特集

神話の果てに−東北から問う原子力
特集
»一覧

第3部・見えない敵(1)拡散/低気圧、放射性物質運ぶ/雨や雪で地上に降下

<160キロ北の一関も>
 「住民が町に戻り、農業ができるようになるまで何年かかるのか」。福島第1原発から西へ約6キロの福島県大熊町下野上。今月6日、除染した農地の放射線量を測定した町産業課の担当職員が、やりきれない思いを口にした。
 2日前に表面から5センチほど土を削り取った場所の1時間当たりの数値は水田で3.95マイクロシーベルト、畑で4.46マイクロシーベルト。周辺の空間線量は約8マイクロシーベルトもある。
 除染が必要なのは福島県だけではない。大熊町から北へ約160キロの一関市藤沢町。市立新沼保育園は4月に市が実施した測定で、園庭の放射線量が最大毎時0.38マイクロシーベルトとなり、園児に外遊びを控えさせていた。
 そのままでは1年間の線量限度(1ミリシーベルト)を超えてしまう。
 先月末ようやく除染に取りかかり、線量は3分の1程度に。市はこれから小中学校など30以上の施設で除染を行う。
 市教委の担当者によると、保護者の意識も変わりつつある。「以前は空間線量と外部被ばくに敏感だったが、今は土ぼこりなどによる内部被ばくを心配している」

<「運悪く重なる」>
 ホットスポットは原発のはるか遠くにも形成された。放射性物質はなぜ、これほど広範に拡散したのか。
 国立環境研究所(茨城県つくば市)の大原利真・地域環境研究センター長(大気環境科学)は「大量放出と風向きの変化、さらに雨が運悪く重なった」と説明する。
 炉心溶融(メルトダウン)を起こした福島第1原発からは放射性物質が何度も大量放出された。
 福島県内が深刻な汚染に見舞われたのは昨年3月15日だ。この日午前、2号機の格納容器内にある圧力抑制室が損傷、大量の放射性物質が原発の外へ漏れ出た。
 大原センター長のシミュレーションでは、放射性物質は雲状になり、風に乗って南下。茨城県、栃木県の上空に移動した後、一部はUターンするように北上し、福島県の中通り地方に入った。低気圧の接近と通過で、風向きが変わったためだ。

<山林などに沈着>
 同じ低気圧によって、原発付近の風向きも北から南東に変わった。放射性物質はさらに福島県飯舘村や福島市へ直接向かった。15日夕から16日午前にかけての雨や雪で降下し、大量のヨウ素やセシウムが山林や土壌、建物などに沈着した。宮城県南の山間部にもこのとき、ホットスポットが形成された。
 宮城県北部や岩手県南部が汚染されたのは「5日後の20日から21日にかけて」(大原センター長)だったという。
 東京電力によると、この2日間にも2号機が排出源とみられる大量放出があり、これに低気圧の接近と通過が重なった。
 放射性物質が風で北北西に運ばれたとき、栗原市や一関市では雨が降った。山林や牛の飼料用稲わらなどが汚染された。
 「西高東低の(冬型の)気圧配置が続いていたら、陸上の汚染はずっと少なかったはず」。大原センター長が指摘する。
 シミュレーションによると、原発から放出されたセシウム137の29%は、東北を中心とした東日本の陸地に降り注いだ。
   ◇
 福島第1原発事故は、東北の広い範囲に深刻な環境汚染をもたらした。汚染の主要因となっているセシウム137が半減するのは約30年後。東北は今後、放射性物質という見えない敵との長い闘いを強いられる。生活の基盤だった家や農地、海を奪われ苦しむ東北各地の実態を追う。(原子力問題取材班)=第3部は5回続き


2012年06月14日木曜日

Ads by Google

△先頭に戻る