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視点:杏樹兄妹
三章 ズィスィの幻想 ~嘘つきと真実~
Ep20: 魔女の森フェガロフォス



 視点:杏樹薄葉アンジュウスハ



 ベゲモートさんの足は早く、かなりのハイペースで俺達はズィスィの国境を越えた。ズィスィに入ってすぐに見えてきた道、『カサロライン』。それは綺麗に整地された街道で、どうやらそのカサロラインはズィスィ中に張り巡らされているらしい。アナトリやノトスとはまた違い、隅々まで手の行き届いた国らしい。

 明華によると、ズィスィ、アナトリ、ノトス、そしてヴォラスという四つの有力な国が、今はこの大陸に存在しているという。その中で、最も小さな国土であるズィスィは、その小ささを補うかのように、様々な技術の育った国だそうで。その技術に加え、小さいだけあって国の隅々までその管理の手が行き届いているという。
 テラスの危険がある地域も、一部の危険指定区域や保護区域ぐらいだとか。どんなに小さな集落でも、カサロラインにより繋がり、防衛のシステムが組み上がっているという……実にのどかで平和な国だ。

 カサロラインですれ違う人などと挨拶を交わし(初見では向こうもベゲモートさんにビビるが)、そののどかな風景を眺めていると心が安らぐようだった。

「はぁ~、のどかだなぁ~」
「ですね兄様」
「……いやぁ、ノトスとは大違いだな。此処まで違うものなのか」
「全くですね。ノトスにも変わってもらいたいものです」

 ベゲモートさんもすっかりスピードを落とし、ゆっくりと進む。その背中で、俺達全員ほのぼのとそれぞれの感想を呟いた。 
 そして、陽気に誘われて、うとうとし始めた時。救世さんが声を上げる。

「あ、オニロが見えてきました」
「オニロ?」
「あ、すみません。私、最初にオニロのコミュニティに顔を出すよう言われていまして……」

 私用ですけど……と申し訳なさそうに頭を下げる救世さん。

 救世さんに与えられたセルセラコミュニティ特別治癒術士としての仕事は、簡単に言うと、『各地での治癒術士活動』だという。
 要は、世界的に見ても貴重な治癒術という才能を欲する各地を周り、そこで必要な仕事をこなすというものだ。
 
「まずはオニロ。その後、更に次の行き先を指定されて……其方でまた活動。そしてまた次の目的地を告げられて……といった感じで、各地を回らなければならないんです」
「へぇ。大変だなぁ」
「それでも、きちんと仕事さえこなせば、ある程度好きな風には回らせていただけるそうなので……緊急時には、エクスィレオスィの仲間だったテラスの皆さんをお手伝いに派遣してくださるそうですし。……だ、だからお二人の旅をお邪魔するつもりは……」
「邪魔なんてとんでもないですよ。私達だってこれといった目的もありませんし。むしろ、救世さんのお手伝いをしたいくらいですから!」
「…………明華さん……!」

 救世さんが目をキラキラさせている。

「……ウスハ。あっちに、綺麗な鳥が飛んでいるぞ」
「やめてくれイツキ。変な気を遣うの止めてくれ。別に自然に目を逸らさせんでもいいです」

 救世さんは完全に明華に惚れているようだ。事ある旅にうっとりと明華を見つめる。その度にイツキが謎の気遣いを見せてくる。イツキの優しさは分かるのだが、その同情がとても痛い。
 別に俺、気にしてないからね?本当に俺、気にしてないからね?



