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“光より速い”はなぜ間違った?

6月8日 19時00分

藤原淳登記者

アインシュタインの相対性理論に矛盾するとして大きな議論を呼んだ「素粒子のニュートリノの速度が光より速い」とする実験結果について、発表から8か月余りたった8日、日本を含む国際研究チームは一転して、「計測機器の問題による誤りだった」とする結論をまとめ、京都市で開かれた学会で発表しました。
慎重に検証されたはずの当初の発表の時点で、なぜ計測機器の問題が見過ごされたのでしょうか。
名古屋放送局・藤原淳登記者の解説です。

タイムマシンが現実に?

ニュートリノは、物質を形作る最も基本的な粒子、素粒子の1種で、直径は1ミリの1000兆分の1以下です。
日本を含む国際的な研究チームは、スイスから730キロ離れたイタリアの研究所に向けてニュートリノを発射して、その速さを計測しました。

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3年間、1万5000回に上る観測結果を解析したところ、光の速さで予想される時間よりも「1億分の6秒」早く到着しているという結果が出たとして、去年9月に発表。
大きな反響を巻き起こしました。

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ニュートリノは、かつては光と同じように質量、つまり重さはないと考えられていました。
しかし、3年前に亡くなった東京大学特別栄誉教授の戸塚洋二さんたちの研究グループが、平成10年、岐阜県にある観測施設「スーパーカミオカンデ」で、ニュートリノに質量があることの証拠となる「ニュートリノ振動」という現象を、世界で初めて捉える事に成功し、以来、ニュートリノが質量を持つことは定説になっていました。
アインシュタインの特殊相対性理論では、質量のある物質は光より速く移動することができないとされていますが、去年発表された実験結果は相対性理論と矛盾するものでした。
仮に光よりも速い物質が存在するとすれば、時間をさかのぼることが可能になるかもしれません。
つまり、SFの世界だけと思われていたタイムマシンが現実味を帯びるなど、現代科学では説明しきれない事態が起きるかもしれないとして、世界の注目が集まりました。

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“誤り”と発表

大きな議論を呼んだこの実験結果について、去年、研究チームは、なぜニュートリノが光より速いのか、理論的な説明は示しませんでした。
チームは、「この結果が科学全般に与える潜在的な衝撃の大きさから、拙速な結論や物理的解釈をするべきではない」として、世界の科学者や関係学会に、実験結果の精査を求めるという姿勢を示したのです。
その後、別の研究チームが新たにデータを解析したうえで、ことし3月、「ニュートリノは光の速さを超えていない」という結論に達したと発表しました。
また、去年発表を行った研究チームの検証でも、当初の実験でニュートリノを観測した時刻を記録する機器の問題が明らかになっていました。
このため研究チームでは、先月、改めて実験を行い、その結果を京都市で開かれた国際学会で発表しました。
ニュートリノの速度が光を超えたというデータは得られなかったことを明らかにしたうえで、そのほかのデータも合わせて分析した結果、「当初の実験結果は誤りだった」と認めました。

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原因は“1.5ミリの緩み”

今回問題が見つかったのは、GPSで正確な時刻を記録する装置に接続された「光ファイバー」でした。
研究チームによりますと、1か所の光ファイバーの接続が1.5ミリ程度緩んでいたため、その部分で光の信号が弱くなり、信号を処理するセンサーの反応が僅かに遅れることになったということです。
このため、去年の実験でニュートリノは実際よりおよそ1億分の7秒早く到着したと記録され、光より早く到着したとする、誤った結果につながったのです。
8日の発表で研究グループは、よく使われる金属ケーブルの場合、接続が緩んでいても遅れが出ることはないため、通常、検証する項目には入っておらず、この問題が見つかったのも詳細なチェックを進めるなかで偶然のことだったと説明しました。
また、過去のデータの分析から、この緩みができたのは2008年ごろからだったことも分かりましたが、詳しい原因は分かっていないということです。
研究グループでは、今回再実験を進める一方で、過去のデータから緩みによる誤差を取り除き、改めて分析する作業も進めていましたが、再実験の結果と同様に、ニュートリノの速度が光速を超えるという結果にはならなかったということです。

間違いは発展への一歩

検証実験に参加した名古屋大学の小松雅宏准教授は、「間違いを突き止めることができたのはよかったが、もっと前に計測機器の不備を見つけ出せなかったのは残念だ」と話しています。

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一方、会議に参加したイタリア人の研究者は「もともとの実験結果は世界の在り方を変えてしまうほどのものだったが、より精密な検証で正確な速度が測定できたことは価値のあることだ」と話していました。
またブルガリア人の研究者は「結果的にアインシュタインの相対性理論が覆されなかったということは、これまでの物理の世界がしばらく存続するということだ」と話していました。

物理学だけでなく、科学の世界では、それまでの常識が覆されることは珍しくありません。
今回は、常識で説明できない実験結果を何度も検証するなかで、最終的に原因を特定し、結果が誤っていたことが確認されました。
科学は間違いと検証を繰り返しながら発展していくことを考えると、科学の健全な発展を支える研究だったといえます。