「綾乃、今日誕生日なんだって?」
「な、なんで知ってるのよ……」
唐突に話を振られてうろたえる綾乃。
確かに今日は誕生日だが、そのことを京子に話したことはなかった。いや、正確には話をしようとしたが出来なかった。
今度わたし誕生日なんだけど。
そんな言葉を何度も飲み込み結局今日に至る。
「なんでって、千歳が教えてくれたよ」
千歳はというと、そんな二人のやり取りを見ながらいつも以上にニコニコしていた。
そうか千歳が何か入れ知恵でもしたのね。
全くこの程度でわたしが喜ぶなんて……そ、そりゃ歳納京子にお祝いされて嬉しくないわけじゃないけど……むしろ嬉しいというか……
などとごにょごにょと口ごもりながら綾乃は指をくるくる回す仕草をする。
「だからさ、プレゼント用意したの。受け取ってくれる?」
京子は微笑みかけながら綾乃に近づく。
さっきから京子は手を後ろ手に回したままだ。
もしかして何かプレゼントを隠し持ってるとか? それをわたしに見られないようにしてるの?
綾乃が考えている間にも京子は一歩二歩と距離を詰める。大して離れていなかった二人の距離はあっという間にゼロになり綾乃の目の前には京子の顔が。
「えへへ」
「ち、近いわよ歳納京子」
「だって近くないとプレゼント渡せないし」
「で、でもこんなに近くなくても……」
京子が喋るたびに綾乃の髪が息で揺れてしまうほど二人は密着していた。
「う、受け取ってあげるから、は、早く出しないよ」
どうしてプレゼントをもらうのにこんな偉そうな物言いしかできないのか、こんなにチャンスなのに我ながら性分なのだと思ってしまう。
プレゼント受け取ろうと片手を差し出すが京子は依然として手を後ろに回したままだった。
「な、なによ……」
京子の意図することが読めず狼狽していると「えいっ!」っといきなり京子が抱きついてきた。
「な、な、な、な、な……」
あまりに突然のことにただ綾乃は目を白黒させるばかり。
京子は背中に両手を回してしっかりと綾乃を抱きしめる。
「へへっ、これがプレゼント」
抱きつくだけでもサプライズなのに、それだけでは飽きたらず京子は両目を伏せ、顎を上げ綾乃に迫る。
こ、これって……キスの督促? で、できるわけないじゃないそんなこと!
京子はさっきから目をふせたまま動かない。
歳納京子の顔が、唇が目の前にある。ふせた瞳の睫毛は長く、わたしからも見ても綺麗だと思った。
ここまでお膳立てされたなら……それに歳納京子にも悪いし……
べ、別にキスしたいってわけじゃないのよ……ただ歳納京子がキスして欲しいみたいだから……だから……これは……
意を決した綾乃は目を瞑り、唇を京子に重ねるように近づける……
「そして、二人の距離はゼロになって……あかん妄想が止まらへん」
ぶぼっという音と共に千歳が盛大に鼻血を噴出して後ろに倒れる。
鼻血は大出血だが千歳は恍惚とした表情をしていた。
「ちょ、ちょっと千歳!」と叫びながらポケットに忍ばせていたティッシュをあてがう。いつものありふれた光景が生徒会室で繰り広げられていた。もちろん先程までの光景は全て千歳の妄想である。
「あはは、堪忍な綾乃ちゃん。でも今日のはほんまに豊作やわー」
全く今度はどんな妄想をしていたんだか。大方わたしと歳納京子がキスをするとかそんなことを考えていたんだろう。
歳納京子とキス……
そこまで考えてつい綾乃も色々と妄想を初めてしまう。
でもまだ付き合ってるわけじゃないし、そりゃ一緒に海に行ったりしたし、前よりは仲良くなれたとは思うけど、やっぱりキスはまだ早いと思うの……って違ーう!! 全くこれもそれも全部歳納京子のせいよ! おかげで生徒会の仕事だって手に付かないんだから。
などと半ばヤケクソ気味に京子のせいにして綾乃は業務に戻る。
「なんや綾乃ちゃんも歳納さんのこと考えてたん?」