 …………まぁ、とにかく俺達はベゲモートさんにオニロ前で停ってもらって、遂にズィスィの地に足を着いたのである。
 ちなみに、ベゲモートさんはでかすぎるので街などに入る時にはお留守番である。好物の大根を買って戻ると救世さんが言うと、嬉しそうに鼻息を荒くしていた。大根が好きなのか……









   ----



 オニロは煉瓦作りの建物の並ぶ街。売りは簡単な魔法を込めた、不思議なマジックアクセサリーだそうだ。近くにある森、フェガロフォスで採れるアルマの篭った石から作られるズィスィでも有名な名物だという。

「私はコミュニティに顔を出して、仕事内容を聞いてきますので、皆さんはオニロの街を見て周ってはどうでしょう?」

 救世さんの提案。しかし、俺としては別段そういうアクセサリとかには興味はなかったし、明華が「私もコミュニティに行きますよ」と言い出したので、俺も付いていく事にした。イツキも一緒に行くという。

 結局、俺達はそのまま四人揃ってコミュニティに向かった。






「いらっしゃ~い!」
「…………何であんたが此処に居るんだ?」

 俺の口から思わず漏れた言葉の理由。それは聞き覚えのある声、見覚えのある奇妙な姿、白いのっぺらぼう仮面を付けた女……

 以前、セルセラコミュニティの他の支部で見た、窓口係、ジアミエン。

「何でって……私、セルセラコミュニティ窓口係兼情報管理係兼案内係の可憐な乙女、ジアミエンさんだよ?窓口係が窓口にいないっておかしいやないけ?」
「……やないけ?」
「……兄様。この人、そういう感じの人なんです」
「そうそう!どこにでもいるジアミエンさん!だから最初に言ったよね?『今後ともよろしく』って!」

 なんだこの人……怖っ!……まぁ、どうせ声もそっくりな白い仮面を付けただけの人だろう。それか、俺達を付け回しているだけだったり……それはそれで怖っ!

 「くっくっく」と笑うジアミエンは、その顔を救世さんに向けた。まぁ、目は見えないから視線を向けたのかは分からないが。

「あ、伝言聞いてくれた?」
「はい。明華さんから聞きました」
「ごめんね~?本当は直接伝えたかったんだけどねぇ……私もあの騒ぎでてんてこ舞いだったのよ~」
「いいえ。ありがとうございます。アリスが本当に来ていたとは思いませんでしたから。……それにしても、アリスはコミュニティと何か関係があるのですか?」
「……あー。知らない?アリスィダもコミュニティの特別治癒術士なのよ~」
「え?そうだったんですか!?」
「あっはは!まぁ、その内会えるでしょうに。今は、あなたに振られた仕事の説明よん♪」

 何かよく分からないが、ジアミエンと救世さんは会話を交わして、早速仕事の話に取り掛かる。それにしても、アリスって誰だ?アリスィダ?……まぁ、救世さんの知り合い、かな?

 ジアミエンは、すっと一枚の紙切れを取り出して、「にやり」と笑う。

「此処でのお仕事は一つ。この近くにある森、フェガロフォスの主と呼ばれる木、『ケンズ』を治療してきて貰いたいのよね。こんな木なんだけど」

 差し出された紙切れには、一本の変わった木が描かれている。細かく描き込まれたその葉は、何故か綺麗に全て星形。

「見て分かる通りに、葉っぱは全部星形。そして、その幹は金色に輝いてるの。どう?見れば分かるっぽくない?」

 確かにひと目で分かるな。なんて不思議植物だ。

「しかし、その木を治療するというのは……?」

 ケンズの絵を見ながら、救世さんが尋ねる。

「ケンズはこのオニロの名産、マジックアクセサリーの原料である石にアルマを満たしてるのよね。フェガロフォス全体に、吐き出す特殊アルマを満たす。……まさに、フェガロフォスの主って訳ね。そして、そのケンズのアルマを石が吸って、マジックアクセサリーの原料になるんだけど……」
「ケンズに異常があって、原料が取れない?」
「イエス!物わかりがよくて助かるわ~!お給料、上乗せしたげる!」
「い、いえ。いいですよ」

 遠慮して首を振る救世さん。しかし、ジアミエンは「ふぅ」と溜め息をつき、首を横に振った。

「いやいや。違うっての。此処は素直に『ありがとうございます!』とでも言ってもらわにゃ。…………ちょいと事情があんのよ」
「事情……?」

 ジアミエンは「きょろきょろ」と辺りを見渡す。そして他に誰も居ないことを確認する『フリ』をすると、ぐっと窓口から身を乗り出して、「ひそひそ」と呟いた後、普通に大きな声で喋り出した。

