日本ダウン症協会
【意見書】 1)生殖医療に関する当協会の見解の概要 私たち日本ダウン症協会は、生殖医療、とりわけ出生前診断技術の利用に関しては、当事者 団体であると認識しています。それゆえ、 この問題に関わる論議には、ある意味で他の誰より も敏感にその意味を直観し得ると考えています。これまでに公開されてきた審議会の議事録からは、 生殖医療技術を単に技術的・学術的な側面からだけではなく、社会的側面も含めた視点で論議され ようとする構えがあるように伺えます。私たちの思うところもまさに同様であり、生殖医療技術はすでに 学術的議論にとどまることの不可能な、社会的問題になっているという認識に立って意見を述べたい と考えます。 当協会にとって、もっとも先鋭的に生殖医療技術の問題と直面させられたのは、母体血清マーカ ーテストの普及という事態によってでした。この検査がダウン症を主たる判定対象にしていることは明 らかです。しかし、これまでにこのテストに対する取り組みを続け、また、関係学会等の見解を見てく る限り、同テストはあくまでも確率的な判定にとどまる技術であり、したがって出生前診断技術には含 まれない、という議論の前提があるように思われます。しかし、この議論は、現実にダウン症をもつ子 どもたちとともに暮らしてきた私たちの日常感覚と乖離したものと言わずにはいられません。その理由 は大きく下記の2点に集約されます。 第一に、母体血清マーカーテストが確定診断をもたらすものではないという事実は、その検査の 普及が確定診断のための出生前診断技術への依存をもたらすと考えるからです。この点は、先に提 示された日本人類遺伝学会の同テストに関する見解の中でも指摘されている通りです。つまり、私た ちにとって、母体血清マーカーテストが出生前診断技術に含まれるものであるか否かという議論は本 質的ではなく、このテストが普及することはそのまま出生前診断技術が普及することと同義なのです。 私たちは、こうした連関こそが出生前診断技術のもつ社会的側面であると考えています。 第二に、より根源的な問いかけとなりますが、母体血清マーカーテストが出生前診断に含まれるも のなのか否かという議論は、胎児がダウン症であることが確定されることが重要な意義をもつという前 提の議論であると考えることです。検査を受け、胎児に関する検査結果の告知を受ける人々にとって、 胎児がダウン症であることが確率なのか確定診断なのかという差は、喚起される不安に大差がありませ ん。つまり、こうした議論は、ダウン症が出生を忌避されるべき属性であるという現代の暗黙の価値観 に対して、何ら本質的な影響をおよぼすものではないと考えます。 私たちは、母体血清マーカーテストの普及凍結を主張してきました。また、検査会社によって公式 的には十全の配慮がなされているとされているにもかかわらず、現実には、一部医療機関において いかに杜撰かつ人権侵害的な実施をされているのか、会員からその実例の報告を受けています。 このテストが、関係学会等の論議の成熟を待つことなく商業ベースに乗って普及し始めたことを問題と する見解は、審議会の議論の中にも見受けられました。可及的すみやかにこのテストの普及を凍結し、 こうした「産業」が成立し得たことの背後にある障害者観の妥当性についての広範な論議が喚起され ることを望みます。 出生前診断技術そのもにについて、私たちは、それが個人の出産行為の選択肢の拡大につなが るものであるという見解を理解しないわけではありません。出産という行為の選択は断じて国家や社会 によって選別・決定されてはならないものと考えます。また、こうした最新の出生前診断技術を含めた 生殖医療技術の受益者が現に存在することも否定しません。しかし、たとえば不妊治療の結果として 多胎が生じ、減数手術が必要とされ、このことがさらなる生殖医療技術の性急な実用応用の合理的 根拠とされていく議論については大きな危惧と憤りを覚えます。先端技術の未成熟さが次なる先端 術を必要とするという構造は、科学技術の発展においてありうべきものですが、このような過程が臨床 現場において進行しつつあるということは、そもそもその技術の臨床応用そのものが時期尚早であった ことを意味していると考えるからです。 さらに、出生前診断技術が胎児条項の導入とからめて議論される点について、私たちは、胎児条 項には明確に反対であることを述べたいと思います。 胎児条項は、これまでにも人工妊娠中絶が認められていた期間内に、新たに胎児の障害を理由 とした中絶を合法化しようという側面と、これまで人工妊娠中絶が認められていなかった時期において も胎児の障害を理由として中絶を可能にしようとする側面をもつものと理解しています。