DOL特別レポート
【第15回】 2009年8月27日 

野村證券チーフエコノミスト 
木内登英氏特別インタビュー
「W字型回復の日本経済は年末から暗転。
リストラによるデフレ脱却が回復の鍵に」

トップエコノミストが斬る「景気底入れ」の真偽と今後の経済動向

世界経済が金融危機後の景気後退から脱しつつあると見られるなか、日本経済はどのような回復軌道を描くのだろうか。米国依存体質の経済構造に、政権交代に伴う要因が加わって、年末から年明けにかけて再び景気後退局面に入ると予測するのが、トップエコノミストとして名高い木内登英・野村證券金融経済研究所チーフエコノミストだ。木内氏は、日本経済が「二番底」から早く回復するには、リストラによってデフレから脱却する必要があると説く。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 小尾拓也、撮影/宇佐見利明)

きうち・たかひで/野村證券金融経済研究所経済調査部長兼チーフエコノミスト。早稲田大学政治経済学部卒。1987年野村総合研究所入社。野村総研ドイツ(欧州経済担当)、野村総研アメリカ(米国経済担当)、野村総研経済研究部日本経済研究室長などを経て、07年より現職。テレビ・経済誌への出演多数。経済メディア主宰のエコノミストランキングでは、不動の人気を誇る。

――世界経済は金融危機後の景気後退から脱しつつあるようだ。先行きをどのように見ているか。

 世界経済は一様にリバウンドして来ている。ただ、リバウンドが一巡した後の景気回復への道のりは、国・地域によってバラつきがあると予想する。

 米国は来年半ばぐらいまで景気の底が続く「U字型回復」、欧州は来年まで景気回復が訪れない「L字型回復」となるだろう。まだ資金逼迫が続いている影響から抜け切れない欧米に比べると、中国はすでにリバウンド局面を抜け出しており、「V字型回復」になるだろう。

 日本は「W字型回復」になると思う。一番底は打って強くリバウンドしているが、今年末から年明けにかけて再び勢いが落ちて来る。

 景気の回復が始まるのは2010年末からで、回復が本格化するのは2011年になってからだろう。野村證券金融経済研究所では、日本の実質GDP成長率を、09年度▲2.7%、10年度+0.5%、11年度+1.7%と予測している。

――日本の景気回復は、このまま順調には進まないということか。何故「W字型回復」になるのだろうか。

 テクニカルな要因を除けば、その理由は5点ある。そのうち3点は、自民党から民主党への「政権交代」が起きそうなことと関係している。

 第一に、省エネの自動車や家電製品に買い替えると国から一定額の補助金が出る経済政策が、政権交代後も継続されるかが未知数なため、「駆け込み需要」が起きていることがある。その反動が年末までには現れて、買い控えが起きる可能性がある。

 第二に、民主党政権は「公共工事の中途差し止め」を行なう可能性が高い。削減額にして3兆円と言われており、これは10-12月期のGDPを年率換算で1%強押し下げる効果を持つ。

 第三に、民主党が「円高志向」であること。円高は企業にとっては厳しいが、個人にとっては利益になるという発想に基づいている。一方、米政権は年明けからドル安志向に動く可能性があるため、日米双方で「円高ドル安」が演出され易い。

 その結果、市場には「輸出企業が為替の悪影響を被るのでは」という不安が広まり、株安になるだろう。

――政権交代以外の理由としては、何が考えられるか?

 第一に、米国経済が年末にかけて落ち込むにつれて、日本の対米輸出のペースも落ち込みそうなことだ。日本の輸出額は4~6月期に実質年率で60%伸びたが、今後これほどの水準は維持できなくなるだろう。日本経済は、国内に深刻な構造問題がなくても、米国経済の影響を受け易いのだ。

 第二に、今後日本企業が人件費削減を含む本格的なリストラを実行する可能性があるため、その影響が年末から年明けぐらいに出て来そうなことだ。

―――リストラが必要な理由と、それが景気回復に与えるインパクトは?

 企業が過剰な雇用・設備を抱えているため、日本経済は供給過剰によるデフレに陥りつつある。

 たとえば、消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)は今年3月以降、4ヵ月連続で前年同月比マイナスとなっている。この状態から脱するためには、リストラが不可欠になる。

 非正規社員がかなり削減された後のため、今後の人件費削減の対象は正規社員に及ぶだろう。また大企業のなかでも、非製造業ではまだ人件費削減があまり進んでいない。

 民主党政権が成立した場合、これをスムーズに実行できるかどうかは疑問とはいえ、今後リストラが本格化すれば、景気回復に少なからず影響が出そうだ。

 ただし、日本企業が現在のペースで固定費の削減を続けた場合は、来年半ばには調整が一巡し、それ以降は雇用情勢の急速な悪化に歯止めがかかって、低迷する設備投資も改善されるだろう。

 逆に人件費削減が進まない場合は、景気の落ち込み度合いが小さくなる一方、日本経済の真の正常化にはより時間がかかると見られる。

――「景気底入れ観測」の広まりと共に、世間からは一時のような「デフレ不安」が遠のいている感があるが、現状を見ればそれは確実に本格化している。今回の日本のデフレは、「失われた10年」で陥ったデフレと比べて、どのような違いがあるのか。

 2000年代初頭まで続いた前回のデフレは、資産価格の下落と金融システム不安が相俟って引き起こされた「複合デフレ」だったが、今回のデフレ現象はそうではない。

 現在、都心の一部を除いて資産価格は下がっていないし、金融システム不安も深刻化していない。設備過剰の問題についても、前回のデフレは企業の過剰債務と結びついていたが、今回は企業の内部留保によって設備投資が行なわれている点で、深刻度が違う。

