「若い指揮台の魔術師のたぐいまれな表現力がオーケストラに伝わり、魅力的な演奏が具現化された」
今年4月、オーストリア・リンツブルックナー管弦楽団の定期演奏会で指揮した彼女を地元紙はこう絶賛している。西本智実さんは、世界でも数少ない女性指揮者だ。「男装の麗人」と称されるその聡明な美しさと、観客を魅了してやまない指揮者としての実力は、国内外問わず高く評価されている。彼女の素顔にせまってみた。
(取材・文/井上理江 写真/田中史彦)
最初、オケの音がものすごく重くて。関西方面では炎が落ちつき、炭が赤々としている状態を「いこる」と言うのですが、本当にずっと「いこっている」感じで、なかなかそれ以上にならない。それで、かなりこちらから挑発的に煽(あお)ったんです。そうしたら、途中からグワっと燃え始めて。練習では加減していたのですが、本番ではつい私も燃えてしまって、互いに「燃え燃え」で。若気のいたりだったと、あとで一人反省しました。
卒倒しそうなくらい感動したんです。感動って反芻(はんすう)しますよね。あのときは確かこうだったって。頭の中で音楽とシーンが何度もよみがえってきて、それが幼心にも楽しかったですね。で、同じ曲でも日によって違って聴こえたり、コンサートやレコードによって違っていたり。その理由を母にたずねたら、「指揮者が違うからよ」と。
そうです。指揮者は唯一楽器を持たない演奏者。だからわかりにくい。何となく指揮者の動きが音楽を導いていることはわかっても、一体何をしているんだろうと不思議でしかたなかった。
私は違いました。活発な子でしたが、家に帰ると一人で遊ぶほうが好きでしたし、とくに人前に立ちたいタイプでもなかった。今も同じ。「よかった、お客さんに背を向けて立つ指揮者で」って思いますもの(笑い)。
物心ついたときから触れてきた音楽はいずれも感覚的なもの。私には理論立てて音楽を解釈する力が欠落していると思ったからです。音楽は見えない建造物。譜面を見ると何十段というスコアで構成されています。その一段一段を追うことはできても、全体をどう組み立てていけばいいか、その作業の方法はわからなかった。だからこそ自分が実際に曲を書く立場になれば、音楽の構造を理解し、分析できるようになると思ったんです。つまり、譜面を読む技術を習得するために作曲を学んだわけです。
古今東西の天才音楽家たちの作品は、どれも緻密(ちみつ)な計算によって作られていたのだという事実を知ってショックを受けると同時に、だからこそ素晴らしい感動を私たちに与えてくれるのだと感激しました。また、学生時代は理論だけでなく現場を知りたくて、字幕指揮、照明助手、歌劇団の副指揮なども経験しました。
和音に色合いを感じることがあってね。その色合いのバランスが指揮者によって違っているのが面白いなと思ったんです。もし自分ならどんな色合いを出すのか、自分だったらこうするかなあとか。演奏の色合いへの好奇心が自然に今の職業につながっていった気がしますね。
1970年、大阪府生まれ。94年、大阪音楽大学音楽学部作曲学科作曲専攻卒業。96年、ロシア国立サンクトペテルブルク音楽院へ留学。98年、京都市交響楽団の指揮で国内デビュー。2004年よりチャイコフスキー記念財団ロシア交響楽団芸術監督・首席指揮者、また、サンクトペテルブルク国立アカデミック・オペラ・バレエ劇場首席客演指揮者に就任。05年、チェコ・ナショナル交響楽団を指揮。06年5月にはチャイコフスキー未完成交響曲「ジーズニ」をクリン市チャイコフスキーの家記念博物館ホールで初演、その後の日本ツアーも大成功を収めている。国内ではデビュー以来、新日本フィル、東京交響楽団、日本フィル、東京都交響楽団、東京フィルなど主要オーケストラを指揮し、好評を博している。雑誌「Newsweek JAPAN」では世界が尊敬する日本人100 人に、また「世界経済フォーラム」(スイス・ジュネーブ)が発表した「ヤング・グローバル・リーダー2007」250人に選ばれている。
来日のたびに私たちを魅了してきたヨーロッパの名門「プラハ国立歌劇場」が、7度目の公演を実現。気鋭の若手フランス人演出家ベルナールの手による「ヴェルディ 椿姫」を日本で上演します。そのうち東京公演と神戸公演の各1日、西本さんが指揮を振ります。「椿姫は、ロシアのサンクトペテルブルクの劇場で初めて指揮した作品。オペラの中では一番多くタクトを振っていると思います。現在は10月の公演に向け、自分自身で音を組み立てている段階。主人公のトラヴィアータが3回『エストラーノ(不思議だわ)』と言うセリフがあるんです。1度目は愛する人に出会ったとき、2度目は愛する人の父親に『別れてくれ』と言われたとき、そして最後は死ぬ瀬戸際に。オペラという時間軸の中で主人公の人生が大きく変化していくわけですが、この3回の『エストラーノ』が大きな柱になる。だからこそ、トラヴィアータの言わんとしていることをコントラストを強調して表現したいと思っています」(西本さん)。
●東京公演
●神戸公演
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