この条項は、 いかなる論拠をもって正当化しようとも、胎児の先天的な疾患や障害に応じて積極的な絶命処置を 選択可能にし、それを合法化するものであると考えます。文字通り生命を奪う行為に対して、子ども の先天的な疾患や障害をその理由として容認することは、障害や疾患を理由として生命の価値を測 ることそのものであり、とうてい許容できない障害者差別の制度化であると考えます。 意見の冒頭に、私たちは当事者団体である、と述べました。もちろん、生殖医療技術や出生前診断 技術、胎児条項などをめぐる論議は、現在生活しているダウン症児者のことではなく、これから生まれ てくる子どもたちやこれからダウン症児の親となる人々に関するものです。しかし、このような議論のた びに、私たちはダウン症が存在を許容されない属性なのだという価値観にさらされるのです。私たち は、ダウン症の子どもたちとともに暮らし、彼らがいかに豊かな人間性と可能性を持った存在であるか を教えられてきました。「障害」を「正常」の対極においてしか考えようとしない方々にとっては、「障害」 とは何とか治したいと考える属性としてしかとらえられないかもしれません。もちろん、治療によってそ の子の生活上の制約が軽減されるのであれば、私たちも最大限に治療の努力をします。しかし、究極 的にはダウン症という属性は「完治」しないものです。私たちは、「治るか治らないか」という論理とは別 の次元で生活が成り立つのだということを、彼らの存在を通して教えられてきたのです。 そのような私たちにとって、胎児条項や出生前診断技術に関する議論は、決して心地よく聞くことの できるものではありません。障害をもって生まれてくることを本人にとっても家族にとっても「不幸」で あると規定する価値観にさらされることは、日々、喜怒哀楽をともにしている子どもたちを否定され、 障害の告知を受けた時の戸惑いや混乱から立ち直り、彼らが居て当たり前の日常生活を送っている 家族全員の人生までも否定されてしまうのです。私たちは、そのような痛切な思いを抱きながらこの 議論に参加しようと努力してきましたし、今後も努力を重ねる覚悟でおります。 私たちは、「出生前診断技術の進歩は障害者差別にはつながらない」という、WHOのガイドライン 等に見られる公式的な意見に納得ができません。納得できないことも当然である事実が現在の社会 にはあると考えています。「多様な人々が共に生きる社会」が大切であるという議論は、貴審議会の 議論においてもしばしば聞かれます。しかし、現在の日本社会において、ダウン症児などの知的障害 児者が置かれている状況は、ごく簡単にながめてもとうてい「共に生きる社会」といえる状況ではあり ません。知的障害者の福祉政策の根幹となる手帳制度は、今も全国共通の基準がなく、福祉行政 の地方分権化が進行する中、ますます激しくなる地域格差のために、知的障害者とその家族にとって は転居がそのまま制度的援助の変動につながる状態です。学校教育は欧米に言われるインクルー ジョンの実態とはほど遠く、知的障害児の教育内容が第三者機関の保障を伴って個別化されるよう な事実もありません。一般就労の機会は依然として少なく、しかも、知的な能力の水準によってでは なく、職場における偏見によって就労の継続が困難になる例は枚挙にいとまがありません。更生施設 や授産施設の設置基準は、彼らが家族とともに暮らした生活の流れを最低限維持することも困難な 水準であり、中には目を覆うばかりの虐待が横行することさえ報道されます。このような権利保障の 実態と社会の実態を前にして、「出生前診断技術が普及しても障害者差別にはならない」という議論 には、どのような現実的説得力があるのでしょうか。社会や国家が推進する出生前診断は優生政策 であり許されるものではないが、個人の自由としての出生前診断は許容されるという見解もあります。 しかし、一方で容易に改善されない「生きにくさ」がある中で、「個人の自由」として出生前診断技術 が提供され、診断の結果が告知されることは、もはや社会の圧力から逃れることなどかなわない構造 でしかないと思われます。現在の社会、教育のあり方のもとでは、出生前診断技術の普及は、出産 にあたっての暗黙の圧力として機能すると考えざるをえません。「出生前診断技術があるにもかかわ らずどうして障害児を生んだのか」という視線を感じる親が現に存在します。このことを考えるとき、 個人の自由としての出生前診断と優生政策としての出生前診断とは、線引きのきわめて困難なもの と言わざるを得ません。