いつの間にか復活した千歳が綾乃の隣に腰を下ろしていた。鼻にはしっかりとティッシュが詰まっている。
「な、な、な、歳納京子のことなんか考えてないわよ!」
「あはは、綾乃ちゃん顔に出てるで。綾乃ちゃんが歳納さんのこと考えてるときはすぐにわかるんよ、うち」
「うっ……」
誰よりも綾乃のことを知っている千歳にごまかしはきかない。
「綾乃ちゃんそろそろ誕生日やろ? チャンスちゃうん? 歳納さんにお祝いしてもらったらええんと思うんよ」
「そ、そんなこと……言えるわけないじゃない。別にお祝いしてもらいたいなんて思ってないし……」
また本音とは裏腹の言葉が出てしまう。一番仲のいい千歳にもその態度は変わらない。千歳はそんな綾乃の気持ちを汲んでくれるところがあるからかもしれない。
「綾乃ちゃん、うちが歳納さんに言おうか?」
「えっ?」
「せやからもうすぐ綾乃ちゃんが誕生日ってことを」
千歳の性格を考えればこのまま「うん」と言えばほんとに実行に移すだろう。
でもこのまま千歳に甘えっぱなしでいいものかなと。こんなこと人に頼むことではない。
だから丁寧に「いいわよ」と綾乃は断った。
「歳納京子にはわたしからそれとなく言ってみるから」
それに……いい加減歳納京子と距離を近づけるチャンスかもしれない。
ファイファイファイトビーチよわたし!
「綾乃ちゃん頑張ってな」
千歳は何を考え始めたのか、詰めているティッシュが早くも赤く染まりつつあった。
「歳納京子!」
翌日いつも通りの光景が教室で繰り広げられていた。綾乃が京子を指さし仁王立ちしている見慣れた風景。
「どうしたの綾乃? もしかしてまた何かプリント提出忘れてた?」
京子は悪びれた様子もなくキョトンとしている。
「違うわよって、心当たりでもあるんかーい!」
「いやーありすぎて。でも大丈夫。プリントとか全部机の中に入れっぱなしだから、すぐに書けるよ」
京子が指差す机の中にはプリントはおろか教科書が乱雑に押し込まれていた。
「あなたって……毎回毎回何なのよ」
「えっ? 京子だよ?」
「そんなこと知ってるわよ! もう……呆れて声も出ないわ」
「いやーそんなに褒められても」
「いや褒めてないだろ」
「全然褒めてないから!」
結衣と綾乃二人のツッコミが炸裂した。
綾乃はふぅ……とため息を一つ。
すっかり京子のペースになってしまった。
だいたい今日はそんな事を言いに来たのではない。
「いい? 歳納京子!」
「だから何が?」
そこで綾乃は詰まってしまった。勢いで話しかけたはいいが何と言えばいいのか全く考えてなかった。
一月二十日はわたしの誕生日なの。だからお祝いして欲しい。
これはいくらなんでも図々しくないだろうか。だいたいお祝いってこちらから督促するものでもないだろう。
なら……誕生日だから何かプレゼントしなさいよ!
いやいやいや、これもおかしい。
えっと……こういうのはどう?
別にプレゼントとかいいわよ。そのかわりにわたしと一緒に過ごしなさい歳納京子!
これはいいわね! 折角だから二人でデートして……ってちがーう!
ええと……それならそれなら……
「……おーい綾乃? あやのー? 大丈夫?」
「えっ……あっ、な、なんでもないわよ」
結局先生が入ってきてホームルームが始まってしまい、話は中断となってしまった。
授業中もどうやって京子に伝えればいいか考えるが一向にまとまらない。
日頃から京子に対して照れ隠しから憎まれ口を叩いてしまう綾乃だ。
ちゃんと話しかけることからハードルが高い。いつも何か理由をつけて話すきっかけを作ってるのだから。
気付けば授業も終わり放課後。京子は結衣と一緒にごらく部に向かってしまった。結局あれからタイミングは掴めずじまい。
「綾乃ちゃんあんまり気を落としたらあかんよ。まだ誕生日まで時間あるんやから」
そうよね。千歳の言うとおり。今日はちょっと日が悪かっただけなんだからね。
明日こそ!
