369593.html
18才の時に、一念発起して本を読み自己流でヨガを始めた。”西洋医学には治療法が無い。”
”それなら東洋医学と東洋宗教には、治療法があるかも知れない。”
こうして本格的探索が始まったのは20才だった。同上
20才すぎ、自分の病を治療するために、そしてそもそも「人はなぜ病むのか?」と言う疑問を解くために
私はせっせと整体協会に通って技術と知識を吸収していた。
野口晴哉の世界
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/3613302.html
ヨガ道場に滞在していた私は、朝早く起きて、断食をしに来ていた人達を世話し終わると、その後は道場にあったヨガや東洋医学の本をむさぼり読んでいた。『易経』や『黄帝内経』もこの頃読んだ。
この時期はまだ何も分からず、真理といえるものを何一つ理解していなかった。
ただ自分に与えられている生命力は、やはり与えられている病を癒す力を内在しているであろう事を予感していた。
ヨガと霊能力
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/3694435.html
元々自生種で、めんどうがなさそうなアシタバ君に決めた。
摘み取ってもすぐに生えて来るのも、経済的である、と・・・。
貧乏だと経済的なほうに傾いてしまうね。どうにも・・・。
明日葉は得意
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/3730582.html
例えば、このブログで取り上げている「従軍慰安婦問題」
これに対しても
絶対的な定見など誰ももっていない。
真理の探究
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/3992877.html
この民族の神話や習俗、民族のルーツに関して興味を持っている人がどのくらいいるのか?は知らない。
私はいつからこの疑問に取り組んで来たのだろうか?
はっきり言えるのは、32歳の時である。祈りにおける、神様との対話の中で私はこう述べた
「・・・もしそうであるなら、この民族は北イスラエルの子孫であるに違いない・・・」
こうした対話と啓示の有様を現代の文学は描く事ができないし、将来も難しいに違いない。この宇宙の中心部に発した疑問は、いろんな処から返ってくるのだ。
例えば書物。
例えば他人の口
例えば夢や幻の中で
例えば閃きの中で
偶然ではない偶然の中で神は答えられたもう
こうして神様との対話の中で「日本民族は北イスラエルの子孫である」と知った私は、その証拠を探し始めた。
その過程自体が導かれたものであった。
日ユ同祖論記事━まとめ
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/4003327.html
人間は人生の中で様々な体験をし、様々な事物に遭遇するが、その体験や事物をそれ自体あるがままに観て解釈しているのではない。体験や事物に対する多様な解釈の内、正しい解釈の事を真理と呼ぶのである。
BY かんご
真理について
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/4180847.html
では、なぜ日本では遊郭は盛んだったのであろうか?
それは、日本が神道の国だからである。
神社では昔から、お祭りを行って来たが、その祭りの多くは、性交の祭りであった。
これを「淫行儀礼」「神殿淫行」と言う
従軍慰安婦問題・・・・売春と雑魚寝、神殿淫行の国━日本
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/4893607.html
明治以来大日本帝国は神道を国教としていた。
これは欧米のキリスト教国に対抗心を燃やしていたからである。従軍慰安婦問題・・・・神々と古代の娼婦
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/5254885.html
現代において日本民族意識のタブーと言えば、神道と天皇制に関する事である
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/4893607.html
このブログの内容が知られていないのは、それがタブーに触れているからである
タブーと悪魔の関係
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/5307194.html
国家神道の聖典『教育勅語』の文章化は、枢密顧問官元田永采(うりざね)と法制局長官井上毅が担当したが、両者には思想的へだたりがあった。元田は保守論客で国教として神道と天皇崇拝の義務を主張し、この意見が取り入れられて『教育勅語』が作られたのだが、西欧的合理主義者であった井上は条件をつけ、国務上の詔書と区別して、明治天皇の個人的著作とし、内容を道徳宣言にするように求めた。
こうして「朕思うに、我が高祖・・・」という出だし、儒教的徳目の列挙、「義勇公に奉じ、持って天壌無窮の皇運を扶養すべし」と述べ、これらの道徳を天皇に捧げる事を命じた『教育勅語』の内容が生まれたのである。
後半において、この道徳を絶対化し、「・・・之を中外(国内、国外)に施して悖らず」と述べた。
つまりは、この道徳と天皇の崇拝には、人類の普遍的価値がある・・・と唱えているのである。
これは、そもそも維新政府の基本となった平田篤胤の復古神道が、キリスト教にライバル心を燃やし、キリスト教国に対抗した神道国家を志向したからである。確かにキリスト教には人類の普遍的価値があったが。
国家神道の聖典『教育勅語』成立秘話
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/6094196.html
つまり、大日本帝国を追い詰めたのは、神様であった。
ではなぜ神様は大日本帝国を追い詰められたのだろうか?