私たちは、出生前診断が安易に普及することが、かえって障害をもつ子ども たちの出生に対する差別と偏見を強め、さらには、妊娠と出産という行為そのものから牧歌的な歓び を奪い去り、あたかも「ある水準」を達成しなければならない行為であるかのような圧迫感や不安感を 与えることを危惧しています。このことは、昨今問題とされている少子化の問題とも密接に関連するも のと思われます。 各層の広範な議論、「共に生きる社会」の価値観の共有、現実の制度的権利保障があってこそ、 出生前診断は個人の選択肢の拡大という意義をもち得ると考えます。貴審議会での議論は、その 意味で重大な意義をもつものと思います。国民各層の議論がほとんどないままに、技術が商業利用 され、普及し始めてしまったことは大きな問題ですが、だからこそなお議論の必要性は高まっている と考えす。 しかし、今もなお残念ながら議論は学術的水準を重視し、すでに無視できなくなっていると 思われる社会的側面について積極的な情報収集や検討をしていく構えが弱いのではないかと感じ されられる点が多くあります。各審議会議事録がインターネットに公開され、審議会の傍聴が可能 になり、こうした意見の公募が行われることはたしかに前進です。しかし、たとえば、高度に専門的 な内容を含む各論点に対して、わずか2週間という公募期間での意見公募は、はたしてどれだけ の層の意見の聴取が可能と判断されてのことなのでしょうか。さらに、中間報告は7月にされると聞 きますが、性急になんらかの結論を出そうとするものではないかと不安を抱きます。こうした審議の スケジュール面の疑義に加えて、審議会内に当事者団体の意見や不安を代弁しうる立場の委員 が加えられていないことにも疑問があります。今回公募された意見を含め、当事者団体の意志表 示の場は、どのように保障されていくのかが不安です。たとえば、当協会は、厚生省心身障害研 究班(松田一郎氏班長)によるアンケート調査への協力依頼に対して、その内容が誘導的な構造を もち、世論調査としての信頼性や妥当性に大きな疑義があるという理由でお断りした経緯があります。 この経緯は、その理由とともに厚生省にも報告してありますが、この調査結果が審議会において 検討される際に、当協会が疑義 をはさんだことについての報告はどのようになされ、どのような議論が加えられたのでしょうか。 最後に、私たちの立場を総括して意見陳述を終わります。私たち日本ダウン症協会は、母体 血清マーカーテストを含む生殖医療技術や、現在審議会において議論の対象となっている出生 前診断技術の臨床応用が、現在の日本社会においては時期尚早であると考えます。諸外国との 比較において研究の進展を求める声も強いと考えられますが、生殖医療技術の論議は個の自立 と人権の論議と不可分であり、すぐれて文化的な議論でもあります。その意味で判断の基礎はむ しろ日本の社会史に頼るべき点が多々あると考えます。 わが国には、近代国家としての明治政府 が衛生教育に熱心に取り組み、保健・医療の領域で長足の進歩をなしとげた歴史があります。 しかし、本来は伝染病の予防と健康増進を目的としていたその取り組みが、いつしか知的障害の 家系研究をとりこみ、疾病や障害を異端視するまなざしに「科学的根拠」を与え、結果として民族 優性展覧会(昭和15年)に象徴される国家的な優生思想普及につながったこともまた事実です。 このような歴史を教訓とするとき、障害児や先天性疾患をもつ子どもたちの存在の価値を否定す ると考えざるを得ない胎児条項の導入には断固として反対します。出生前診断技術についても、 それが個人の選択肢の拡大という意義をもち得るには現在の障害児者とその家族の生活支援 政策はあまりにも不十分であると考えます。 私たちの生活者としての意見が、審議会において真剣に検討されること、そのことによっ て審議会の提案が真に国民各層の関心と論議の的となり、受容されるものとなることを切望いた します。 1998年2月1日 日本ダウン症協会 理事長 玉井邦夫