――と胸に誓い早速翌日も京子に声をかける綾乃だったが……
「歳納京子!」
「何、綾乃?」
「誕生日!」
やった! 言えた、言えた! 何度も自宅で練習した甲斐があったわね。褒めたい。自分を褒めてあげたい。ナイスナイスイスラマバードよ!
「えっ、誕生日? あっわたしの? 三月二十八日だよ。もしかして何かくれるの? えっとねーラムレーズンとミラクルんのDVD。それにグローブ……はやっぱりいいや。他にはねー……」
あれ、何かうまく通じてない? おかしいわね。わたしが知ったことは歳納京子の誕生日と欲しいものリスト……って何個欲しいものがあるのよ!
「えへへ、綾乃誕生日楽しみにしてるよー」
こんな笑顔で言われたら断れるわけないじゃない。思わず「わかったわよ」なんて返事をしてしまった。ま、まあ歳納京子の誕生日がわかっただけ儲けものよね。少なくとも今日は成果があったと言ってもいいんじゃないかしら。
それに明日もあるんだし……そうよ今日はこれでよかったとしないと罰があたるわね。
翌日。つまり誕生日当日。
今日こそはと胸に誓い教室に乗り込む綾乃。
「歳納京子ー! ……っていないじゃない」
結衣も見当たらず肩透かしをくらってしまった。
「遅刻かしら?」
だいたい京子が遅刻するなんてのは日常茶飯事である。
全く……学校にきたらびしっと言わないといけないわね。あなたちょっとだらしないわよって。それからきっかけを作って、今日が誕生日だって伝えればいいのよ。
結局二人が学校に登校してきたのは二限目の途中だった。先生にこってりと絞られた直後だというのに、京子は早速机に突っ伏して居眠りをしている。
結衣が何度かつついたりして起こそうとしていたが、彼女も寝不足なのかいつの間にか並んで居眠りをしていた。
休み時間もそのまま京子は突っ伏して寝ていた。起こすのもためらわれてしまい結局話せずじまいのままお昼を迎えた。
いつ話しかけようかと綾乃がタイミングを図っていると、給食も早々に平らげ京子と結衣はそそくさとどこかに出て行ってしまった。
折角今日は気持ちを改めて、決心したというのにタイミングがことごとく咬み合わない。なら放課後こそと思ったものの、綾乃が話しかける前に二人共急いで教室を飛び出して行ってしまった。
傍目から見てもわかるくらいがっかくりと肩を落とす綾乃を見かねたのか、千歳が声をかける。
「綾乃ちゃん。あんまり落ち込んだらあかんよ。それにごらく部にいったら歳納さんおるんとちゃうんかな」
「……別にいいのよ。特別にお祝いとかしてもらいたかったわけじゃないし……ただ歳納京子に一言おめでとうって言われたかっただけだから……」
「綾乃ちゃん……」
「千歳、あなたまで暗い顔する必要ないわよ。さっ、私達は生徒会に仕事にいきましょう」
綾乃は無理して笑顔を作る。足取りは決して軽くなかったが仕事が待っている。
それに仕事をしていれば気も紛れるだろうという思いもあった。
「あら、大室さんも古谷さんもきてないわね」
負けませんわよ! 負けないんだからね! などと競い合いながら来るものだから、綾乃と千歳が着く頃には二人がいるのが常だった。
しばらくしたら来るだろうと溜まった仕事を始めるが、五分たっても十分たっても二人は姿を表さなかった。
「千歳何か聞いてる?」
「いや、うちも何も聞いてへんよ」
「そう……どうしたのかしら」
まだ一年生ながら二人の仕事ぶりは優秀だった。ちょっと騒がしすぎるところもあったが。その二人がいないとなると仕事の進みも遅くなる。
「さすがに遅いわね。何かあったのかしら……」
無断でサボるような二人でないことは綾乃がよく知っている。
「そやね。もしかしたらごらく部に寄ってるんとちゃうんかな?」