 「需給ギャップ」を見ると、2000~02年にはGDP比でおおよそ▲5.5%だったのに対し、現在は▲8%超に拡大している。

 その影響で賃金が大幅に下がっているが、問題解決にかかる時間は数年であり、「失われた10年」になるほど長引かないだろう。すなわち、「デフレ下でも景気回復が可能な状況」ということだ。

――日本の景気回復を語るうえで、海外の状況も無視できない。諸外国の景気動向をどう見るか。

 これまで回復基調にあったものの、失業率が高止まりし、個人消費に本格回復の兆しが見えない米国は、前述のように今後「二番底」を迎えると言われている。

 また、最近目に付くのは、欧州が「独り負け」の様相を呈していることだ。最悪期は脱したが、欧州がプラス成長に転じるのは年末になってからだろう。他の地域がプラス成長に転じる中で、なぜ欧州だけが出遅れているかというと、資金逼迫の度合いが米国よりも強いからだ。

 金融機関の不良債権問題は、米国では個人向けが主だが、欧州では企業向けにも及んでいる。さらに、ダメージが大きい東欧やロシアと経済的な結びつきが強いことが、今後数年間は足かせになるだろう。

――「V字型回復」の中国経済に、足腰の弱さはないのか。

 足腰の弱さは感じない。足を引っ張っているのは輸出の弱さだが、中国政府による4兆元の景気テコ入れ策によって、それを凌駕するだけの効果が出て来ている。

 一部には、「景気テコ入れ策が中国の不動産バブルを引き起こし、世界経済の不安要因になっている」という見方があるが、我々はそこまで悲観していない。

 資産価格が上がり始めたことは、テコ入れ策の効果が薄れ始める来年以降、景気の下支え要因としてプラスに働くだろう。欧米のように「不動産バブルの崩壊」が起きると考えるのは、間違いだ。

 ただ、中国経済が順調に回復・成長しても、日本が対中輸出増という形で恩恵を受けるタイミングは、2011年以降になるだろう。中国経済は内需が高まっても、輸入増に連動しにくい体質だからだ。

 中国の輸入増は、まず不動産価格が上昇し、次に需給が逼迫することによって実現するだろう。

――引き続き不透明な状態が続くなか、各国の金融当局が模索している「出口政策」の行方をどう見るか。特に、デフレが進んでいる日本の金融政策には、大きな注目が集まっている。今後、日本銀行はどのような対策を取るだろうか。

 日本の利上げは、早くても2011年の終わり頃になるだろう。これは日本がデフレに陥っているため、賃金水準と比べた実質金利がすでに高い状態にあるからだ。

 それよりも、当局が重要視しているのは、「追加的な資金繰り対策」の方だ。従来は、日銀による社債・CP買い取りのような大企業向けの対策が中心だったが、今後は中小企業向けが焦点になる。具体的には、日銀当座預金残高を積み増すことで、銀行経由で中小企業に資金が流れや易くするだろう。

 日本の金融引き締めの出遅れは円安圧力を生み、これによって企業は対中輸出の増加が見込めるので、景気回復につながるだろう。逆に、内需主導の回復は難しいと考える。

 一方、金融マーケット面では、以前ほどの規模ではないにせよ、再び円キャリートレードが台頭し始め、日本から資金が流出し易い環境になるだろう。

――世界の中央銀行は、今後どのように動くだろうか。

 日本以外の主要国は、すでに来年の利上げ実施を睨み始めている。最初に動くのは中国で、09年の年初には金利引き上げに動くだろう。

 韓国が中国よりも早く動く可能性もある。中国とインドが早めの利上げに動いた後、4~6月にオーストラリア、7~9月に英国、10~12月に米国と欧州がそれぞれ利上げに踏み切ると予想する。

――利上げの動向いかんによっては、今回の金融危機を引き起こした過剰流動性が再び復活する可能性もある。これは、世界経済の回復にどう影響するだろうか。

 経済環境から考えると、株式市場へのマネーの戻りが早い気がする。背景には過剰流動性の問題も多少あるだろう。

 金融危機発生後、世界各国は銀行システムに対して同時に大量の資金を投入した。銀行システムに問題が起きた欧米の場合、それは流動性増加にはつながらなかった。

 しかし、そうではない中国・インド、ベトナムといった新興国の場合、過剰流動性が生み出されている可能性がある。景気のリバウンド後は、そのような国の経済が強くなるだろう。

――金融危機に端を発する景気後退は、世界経済の何を大きく変えたのか。

 まず、世界経済の勢力図を大きく塗り変えた。欧米が国力を落とす反面、エマージング諸国が浮上するという従来のトレンドが、金融危機を契機に加速した。

 次に、金融機関がリスクマネーを供給しにくくなったため、世界全体としてはリスクを取りにくい経済環境に変わった。

 最後に、中国経済が輸出主導型から内需主導型に変わるきっかけを作った。

 中国経済が持続的に成長した結果、「内需逼迫→輸入増加→人民元レートの切り上げ→中国から輸出されるモノの価格上昇」というシナリオが実現すれば、世界経済は1980年代以降の「ディスインフレ傾向」(インフレ状態ではないが、デフレほど深刻な物価下落も起きていない状況)にようやく歯止めがかけられるかもしれない。