(資料1)−3 1997年9月20日 毎月l回20日先行 JDSニュース第297号 昭和51年10月13日第三種郵便物認可 (北海道) 先日、私事で地元の某総合病院の産婦人科 を訪ねたのですが、内持ち合いの壁のところ に同封のような張り紙り紙がありました。それは カラーコピーで、ちょうど内待ち合いのベン チに腰かけた人が目に止まりやすい位置に2 ヵ所、何気なく貼ってあったのですが、それを 見て、私は思わず身体がふるえました。 母体血清マーカーテストのことは、協会の 会報である程度のことは聞いておりましたが、 まさか、こんなにあからさまに(ダウン症スク リーニングと大きく書かれています)深い考 えのない表現で(ダウン症などの染色体異常 児出産のリスク(確率・危険率)]などと書か れています、堂々と宣伝されていようとは思 いもよりませんでじた。コピーに措かれてい る幸福そうな家族のイラストの中には、決し てダウン症児は措かれてはいないのだと感じ たのは、私だけでしょうか。 こみあげてくる感情をどうすることもでき ず、私は受診の際に、このことを医師に尋ねて みました。すると、このコピーを張り出したの は別の医師で、私は(婦人科専門なので)何も 聞いていないとのこと.ならばという事でそ のコピーの貼り出し主の医師と話をする時間 をとってもらい、別室でこの件について一対 一で聞いてみました。 まず、私自身、身内にダウン症児がいるこ と、協会の一会員とことわった上で、この案内 の張り紙は、表現として不適当ではないか(危 険率なんて、ダウン症を出産することが危険 なことなのか!?)。 また、この張り紙では、検査がそれほど精密 なものではないということが書かれていない ので、不親切ではないか。また、このコピーに は、これを読んだ妊婦がさも便利なものがあ るものだ的に、深い考えなしにこの検査を受 けてしまうような雰囲気があるが、単に情報 の提供を考えるのであれば、同時に、ではダウ ン症とはどんなものなのか、どんな日常生活 を送っているのかが分かるようなものが提示 されていなければ、一方的すぎるのではない か?(この医療機関には協会からリーフレッ トが送られてくるはずだから、せめてそれを コピーとともに置くなりすべきだ)という旨 のものです。 医師の回答時こうでした。この辺(北海道の l帯広市)の医療機関では、まだこの検査を行な つているところは少ないが、その検査の件数 は相当なものだということ。こういった検査 が実在する以上、その情報は提供されなけれ ばいけないので、この案内を作成したという こと。〔*この検査を希望する妊婦には検査会 社作成のリーフレットが渡されるシステムに なっており、そこにはもっと詳しい説明がさ れているそうです〕 ただ、その表現が不適当だというのなら、改 める意向はあるということでした. しかし、リーフレットについては同じ医療 機関の小児科には置かれているのに、産婦人 科には送られていないとのこと。担当医師宛 てに送ってくださいと言われてしまいました。 相手の医師には、かなり譲歩の姿勢が見ら れましたので、とりあえずこのコピーをこの まま貼るのはやめてほしい。それからこの文 面の何が適当で、何が不適当かについては、協 会く第三者の目)を通して回答する形にした い。また、リーフレットについては協会に確認 した上で送付するので、待合室の目につくと ころに置いてほしい、とだけお磨いして帰っ てきました。 つきましては、勝手なお願いで恐縮ですが、 このコピーに目を通していただいて、複数の 方々に内容を検討してもらい、その回答を早 急にその医療機関に戻していただきたいので す(只々感情的になってしまった私個人の思 い違いでは困りますので)。 私としては、やはり単なる案内の張り紙だ からこそ、文章の一つ一つに厳しい注意が必 要だとは思うのですが…。 リーフレットについては置いていただける ようなので、担当医師(住所・氏名は別紙参照) 宛てに相当数を送っていただけますでしょう か.以上の件、よろしくお頼い申し上げます. 1997.7.301●●■ この○○さんからのお便りを受けて、病院 の産婦人科医に対し、リーフレットを送ると 共に、「出生前診断」に対するJDSとしての考 え方と、現在の母体血清マーカーテストがあ まりにも安易に推奨され、急速に普及してい ることで、診断の結果、中絶につながるケース が多く、ダウン症の人たちの存在を否定する ことにつながることに危機感を抱いているこ と.4月7日に厚生省に対し、出生前診断に関 する意見書を提出したこと、日本産科婦人科 学会にも質問状を送ったことなどを記すとと もに、生命を生み出す妊婦に関わる医療現場 の医師として、生命倫理観をより厳しく考え てほしい旨を申し入れました.(広報部:神山)