なるほど……二人はごらく部の吉川さん、赤座さんとクラスも一緒で仲がいい。
それならありえるかもしれない。
「そや綾乃ちゃん。ちょっとごらく部見に行かへん? 歳納さんもおると思うよ」
「なっ……べ、別にわたしはいいわよ。千歳一人で行ってきたら?」
今朝の勢いもどこにやら。結局タイミングがあわなかったことで綾乃の決心はすっかり鈍っていた。
「そう言わんと綾乃ちゃん。うちと一緒に行かへん?」
「わ、わかったわよ……行くから」
千歳がこんなにお願いしてくることも珍しい。何かあるのではないかと少し勘ぐってしまう。
「綾乃ちゃんどないしたん? うちの顔何かついてる?」
「ううん……何でもないわ」
考え過ぎか……
いつも通り千歳はにこにこしている。
千歳に限ってそんなことあるはずがないか。
「じゃあちょっとごらく部を見に行きましょうか」
「さて……」
いつものように歳納京子! と言う気にはなれなかったので「お邪魔します」とノックしてノブに手をかける。
「失礼するわ……」
言い終わらないうちにパーン! という破裂音が数回部屋に響き渡る。
「きゃっ!」
思わず耳を塞ぎ目を瞑ってしまった。
えっ何? 何?
恐る恐る目を開けると……
「綾乃誕生日おめでとー」
「綾乃ちゃん誕生日おめでとうな」
「杉浦先輩お誕生日おめでとうございます」
「……………………」
京子に結衣。それにあかりとちなつ。いないと思った櫻子に向日葵。さらに会長と西垣教諭。全員手にクラッカーを持っていた。みんな笑顔を綾乃に向けている。
さっきの音はクラッカーだったのね……
あれ、千歳は?
振り返ると千歳の手にもクラッカーが。
千歳……知ってたのね……
改めて部屋を見渡すと飾り付けがしてあるのに気付いた。折り紙を輪っかにしてチェーン状にしたものが部屋のいたるところに飾りつけてある。テーブルの上にはクッキーにビスケット。どこから用意したのかチキンに、盛りつけられた料理も並んでいた。そしてホールの苺ケーキ。トッピングされたチョコには『綾乃誕生日おめでとう』と書いてあった。
「どう綾乃? びっくりした?」
呆然としてる綾乃に京子が近づく。京子の顔はどっきりが成功したのが嬉しいのか上機嫌のようだった。
「そりゃ……びっくりしたわよ。みんなこんなことしてるなんて全然気付かなかったし……」
他にも言いたいことがあったが、声が出てこない。ありがとうって言わなきゃ……
「あれ、綾乃泣いてる?」
「な、泣いてなんか……」
「拾い食いするからだよ」
「そんなことしてないわよ!」
「冗談冗談。泣くほど嬉しかった?」
「だ、だから泣いてなんか……」
嘘。ほっぺたが熱かった。もちろん嬉し涙。
もうこんなことで泣いたりしたら恥ずかしいじゃない。涙止まりなさいよ。
「綾乃泣き虫だなーへへ」
「なっ……」
「こら、あんまりからかうな」
結衣がスパーンと京子の頭を叩く。
「結衣痛いー」
「お前が悪い」
「ちぇー……ごめん綾乃。綾乃の泣き顔なんて珍しかったからさ」
「はい綾乃ちゃん。これ使い」
「ありがとう千歳」
千歳の差し出したハンカチを受け取り目元を拭う。
とんだサプライズで恥ずかしいところを歳納京子に見せてしまった。
「それにしても……誰が言い出したの? 千歳?」
「うち違うよ。歳納さんが言い出したんよ」
「そだよー。わたし」
京子はブイサインをしながら得意げだ。
「えっ? 今日がわたしの誕生日って知ってたの?」
てっきり発案者は千歳と思っていたから意外だった。
「いや知らなかった。昨日までは。なんか昨日綾乃誕生日とか言ってたじゃん。もしかしてわたしの誕生日知りたいんじゃなくて、綾乃誕生日が近いのなのかと思ってさ。で、千歳に連絡して確認したの」