「フェガロフォスは通称『魔女の森』と呼ばれる森でね?……噂って事になってるけど、『魔女』と呼ばれる気味悪い女が出んのよ」

 魔女……?気味悪いジアミエンが気味悪いというくらいだ。相当に気味悪いのだろう。

「ジアミエンさんが気味悪いっていう位だから、相当に気味悪いんですね」

 明華と思考が被った!何かやだ!

「そうなのよん!気味の悪い私が気味悪いと思うほどの……って、コラ!なんでやねんっ!失礼やないかっ!ってか、ノリツッコミさせんなやっ!」

 それにしてもこの気味悪い女、ノリノリである。

「……私は真面目に話をしてるの。キリッ」
「嘘つけ!」

 もうやだこの人。

「……まぁね?この依頼、ケンズの治療って言い方だと依頼内容が軽すぎんのよ。どういうつもりでこんな依頼を出したのか知らないけど。私としては正当な報酬を払わないってのは、危険に飛び込んでくあんた達には申し訳ないと思ってね?」
「危険、なんですか?」

 ジアミエンは「にやり」と笑う。本当に何を考えているのか分からないその人は、こくりと頷き、「くくっ」と笑った。

「危険、だね。魔女に出会ったら生きては森から帰れないと思っていいよ。本当なら魔女は森で静かに暮らしてるって言うけど……最近、どうも気が立ってるようでね?森をさまよってるらしい。出会って帰れなくなったのも少なくないんだよね~、ウチの討伐メンバーもやられてるし」
「コミュニティに討伐依頼も出ていて、それでまだ倒せていないと?……コミュニティは人材にでも困っているのですか?」

 明華が怪訝な表情で言う。すると、ジアミエンは「ありゃあ」と呆れたように一言。

「アキカちゃんは手厳しいねぇ?でも、侮って貰っちゃ困るのね。ウチもそれなりの高ランク依頼として申請してるのよ。それなりのメンバーを向かわせたの。それでも結果は見るも無残。…………力自慢だけじゃ、足元掬われるよ?わたしゃ忠告してんのよ」

 その時、少しだけジアミエンの声色が変わった。威圧的で、強いトーンへと。それは今までふざけていた女から一転して、たちまち真面目な色を含んだ。

「魔女には遭わないよう気を付ける事ね。それとあいつ、どうやら奇妙な魔法を使うようだから……『迷子』にならないよう気を付けてね?」



 明華でさえも、ごくりと息を呑む重い空気。救世さんもイツキも、同様に緊張した面持ちで話に耳を傾けていた。普通な俺に至っては、もう膝が震えるレベルである。
 魔女ってなんだよ、怖っ……できれば確かに遭いたくないな。
 まぁ、明華やらイツキならぶっ飛ばすんだろうが。

 全員が黙り込むと、ジアミエンはころっと声色を変えて「きゃはっ♪」と笑う。

「んじゃ、健闘を祈るよん♪治療が終わったら、ケンズの葉を一枚持ち帰ってね~♪それしないと治療できたか確認できないから♪」

 人の不安を煽っておいて……

 やはりこの人、掴み所がない。








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 オニロの、ベゲモートさんが待っている側の逆側、其処には鬱蒼と木々が生い茂る暗く不気味な森。まだ昼間にも関わらず、その森には深い闇が佇んでいた。

 通称『魔女の森』……フェガロフォスは、その口を開いて俺達を待ち受けていた。

「それにしても……あの女、相変わらず不気味だな」
「あれ?済ちゃん、ジアミエンさんと面識ありましたっけ?」
「……お前に同行するようにと、私も一度コミュニティ登録であいつと会ったからな。それにしても……何で、パラディソス支部にいたあいつが、此処にも居るんだ?」
「そういうものなんだそうです。それ、触れない方がいいですよ」