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(資料2) 母体血清マーカーテストの臨床応用ならびに 「胎児条項」をめぐる議論のあり方についての意見書 厚生大臣 小泉 純一郎殿 平成9年4月7日 日本タウン症協会 理事長 臼田 宏 臨床試験各社から種々の名称で臨床応用され、普及を図られている母体血清マーカーテスト は、妊婦の血液検査によって胎児がダウン症などの染色体異常と神経管閉鎖不全症をもつ可能 性を確率的に判断しようとするものです。このテストは、従来の出生前診断に比して、一見して 「簡単」であり「安全」であるとされ、関係学会などにおいて未だにガイドラインも示されていないに もかかわらず、その簡便さゆえにすへての妊産婦に対するスタリーニングとして応用されようとし ています。 また、平成9年2月24日付で、日本母性保護産婦人科医会は、母体保護法に障害胎児の中絶 容認を主軸とした「胎児条項」制定に向けた改革案を打ち出しました。 このように、「簡便」な障害胎児の診断技術がスクリーニング化されようとすることや、「胎児条項」 の制定に向けた動きが表面に表れてくることの背景には、障害をもつ人々やその家族に対する 社会的差別と偏見があります。 日本ダウン症協会は、このような社会的差別と偏見を利用した母体血清マーカーテストの無批 判な普及や、「胎児条項」論議に対して、それが障害者福祉に対する重大な侵犯であると認識し、 ここに意見書を提出するものです。 1 先に述ベたとおり、母体血清マーカーテストが何の規制も議論もないままにスクリーニングの 技法として普及することは、生命倫理に対する重大な冒涜であり、ダウン症などの障害をもつ人 々の「存在の否定」と、障害をもつ人々とその家族の福祉の否定につながることは明らかです。 2 生命の操作診断技術を営為とする各企業が、「利用者のニーズ」を掲げて積極的に開発提 供していくことは生命倫理における責任の回避にほかならず、その行為はとうてい許しがたいもの です。また、この検査を実施することは、とりもなおさず診断の結果胎児に障害があると判定され たときには中絶に結びつくという明白なデータが、臨床検査会社の調査結果に出ています。 3 妊娠の継続などの個々人の自主的意志の決定に必要不可欠な情報を得るための、公正かつ 充分なインフォームドコンセントやカウンセリング体制が現状では皆無に等しく、また、出生前診 断に伴う書問題に対する専門的カウンセラーの養成や配置に対する国家的な努力は一切なさ れていません. 4 母体血清マーカーテストは、あくまでも確率的にしか診断をくだし得ないテストです。この点 か重要な問題を喚起しています。ひとつは、あくまでも確率としての結果であるため、当然誤診 があり得ることです.2 に述ベた通り、この検査の実施は結果次第で中絶手術に直結しており、 誤診か妊婦とその家族にもたらす身体的・精神的影響は甚大です。このような未熟な検査技 術が普及することは、いたずらに妊婦の不安を煽るだけでなく、ひいては少子化などの社会問 題を助長させることになりかねません。また、仮に検査の診断精度が今以上に向上したとして も、妊娠の継続はどこまでも当事者の自己決定にゆだねられるべき問埋です。にもかかわらず、 前記3の通り、そのような自己決定を支援するシステムはほとんどありません。結果として、この 検査の普及は安易な中絶手術を招くものと言わざるを得ません。 5 母体血清マーカーテストの問題点は、妊婦一般に対するスクリーニング技術として普及され ようとしている点にあります。これは、暗黙のうちに障害者を「負の存在」とする社会的な価値観 を背景にし、「障書をもつ子どもは育てたくない」という偏見を利用したものであり、社会的には 確実に弱者排除の風潮を押し進めることになります。そのことは、とりもなおさず日本が目指そう とする福祉社会の実現に真っ向から反対するものといえます。 6 平成9年3月30日付の読売新聞には、人類遺伝学会が「胎児条項」の導入を国にはたら きかけていくかの報道がなされました。しかし、日本ダウン症協会が人類遺伝学会に対して確認 を求めたところ、報道されたような事実はないということを確認しています。このような報道がなさ れることこそ、これまでに述べてきた障害者排除の論理が巧みに利用され、世論か誘導されて いくことのあらわれであると考えます。 以上、縷々申し上げました。日本ダウン症協会はダウン症児・者とその家族の人権の尊重と 実現を目的とした会であります。母体血清マーカーテストの技術が競って開発・提供され、多 くの妊婦とその家族か奨められるままに受診していく現在の日本の社会のあり方に無自覚・無 批判のまま、このようなテストの普及を許し、「胎児条項」議論のひとり歩きを許すことは、会の 目的としてとうてい容認できるものではありません。