つまり千歳も一枚かんでいたことになる。
思った以上にポーカーフェイスが得意らしい。ううん、違う。千歳はいつもニコニコしてるし、多分騙そうなんて考えはなかったんだと思う。きっと千歳はいつも通りに振舞ってたんだろう。
「もしかして今日遅刻したのは?」
「ビンゴ。色々準備してたからすっかり寝不足になっちゃってさー」
そこで京子は一つふあっと大きなあくびをしてみせる。
「ケーキとお菓子はわたしとあかりと古谷さんで作ったんだよ」
続けて結衣が説明する。
「わたしは船見先輩のお手伝いをしただけですわ」
「あかりも頑張ったよ。杉浦先輩喜んでくれるといいなって。えへへ」
「わたしも頑張りましたよ。ちなつちゃんと二人で飾り付けいっぱいしたから。向日葵より頑張ったし」
「なっ……わたしだって――」
いつものように言い争いを始める向日葵と櫻子。
あかりの「二人共仲いいね」というセリフにすぐさま「良くないですわ」「良くないし」と阿吽の呼吸で返す。
「わたしは結衣先輩とお菓子作りたかったんですけど。あかりちゃんがどうしてもっていうから飾り付けしてたんですよ」
ちなつが指さす方向には元が折り紙だったことがかろうじてわかる”ナニか”が飾り付けられていた。
あ、あれは何なのかしら……
疑問に思ったがあえてスルーする事にした。
前衛的というか、もしかしたら見る人がみればわかるのかもしれない。
「わたしとりせで調理室を借りてな。チキンと料理もろもろはわたしとりせで用意したぞ」
わざわざ先生と会長まで……
「って歳納京子は何してたのよ?」
「わたし? わたしは結衣達が作るお菓子の味見してた」
いやそんなに胸を張って言うことじゃないだろう。全く歳納京子らしいと言うか何というか。
それでも発案してくれたのは彼女だ。彼女がいなければこんな賑やかな誕生日を迎えることはできなかっただろう。
「ありがとう……歳納京子」
「へへ。どういたしまして」
わたしにしては素直に感謝を言えた気がする。
みんなにもお礼を言わないと。
「今日はわたしのためにありがとう。こんな素敵な誕生日を迎えることができて……みんなのおかげよ」
綾乃はお辞儀をしてみんなに感謝の言葉を述べる。
すぐに「当然だろ」「そうですわ当然のことですわ」なんて言葉が返ってくるのが嬉しかった。
「綾乃ちゃん堪忍な。隠してて」
綾乃を騙していたことを気にしていたのか、千歳が声をかける。
「ううん、いいのよ千歳。たまにはこんなサプライズもいいものね。ありがとう千歳」
「ふふ。うちは綾乃ちゃんの笑顔が見れたからもう満足やで」
「おいそこ! 二人でいいムードにならない!」
すぐに京子がちゃちゃをいれる。
「そうですよー二人共ー。それにわたしお腹へったーお腹へったー」
「おっ、ひまっちゃんいいこと言った。わたしも丁度そう思ってた! ご飯ー! ケーキー! くわせろー」
意気投合した櫻子と京子が駄々っ子のようにご飯コールをあげる。
確かに二人が言うことも最もだ。折角のご馳走なんだからみんなで食べないと。
「そうねそれじゃいただきましょうか」
綾乃が言うのを待ってましたとばかりにみんながわーいと声を出して食卓に並び、思い思いに料理に手をつける。
「結衣先輩の作ったケーキおいしいですー」
「ありがとうちなつちゃん」
「これあかりの作った熊さんクッキーだよ」
「あかりクッキーうめえ」
「もう京子ちゃん熊さんだってば。お団子じゃなくて耳だよー」
「櫻子お茶取ってください」
「向日葵もオレンジジュース取ってよ」
「…………」
「そうか、うまいかりせ」
予期しなかったバースデーパーティー。
綾乃も食事に、そしてみんなとの会話を楽しんでいた。
「ふぅ……お腹いっぱいだわ」
みんなもだいたい食べ終わったのか、お皿はすっかり空になっていた。