 暗い森の中を、明華が先頭に立ち、その手に灯す光を頼りに進んでいく。ザッザッ、と足元に落ちた葉が嫌な音を立てる。 
 明華の言葉に、その後ろを歩く救世さんが首を傾げた。

「触れない方がいい?」

 それに明華は溜め息混じりに答える。

「多分、はぐらかされますよ。面倒な話に巻き込まれるのがオチだと思います。あの人、飄々としてて私、ちょっと苦手なんですよ」
「明華さんでも苦手な方が居るんですね……」

 救世さんがへぇと驚いたように明華の背中見つめている。いや、ずっとだが。ずっと明華を見つめているのだが。

「ウスハ。あそこに変わったキノコが生えているぞ」
「イツキ。それはもう止めてくれ」

 相変わらずの雑なフォローである。いや、傷口を抉っていると言っても過言ではないレベルである。だが、本人はフォローしているつもりなのである。多分、アホの子である。普通に年上だが。

「それにしても……魔女ってどんな人なんでしょうね?」
「テラスじゃないのか?」

 明華の独り言のような呟きに、イツキが答える。すると、明華はう~んと唸り、首を傾げる。

「いやぁ……ジアミエンさんは『女』とは言ってましたけど、『テラス』とは言ってなかったんですよね」
「いや、それは偶々そうだっただけじゃないか?それにジアミエンが魔女の正体を知っている訳ではないだろう?」

 イツキの解釈に、明華は「そうですね」と呟いた。そしてその後も何かをぶつぶつと呟く明華。明華がこういう状態の時は、大概困った事が起きる。こいつ、ステータス優秀なだけでなく、勘とかそういうものにも優れている。こいつの『嫌な予感』は大概当たるのだ。

「嫌な予感がしますね」

 ……ほぼ、何かがこの森で起こるのは確定だろう。



 明華の嫌な予感予言によって、更にこの森が不気味に見えてくる。だんだんと暗くなって行ってないか、此処?

「皆さん大丈夫ですか?ちゃんと付いてきていますか?」

 明華の声。前方にはうっすらと光が灯っている。しっかりと其処には明華の後ろ姿が映っていた。悔しいが、相変わらず頼もしい背中である。
 そして、その後ろには救世さんが続いているのが僅かに当たる光で分かる。

 「魔女に気を付けろ」、そのジアミエンの忠告に従い、明かりは最小限に抑えているので、イツキの姿は確認しづらい。目の前に気配は感じるので、居るには居ると分かるのだが。 



 何故だか不安になる。目の前に、三人の姿が見えているのに。



 何処かで俺の本能が、危険信号を察知している。



「私は大丈夫ですよ明華さん」
「私も大丈夫だ」
「俺も大丈夫」

 言葉が繋がる。大丈夫、皆の声だ。

 そう。不安なんて何もない。
 明華は化け物じみた妹だ。イツキも化け物じみた強さだ。救世さんも凄い力を持っていた。

 そう。不安要素は俺だけ。この三人さえ居れば大丈夫なんだ。

 大丈夫、大丈夫と、俺は明華のように自分に言い聞かせる。



 不安なんて何もない。









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 視点:杏樹明華アンジュアキカ



 薄暗い森の中、魔女に見つからないようにと最小限の明かりで道を照らしながら、私達は道を進む。特殊なアルマを放出するという、不思議な木、ケンズを探し求めて。

 ケンズは何やら弱っているそうで、放出するアルマ量がかなり少なくなっているそうです。しかし、それでも微量ならアルマは発せられているようです。そして、その弱々しいアルマの感知は、私でなく救世さんの方が長けているようです。