日本ダウン症協会は、このような行為、障 害者支援のための各種の体制の不備を不当に障害当事者とその家族の責任にすり替えるも のであると同時に、近い将来に到来する高齢化社会をふまえた共生社会の実現と福祉国家 の実現に対する重大な挑戦であると認識します。その上で、以下の点を要望いたします。 要 望 1 母体血清マーカーテストの臨床応用な対して、それが重大な人権侵害につながる可能性を もつということを臨床検査会社・関係学会・および社会一般に対して警告として表明すること。 2 母体血清マーカーテストの無規制な開発・普及を凍結し、しかるペきガイドラインの作成を 関係団体に働きかけること。この関係団体の中には、日本ダウン症協会を含めた障著者とそ の家族の当事者団体を含めること。 3 胎児条項や母体血清マーカーテストなどの障害をもつ人々の生命倫理にかかわる医療・ 保健・福祉の問題については、その情報提供と意見聴取を確実に行うため、障害当事者団 体との議論を必ずふまえるように関係機関に指導すること。具体的には、母体血清マーカー テストについて、日本ダウン症協会側と意見交換をする場に積極的に参加するよう、臨床試 験会社に働きかけること。 以上
(資料3) 「要望書」 人類遺伝学会理事長 殿 遺伝カウンセラー制度検討委員会委員長 殿 遺伝相談・出生前診断に関する委員会委員長 殿 1997年10月15日 日本ダウン症協会 理事長 玉井邦夫 貴学会の本神戸大会において、表記の委員会が開催されることと思います。両委員会 における議論の内容については、非学会員である私どもにとっては詳細を知るところで はありません。しかしながら、遺伝カウンセラー制度と出生前診断のガイドライン作成 というテーマについては、当協会にとってきわめて重大な関心をもたざるを得ないもの です。とりわけ出生前診断のガイドライン作成については、昨今の研究の進行状況か ら、今大会の委員会において看過し待ない討議がなされるのではないかという危惧の念 を抱いています。ここに、今後の貴学会における決議について、当協会としての要望を 表明させていただきたいと考えます。 1、当協会の理事全では、貴学金が1994年に作成した「遺伝カウンセリング、出生前診 断に関するガイドライン」、1995年に作成した「遺伝性疾患の遺伝子診断に関するガイ ドライン」とを読ませていただいています。また、小児病院臨床遺伝懇談会有志による 翻訳冊子「遺伝医学の倫理的諸問題および遺伝サービスの提供に関するガイドライン」 についても、理事全員が入手・検討しております。 2、上記冊子の原本にあたるWHOガイドラインは、本年12月に決議される予定である と聞いています。また、同冊子の日本語訳監修者序では、貴学会による上記1の両「ガ イドライン」が、基本的にはWHOガイドラインと異なるものではない、と明記されて います. 3、こうした点から、貴学会の本大会における出生前診断のガイドラインに関する議論 は、WHOガイドラインの決議を受け、基本的にはその方向を遵守した内容で検討され ていくものと推察しています。 4、私たちは、上記冊子に記された内容に、無視し得ない問題点を感じております。学 術的な内容については、私どもの親の立場からは十分に議論しきれるものではないかも しれません。しかし、一例を挙げれば、「出生前診断によって判定できるすべての障害 児を中絶したとしても、障害児は生まれるのである」という前提の上で議論がなされて います。この議論の結論が「障害者への社会的援助の増大」となっているとしても、現 実に母体血清マーカーテストの対象疾患とされているダウン症の当事者団体である当協 会としては、ダウン症をもつ人の存在を脅かされるに等しい記述と思わずにいられませ 5、WHOのガイドラインが決議され、ほぼその方向性を遵守した日本版のガイドライ ンが発表され、それがひいては各種法規の改訂を含めた制度的変革につながっていくこ とを、当協会は強く危惧しています。WHOのガイドラインは、読ませていただく限 り、そのままわが国におけるガイドラインに敷行されるには多くの問題点を抱えている と感じます。性急に論議を進めれば、出生前診断やカウンセリングのキー概念である 「自己決定」そのものが、けっしてわが国に定着した心性にならないまま、さらに、障 害者の認知に対する社会的な姿勢を十分に問う努力がなおぎりにされたまま、経済的な 負担や言葉の上での「自己決定」と「治療」を基本としたガイドラインが決定されるこ とになると恐れるからです。