「よし! それじゃ恒例のアレ行きますか」
さっきまで大の字になっていた京子がさっと起き上がる。
「アレ?」
「もちろん……プレゼントに決まってるでしょ」
時間も無かったとのことで、ごらく部が代表して買ってきたとのこと。
中身はというと、有名スイーツ店の並んでもすぐに売り切れてしまう一日五十個限定のプリンだった。
「えっ、こんなに?」
並んだプリンが八個。一人二個限定のはずだから、四人いないとこの数は買えないはずだ。
遅刻した京子と結衣。
合点がいった。多分赤座さんと吉川さんも一緒に並んでいたんだろう。
もう、さっきからわたしを喜ばせすぎよ……あなた達……
みんなの気持ちが嬉しくて、また目頭が熱くなって、それを歳納京子が茶化して、船見さんがツッコんで……
なんてわいわいと騒いでいるうちに時間はどんどん進んでいき、外はすっかり暗くなっていた。
そろそろ片付けるかって話になり「綾乃は主役だから片付けなくていいから」なんて言われて、綾乃は一人座ったままちなつの淹れたお茶を飲んでいる。
ちょっと悪い気もするけど、今日はみんなの好意に甘えさせてもらうことにした。
「そうだ綾乃ちょっとこっちきて」
歳納京子が手招きをしながら綾乃を呼ぶ。
「何よ?」って返事をする綾乃の手をとり、歳納京子はそのまま中庭に連れだす。
「ちょ、ちょっと歳納京子。いきなりどうしたのよ?」
「実はわたしからもう一個プレゼントあるんだ」
「えっ? まだ何かあるの?」
正直これだけ至れり尽くせりで、逆に申し訳なくなってしまう。
「うん。綾乃こっちきて」
えっ……うん。
何かしら? って思いながら歳納京子に近づくと……
「えいっ!」と京子が手を伸ばし綾乃を抱き寄せる。
「な、な、な、な、何してるのよー!」
「何って? 抱きしめてる」
「そ、それぐらいわかるわよ! な、なんでこんなことを……」
「千歳に聞いたらこうすると喜ぶって言ってたから。いや……だった?」
そんな顔されていやなんて言えるわけないじゃない。それにいやなわけなんてないし。
てか千歳ったら……なんて入れ知恵してんのよー!
「い、いやじゃないわよ……ただ近くてちょっと緊張してるだけ……」
「そっかよかった。あ、待ってて。邪魔になるから」
京子はリボンのカチューシャを外すと、おでこにかかる髪を掬うようにリボンを付け直した。
今の京子はオールバックで、普段あまりみることができないおでこが出ている。
普段と違う髪型というのは想像以上に……くるものがある……
「その髪型……似合ってるわよ」
本当は可愛いと言いたかったが、恥ずかしくて似合ってるというのが精一杯だった。
「ほんとに? へへ綾乃ありがと。じゃあさプレゼント受けっとってよ」
えっ? プレゼントってこうして抱きしめてることじゃないなの?
混乱した頭で考えていると京子は爪先立ちをして綾乃に身体を預ける。
さらに目を瞑り、顎を少しだけ持ち上げ綾乃に差し出した。
えっ、えっ、えっー?
こ、これって……つまり……き、き、キス?
で、できるわないでしょー!!
「ちょ、ちょ、ちょっと歳納京子?」
京子は何も答えずにさっきから同じ姿勢をずっと維持している。
少しだけ背伸びをしているせいで、ほんとに目と鼻の先に京子の顔。
ふせられた睫毛は長く、整っていて、同性の綾乃でも嫉妬してしまうほどだった。
額には少しだけ汗が浮かんでおり、普段は髪に隠れて見ることができない耳はほんのりと僅かにだが紅潮していることから京子も少しは緊張していることが窺えた。
綾乃はというと、緊張どころではなくこれ以上プレッシャーを与えたら失神してしまいそうなほどだった。
全く……千歳……なんてことを言ってくれたのよー!