「……この森全体から感じるものと、同様のアルマを感じますね。大分、弱っているようです。これが……ケンズの木でしょう」

 救世さんの方向案内を受けながら、道を照らし私達は進む。ケンズの木まで、一直線に。

 ざっ、ざっ、ざっ、と足音が響く。次第に大きな石が転がるようになってきました。

「足元、気を付けてください。暗いのでつまずかないように!」
「あ、はい。気を付け……ひゃあ!?」
「救世さん!?」

 言ったそばから救世さんは女の子みたいな悲鳴を上げて、よろめいた。思わず慌てて振り向いてその体を支える私。

「あ、あのう……あ、ありがとうございます……」
「もう……気を付けて下さいね?」
「は、はい……ごめんなさい……!」

 頬を赤くして、救世さんがしゅんと視線を逸らす。

 ……くっそう、あざとい……!私には思いつかない芸当です……!流石は私のライバルです……!悔しいですが、しかし!……兄様の心を奪う為、そのテクニック、存分に盗ませていただきます!

 私は身近な最大のライバルから、テクニックを学びつつ、その身を起こす手伝いをしました。

「ウスハ。あそこに奇妙なキノコがあるぞ」

 そして、何故か事あるたびに、兄様に声を掛けるイツキさん。何故かすごくよく兄様とお喋りをしています。仲良さそうに、楽しそうに。

 ……ハッ!まさか、イツキさんも強敵!?しかも、この積極性……もしや、イツキさんは……!



 私はごくりと唾を呑む。なるほど、ライバルは一人じゃないという訳ですね!

 それにしても恐るべし、才羽兄妹……!

 私は仲間になった好敵手ライバルに、改めて驚異と畏敬の念を抱きました。仲間になっても油断大敵!私は負ける気なんて更々ありませんから!それにしてもハーレムを建設しつつある兄様…………イイ!



 救世さんの身を起こさせ、手を引きながら危ない道を支えて進む。救世さん、結構おっちょこちょいに見えるので、危ないでしょうと思い、常に支える事にしました。まぁ、何故頬を赤くしているのかは分かりませんでしたが……それより、その間に常に兄様に話しかけているイツキさんが気になるところ。さっきからキノコの発見報告ばかりです。

 ハッ!兄様の(自主規ry

「あ、も、ももももうすぐ着きますっ!」

 どもる救世さんの到着宣言。……危ない危ない。危ない妄想に踏み込んでしまうところでした。流石の私でも、これはいかんです。鼻から赤い情熱が吹き出すところでした。

 救世さんは慌てて私の手を振り解き、ササッと後退して、イツキさんの後ろに隠れてしまいました。

 ……どうしたんでしょうか?まさか、変な妄想をしているところがバレたのでしょうか?

 ちょっと冷や汗が流れてきた所で、そんな焦りをかき消すように、目の前にはキラキラと暗闇の中でも光る、黄金の輝きが飛び込んできました。

 僅かに上から差し込む光、それを受けて悠然と輝く黄金の木。星のように煌めく無数の葉。

「綺麗……」

 フェガロフォスの主、ケンズ。息を呑む程の美しさでした。

 救世さんは、ケンズに近付きその手を幹に当てました。そして、じっとその様子を眺めて、何やら考え途中のようです。

「…………これは……大したことはないですね。慣れないアルマを取り込んで少しだけ弱っているだけみたいです。それを取り除けばすぐに治ります」
「慣れないアルマを?」
「はい。生物の持つアルマはそれぞれ特性がありますので、時にあるアルマはある生物にとっての毒となることがあるんです。簡単にいえばケンズは毒を取り込んでしまってる、ということですね」
「毒……ですか」

 救世さんは、その手からアルマを流し込み、ケンズに治癒術を施します。すると、ケンズはざわざわと音を立てて、葉を揺らしました。
 そして、ただでさえ眩しかったケンズは、みるみる内にその輝きを増し、その光が暗い森、フェガロフォスを照らします。

「おお、明るくなった。これは一体?」
「元々、ケンズのアルマでこの森は明るかったんでしょう。でも、そのアルマ供給がしばらく止まっていた。だから此処までの道は暗かったんだと思います。今、毒のアルマを取り除いて、活動促進の治療を施しました。とはいえ、ここまでの早さでアルマを森に張り巡らせるなんて……ケンズはかなり凄いですね」