このような動きは、当協会にとって容認できるものではあ りません. 6、私どもは、すでに1997年4月7日付けで、厚生省に対して母体血清マーカーテストの 無規制な開発・普及を凍結するとともに、この問題の議論には必ず当事者団体との協議 をふまえていただくよう要望しました。私どもにとっては今後の動きに大さな影響を及 ばすと考えられる遺伝子診断や出生前珍断のガイドラインに関する今後の議論につい て、当協会は重大な関心をもっております。出生前診断、遺伝子診断は、もはや単なる 学術研究の世界だけの議論でおさまるものではなく、個々の生活者に影響する社会問題 となってきていると考えます。当協会には、現実に出生前診断をめぐっての親や家族か らの相談が頻繁に届いています。この問題に対して、わが国におけるこの問題の議論の 動向に大きな影響を与えると思われる貴学会に対して、当協会に対する緊密な情報提供 を要望いたします。私どもは、今後、当事者団体という立場から、そして、遺伝子診断 はすでに単なる障害児者問題の一話題ではなく、社会全体・人類全体の問題であるとい う認識に立ち、広く社会的な論議を求めていく用意があります。今回の大会での両委員会 で行われた議論の内容につきまして、しかるべきご報告をいただきたいと要望いたし ます。 以上の点から、貴学会および委員会に対して、日本ダウン症協会から、以下の2点を 要望させていただきます。 1)委員会における議論の内容を公開するとともに、今後の議論についても緊密な情報 の提供をしてください. 2)人類遺伝学会としては、WHOガイドラインに対して、日本版ガイドラインの内容 を検討していく際に、どのような扱いをなさるおつもりであるかをお知らせください。 どの部分についてどのような検討や、どのような層からの意見聴取が必要と考えておら れるのか、あるいは基本的にはこのままWHOのガイドラインを採用されるおつもりな のか、その点について貴学会の見解をお知らせください。
(資料3-2/2) 「人類遭伝学会に参加された方々へ」 1997年10月15日 日本ダウン症協会 理事長 玉井邦夫 人類遺伝学会に参加された皆さん。私どもは、東京に事務所をもつ、日本ダウン症協会と申します。 私ともの協会は、全国各地のダウン症児者とその親の会の連合体で、現在4100名の会員と42の支部 ・準支部をもっております。今回の大会において、大会長の先生にご許可をいただいた上で、このよ うな文を配布させていただくことになりました。この文書の配布と併せて、「遺伝カウンセラー制度検討 委員会」と「遺伝相談・出生前診断に関する委員会」にあてて、情報の公開を要望する文書も提出さ せていただく用意をしております。 私たちは、遺伝子診断や出生前診断の問題について、当事者として大きな関心を寄せています。 とりわけ母体血清マーーカーテストに関しては、ダイレクトにダウン症が対象とされていることや、その 実用化普及が予想を上回る勢いで進み、杜撰な告知や安易な受診勧告によって、出産や、現在進 行中の育児についても不安と混乱を余儀なくされている親たちが存在するなどといった理由から、本 年4月に1厚生省に対して無規制の普及を凍結していただきたいという要望書を提出しました。 今回の大会では、遺伝カウンセラー制度や、遺伝相談・出生前診断に関する委員会が開かれると 聞いております。私たちは、親です。決して遺伝学の専門家ではありません。ですから、学術的な議 論をしようと思っても、到底不可能です。しかし、先に発表された小児病院臨床遺伝懇話会による翻 訳冊子「遭伝医学の倫理的諸問題および遺伝サービスの提供に関するガイドライン」などを読ませて いただくとき、専門家であるみなさんに、声を挙げて訴えさせていただかずにはいられません。 遺伝カウンセラー制度や遺伝相談・出生前診断に関する問題は、もはや単なる学術的な問題では ありません。「共生の社会」という思想が、国民一人一人の負担と自覚の上に成り立つべきだという議 論は、広く呼ばれています。そうした中で、「予防」されるべき生命についての議論が、単なる学術的 な問題にととまるとは考えられませんし、すでに、広範な社会的議論を必要とする段階にきていると思 われます。 私たちには、ダウン症の子ともたちとともに暮らしてきた時間と経験という財産があります。それがあ って初めてわかることがあります。とんな情報が、とんな時期に必要だったのか、自分たちがとんな助 けを必要としていたのか、この子たちがとんな思いで人生を生きているのか・‥そうしたことがらです。 私たちは、そうした自分たちのことばを、多くの方に聴いていただきたいと願っています。 どうか、私たちにわかることばで議論をしてください。