特集ワイド:留飲を下げたい人たち 「バカヤロー」アプリ人気、他者への攻撃同調も
毎日新聞 2012年06月15日 東京夕刊
「留飲」とは元々、「胃の消化作用が不調となり、酸性のおくびが出ること」(日本国語大辞典)。転じて、不平不満が解消して気が晴れることを「留飲が下がる」というようになった。動物学者の小原秀雄さんによると、憂さ晴らしは何も人間に限ったことではないらしい。「カモやサルでも、葛藤やフラストレーションを切り替えるために、注意を他に向けることはある。しかし、自分の望んでいる行動を他人がするのを見てカタルシスを得るのは、人間の特徴でしょう」
文明化に伴って人間が動物として持つ「攻撃衝動」を晴らすことが難しくなっているためでもある、と小原さんは指摘する。「運動などで晴らせばいいんでしょうがね」
そう聞いて、プロレスが思い浮かんだ。草創期のヒーロー、力道山ほど「留飲を下げてくれた」と繰り返したたえられる選手も少ないだろう。プロレス関連商品やレスラーゆかりの品を扱う「闘道館(とうどうかん)」(東京都千代田区)で、館長の泉高志さんに会った。「うーん、留飲、ですか。今は裏も表もわかってる人が多くて、パフォーマンス全体を楽しんでいるんじゃないかな。力道山やジャイアント馬場さん、アントニオ猪木さんといった絶対のヒーローもいない。もう、ひいきレスラーが勝って喜ぶというようなシンプルな世界ではないんですよ……」
皆が同じ娯楽で仲良く留飲を下げる時代は遠くなったか。