 感心したように、救世さんはケンズの幹をなでる。とりあえず、コレで一安心のようです。



 ……とはいきません。



「……その毒のアルマ、一体何処から取り込んだのでしょう?」
「…………そうなんですよね」

 救世さんも気付いているようで、少しだけ暗い表情で呟きました。

「その原因が分からない限り、治してもまた……という可能性は残りますね」

 そう。原因を取り除かない限り、真にケンズを治したとは言えない。しかし、原因は薄々と分かってはいます。

「魔女、ですかね?」
「……そうなのか?」

 魔女。この森に潜むと言われる危険な存在。

 しかし、恐らくですが、その魔女がこの森に姿を現すようになったのは、つい最近のことでしょう。

 根拠はまず一つ、オニロの名物マジックアクセサリーの原料がこの森で採られていること。
 危険な魔女の出る森に、わざわざ好き好んで入っていく物好きが、そう多いとは思えません。恐らくは以前はそんな危険のない森だったのでしょう。事実、此処は保護区域に指定はされているものの、危険という情報は示されていませんでした。
 そして、ケンズの不調。これは救世さんの治療で分かった通り、紛れもない事実。この突然の不調と、最近現れた可能性の高い魔女の噂……これは結びつく可能性が十分にあるのでは?

「……その可能性は十分にありますね。通常、生物は自然にアルマを吸収してしまうことは有り得ません。……アルマを受け渡す……治癒術の心得がある者が、アルマを注入した、と考えるのが普通かと思います」

 治癒術士の有り難い見解もいただいて、やはりそれが避けられないことであるのは理解できてきました。

「……救世さんも、イツキさんも、兄様も、葉っぱを持ち帰っておしまい!……なんてつもり、ありませんよね?」
「はい。……これは依頼云々ではなく、この森全体の生命に関わる問題ですので。オニロの人々も困るでしょう」
「……私も賛成だ。犯人が本当に魔女なのか、それは分からんが、確実に『犯人』はいるんだろう?だったら少し、懲らしめてやったほうがいい」
「済ちゃんは腕試ししたくてウズウズしてるだけでしょう?」
「よし!じゃあ満場一致で、犯人探し、魔女探し決定です!」



 …………あれ?

 ここで私は違和感に気付きました。

 何がおかしい?

 そう、いつもなら聞こえてくるはず。「満場じゃねーよ!俺何も言ってないから!」みたいな声が聞こえてくる筈でした。

 いえ、そもそもその声は、いつから聞いていないのでしょう?



「……兄様?」

 私は、視界に入る救世さんとイツキさん、そして何もない空間を見つめ、呟きました。そして、それと同時に二人もその異変に気付いたようです。



 其処には兄様の姿はありませんでした。



 そして今更、辺りに漂う不気味なアルマの存在に私達は気付きました。

 綺麗に浄化された空気の中に漂う違和感。

 私達は、最初からそのアルマの中に居たのです。ケンズが一時的に回復し、その違和感が顕著になって、私達はようやく気付いたのです。

「魔法……!何かの結界……!」

 それは幻想。中の者の感覚を狂わせる結界。



 私達は、まんまと何者かによる幻想に騙され、分断されていたようです。



 私達は、完全に兄様と離れ離れになってしまいました。



ズィスィに入って早々に、思わぬ事態に巻き込まれる一行。魔女の森にて孤立した、薄葉の身に何が待ち受ける?そして、フェガロフォスに潜む、魔女の正体とは?

次回、「黒髪の魔女」へ続く!



ズィスィ編突入です!そしていきなりの急展開でございます。このまま薄葉はフェードアウトです!…………嘘です!むしろ一人だから目立つはず!目立つはず……目立つ……?

いきなり次回予告にあからさまなワードが入っている件はスルーでお願い致しますw それは全て幻ですw
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