落ち着くのよわたし。歳納京子の肩に手をかけて……そう、これでいいわ。
深呼吸をして……まず少し落ち着いて……
ダメ。歳納京子の顔をみたらやっぱり緊張しちゃう。だって……こんなに可愛いのに……って何考えてるのよわたし。
そうだ、わたしも目を瞑れば……
後は………………ええい、ままよ!
勢いに任せて綾乃はキスをする。そうしないと、とてもできそうになかったから。
確かに綾乃と京子の唇は重なった。それはほんとに短い、刹那と言ってもいいほどの時間だったかもしれない。それでも、その瞬間。確かに綾乃は京子の唇を感じていた。柔らかい感触。京子の息遣い。鼓動。体温。ぬくもり。唇を伝わってそれだけの情報が一気に伝わってきたのを感じていた。
オーバーフロー。伝わった情報があまりに多すぎて、綾乃の思考回路はオーバーヒートして、シナプスは増大し続ける。
簡単に言ってしまえば今の綾乃は顔を真赤に染める乙女になっていた。
つぶった目をおそるおそる開けると京子が真っ赤な顔をして綾乃を見ていた。
「……にすると思ってた……」
何か呟いているがよく聞き取れず聞き返した。
「おでこに……すると思ってたから……」
そう言って京子は赤い顔をさらに赤く染める。今では耳まで真っ赤になっている。
えっ? えっ? えっ~~~~? だって……あんな迫り方されたら誰だって……唇だって思うじゃない……
恥ずかしくて目が合わせられない。なのに京子が手を離さないから、二人はまだ抱き合ったままで……
「あ、あのさ綾乃」
「な、なに?」
「ちょっと……びっくりしたけど、でも……」
「でも?」
「わたしは……別にいやじゃなかったよ」
えっ? それって?
京子を見るとまだ顔は赤かったが、もういつもと同じ笑顔を浮かべていた。
「それじゃわたしは片付けに戻るからさ」
さっと身体を離すと、髪型を元に戻して京子はパーティー会場に戻っていく。
その背中を見送りながらまだ綾乃は呆けていた。
これが杉浦綾乃が一生忘れることができなくなる十四歳の誕生日の想い出だった。
「おはよー綾乃」
「おはよう船見さ――」
結衣の後ろにいた京子を見つけ、綾乃が固まった。
「どう? 似合うでしょ?」
あの時と同じ髪型の京子と目があったから。
「京子今朝からこの髪型でさ。理由聞いても教えてくれないんだよ」
京子は席につくといたずらっぽい笑みを浮かべ綾乃にウィンクを送る。
思わず昨日の事を思い出してしまい、綾乃はつい顔を逸らしてしまった。
『わたしは……別にいやじゃなかったよ』
昨日の京子の言葉が蘇る。
これって……
なんて考えているとチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
もう一度京子をみたが普段の顔に戻っており、もう表情からは何を考えてるのか窺いい知る由もなかった。
一つだけハッキリしてること……それはこれからも歳納京子に振り回されるだろうってこと。
そしてきっとそれを楽しんでいる自分がいるんだろうってこと――
おまけ
『それでどうしたら綾乃喜ぶかな?』
『そんなの簡単やでー。歳納さんから綾乃ちゃんに抱きついて、おでこにキスしてもらったらえんよ』
『そんなのでいいの? それだったらお金もかかんないしいいね。でも綾乃気づいてくれるかな? おでこにキスしていいよって言えばいいのかな?』
『そやね。言わんでもおでこ出したら綾乃ちゃんわかってくれると思うで』
『そっかありがと千歳。それじゃおやすみー』
『お休みな歳納さん』
携帯を机の上に置いてさっきまでの会話を思い出す。
やっぱり歳納さんさすがやね。ちゃんと綾乃ちゃんのこと見ててくれてるんや。
きっと綾乃ちゃんのことやから歳納さんの唇に……
あ、あかんちょっとレバーとひじき食べとかんと。あしたもぎょうさん鼻血でるかもしれへんし。
綾乃ちゃん明日はちょっとだけ嘘つくけど堪忍してな。