それがこのブログのテーマであり、ここまで読んできた人には答えが分かるはずである。
そして、それは今日の慢性不況と天災の答えでもあるのだ。
何が大日本帝国を追い詰めたのか?
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/6104376.html
いいじゃないか、創価学会よく分かっている。
いろんな人が悪く言うけれども、私は必要があって生まれた教団だと感じている。
牧口常三郎が著作した創価教育の最初の出版物には、キリスト者内村鑑三の推薦文がかかげられている。
それはこの創価教育体系の価値を内村が感じていたからである。
それはキリスト教的でさえあった。
魔との闘い
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/6224690.html
だいたい私は学生時代たくさんの学会子弟と友人でしたが、それなりに仲良く付き合っていました。創価学会の地域集会
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/6435537.html
創価学会と言う宗教は、キリスト教とは遠い親戚みたいな宗教です。
魔との闘い
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/6224690.html
以上かんごのブログより
続く・・・。
これって学会員じゃん!って思った方はクリッククリック(笑)
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天皇改宗を主張してない統一教会で何故統一教会員に天皇改宗を提唱する。何故「開かずの門をあけよ」というのだ。かんご氏は事実上仏教へシャクフクをしているのだ。
【かんご氏研究の最新記事】
『文鮮明は本物か?偽者か?
という問いかけに他ならないのです。
この問いかけは1981年、21才の私が直面した問いかけでした。』
http://kurodakango.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=3699003
かんご氏の研究をするならこちらの掲示板もおすすめです。
http://kitagamitetsu.bbs.fc2.com/
コメント有難うございます。
そしてBBSを紹介していただき有難うございます。
ゆっくりと拝見させていただきます。
またお立ち寄り下さいませ。
田黒⇒黒田 五行目
訂正お願いします。
>例えば書物。
例えば他人の口
例えば夢や幻の中で
例えば閃きの中で
偶然ではない偶然の中で神は答えられたもう
こうして神様との対話の中で「日本民族は北イスラエルの子孫である」と知った私は、その証拠を探し始めた。
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普通、歴史資料(証拠)から仮説を導き出し、その仮説をさらに資料から検証していくという作業がひつようなんですが、
かんご氏の場合「啓示」(妄想)=真実が前提なんです。
そこから都合のよい資料(証拠)を探すのですね。都合の悪い資料はスルーがお決まり。
まあどんなオカルト説も作れる便利なわざです。
やっぱり、結論ありきか。
申し訳ありませんでした。
コメント有難うございます。
ご指摘の名前の間違い訂正させていただきました。
だいたい自分の名前とかんご氏の名前と間違うとは小生もどうかしております。
次回は統一教会の真実より語録を見てゆきたいと思う次第でございます。
今回試みたかんご氏語録の本来の目的はかんご氏が幼少時代にどんな少年だったかを知るためでございました。
幼少期のかんご氏がどんな生活でどんな考えを持っていたのか。などを知ることでかんご像を浮き彫りにしたかったのでございます。
今回分かったことなどはおいおい書いていくつもりでございます。先ずは語録からと。
これは今後のかんご氏研究の資料となるものだと思っております。
ただかんご氏を知るキーワードは上記の語録だけでなく「スルー」と「開き直り。」
これでございます。
「不具合はスルー」と「だからどうした。」と開き直るお姿が元教会信者でなくてよかったと胸をなでおろす所でございます。
こういう信者はいませんて。過去にもこれからも。
あ!いました。一人いました。例えが例えになってないお方でございます。(笑)
そうでございます。あのお方でございます。
ピン!と来られたgout様は立派なかんご派フリークでございます。
又お越し下さいませ。
何も出ませんがお気軽にお立ち寄り下さい。