WHOのガイドラインは、このまま日本版のガイド ラインとなるのでしょうか? それともどこかを見直す必要があるとお考えなのでしょうか? 「ダウン症かとうかがすぐわかります」として母体血清マーカーテストを勧めるボスターを、私たちはど んな思いで読めばいいとお考えでしょうか?私たちの不安は無知ゆえのものなのですか? 私たちは、今、主として標的にされているのがダウン症だから声を挙げているのではありません。 そして、もっと「重い」障害をもった人のことが理解できるのか、という思いや、「治療」が可能になるな ら間鰐はないのか、という問いかけを、自分たち自身にも突きつけながらみなさんにお願いしています。 ひとりでも多くの方から、遺伝相談や出生前診断についてのお考えを聞かせていただきたいのです。 とうぞ、この問題についての議論が、社会各層のものとなり、「病気」や「障害」に対する私たちの 価値観そのものへの問いかけや取り組みに一体のものとなるよう、おカをお貸し下さい。 よろしくお願いいたします。 日本ダウン症協会事務局 〒169 東京都新宿区北新宿1-10-7-203 TEL:03-3369-3462 FAX:03-3369-8182 E-mail jds97@po.jah.or.jp
(資料4) 厚生大臣 小泉純一郎 殿 1997年11月11日 日本ダウン症協会 理事長 玉井邦夫 出生前診断に関する調査班についてのお尋ねおよび 母体血清マーカーテストー時凍結の再度の要望 去る4月7日、私ども日本ダウン症協会は母体血清マーカーテストの無規制な普及に対 して、このテストの主な対象となっているダウン症候群の当事者とその家族として不安と怒 りを表明し、このテストの普及の凍結、及び、これら出生前診断に関するガイドライン等の 作成機関に当事者団体を含めることを要望しました。 その後、厚生省の中に作られた「出生前診断の実態に関する研究班」及び「厚生科学 審議会・先端医療技術評価部会」に於いて、出生前診断も含めた議論がされることを新 聞や公開資料で知ってきました。その中には関係団体を招いての意見の聴取等実施し、 広く国民の意見を求めるとあり、当事者家族団体として我々がその中に加えられることを 多いに期待しております。 8月に入り出生前診断の実態に関する研究班から「遺伝病の遺伝子診断についてのアン ケート」(一般用)と題するアンケート調査に当協会会員の回答協力を得たいと依頼があり ました。当協会では会員へのアンケート配布に先立って理事会に於いて検討した結果、 数々の疑問を抱き、質問と意見を添えてこのアンケート調査への協力を辞退する旨回答 致しました.(アンケート及び解凍添付@、A、) その後、アンケート調査の責任者から、このアンケートが「神経筋疾患の遺伝子診断シス テムの確立と遺伝子バンクの樹立」の研究を主目的とする調査であるとのお返事を頂きま したが、例えダウン症が直接対象になっていなくても当協会ではこのアンケートの設問が 私たちの常識的な知識では答えようのない内容であることに加え、調査意図も定かに示さ れていないアンケート結果が、広く国民の怠見を求めたものとして資料価値をもつことに 大きな問題を感じます。そして同時に、この調査の設問内容は、アンケートに協力する一 般の人々にいたずらに「遺伝病」「障害」への恐怖・不安を助長するのではないかと危惧 しております。 この間にも、医療現場では母体血清マーカーテストが、杜撰なカウンセリング体制のもと で一般検査であるかのように実施されたり、あたかも妊婦へのサービスのように待合室に ポスターを貼り宣伝されており、方々からその実例が当協会へ怒りをもって報告されてい ます。(資料添付B.C,D) 当協会は、実態調査研究の絵果を待つまでもなく、各関係学会の会告から外れて広がり つつあるこの検査の現状は被験者たる妊婦に不正確な情報を与える結果となり、ひいて はダウン症をもった者の存在そのものを脅かす人権侵害につながりかねないものであると 認識し、抗義致します。 当協会は、今後も独自の努力として、関係学会や研究班との意見交換を継続する予定 でおりますが、厚生省として、このテストの一時凍結勧告を充して下さることを、当事者家族 団体としてここに再度要望する次第です。 つきましては、 1.前述のような不適切なアンケート調査報告に対する厚生省の取扱い方針、及び「出 生前診断の実態に関する研究班」の調査・研究の方針及び内容をお教え下さい。 2.母体血清マーカーテストの無規制な普及に対して、一時凍結勧告など何らかの具体的 な対策が検討されているのか否か、についてお聞かせ下さい。 以上